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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
最終章 平凡的幸福論のメソッド
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平凡的幸福論のメソッド4

「なんでそう思うんや?」



 薔弥の純粋な疑問が零れた。だが薔弥のその疑問は、透巳にとって先の質問の肯定と同義であった。


 何も知らないささ、百弥、小麦はそもそも今回の連続殺人事件の犯人が友里だと思っているので、それが冤罪であるという事実にまず驚いていた。


 だが薔弥はその点ではなく、自身がその真実を知っているということを、何故透巳に見抜かれたのかという点を疑問視している。その時点で薔弥は自白しているようなものだった。



「薔弥先輩の言う、〝奥の手〟って何だろうって考えてみたんです。木藤友里が自分から薔弥先輩……いや、さささんに会いに来るためにとる手段とは何なのか。俺は思考を整理したい時、今起きている状況を確認するようにしていまして。今木藤友里に関連する、起きている状況と言えば、彼女がやってもいない殺人事件の罪を着せられていることです」

「ちょい待ち。そもそも何で透巳くんは木藤友里が犯人じゃあらへんって……」

「その質問には答えられません」



 自身の推測を語り始めた透巳だったが、薔弥は彼が友里を冤罪だと断定している理由が分からず話を遮った。だがその理由は刑事の慧馬でさえも知らされていないので、透巳がそれを薔弥に言う謂われがなかった。


 きっぱりと断られたことで、これ以上の追及が無意味であることを察した薔弥は黙って話の続きを聞くことにした。



「話を続けますね。木藤友里が冤罪を着せられているこの状況。そして薔弥先輩がとった奥の手。この二つを単純にかけ合わせて考えると、薔弥先輩がとった奥の手こそが、木藤友里に無実の罪を着せることだったんじゃないのか。俺はそう思ったんです」

「……ほんで?」



 否定することなく、透巳の推理の続きを求めた薔弥に、透巳以外の全員が目を見開いた。その反応が、透巳の推測に対する肯定を表していたからだ。


 ささも百弥も、薔弥がそんなことをしているとは知らなかったので、驚きを隠せていないようだ。


 友里に無実の罪を着せれば、彼女がそれを否定するためにささの元を訪れるのではないか。薔弥はその可能性に賭けたのだ。



「薔弥先輩が木藤友里を犯人に仕立てた方法は、まぁ単純ですが効果的なものです。恐らく薔弥先輩は何らかの方法で木藤友里の指紋を手に入れて、その指紋を凶器につけたんでしょうね。指紋って刑事事件において最も信用度の高い証拠ですし、警察は凶器からの指紋を無視なんてできません。上手くやりましたね」

「……あ!」



 ペラペラと止めどなく語られた透巳の推測を聞いていたささは、ふと何か大事なことを思い出したように大声を上げた。全員の視線が透巳からささに集まった。



「この前わざわざ私に友里ちゃん家に行かせて、友里ちゃんの私物取りに行かせたのってこれの為だったんですか?……あらあら、どうしましょう?私犯罪の片棒を担がされてしまいました」



 どうしようと言いつつ、声音が非常に落ち着いているささからは危機感が伝わってこない。


 薔弥は木藤友里の指紋を手に入れるために、彼女の親友だったささの力を使って私物を取りに行かせていたのだ。



「大丈夫ですよ。目的を知らされていなかったのなら無実です。それにしても薔弥先輩、実家が金持ちで良かったですね。証拠隠滅罪は何とか払える程度の罰金で罪を償えるらしいですよ」

「捕まる前提なんやな」



 ささを安心させつつ、薔弥に皮肉じみた豆知識を披露した透巳に、薔弥は苦笑いを浮かべてしまう。


 薔弥は殺人事件の犯人が木藤友里であると証拠を偽装した。これは立派な犯罪であり、今はそんな薔弥の罪を詳らかにしている状況なのだが、関係者全員が落ち着いているせいでそんな雰囲気が全く醸し出されていない。


 その為当惑しているのは外野の小麦ただ一人という奇妙な状況である。



「それはそうと、一番大事なのはここからですよ。薔弥先輩」



 そう言って不敵な笑みを浮かべた透巳に、薔弥はタラリと冷や汗を流しつつ笑い返す。本当に透巳にはこの短時間で全て見透かされてしまっているのだと、実感させられたからである。


 *********


 それから三日後。透巳は再びささの働く神社を訪れていた。


 だが今回は薔弥に会うためではなく、ましてや小麦を迎えに行くためでもない。今回透巳が神社を訪れたのは、ささに用があったからだ。


 学校終わりではあるが、今日小麦は一緒に下校していない。今回ばかりは、小麦を一緒に連れて行くわけにはいかなかったのだ。


 思えば初めて透巳とささが出会った時も、一対一の二人きりだったので、透巳はほんの少し懐かしく感じる。



「あ。おかえりなさい。今日はどうしたんですか?」

「さささんと、少し話がしたくて」

「話?私と?」



 透巳の思いもよらない発言に、ささは竹箒で掃く手を止めて首を傾げた。ささは正直、これまで透巳は自身に興味が無いのかと思っていた。なのでそんな印象の透巳が自ら足を運んでまで、ささと会話をしたいと望んだことが、ささにとっては衝撃的だったのだ。



「はい。さささんは猫好き同志なので、仲良くしておきたいんです」



 透巳のその言葉に嘘は無かったが、その言の葉に込められた意味を全て理解することはささにはできないだろう。


 その場にしゃがみ込んだ透巳の傍には、野良猫たちが群がり始め、透巳だけの楽園がそこには広がっていた。相変わらず猫に懐かれやすい透巳を感心するように、ささもしゃがんでその様子をじっと見つめている。



「さささんは、木藤友里のことをどう思ってるんですか?」

「……大事な、友達ですよ」


 

 あまりにも唐突な質問だったが、ささは迷うことなく断言した。



「じゃあ薔弥先輩のことは?」

「……」



 二つ目の問いで、ささは言葉を詰まらせてしまう。あまり考えてこなかったからだ。ささはこの問題を考えてこなかった、というよりも、考えても分からないと最初から分かっていたのだ。


 だから放棄していた。無視していた。それは仕方が無いことでもあった。



「薔弥さんは、何なんでしょうか?」

「名前のない関係……ということですか?」

「友達でもないし、ましてや恋人でもないし、知り合い……というほど浅い関係では無いと思うんです」



 赤松ささにとって、青ノ宮薔弥という男は非常に分かりにくい立ち位置に佇んでいる。


 友人である百弥の兄でありながら、同じく友人である友里の仇のような相手。そして薔弥はささに対して苦手意識を芽生えさせており、一方のささはその他大勢と同じように接している。


 非常に複雑な関係であり、この関係に名前をつけることは不可能に近いだろう。


 薔弥に関する問いに答えはないということを察した透巳は、話を友里の件に戻す。



「……木藤友里が警察に捕まった方がいいと思いますか?」

「……それを決めるのは私ではないですけど……今友里ちゃんが途方に暮れて、悩んでいるのなら、その方がいいのかもしれませんね」



 あくまでささは、友里の心配をしていた。圭一の計画の元、殺人という大きな罪を犯してしまった友里だが、それはささにとって嫌悪の理由にはならない。


 だが犯してしまった本人は今、たった一人で周りの目から逃げながら、殺人の罪悪感に苛まれているのではないか。ささはそれを心配していた。



「そうですか……じゃあもし、木藤友里が捕まる前に彼女と話せる機会があるとすれば、話したいですか?」

「…………」



 透巳の唐突な問いに、ささは目を見開いた。そんな機会、出来る訳が無いと思う理性的な考えがあったが、それがこの質問で透巳が求めている答えとは違うだろうということもささには分かっていた。これは仮定の話で、仮定による結果を透巳は知りたがっているのだから。



「……そうですね。私まだ、友里ちゃんに話せていないことがあるので」



 ささがほんの少し細めたその目には、滲んだ哀愁の色が窺えられた。そんなささの瞳を見た透巳は、正直彼女が分からなかった。思えば初めて会った時から、透巳はこの少女のことがよく分からなかった。


 ささの感情は理解できるし、ささがどういう人間なのか透巳は一応理解しているつもりだ。だが透巳はささの感情を理解できても、どうしてそのような感情に至るのかは理解できなかった。人の深層心理というものが、ささには顕著に存在しているように透巳には見えていたのだ。



「それなら、今から会いに行きましょうか」

「……え?」



 何でも無い様に、そんな提案をしてきた透巳にささは思わず当惑したような声を上げた。あり得るはずのない仮定が、現実のものになるだなんて、ささは想像もしていなかったのだろう。


 ********


 木藤友里は、ポケットの中に乱雑に入っていた小銭を取り出して掌に広げてみた。


 五百円玉が一枚に、百円玉が三枚に、十円玉が四枚。心許ない所持金額に、友里がずっと抱いていた不安は増すばかりである。


 思えば四人の人間を殺してしまったあの頃から、自分が生きているのかもよく分からないまま、友里は明日への不安をずっと抱えていた。明日食べられなくなって死ぬかもしれない。明日寝る場所もなく凍え死ぬかもしれない。明日警察に捕まるかもしれない。


 そんな、ありふれた明日への不安だ。


 焦げ茶色の髪はボサボサで、触るのを躊躇う程汚れている。それは身体も同じで、もう長いこと友里は風呂に入れていなかった。


 こんなことになる前よりも随分とやせ細り、頬も痩せこけ、目の下には常に隈が出来ている友里は、まるで病人のようだ。


 友里はそんな細くなった指で、バッテリーの切れかかっているスマートフォンの画面をタップする。


 

「……知らない間に、やってもない殺人の犯人にまでされてるし……最悪」



 ネットニュースを忌々し気に見つめた友里は、誰にも届かない不満を口にした。この事件を初めて知った友里は、当に寝耳に水だっただろう。被害者はおろか、事件そのものも知らなかった友里が勝手に犯人にされているのだから、その衝撃は計り知れないものだった。



「ま。四人が七人に増えただけだし……大して変わらないか…………でも、ささに誤解されるのは、やだな」



 スマートフォンの電源を切り、虚空を見上げた友里はポツリと本音を呟いた。矛盾ばかりで、馬鹿馬鹿しくて、それでも本音だった。


 四人の人間を殺してしまった時点で、友里は人生が詰んでいると思っていたので、今更冤罪を被っても喚き散らす気力さえ無かった。


 だがネットニュースの中には、友里が快楽殺人者に堕ちたのではないかと勝手な憶測を語る者もおり、友里は辟易していた。同時に、ささも同じように思っているのではないかと、友里は疑心暗鬼になってしまっていた。



「……でも、何で私疑われたのかしら……」

「教えてあげましょうか?たぶん怒り狂うと思いますけど」

「っ!?」



 友里がこの日寝泊まりしていたのは、人通りの少ない潰れたコンビニエンスストアのはずだった。そんな場所に誰かが訪れるはずが無いと高を括っていた友里は、他人の声にビクッと反応した。


 友里の目に映ったのは、その声の主である透巳ともう一人。今一番会いたくて、会いたくなかったような人物だ。



「……ささ」

「久しぶりだね。友里ちゃん」



 思わずじわっと涙を滲ませた友里に、ささは綻ぶような笑顔を向けた。


 木藤友里という親友にだけ向ける笑顔と、ずっと聞いていたくなるような甘い声は、当に友里がずっと求めていた親友の姿だった。




 次は明後日更新予定です。


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