04 聖剣の打ち手
更新履歴
2026年 3月12日 第3稿として大幅リライト
2022年 1月18日 第2稿として加筆修正
夜がすっかり更けても、リームとオイゲンはミスリル鉱を鍛え続けていました。
ピキィーーン! ピキィーーン!
ハンマーを振るう音が鍛冶屋ギルドの外にまで響きます。――その音は、2階のギルド長室にいるゴランにも届いていました。
「聖剣の打ち手は見つかった。あとは、聖騎士を見出さねば……」
ギルド長室の窓からは、遠くにそびえる山々が見えます。一見すると平穏なのですが、山の狭間から禍々しい黒紫の煙が立ち上っています。“闇の大穴”と呼ばれる巨大な底なし沼です。ボコボコと湧き立つ沼からは、絶え間なく禍々しい瘴気が湧き出しているのです。
本来であれば、沼の中央を刺し貫く聖剣により、瘴気が封じられているはずでした。ですが、長き時を経たことにより、ミスリルの青き輝きが失われつつあるのです。
「リィンの剣よ、今しばらく耐えてくれ」
まぶたを閉じたゴランの脳裏に、亡き妻の姿が思い浮かびます。銀色に輝く聖騎士の鎧に身を包み、腰まで伸びた金色の髪をなびかせる――。歳は20を過ぎたころですが、エルフは歳を取るのが遅く、見かけ通りの年齢ではありません。
リィンの面影がなぜか、ナイフを打つリームと重なりました。エルフとドワーフでは、まるで似つかぬはずなのに。
「リィンが……導いてくれたのかもしれんな」
ゴランは、右の指先で眼帯にそっと触れました。眼帯の下の目は、妻の命と共に失われています。
勇者がこの世を去ってから3百年。人の世を脅かす悪しき力は再び増してきているのです。
鳴り響いていたハンマーの音が止まりました。鍛冶職人たちの歓声が聞こえてきます。
「終わったか……」
ゴランはゆっくりと部屋を出て行きました。
◆ ◆ ◆
ゴランが鍛冶場に入ると、リームは床に敷かれた茣蓙の上で寝息を立てていました。
「疲れたんじゃな。打ち終わるなり、眠ってしもうた」
オイゲンがそっと毛布をかけると、リームは温もりを逃すまいと、毛布を巻き込んで丸まりました。
「寝顔は、ただの幼子なんじゃがな」
「……」
ゴランは無言で作業台に目を移しました。その幼子が打ったナイフがまばゆい光を放っています。
周りでは、鍛冶職人たちがただただ息を呑んでいました。
「なんて輝きだ……」
「これほどとは……」
あまりの輝きに誰ひとり、ナイフに触れられないのです。躊躇なく手にしたのは、割って入ったゴランでした。
「見事だ――」
数え切れぬほど折り重ねられた刃から、青白い光が多方向に放たれています。まるでミスリルで出来たクリスタルです。
オイゲンが歩み寄りました。
「恐れながら、ゴラン様が鍛えたリィン様の剣に勝るとも劣らずじゃ」
「遠慮するな、我が聖剣を越えたと言え」
「……神の業じゃった。この手の震えは、やっとこを持ち続けたからにあらず。神業に触れた畏れと、喜びですじゃ」
「フッ……お前の満ち足りた顔を、この歳になって見ることになるとはな」
ゴランが口の端から笑みをこぼしました。オイゲンも子供のような笑顔を返しています。それほど充実した鍛冶仕事だったのです。
ゴランが手を上げ、職人たちに命じました。
「リームの技、目に焼き付けたな! 少しでも身につけよ!」
オイゲンが続きました。
「者ども、道は示されたのじゃぞ! あとは打つのみじゃ!」
おう! と職人たちが一斉に吠えました。夜中だというのに、各々が炉へと散っていきます。
ゴランがオイゲンに耳打ちしました。
「ありふれた柄と鞘がいる。この輝きを隠さねばならん」
「承知じゃ!」
オイゲンは疲れもなんのその、老体に似合わぬ軽い足取りで部屋の奥へ消えていったのでした。
◆ ◆ ◆
翌朝。目が覚めたリームは、作業台で頬杖をついていました。見つめる先には、生き生きとハンマーを振るう鍛冶職人たちがいます。
「オイゲンお爺ちゃん」
「なんじゃ?」
「なんか昨日より、みんなの打つ剣の光が強くなったみたい」
「嬢ちゃんが技を示したからのう。身につけようと必死なんじゃよ」
「みんな真面目だし、スキルレベルの上げ方も教えたから、いつかすごい剣が生まれるよ」
リームは、ぴょんとイスから飛び降りました。
「強い剣が出来たら、変な人に売らないで。人を……傷つけるような人に売るのはダメ」
「……それは、師の教えか?」
「師!? 師匠ってこと!? そ、そんなんじゃないって! ただ……世の中には、ヒドい人がいるから、そんな人が持ったらイヤだなって……」
「ふむ……嬢ちゃんは優しい子じゃな」
いつの間にか、ゴランが背後に来ていました。
「リームよ、鉄の剣がどこまで鍛えられると知る?」
「どこまで? う~ん……鉄の鎧を真っ二つにするぐらい?」
「なっ、なんじゃと!?」
オイゲンが絶句しました。革ならともかく、鉄の鎧を真っ二つにするなど聞いたことがありません。
「ワッハッハ! そこまで斬れる域に達しては、素性のわからぬ者には売れぬな! 戦のバランスが狂う」
ゴランは片膝をつき、リームの目の高さまで腰を折りました。
「そのような剛剣が生まれたなら、むやみに売らぬと約束しよう。国を滅ぼす」
「約束だよ。昨日打ったナイフも、絶対に変なことに使わないで」
「安心するがいい。お前と変わらぬ歳の娘が持つだけだ」
「……信じたからね」
「ああ、約束を違えたら、ワシの首をやろう」
「ゴ、ゴラン様!」
慌てるオイゲンをよそに、ゴランは豪快に笑いました。
「ところでリームよ、ナイフの代金はいくらとする?」
「う~ん……大金貨1枚ぐらい?」
職人たちの手が一斉に止まりました。信じられないといった目でリームを見ます。
「な、なに? なんか変なこと言った?」
ゴランがまた豪快に笑いました。
「ガハハハ! 欲のないヤツだ! そんなはした金ではあのナイフに見合わん! 抱えきれんほどの大金貨を持たせてやろう」
リーゼは、あからさまにイヤな顔をしました。
「そんなにいらないよ、買いたいものないし」
「む……では、欲しくなったら、いつでもここに来るがいい。金は用意しておく」
「お金はいらないけど、ここにはまた来るよ。オイゲンお爺ちゃんや、みんなと会いたいし」
鍛冶職人たちが、笑顔で力こぶを作りました。もうみんな同じ職人仲間なのです。
◆ ◆ ◆
お昼が来る前に、リームは鍛冶屋ギルドを後にしました。
鍛冶職人たちは皆、通りの向こうへ消えていくリームに手を振っています。リームも歩きながら、手を振り返しました。
「ゴラン様、リームを聖剣の打ち手とするのじゃろう? なぜ手元に置かぬのじゃ?」
ゴランは口端を上げながら顎髭をさすりました。何か策があるようです。
「あれは子供だ。強いれば強いるほど逃げてゆく。今は出会えたことを喜べ。案外、金で釣れるかもしれんぞ?」
そう言うと、ゴランはまた豪快に笑うのでした。
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