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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
第五章 不変の√コーナー
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不変の√コーナー6

「母さん、取り敢えず捕まえてもいい?」

「それは構わないけど、ボコるかどうかは私の判断を待ってね」



 取り敢えずストーカーを捕まえ、話を聞いてみることにした透巳は、季巳の忠告に素直にコクリと頷いた。


 そしてそのまま後方へ走り出すと、数十メートル先の建物の影に入っていき、それから数秒した後すぐにその影から出てきた。


 一人の少女(ストーカー)を連れて。



「あら。女の子?駄目よ透巳。この子は殴っちゃ駄目」



 大人しく透巳に捕まってやって来たのは透巳と同年代だと思われる少女だった。ストーカーの正体がこんなにも小さな女の子だとは想像もしていなかった季巳は、話を聞くまでもなく透巳にそう言い含めた。


 その少女は透巳よりも少し小さな背に、艶やかな黒髪。その髪の長さとカットの仕方はどことなく季巳に似ている。キリッと細長な目はゆっくりと垂れていて、瞳は吸い込まれそうなほど真っ黒である。薄い唇や醸し出す雰囲気がどこか大人びているが、どこからどうみてもただの子供である。


 そんな少女は季巳の声を耳にすると、何故か突然涙を流し、地面に膝をついて両手を組み始めた。



「こ、こんな……私のような愚か者に、そのようなお慈悲をくださるなんて……なんてお優しい方なのでしょうか……やはり季巳様は神になるべくして産まれた存在なのですね……!」

「……この子何言ってんの?」

「私にもさっぱり分からないけれど、透巳の予想が当たったわね」



 拝みながら季巳を讃えだした少女に透巳たちは目を点にしてしまう。



「ねぇあなた……お名前は?」

「ひぃっ!わた、私のような者の名前を季巳様に教えるなど、季巳様のお耳を汚してしまいます……」

「いやそういうの良いからさっさと答えろよめんどくさいな」



 名前を尋ねた季巳だったが、少女の信仰度が高すぎてなかなか話が前に進まない。そしてそれをすぐに察知した透巳はその遠慮の方が迷惑であることを暗に伝えた。ストーカーに対する遠慮がまるでない透巳に季巳は苦笑いを浮かべるしかない。



「も、申し訳ありません!私は(もぎき)千流芭(ちるは)と申します。そちらにいる透巳様と同じ学校に通わせていただいており、同級生であります」

「もぎき、ちるは?変わった名前ね」

「は、はい……」

「それで?何してるの?」



 透巳と千流芭が同級生であることに若干驚いた季巳だったが、近所の同年代の子供が同じ学校に通っているのは言ってみれば当たり前のことなので言及はしなかった。


 もちろん透巳が彼女のことを知っている訳もなく、彼は千流芭に用件を尋ねた。



「あ、あの……私、季巳様にお礼がしたくて……」

「お礼?」

「はい!私は季巳様のおかげでこうして生きていられるので、そのお礼がしたかったのです」

「それ、どういう意味?」



 ストーキングの理由がお礼であることを知った透巳は、やはり千流芭が他のストーカーとは違うことを確信する。一方の季巳は、何故自分の存在が千流芭の生に関係しているのかが分からず首を傾げた。



「実は私、学校で苛められていて。悩んでいたのですが、テレビで季巳様のお姿を拝見するだけで幸せになり、生きる理由を見出すことが出来たのです!何度か自殺を図ったこともあるのですが、季巳様のご活躍を見られなくなってしまうので、今では失敗してよかったと思っています!」

「「……」」



 経緯を説明しながら、服の袖をまくって自身の手首を見せた千流芭。その左手首には生々しく、痛々しい傷痕があり、透巳たちは思わず言葉を失った。


 小学三年生の少女が、どんな目に遭えばここまで自身を傷つける結果になったのかと、想像するだけで鳥肌が立ってしまう。



「そう……私があなたの生きる糧になったのなら、それは喜ばしいことだけど……その苛めはまだ続いているの?」

「はい。でも今はそこまで辛くありません。季巳様が存在しているだけで私は幸せですので」

「……透巳」



 千流芭のその笑顔に嘘はなかった。それでも季巳は未だ千流芭が苛めに遭っている事実に顔を顰めてしまう。そして季巳は小さな声で透巳を呼んだ。透巳はその用件に大体の目星がついていたので、思わずため息を零した。



「はいはい。この子を苛めから守ればいいんでしょ」

「話が早くて助かるわぁ」

「そ、そんなっ!す、透巳様にそのようなことを……だ、大丈夫です!透巳様の手を煩わせるようなことでは……」



 二人の世界で話が進んでしまい、取り残されている千流芭は思わず声を上げた。千流芭はそんなつもりで苛めのことを話したわけでは無かったので、透巳の手を煩わせたくは無いと思ったのだ。



「……あのさ。何で俺に対してまでそんな感じなの?」



 透巳はふと、先刻から気になっていたことを尋ねた。千流芭が崇拝しているのは風宮季巳であって透巳ではない。にも拘らず千流芭は透巳のことまで敬称をつけて呼んでいて、明らかに特別扱いしているように見受けられた。



「だって透巳、考えてもみなさい。この子にとって私って神様なんでしょ?あんたはその子供なんだから、この子にとって透巳は神子様みたいなものなんじゃない?」

「はい!その通りであります!」

「……まぁいいや。取り敢えず君は何で苛められてるのか分かってるの?」



 キラキラとした相好で季巳の推測を肯定した千流芭に、透巳は苦虫を噛み潰したような表情を向けた。だがすぐに興味をなくした様に話題を元に戻す。



「はい。どうやらクラスで一番人気のあるガキが私に劣情を向けているようで、それに嫉妬したケツの青い女共が嫌がらせをしてくるんです」

「あなた……本当は口悪いのね」

「も、申し訳ありません。お耳障りでしたでしょうか?」

「いいえ。そっちの方が面白くて好きよ。ねぇ?透巳」

「うん」



 畏まった話し方にしても毒舌にしても、小学三年女児の発言には聞こえないのだが、後者の方がインパクトは大きい。透巳は先刻から自身に向けられる畏まった話し方をむず痒く感じていたので、寧ろこちらの方が好ましく感じていた。



「お、お気に召していただけて、光栄であります!」

「じゃあさ、そのクラスで一番人気のあるガキのこと教えてよ」

「え……っと、それは構いませんが、何故?」

「ちょっくら解決しに行くから」



 いじめっ子の方ではなく、苛めの原因となった男子生徒のことを尋ねた透巳に千流芭はキョトンとした相好を向けた。


 その疑問に答えた透巳を目の当たりにした季巳は「流石は我が息子」と言わんばかりの満足気な表情で破顔していた。


 ********


 それから数日後。夕暮れに透巳たちのマンションのインターホン音が鳴り響いた。遠慮がちにも聞こえるその音は、千流芭の来訪を知らせていた。


 幸いその時季巳や透巳が自宅にいたので、千流芭は難なく神坂家を訪問することが出来た。



「なんか用?」

「あ、あの。透巳様……一体何をされたんですか?」

「何をって?」

「だ、だって……あの日から私に対する苛めがピタリと止んで……」



 扉を少し開けてぶっきら棒に尋ねた透巳。アポなしの訪問に怒っているわけでは無く、ただ単に透巳の愛想が無いだけである。そして何故か千流芭が透巳たちの自宅を知っている件については問い詰めない。その理由が明白だからである。


 一方の千流芭は、あの日透巳が言ったように苛めが解決してしまった原因が分からず当惑しているようだ。千流芭が自殺未遂を試みるまで酷かったあの苛めが、透巳の行動一つで解決したのなら、一体何をしたのか気になった為千流芭はこうして訪ねてきたのだ。



「別に?大したことはしてないよ。ただ……」

「何でそんなところで立ち話してるのよ?上がったら?」


 

 透巳が千流芭の疑問に答えようとすると、季巳が室内から呆れた様に声をかけてきた。



「そ、そんなっ!お二方の神聖なご住居に、わた、私のような愚か者が足を踏み入れるなど……」

「だからそういうの良いって言ってんじゃん。学習能力ないの?」

「上がらせていただきます!」



 お約束のように家に上がるのを躊躇った千流芭だったが、透巳の指摘を受け一瞬で意見を翻した。千流芭をリビングまで案内した透巳たちは、それぞれテーブルの席について話をすることにした。



「で、さっきの話の続きだけど」

「は、はい」

「俺、君のクラスの人気者を誑かしたんだよね」

「「………………は?」」



 透巳の言っている意味が理解できず、思わず千流芭と季巳の声が重なってしまう。〝誑かす〟という言葉の解釈が季巳たちの思っているものと異なるのかとも思う程に。



「ほら。俺って顔は可愛いじゃん?」

「そうね。私の息子だもの」



 突然何を言い出すんだというツッコみはさておき、季巳は素直に肯定した。透巳の容姿が整っていることを否定すると、間接的に自身の容姿も否定することになるので当然の反応である。一方の千流芭は首が取れるんじゃないかというぐらいに激しく首を縦に振っている。



「だから女装してその人気者に色目使いまくってきた」

「……あんたのポテンシャルについては今度話すとして、何でそんなことしたのよ?」



 透巳はまだ声変わりもしておらず、季巳にそっくりな容姿。カツラを被っただけで女子に見えるのは当然だが、会話をしていけばボロだって出てくるだろう。にも拘らず小学三年生の透巳がバレずに架空の女子に扮し続けたという事実は、季巳の心を躍らせる事実だった。


 やはり自分の息子は演技に関する天賦の才能を持っているのだと。



「だってさ。その苛め、あのエロガキが君のことを好きなせいで、女子から嫉妬されて起きたんだよね?」

「は、はい」

「エロガキって……まさか何かされた?」

「黙秘」



 千流芭のクラスの人気者をエロガキ呼ばわりする透巳に、季巳は怪訝そうに尋ねた。透巳がその男児を誑かした過程で何かあったのかと、親として心配になったのだ。そんな季巳の心配を余所に、即答した透巳のせいで増々疑惑は膨らむばかりである。



「で。話を戻すけど。それが原因で苛めが起きているなら、要は女子たちの嫉妬の対象を変えちゃえばいいと思ったんだ」

「あぁ、なるほどね。だから存在もしない〝神坂すみこ〟になってわざと惚れられたってわけ」

「そんなふざけた偽名は名乗ってないけど、大体は当たり」



 透巳が行ったのは嫉妬の対象の変更。問題の男子の想い人が千流芭では無い別の人間になれば苛めの標的も自動的に移行する。しかも存在しない架空の人間をその対象にすれば、実質苛めは起こらない。


 それらを理解した季巳と千流芭。



「え、じゃあなに?その男の子、アンタが男だってことも知らずに惚れて、存在しない女の子を探し続ける羽目になるってこと?」

「まぁそのうち忘れるだろうけど、しばらくはそうなってもらわないと困るよ。苛めの標的が戻ったら何のために俺が女装したのか分からないじゃん」

「忘れられるのかしら……?」



 女装した透巳の姿を見たことの無い季巳だが、想像することは容易いのでその哀れな男子生徒を思って顔を引き攣らせた。


 このまま一生存在しない女の子に対する恋心を拗らせ続けるのではないかという不安があったが、顔も知らない相手の心配をし続ける程季巳は善人ではない。



「というわけだからもう苛められることは無いと思うけど、また何かされたら教えて。他の策もあるから」

「……どうして」

「?」



 興味なさそうにおやつのドーナツにかぶりつきながら言った透巳に、千流芭はぼそりと疑問の声を口にした。

 その表情には不安と疑問が滲んでいて、透巳は思わず首を傾げた。



「どうして、助けてくれたのですか?」

「……教えてもいいけど、どっちがいい?」

「どっち、とは?」

「マジな理由の方か、建て前か」

「……本当の理由が知りたいです」



 季巳の頼みだとは言え、透巳がそこまでして千流芭を助ける理由が無かった。それは千流芭以上に季巳が理解していた。頼んだ張本人である季巳だが、まさか本当に透巳が手間をかけてまで千流芭を助けるとは思ってはいなかったのだ。


 透巳は例え季巳の頼みでも、自身が納得していなければその指図を受けることは無い。だからこそ透巳が千流芭を助けたのにはそれなりの理由があり、千流芭の疑問は的を得ていたのだ。



「君にはさ、俺の犬になって欲しいんだ」

「……いぬ?」

「そ。犬。俺、猫派だから可愛がらないけどね」



 透巳の口から出た〝犬〟という単語に、季巳は我が息子ながらに眩暈がする程鬼畜だと感じた。



「えっと……それは、(しもべ)ということでしょうか?」

「正解、理解が早くて偉いね。ぽっちーは」

「ぽっちー?」

「そう。君は今日からぽっちー。一生その身をかけて俺に恩を返してね!」

「……透巳、前から疑ってはいたけど、やっぱりアンタドSね」



 輝かしいほどの笑顔で鬼畜な発言をする透巳に季巳はドン引きである。要するに透巳はこれから自分のために何でもしてくれる便利な存在を作るために千流芭に恩を売ったのだ。


 

「一生……透巳様、それはつまり一生あなた様に関わることをお許し下さるということですか?」

「ん?まぁそうだね」



 恩着せがましく勝手に話を進める透巳に文句を言うどころか、何故か拝むように両手を組んで目を輝かせ始めた千流芭。


 そして透巳はこの時、安易に〝一生関わる〟と認めたことを若干後悔することになる。



「分かりました。私、透巳様の犬として一生仕えさせていただきます!」

「ん。じゃあよろしくぽっちー」

「はい!」

「コラコラ。犬なんだから〝はい〟じゃなくて〝ワン〟だろ?」

「あ、はい……じゃなくて、ワン!」

「はは……」



 ドーナツの最後の一口を放り込みながら、適当に千流芭の相手をする透巳に季巳は苦笑いを浮かべるしかない。


 冗談と適当という材料でしか成り立っていない透巳の発言に対して、真面目過ぎる返答をする千流芭。季巳は千流芭のことを哀れに思う反面、透巳にとってこの〝犬〟が厄介で面倒な存在になるのではないかと、面白くも感じていたのだった。




 次は明後日更新予定です。


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