08 再会
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2022年 2月4日 第2稿として加筆修正
海を望む丘に繋がる石畳の階段では、常に露店商が店を開いていた。
フルーツたっぷりのクレープを売る者、似顔絵を描く者、ソーセージを挟んだパンを売る者、観光客や地元の人を相手に、様々な商売を営んでいる。リーゼもそこに座って、包丁を売っていた。
「……ぜんぜん売れないなぁ」
鍛冶の村であるロアンとは客筋がまるで違っていた。海を楽しむ人たちはもっと心が浮き立つ商品を求めていて、黒光りする包丁には見向きもしない。売っているのが黒髪、黒瞳の女の子だということが目に留まるだけだった。
【ゲート】でロアンに戻って売ろうかとも思ったが、自由市は週末しかやっていない。鍛冶屋ギルドに置いてもらっても、剣を求めに来た客は包丁に見向きもしないだろう。
(彫金のスキル、上げとけばよかったなぁ。アクセサリーなら売れた気がする)
体育で教えられた三角座りをしながら、頬杖をついてぼんやり海を眺めていると、どこかで見たことがある服装の男が視界を遮った。
男は片膝をついて包丁を1本手にすると、品定めをして言った。
「……これは、素晴らしい包丁だ。固いものはもちろん、柔らかいものも、見たこともない薄さで切れるに違いない」
「わかる!? ロアンじゃすっごく評判よかったんだよ!」
男が顔を上げた。
「ええ、よく存じてますとも。ロアンにも寄りましたから」
「エリオ!」
「お久しぶりです、リーゼ様。王都ルクセンから、はるばる商いにやって参りました」
やっと会えた――そんな晴れやかな笑みがそこにあった。
◆ ◆ ◆
階段の上の大通りにある見晴らしのいいオープンカフェで、エリオとリーゼは席に着いた。真っ赤なパラソルがいくつも並び、長い行列が出来ている。それもそのはず……
「ん~、おいし~。アイスクリームがあるなんて、ビックリだよ」
「あなた様とお会いきると想定して、席を予約しておいたのです。万一再会が叶わなくとも、1人で食せばいいだけですから」
アイスクリームとフルーツを盛り合わせたプレートを前に、リーゼは上機嫌だ。
「ここの店主は元冒険者で、氷の魔法が使えるのですよ。それで、アイスクリームや冷たい飲みものが提供できるのです」
「そうなんだ! そっか……氷の魔法って、こういう使い道もあるのか」
「その言い様から察するに……あなた様も使えるのですか? 氷の魔法を」
「え?」
リーゼはちょっと考えてから答えた。
「私、が使えるのは雷系の魔法ぐらいだよ」
「なるほど、あなた様、はそうなんですね」
「うん、そう。雷系は勇者の得意魔法だからね」
ウソはついてないと言わんばかりに、リーゼはアイスを口いっぱいに頬張った。勇者であることはオーデンの騒動でエリオに知られてるので、話しても問題ない。
「リームという方とは、どの様なご関係で?」
「んぐ……」
アイスを吹き出しそうになった口を、急いで閉じた。久しぶりに会ったエリオは追及が厳しい。
「ん~と……ロアンの街でお友だちになったんだよね。で、私が代わりに包丁を売ることになって……」
リーゼが視線を逸らした。明らかに嘘だ。
変わらぬ素振りにエリオは微笑ましく思った。
「ということは、リーゼ様にご依頼すれば、あの包丁が手に入るということで?」
「う、うん、そう」
「では、今あるだけをすべてお売り下さい。ルクセンの料理人が欲しがっているのです」
「全部!? 10本あるけど?」
「もっと多くても構いません。あれだけの包丁であれば、いくらでも売りさばいてみせます」
「そっか……さすが商人だね。ロアンじゃ1人1本しか売らないことにしてたけど、お願いしようかな……」
「1人1本? そうだったのですか? 信念を曲げてまで売ろうとするのは、あなたらしくない。なぜです?」
「お金が……いるから」
「金? ますますあなたらしくない。どうして?」
「それは……ほら、あそこの子、見て」
ちらりとリーゼが見た先には、制服に身を包んだ女生徒が2人、歩いていた。
「ああ、聖騎士学園の生徒さんですね。それがどうかしましたか?」
「私も……通いたい」
「えっ!? 聖騎士になりたいのですか?」
「それは興味ない」
「では、なぜ?」
「それは……」
リーゼの顔が赤く染まっていく。耳まで真っ赤だ。
「制服が……着たいから」
エリオは、はっとした。聞くまでもないことだった。
リーゼ様はまだ幼いのだ。制服に憧れたり、学校に通いたいと思うのは、当然のことではないか。
「あの制服は、可愛らしいですからね」
「そう! すっごくかわいいの! お友だちも出来たし、一緒に通うつもり!」
「その方は……盗賊から救った馬車で乗り合わせた方ですか?」
「……どこまで私のこと知ってんの?」
「ネイザー公国にいらしてからの足取りは、ほぼ」
「……怖いんだけど? ストーカー?」
リーゼは、不満そうに半目を向けた。
「ストーカーの意味はわかりませんが、オイゲン殿に教えて頂いただけですよ。盗賊団は牢屋に入っております。罪を重ねていたようなので、もう出てくることはないでしょう」
「そっか……よかった」
これで、アメリアやお爺さんが狙われることもないし、安心。
「ご自身で、聖騎士学園の入学金を工面しようというのですか?」
「そう」
「いくらかかるのです?」
「大金貨500枚」
「それは……あまりに高額ですね」
「うん。ぼったくりだよねー」
「あの学園は推薦入学が基本なのですよ。金を積んで入学させようというのは、豪商や、位の低い騎士が、娘の格を求めてのことです」
「娘? あそこって、女の子しか入れないの?」
「男は騎士や剣士の養成学校に入りますね。聖騎士は聖魔法と剣技が求められるので、本来、女性のエルフがなるものなのです」
あぁ、そうだよね、知ってる。『オルンヘイムオンライン』でもそうだったからね。
「ですが、エルフは滅多に人里に姿を現さないので、素養のある女性を種族を問わず集めているのです。――もっとも、ドワーフや獣人は魔法が不得手なので、人族しかいないと聞いていますが」
「そうなんだ……。女子校かぁ……男子にスカートめくられないし、いいか」
「リーゼ様、お願いがあるのですが」
「……なに?」
「包丁の販売を、私にお任せ頂けませんか? あなた様が売るより、効率よく売ってみせます」
「え……」
「手始めに、ここで1本売ってみせましょう」
エリオは店の娘に向けて、すっと手を挙げた。
「店主をお呼び頂けますか?」
ほどなくして、垂れ目の穏やかそうな女性が現れた。年の頃は30ぐらいだ。
「店主のミシェルでございますわ。いかがいたしましたか?」
「リーゼ様、包丁を」
「う、うん」
リーゼは背もたれにかけていた革袋から、布にくるまれた包丁を1本取り出した。
「これは……」
布をほどくと、ミシェルの目の色が変わった。
「いかがです? あなたがお使いの包丁や、冒険者時代にお使いになられた剣と比べて」
「信じられないぐらい鋭いですわ……こんなに美しい刃、見たことがありません」
「金貨5枚でいかがですか?」
「売って頂けるのですか!?」
「高っ!」
思わず声を上げたリーゼを、エリオがニッコリとたしなめた。
「リーゼ様、ここは私にお任せを」
「……うん、そうだよね」
「お使いになってお気に召したら、お知り合いの料理人をご紹介下さい。紹介料として銀貨3枚を差し上げます」
ミシェルは、少しの間、ぽかんとしたあと、クスリと笑った。
「随分、商売がお上手ですのね」
エリオはすぐさま立ち上がり、頭を下げた。
「申し遅れました、セルジオ商会のエリオと申します。各国で商いをさせて頂いておりまして、この街にも小さな支店がございます。ぜひ、お見知りおきを」
「ああ、通りの外れの……。わかりましたわ、今後ともよろしくお願いいたします」
「包丁に限らず、ご用命を」
ミシェルは満足そうに包丁を布でくるみ直した。
「この包丁なら、私の氷も切れるはず」
「氷を? それなら、かき氷が出来そう」
「カキ……ゴオリ?」
「知らない? 細かい粒みたいな氷を山盛りにして、シロップをかけるの。フルーツを乗せてもおいしいよ」
「カキゴオリ……いいですね、やってみますわ、リーゼ……様」
「リーゼでいいよ。様なんて付けるのはエリオぐらい」
「では……リーゼ……ちゃん、と」
「うん、それで。買ってくれてありがと、ミシェルさん」
「こちらこそ、感謝しますわ、リーゼちゃん。それでは、失礼いたしますね」
一礼して、ミシェルが去って行くと、エリオは改めて椅子に座った。心なしか面持ちが誇らしげに見える。
「リーゼ様、いかがです? 私の手腕。包丁の販売、お任せ頂けますか?」
「金貨5枚って何? 高すぎなんだけど?」
「薄利多売はリーゼ様に向きません。毎日、朝から晩まで包丁を打つつもり……いえ、お友だちのリーム様に打って頂くつもりですか?」
「う……」
「包丁は、月に数本ご用意下さい。あなた様が暮らすには、それで十分です」
「それじゃ、いつまで経っても入学金が貯まらないんだけど?」
「そちらは、別の物を売ってお金を作ります」
エリオが悪い顔をした。リーゼが見たこともない極悪商人の顔だ。
「オイゲン殿曰く、ミスリルナイフを打った代金をまだ受け取っていないとか。その代金の交渉、私にお任せ下さい。なぁに、依頼されたゴラン様のことはよく存じております。大金貨500枚といわず、せいぜいふっかけてやりましょう」
「ナイフを打っただけなのに!? やりすぎじゃない?」
「やり過ぎかどうかは交渉次第です。技術の対価は、第三者が間に立った方がうまくまとまることがあるのです。リーゼ様のように、本来報酬にこだわらない方は特に」
エリオは自信満々だ。なんだかもう止められないみたいなので、リーゼはすべて任せることにした。
「いいけど、無茶しないでよ?」
「ご安心を。あなた様の名を汚すようなことはいたしません」
エリオは胸に手を置いて、心を尽くすことを示した。
「私も、あなた様の制服姿が見たいのです」
【次回予告】
エリオの交渉でリーゼの入学なるか!? 次回も商人の本領発揮です!
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