09 商談
更新履歴
2026年 4月15日 第3稿として大幅リライト
2022年 2月11日 第2稿として加筆修正
リーゼは再び、聖騎士学園のサクラ並木にやって来ました。今度はエリオを連れています。
「ゴランのおじさんから、いくらもらったの?」
「大金貨600枚です」
「そんなに!? 入学金より100枚も多いんだけど!?」
「私の取り分を1割足して550枚と申し上げたのですが、切りが悪いので600枚でよいとおっしゃられました」
「切りが悪いからって50枚も増えるの!? 大金貨だよ!? 意味わかんないんだけど?」
「あの方にしてみれば、大金貨など小銭のようなものなのです」
「はぁ……あるところにはあるんだね、お金って」
「使いどころをわかっておられる方なのです」
◆ ◆ ◆
数日前のことです。
エリオは、とある厳めしい屋敷を訪れていました。広大な敷地に数え切れぬほどの衛兵が目を光らせ、築いた財と敵の多さが察せられます。
天井が高く、大理石がふんだんに使われた応接室で、エリオは屋敷の主を待っていました。
「ゴラン様がお越しになられました」
初老の執事が扉を開いて告げると、エリオは即座にソファから身を起こしました。深々と頭を下げます。
「構わん。楽にしてくれ」
ドカドカと部屋に入ったゴランは、大ぶりなソファに身を沈めます。エリオも腰を下ろしました。
「久しぶりだな、エリオ殿。元気にしておったか?」
「はい。ゴラン様も意気軒昂なご様子でなによりです」
「心配事は絶えぬがな!」
ゴランは豪快に笑いました。ゴランはロアンの鍛冶ギルドの時とは違って、マントを羽織った貴族の装いです。
「“闇の大穴”の事でございますね?」
「そうだ。知っての通り、我が妻、リィンの剣による封印が限界に来ている。それまでに新たな封印を施さねばならない」
「……ゴラン様に代わる聖剣の打ち手は、見つかったと察しますが?」
ゴランの眉がピクリと動きました。
「耳聡いな。ロアンにでも立ち寄ったか?」
「お察しの通りです。今日は、その聖剣の打ち手の代理で参りました」
「……なんだと?」
「ミスリルナイフの鍛冶代金ですが、大金貨500枚でいかがでしょう?」
「随分ふっかけるな。あの娘がそんな金を望むとは思えんが?」
「一心同体とも言える友人が、聖騎士学園への入学を望んでおります。その入学金を工面する為です」
「他人の入学金を用立てるというのか?」
「一心同体とも言える……と、申し上げましたが?」
「男か? 男は入学できぬぞ?」
エリオは苦笑しながら頭を振りました。
「男に貢ぐ年ではありません。同い年の少女です」
「話が見えんな」
「簡単なことです。優れた剣の使い手には、腕の立つ鍛冶屋がそばにいるもの。それは、リィン様のために聖剣を打ったゴラン様がよくご存じかと」
「リーム殿と、その少女の関係もそうだというのか?」
「その少女は――」
エリオは前髪を上げ、赤い左目を見せました。
「勇者です。この目で見抜きましたので間違いありません」
「……なんだと? 300年振りに勇者が現れたというのか?」
「はい。名をリーゼ様と申します」
「……では、強いのか? そのリーゼとやら」
「我が従者を歯牙にもかけませぬ」
ゴランの鋭い目が、一瞬だけ見開きました。エリオの従者が強者であることを、ゴランは知っています。影として、エリオの裏の言いつけを一手に引き受けているのです。
「面白い! 其奴が聖騎士になりたいと?」
「いえ、残念ながら……興味があるのは可愛らしい制服のみです」
「制服……だと?」
ゴランがまた豪快に笑いました。
「肩当て代わりの大きな襟が気に入ったか? 機能と美しさを追求した妻を褒めねばならぬな!」
「勇者らしく、正義感の強いお方です。聖剣の持ち手とはなり得ませんが、学園に囲い込んで損はないかと」
ゴランが背もたれに身を預けて、不満そうにフンと鼻を鳴らしました。
「……全てお主の思惑通りに進むようで、面白くないな」
「商談が滞りなく進むのは、良きことでは?」
「リーゼとやら、金ではなく、ワシが推薦してやってもよいぞ?」
「リーゼ様は格を求めておられません。ただ、普通の学園生活を送りたいだけなのです。勇者であることは、ご内密にしていただきたい」
「なるほど……その為に我が金がいるか。お主が何者であるかも内密にせねばならぬからな」
「その通りでございます。一介の旅商人が、自らの財で大金貨500枚を用意するなど、あってはならないのです」
「貸しだな」
「仰せのままに。私はリーゼ様の為なら全てを擲つことも厭いません」
ゴランの動きが止まりました。ゆらりと背もたれから身を乗り出して、エリオを見据えます。
「エリオ殿が全てを擲つと? それほどの者か?」
「無垢で、正直な方です。私はただ……あの方がこれから何を目にし、何を学んで、世界とどう関わるのか、見届けたいだけなのです」
ゴランは悟りました。変わった――と。世を憂いて、どこか拗ねていた者はもうここにはいません。
ゴランは勢いよく立ち上がりました。
「その話、乗ってやろう! 金を持って行け!」
「では、私の取り分を含めて、大金貨550枚をお願いいたします」
「商人め。切りが悪い! 600枚用意してやる」
「ありがたく頂戴いたします」
エリオは立ち上がり、頭を垂れました。
◆ ◆ ◆
客人が去った応接室の窓から、日暮れの海とハーバルの街並みが見えます。明かりが灯っていく窓の向こうに日々の暮らしがあり、守るべき幸せがあります。
“闇の大穴”がある北に向かって、ゴランは語りかけました。
「入学した勇者が、聖騎士を見出してくれるかも知れぬ。これも……お前が導いてくれた奇跡か?」
紛うことなき聖騎士であった妻の面影が、金色の髪をなびかせて、そっと微笑んでくれたような気がしました。
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