09 商談
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2022年 2月11日 第2稿として加筆修正
リーゼは再び、聖騎士学園のサクラ並木にやって来た。今度は、エリオを連れて。
「ゴランのおじさんから、いくらもらったの?」
「大金貨600枚です」
「そんなに!? 入学金より100枚も多いんだけど!?」
「私の取り分を1割足して550枚と申し上げたのですが、切りが悪いので600枚でよいとおっしゃられました」
「切りが悪いからって50枚も増えるの!? 大金貨だよ!? 意味わかんないんだけど?」
「あの方にしてみれば、大金貨など小銭のようなものなのです」
「はぁ……あるところにはあるんだね、お金って」
「使いどころをわかっておられる方なのです」
◆ ◆ ◆
数日前――。
エリオは、とある厳めしい屋敷を訪れていた。広大な敷地には、数え切れぬほどの衛兵が目を光らせ、為した財と敵の多さが察せられる。
威厳を感じさせる応接室で、エリオは屋敷の主を待っていた。
扉が開き、初老の執事が告げた。
「ゴラン様がお越しになられました」
エリオは即座にソファから身を起こし、頭を下げた。
「構わん。楽にしてくれ」
ドカドカと部屋に入ったゴランが大ぶりなソファに身を沈めると、エリオも腰を下ろした。
「久しぶりだな、エリオ殿。元気にしておったか?」
「はい。ゴラン様も、意気軒昂なご様子でなによりです」
「心配事は絶えぬがな!」
ゴランは豪快に笑った。
「“闇の大穴”の事でございますね?」
「そうだ。知っての通り、我が妻、リィンの剣の封印が限界に来ている。それまでに新たな封印を施さねばならない」
「……ゴラン様に代わる聖剣の打ち手は、見つかったと察しますが?」
ゴランの眉がピクリと動いた。
「耳聡いな。ロアンにでも立ち寄ったか?」
「お察しの通りで。今日は、その聖剣の打ち手の代理で参りました」
「……なんだと?」
「ミスリルナイフの鍛冶代金ですが、大金貨500枚でいかがでしょう?」
「随分大金だな? 彼奴がそんな金を望むとは思えんが?」
「一心同体とも言える友人が、聖騎士学園への入学を望んでおります。その入学金を工面する為です」
「他人の入学金を用立てるというのか?」
「一心同体とも言える……と、申し上げましたが?」
「男か? 男は入学できぬぞ?」
エリオは苦笑しながら頭を振った。
「男に貢ぐ年ではありません。同い年の少女です」
「話が見えんな」
「簡単なことです。優れた剣の使い手には、腕の立つ鍛冶屋がそばにいるもの。それは、リィン様のために聖剣を打ったゴラン様がよくご存じかと」
「リーム殿と、その少女の関係もそうだというのか?」
「その少女は――」
エリオは前髪を上げ、赤い左目を見せた。
「勇者です。この目で見抜きましたので間違いありません」
「……なんだと? 300年振りに勇者が現れたというのか?」
「はい。名をリーゼ様と申します」
「……では、強いのか? そのリーゼとやら」
「我が従者を歯牙にもかけませぬ」
「面白い! 其奴が聖騎士になりたいと?」
「いえ、残念ながら……興味があるのは可愛らしい制服のみです」
「制服……だと?」
また、ゴランが豪快に笑った。
「肩当て代わりの大きな襟が気に入ったか? 機能と美しさを追求した妻を褒めねばならぬな!」
「勇者らしく、正義感の強いお方です。聖剣の持ち手とはなり得ませぬが、学園に囲い込んで損はないかと」
ゴランが背もたれに身を預け、不満そうにフンと鼻を鳴らした。
「……全てお主の思惑通りに進むようで、面白くないな」
「商談が滞りなく進むのは、良きことでは?」
「リーゼとやら、金ではなく、ワシが推薦してやってもよいぞ?」
「リーゼ様は聖騎士学園に格を求めておられません。ただ、普通の学園生活を送りたいだけなのです。勇者であることは、ご内密にしていただきたい」
「なるほど……その為の金か。お主が何者であるかも内密にせねばならぬからな」
「その通りでございます。私が大金貨500枚を用意できる者であってはならないのです」
「貸しだな」
「我が借りで良ければいくらでも。私は、リーゼ様の為なら、全てを擲つことも厭いません」
ゴランの動きが止まった。ゆらりと背もたれから身を乗り出し、エリオを見据えた。
「エリオ殿が全てを擲つと? それほどの者か?」
「無垢で、正直な方です。私はただ……あの方がこれから何を目にし、何を学び、世界とどう関わるのか、見届けたいだけなのです」
変わった――。世を憂いて、どこか拗ねておった者ではない。
ゴランは勢いよく立ち上がった。
「その話、乗ってやろう! 金を持って行け!」
「では、私の取り分を含めて、大金貨550枚をお願いいたします」
「商人め。切りが悪い! 600枚用意してやる」
「ありがたく頂戴いたします」
エリオは立ち上がり、頭を垂れた。
客人が去った応接室の窓から、日暮れの海と街並みが見える。1つ1つの家に幸せがあり、日々の暮らしを勤しんでいる。――この平和を守らなければならない。
「入学した勇者が、聖騎士を見出してくれるかも知れぬ。これも……お前が導いてくれた奇跡か?」
“闇の大穴”がある北に向かって、ゴランは独りごちた。
紛うことなき聖騎士であった妻の面影が、金色の髪をなびかせて、そっと微笑んだ。
【次回予告】
商談も成立し、いよいよ次回はリーゼが入学します!
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