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04 聖剣の打ち手

更新履歴

2022年 1月18日 第2稿として加筆修正

 深夜になっても、リームとオイゲンはミスリルを鍛え続けていた。


 甲高いハンマーの音が、鍛冶屋ギルドの外にまで鳴り響く。その音を、ゴランは2階のギルド長室で聞いていた。


(聖剣の打ち手は見つかった。あとは、聖騎士を見出さねば……)


 ギルド長室の窓からのぞく遠くの山々――その奥には、“闇の大穴”と呼ばれる巨大な底なし沼がある。湧き立つ沼は絶えず黒い瘴気を吐き出し、ネイザー公国を脅かしていた。

 本来であれば、中央を刺し貫く聖剣により、沼の力は封じられているはずだった――。だが、長き時を経て、ミスリルの青き輝きは失われつつあった。


(リィンの剣よ、今しばらく耐えてくれ)


 まぶたを閉じたゴランの胸に、亡き妻の姿が思い浮かぶ。銀色の聖騎士の鎧に身を包み、金色の長い髪をなびかせる美しきエルフ。年のころは20代半ばだが、エルフは人やドワーフよりも歳を取るのが遅く、見かけ通りの年齢ではない。


 リィンの面影が、なぜか、下でナイフを打つリームと重なった。エルフとドワーフ、まるで似つかぬはずなのに。


(リィンが……導いてくれたのかもしれんな)


 ゴランは、妻の命と共に失われた右目の眼帯にそっと触れた。――勇者がこの世を去って3百年、魔族も魔王を失ったが、その力は増してきている。


 鳴り響いていたハンマーの音が止まった。続いて、職人たちの歓声。


(終わったか……)


 ゴランは、ゆっくりと部屋を出て行った。



  ◆  ◆  ◆



 ゴランが鍛冶場に入ると、リームは床に敷かれた茣蓙ござの上で、深い寝息を立てていた。


「疲れたんじゃな。打ち終わるなり、眠ってしもうた」


 オイゲンがそっと毛布をかけると、リームはくるりと巻き込んで丸まった。


「寝顔は、ただの幼子なんじゃがな」

「……」


 ゴランは無言で作業台に目を移した。その幼子が打ったナイフが、信じがたいほどのまばゆい光を放っている。


「なんて輝きだ……」

「これほどとは……」


 作業台を取り囲む職人たちは、ただただ息を呑むだけで、誰1人ナイフに触れようとしない。躊躇なく手にしたのは、割って入ったゴランだった。


(見事だ――)


 数え切れぬほど折り重ねられた刃から、青白い光が多方向に乱反射している。まるでクリスタルのようだ。


「恐れながら、ゴラン様が鍛えたリィン様の剣に勝るとも劣らずじゃ」

「遠慮するな、我が聖剣を越えたと言え」

「……神の業じゃった。この手の震えは、やっとこを持ち続けたからにあらず。神業に触れた畏れと、喜びですじゃ」

「お前の満ち足りた顔を、その歳で見ることになるとはな」


 ゴランが口の端から笑みをこぼした。オイゲンも子供のような笑顔を返す。その笑顔だけで、充実した仕事だったことがわかる。


 ゴランは職人たちに命じた。


「リームの技、目に焼き付けたな! 少しでも身につけよ!」


 オイゲンが続いた。


「者ども、道は示されたのじゃぞ! あとは打つのみじゃ!」


 おう! と職人たちが吠えた。夜中だというのに、各々が炉へ散っていく。


「ありふれたつかさやがいる。この輝きを隠さねばならん」

「承知じゃ」


 オイゲンは疲れを感じさせぬ軽い足取りで、部屋の奥へ消えていった。



  ◆  ◆  ◆



 翌朝、目覚めたリームは、作業台で不満そうに頬杖をついていた。半目で見つめる先には、生き生きとハンマーを振るう職人たちがいる。


「オイゲンお爺ちゃん」

「なんじゃ?」

「なんか昨日より、みんなの打つ剣の光が強くなったみたい」

「嬢ちゃんが技を示したからのう。身につけようと必死なんじゃよ」

「みんな真面目だし、スキルレベルの上げ方も教えたから、いつかすごい剣が生まれるよ」


 リームは、ぴょんとイスから降りた。


「強い剣が出来たら、変な人に売らないで。人を……傷つけるような人に売るのはダメ」

「……それは、師の教えか?」

「師!? 師匠ってこと!? そ、そんなんじゃないって! ただ……世の中には、ヒドい人がいるから、そんな人が持ったらって……」

「ふむ……嬢ちゃんは優しい子じゃな」


 いつの間にか、ゴランが背後に来ていた。


「リームよ、鉄の剣がどこまで鍛えられると知る?」

「どこまで? う~ん……鉄の鎧を真っ二つにするぐらいかなぁ」

「なっ、なんじゃと!?」


 オイゲンが絶句した。


「わっはっはっ! そこまで斬れる域に達しては、素性のわからぬ者には売れぬな! 戦のバランスが狂う」


 ゴランは片膝をつき、リームの目の高さまで腰を折った。


「そのような剛剣が生まれたなら、むやみに売らぬと約束しよう。国を滅ぼす」

「約束だよ。昨日打ったナイフも、絶対に変なことに使わないで」

「安心するがいい。お前と変わらぬ年の娘が持つだけだ」

「……信じたからね」

「ああ、約束を違えたら、ワシの首をやろう」

「ゴ、ゴラン様!」


 慌てるオイゲンをよそに、ゴランは豪快に笑った。


「ところでリームよ、ナイフの代金はいくらとする?」

「う~ん……大金貨1枚ぐらい?」


 職人たちが一斉に手を止めて、リームを見た。

 な、なに? なんか変なこと言った?


「ガハハハ! 欲のないヤツだ! そんなはした金ではあのナイフに見合わん! 抱えきれんほどの大金貨を持たせてやろう!」


 リーゼは、あからさまにイヤな顔をした。


「そんなにいらないよ、買いたいものないし」

「では、欲しくなったら、いつでもここに来るがいい。金は用意しておく」

「お金はいらないけど、ここにはまた来るよ。オイゲンお爺ちゃんや、みんなと会いたいし」


 職人たちが、笑顔で力こぶを作った。もうみんな同じ職人仲間だ。




「ギルドって、あんまり出入りしたことなかったけど、楽しかったよ」


 そう言い残して、リームは鍛冶屋ギルドを後にした。

 職人たちは皆、建物の外に出て手を振った。リームも手を振り返した。


「ゴラン様、リームを聖剣の打ち手とするのじゃろう? なぜ手元に置かぬのじゃ?」


 ゴランは、あご髭をさすりながら答えた。


「あれは子供だ。強いれば強いるほど逃げてゆく。今は、出会えたことを喜べ。案外、金で釣れるかもしれんぞ?」


 ゴランは、また豪快に笑った。

【次回予告】

ミスリルナイフを打ち終わったリームは、リーゼに戻って街を出ます。

果たして、待ち受けるのは?


【大切なお願い】

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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