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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
最終章 平凡的幸福論のメソッド
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平凡的幸福論のメソッド5

 きっかけは、赤松ささという少女に対する不信感が原因だった。


 赤松ささという人間を、友里には理解できなかった。何を考えているのか、何を思っているのか理解できない。どこか人間離れしているような。友里はささに対してそんな印象を抱くようになっていた。


 自身の仇である薔弥の性根の悪さを理解していながら、親し気にしているささが友里には理解できなかった。そして同時に、許せなかったのだ。


 だが何よりも、友里にとって衝撃的だったのは、ささが友里のことを全く嫌っていなかったという点だ。


 友里は私怨で薔弥を襲い、その身体に傷をつけた。軽蔑され、嫌われるには十分すぎる理由があった。それなのにささは、それが当たり前であるかのように、いつも通りの笑顔を向けてきた。


 だがそれは友里にとって喜ばしいことでは無かった。


 友里が人を傷つけても驚かなかったということは、ささにとって友里という存在が最初からその程度であったということと同義であったから。


 友里であれば、人を傷つけるぐらいやってしまうだろう。友里であれば、思い込みで親友を責め立てるだろうと。ささは最初からそう思っていたのだと。


 友里は思い知らされてしまったのだ。


 だから友里はそれを否定したかった。ささの友里に対する認識を。ささの薔弥に対する認識を。全部ひっくるめて、赤松ささという少女を否定したかった。


 だがそんな歪んだ願望は、言い換えてしまえばささに嫌われるということでもあった。友里の認識下での〝当たり前〟では、人殺しは嫌われるはずだから。


 ささを否定したいのなら、友里はささから嫌われなければならなかった。


 それなのに。弱っている時、ささの柔らかい笑顔を向けられた友里は、それが本能であるかのように、嬉しいと感じてしまったのだ。



「久しぶりだね。友里ちゃん」

「……ははっ……馬鹿みたい」

「?」



 自覚できる程の馬鹿馬鹿しい矛盾に、友里は思わず乾いた笑みを零した。そんな友里の心情など、ささには分かるはずもないのだろう。



「……どうしてここが分かったの?」

「えっと……透巳さん。どうして分かったんですか?」

「あとで話します」

「は、はぁ……」



 友里からの問いにささは答える術を持っていなかった。ささはただ透巳について来ただけだからである。その為ささは透巳にその問いをバトンタッチしようとしたのだが、何故か一旦保留されてしまう。



「……ていうか、ソイツ、誰?」



 ささとの再会で失念していたが、友里は初めて会った透巳の方をギロリと睨んで今更なことを尋ねた。



「あ、そういえば初めましてでしたね。……神坂透巳です。えっと……」

「……?」



 透巳は事件などの話の中で何度も木藤友里の名前を出していたので、初めて会った気がしていなかった。改めて自己紹介をした透巳は、ささとの関係性をどう話したものかと、隣にいるささにじっと視線を向けた。



「さささんの恋人です」

「「……は?」」

「嘘ですよ」

「……何コイツ?」

「えっと。ももくんの、友達」



 何故かこのタイミングで訳の分からない冗談を、透巳は満面の笑みでぶっこんだ。二人が当惑していると、透巳は満面の笑みのまま誤解を解いたが、あまり効果は期待できなかった。


 冗談を使うべきタイミングを完全に間違えている透巳を、怪訝そうな瞳で見つめている友里の疑問を解いてやったのはささだ。



「俺的には大爆笑ものの冗談だったんですが、外してしまいましたね」

「小麦さんに怒られますよ?」

「ふふっ……そうですね」

「何で嬉しそうなんですか?」



 顎に手を当てて思案顔を浮かべた透巳は、冗談に対する二人の反応を真面目に解析し始めた。冗談とはいえ、二股宣言と相違ない発言をした透巳をささは咎めたが、何故か透巳はクスクスと笑みを零して楽しそうである。



「いえ。ただ嫉妬するねこちゃんは、さぞ可愛いんだろうなと思って」

「……なるほど」

「なるほどじゃないわよ。結局、何しに来たのよ。アンタたち」



 見惚れてしまいそうな笑顔で言ってのけた透巳には謎の説得力があり、ささは納得してしまった。だが透巳たちの関係性を知らない友里は流されずに話を元に戻してくれた。


 そんな友里の声を皮切りに、ささはここを訪れた本来の目的を果たすため、真剣な面持ちになった。



「友里ちゃん、これからどうするつもりなの?」

「っ……それは……」



 早速痛いところを突かれてしまった友里は、ささの真っ直ぐな眼差しから逃げるように顔を逸らした。今の友里は明日を生きるのもやっとなので、ささの追及に答えることが出来ないのだ。



「……どうするもこうするも、もうアンタたちに見つかっちゃったんだから、警察に捕まるだけでしょ」

「……じゃあ、友里ちゃんは結局、何がしたかったの?」



 友里が自棄になったように呟くと、ささは悲しそうな相好で核心をついた。


 それはささが一番知りたかったことであり、友里自身でも段々分からなくなってしまったことでもあった。



「私は……私は……もう、全部全部……分からないのよ」

「……分からない?」

「ささが何考えてるのかも。ささがどうしてあのクズと一緒にいるのかも……ささが、どうして私を嫌わないのかも……」



 分からない。その言葉にささは酷く反応した。だがそれに気づいたのは透巳だけだ。


 精神的に弱っていた友里は混乱した様に俯き、絡まった髪を更にぐちゃぐちゃにしているせいで、ささの変化に気づけていなかったのだ。



「ささはこの前……〝最初から分かってた〟って私に教えてくれたけど、それでも……分からないの。私は、理論理屈を知りたいわけじゃないの……辻褄を合わせたいわけじゃないの……ただ、納得したいの。……ささのこと好きだから……分かってあげたいの。……受け入れたいのっ……」

「ゆ、り……」

「私このままじゃっ……ささのこと受け入れられないのっ!」



 耳を突き上げるような慟哭が、空気を震わせた。跳ねるような涙が友里の目から零れて、つられるようにささも一筋の涙を流した。


 どうして泣いているのかも分からないほど自然に流れてきた涙に、ささは当惑してしまう。



「……友里ちゃん……ごめん」

「……えっ?」



 突然、ささから謝罪の言葉が発せられたことで友里は顔を上げて目を見開いてしまった。そしてその時、やっと友里はささの顔を真正面から見つめた。



「私ね…………自分のこと、よく……分からないの」

「……」

「私も、分からないの。自分が、何なのか。分からないの……多分、ずっと分からないんだと思う……だから、ごめんね。……私、薔弥さんへの感情も、友里ちゃんへの想いも……分からないの。自分のことも分からないから、自分の気持ちも、よく理解できてないの」



 茫然自失。今の友里の相好を表すのなら、当にその言葉だった。一方の透巳は、ささの本音にどこか納得してしまう部分があった。


 透巳がささに抱いていた〝分からない〟という印象を、ささ自身も抱いていたのだという事実に、表現し難い説得力があったのだ。


 だがささにとっての〝分からない〟と、透巳や友里にとっての〝分からない〟には僅かな差があった。


 ささが自分自身のことを理解できていないから、ささにはちぐはぐで歪な違和感のようなものがあって、それらが透巳たちにとっての〝分からない〟という印象に繋がったのだ。



「……なに、それ」

「ごめんね……」

「謝ってほしいなんて言ってない」

「ごめん……私、友里ちゃんの期待に応えられないの。受け入れたいって言ってくれたこと、嬉しかった。だけど、私はそれも……出来ないの。何を受け入れてもらえばいいのかも、分からないから……出来ないのっ」

「……」

「だから、ごめんね」



 そもそも、最初から何も成り立っていなかったのだと、友里は思い知らされた。求めてはいけなかったのだと。与えたいと思うことすら、臍で茶を沸かすようなことだったのだと、突き付けられた。


 いくら源になるパワーを与えようとしても、その力を活用する方法を知らないのなら、何の意味もなさないように。

 ささにとって友里の思いや、感情は、まさに猫に小判。馬の耳に念仏。言葉にしてしまうと、あまりにも呆気なく残酷なものだった。



「……そう。分かった……全然分からないけど、分かったわ。要するに、そういうことでしょう?」

「ごめ……」

「だから謝らないでよっ!!」



 もう二度と聞きたくないと、突き放すように。友里は両手で耳を塞いでその場にしゃがみ込んだ。


 ささがごめんと謝るたびに、友里は突き放されているように感じていた。ごめんという言葉が、ここまで不快に感じられることも無かっただろう。



「……もうささには関わらない。これでいいんでしょ……」

「ご…………うん」



 思わずまた謝ってしまいそうになったささだが、友里の決意を無下にしたくはなかったのか、静かに首肯した。



「お話、終わりましたか?」

「……あ、はい……」



 二人の間に気まずい沈黙が流れると、それを察した透巳がようやく口を開いた。二人の会話には全く興味と言わんばかりにサラッと零した透巳を、友里は不満気な眼光で睨んでいる。



「じゃあ今度は俺の番ですね」

「……?」

「さっき言ってましたよね?どうして疑われたのかって」



 当たり障りのない笑みを浮かべて、選手交代を宣言した透巳に友里は思わず首を傾げた。初めて会った透巳が自分に一体何の用なのかという疑問が、真っ先に友里の中で湧いたのだ。


 だが透巳の言葉で自身が抱いていた疑問について思い出した。



「えぇ……」

「まぁ、今のあなたにとっては結構どうでも良いことかもしれませんし、真実を聞いたところでちょっとムカついて嫌な思いするだけかもしれませんけど。それでも聞きたいのであれば教えますよ」

「……教えて」



 予想外の答えが友里から返ってきたことで、透巳はほんの少し目を見開いて驚いてみせた。



「何も知らない愚かな者にだけはなりたくないから」

「なるほど。恥の上塗りは確かに嫌ですね」

「っ……」



 独自の失礼な解釈で勝手に納得してしまった透巳に、友里はキッと睨んで返すことしか出来なかった。言い方は悪いが、意味的には反論の余地が無かったからだ。



「まぁ率直に言ってしまうと、あなたが疑われたのは薔弥先輩のせいですね」

「っ……!……どうせ捕まるなら、殺しておけばよかったわ」



 透巳が簡単に結論だけを述べると、友里はその真実に一気に憤慨し、ここにはいない薔弥に恨み言を呟いた。友里が犯罪に手を染めてしまった大きな原因である薔弥が、友里の知らないところで更に害悪を生み出していたという事実を知って冷静でいられるほど、友里は人生を放棄していなかった。


 同時に、先の透巳の発言の意味を友里は理解することが出来た。確かに知ったところで、薔弥への恨みがほんの少し増して、友里が嫌な気分になるだけだったので透巳の言葉は正しかった。



「そうですね。反対はしませんよ」

「……何なのよアンタ。アイツの知り合いじゃないの?」

「そうですけど。ぶっちゃけ薔弥先輩がどうなろうとどうでも良いんですよね」



 薔弥の殺害を仄めかした友里の意見を全く否定しなかった透巳に、友里は困惑混じりの視線を向けた。初対面の上、性格が読めない透巳に早速苦手意識を湧かせていた友里なのだが、少なくとも薔弥に対して好意を抱いていないという点だけは好感が持てると思ってしまった。



「話を今回の連続殺人事件に戻しますけど、真犯人が誰か気になりますか?」

「え?……分かってるの?」

「はい。というか、もう捕まりました」



 今回の事件の真犯人が分かっているという事実だけでも衝撃的だったというのに、既に逮捕されているという事実が友里には信じられなかった。ついさっき見ていたネットニュースでは、まだ友里が重要参考人ということになっていたので、彼女の疑惑も仕方が無い。


 だが助けを求めるように視線を移すと、ささが無言で首肯していたのでそれが真実であることを友里は思い知らされた。



「まぁ捕まったのついさっきなので、ニュースになってないのも仕方ないですけどね」

「そう、なの…………?ちょっと待って。誰か気になるか?ってことは、私の知ってる人なの?」

「そうですよ」



 次々透巳から発せられる新事実に、友里は十分に驚く暇もないほど呆けてしまった。



 次は明後日更新予定です。


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