10 実技試験
更新履歴
2026年 4月17日 第3稿として大幅リライト
2023年 2月27日 第2稿として加筆修正
お金の力ってすごい――。リーゼが驚くのも無理はありません。追い返されてしまった前回とは違い、いきなり学園長室へ通されたのです。リーゼとエリオは、恰幅のいい白髪の学園長と向き合って、ソファに座っています。学園長はとても上機嫌で、ニコニコしています。
「大金貨500枚は、すでにセルジオ商会から支払われております。入学されるのはそちらのお嬢さんで間違いないでしょうか?」
「そうです。リーゼ様とおっしゃられます」
リーゼの横に座っているエリオが答えました。学園長と同じくニッコニコです。
「リーゼ様ですね。保証人はあなた様が?」
「はい。リーゼ様の金銭的な保証は、セルジオ商会と私、エリオが引き受けます」
「それなら安心ですね。セルジオ商会は、隣国では有数の商会ですからな」
「ネイザー公国でも、徐々に商いを増やさせて頂いております」
「王族の方々とも親しくされているとか?」
「親しいなどと、とんでもありません。ただの御用聞きでございます」
「はっはっはっ、ご謙遜を」
リーゼが小声でエリオに尋ねました。
「ね、保証人ってなに?」
「リーゼ様が授業料を支払えない場合に、肩代わりするということです」
「なにそれ? 聞いてないよ。なんでエリオが?」
「形だけです。誰か大人が保証しなければ、入学は叶いません。ご辛抱を」
「う……」
リーゼは頬を膨らませながらも納得しました。けど、なんだかエリオがお父さん代わりになったみたいです。
「それでは、ご入学手続きはこれで終わり……と、申し上げたいところなのですが……」
「まだ、何か?」
「剣技指導長のランドリックが、実技試験を行いたいと申しまして」
学園長の背後に立っていた女騎士が、腕組みをしたまま口を開きました。
「本学園は、有力な騎士や魔道士の推薦による入学が基本だ。商人が格を求めて入学されても困る。よって、そこの少女、リーゼの剣技がどの程度のものであるか改めさせてもらおう」
「実技試験は免除されるとうかがっておりますが?」
「どのような圧力をかけたか知らんが、試験、授業は私の裁量で行われる。何人の指図も受けん」
金による入学が気に入らないのか、女騎士の眉が吊り上がっています。年は30前後といったところで、傷だらけの太い腕が歴戦の勇士であることを物語っています。
学園長が額の汗を拭いつつ、問いかけました。
「というわけでして、いかがでしょう? これから体育館で試験というわけには?」
「どうされますか? リーゼ様」
どうって言われても、断れそうな雰囲気ではありません。リーゼは大きなため息を漏らしました。
「いいけど、ちゃんとした剣技とか知らないよ?」
◆ ◆ ◆
案内された体育館は、屋根のある闘技場といったほうがしっくりきます。2階には観客席があり、実技試験のことを聞きつけたのか、100人近い生徒が詰めかけていました。
リーゼが入ってくるなり、生徒たちがどよめきます。
「黒髪に黒瞳よ」
「商人のコネで入学しようってんでしょ? 格を買おうだなんて卑しい」
「先生にコテンパンにされて、諦めればいいのよ」
蔑んだ視線を浴びせられますが、リーゼは動じません。体操の競技会でも才能を妬んだ子たちからの陰口は聞こえましたし、直接的な嫌がらせも受けましたから。
(ちょっと懐かしいな、この感じ)
むしろ、笑みを浮かべるぐらい余裕があります。
客席の陰口がますます勢いを増しました。
「何笑ってんのよ! 薄気味悪い!」
「さっさと負けて、店の売り子でもしてればいいのよ!」
「聖騎士になろうだなんて、おこがましい!」
居ても立ってもいられず、金髪の少女が観客席の最前列に駆け寄りました。ふわふわのウェーブを揺すって、手すりから身を乗り出します。
「リーゼ……リーゼ!」
精一杯の大きな声でした。
「アメリア!」
リーゼが、アメリアの下へ駆け寄りました。
「その……がんばって。リーゼなら、きっと合格するよ」
アメリアは知っています。リーゼがとんでもなく強いことを。けど、ランドリック剣技指導長もこの学園で一番強い人だと聞いています。元トップランクの冒険者だったとか。
心配そうなアメリアに、リーゼは満面の笑みを返しました。
「うん。一緒に学校通おうね」
屈託のないリーゼの様子に、アメリアは少しだけほっとしました。リーゼは負けるとはまったく思っていないようです。
動じる様子のないリーゼに、観客席から見下ろす生徒たちの陰口が止まりません。
「な~に? あの田舎者と仲がいいワケ?」
「あーあー、金だけが自慢の商人とお似合いねぇ」
アメリアまでひどく言われて、リーゼは面白くありません。オーデンでもそうでしたけど、貴族はいつも平民を見下しているのです。
ランドリックが木剣を手に現れました。体育館の真ん中まで歩みを進めます。
「剣を抜け。試験は、私相手にどこまで戦えるかだ」
リーゼはランドリックに向き直ると、静かに尋ねました。
「その剣でいいの?」
「何?」
「双剣使いじゃないの? 腰に剣が2本あるし」
「目ざといな。お前相手に受けの剣はいらぬ。一撃で倒れるのだからな」
「そっか」
リーゼも剣を抜きました。
「何だその剣は? 刃が潰れているではないか」
「人を傷つけるのがイヤなんだよね」
「そんな心構えで聖騎士になろうというのか? 格だけを求める商人の娘め」
ランドリックの目が燃えるのを感じます。噛みしめた歯から、きしむ音が聞こえてきそうです。
「格なんかいらないよ。ただ、制服を着て学校に通いたいだけ」
「あぁ? 訳のわからぬ事を……さっさとかかってこい!」
「……いくよ」
体育館の端から真ん中まで、距離は十分にあります。
リーゼは両足を揃えて胸を張り、剣を持つ右手を天に掲げました。
「何の真似だ?」
――それは、床の演技を始める合図です。
「お願いします!」
リーゼの小さな体が飛び出しました。
(みんなが見てる前で演技するのは久しぶり)
素足が捉える床はただの板張りで、弾むタンブリングボートはありません。けど、今のリーゼにそんなことは関係ありません。なぜなら――。
誰の目にも留まらぬスピードがあるのですから。
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