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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
第五章 不変の√コーナー
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不変の√コーナー5

 透巳くんの過去編です。

 神坂透巳の〝透巳〟。彼がこのように名付けられた原因は、母親に瓜二つであるところが大きい。


 赤ん坊の頃から母親である季巳によく似ていることが一目瞭然であった透巳。その為母親の名前から一文字とった名前にしようと考えたのだ。


 そして透巳しか持っていない〝透〟という文字も、季巳の影響である。自身に瓜二つな透巳を見た季巳はこう思った。この子供は自分の演技の才能も引き継いでいるのでは、と。


 だから〝透〟という漢字を選んだ。透き通っていて、何色にも染まることが出来るようにと。


 そして子供の頃から大人びていた透巳は、よく季巳と哲学的な会話をすることがあり、毎回母親を驚かせていた。


 ********


 神坂透巳という人間にとって、神坂季巳という女性は自身が尊敬する数少ない人物の一人であり、愛すべき母親であり、目を離した隙にいなくなってしまいそうな。そんな儚さを持った女性であった。


 テレビの向こう側にいる風宮季巳は透巳の知る神坂季巳とは別人であった。いつも知らない誰かを演じていて、透巳は産まれたばかりの頃、母親の顔をした人間がこの世にたくさんいるんだという勘違いをしていたほどだ。


 それ程までに風宮季巳の演技力は目を瞠るものがあり、その才能を透巳も受け継いでいた。




「透巳。アンタは好きな者のために何かを犠牲にできる存在になりなさい」


「透巳、何かを守るっていうのは、何かを守らないことなの。分かる?」



 透巳が小学生になった頃、季巳が突然そんなことを言ってきた。いくら透巳が大人びているからと言って、何の前触れもないその発言に対する理解を、小学一年生に求めてくる季巳のことを透巳は大分おかしな大人だと思っていたが、今更なのでいちいちツッコんだりはしなかった。


 ちなみにこの頃から透巳は前髪を伸ばし始めていた。ぱっと見女の子に見える子供時代の透巳は、今より季巳によく似ていてので血縁関係が一発でバレてしまう程だった。


 それを嫌がった透巳は髪を伸ばして顔を隠すようになった。こうすれば他人が透巳と季巳の血縁関係を知ることは無い上、面倒なスカウトも近寄ってこないので一石二鳥だったのだ。



「……母さんと父さんどちらしか助けられない状況みたいなこと?」

「極論はそうね」



 季巳の問いにある程度の理解を示した透巳。すると二人の会話内容が気になったのか、純が興味深そうな相好で間に入る。



「なになに?何の話?」



 季巳の座るソファの隣に腰を下ろした純はその場に似つかわしくない満面の笑みで尋ねた。そんな純を愛おしそうな眼差しで捉えた季巳は、会話の内容を彼に説明してやる。



「――へぇ……難しい話してるんだね」

「透巳は私とお父さんどちらかしか助けられなかったら、どっちを選ぶの?」



 季巳は透巳の返答をある程度想定した上で尋ねた。季巳が想定した透巳の答えは、純の方を選ぶことだ。


 透巳は季巳によく似ているので、純のことを父親として心底好いている。もちろん季巳のことも母親として好いてはいるのだが、自分にそっくりな母親に対してあからさまな愛情表現を透巳がすることは無い。


 その上透巳は社交辞令が出来るのにしないタイプだと季巳は理解していた。だから透巳はこの問いに対して、馬鹿正直に答えるだろうと踏んでいたのだ。



「俺は……俺を選ばないかな」

「……え、どういう意味?」

「……」



 だが透巳が出した答えは季巳の予想の斜め上を行くものだった。透巳の言っている意味が理解できず、季巳は思わず首を傾げてしまう。一方の純はほんの少し眉を顰めて、透巳の話を真剣に聞こうとしている。



「そういう、究極の二択ってよくあるけど……選ぶ側の人間が生きてる前提で成り立ってるよね。だったら俺は、俺を選ばないで、二人両方助けるよ」



 透巳の説明で理解したのも束の間、季巳は突然立ち上がって透巳に歩み寄った純に当惑してしまう。いつもの安心するような笑顔はどこにもなく、ただ無表情で透巳を見つめていたからだ。


 パチンっ――。


 透巳の柔らかい頬からそんな音が鳴り、彼は思わず呆けたように手で押さえる。透巳の目の前にはどこか怒っているような純の姿があり、彼が透巳を打ったのは明らかだった。


 だからこそ透巳は当惑してしまう。あの優しくて温厚な純が何故いきなりこんなことをしてきたのか。自分は何をきっかけに純を怒らせてしまったのか。頬を伝わるじんじんとした痛みや、悲しみというよりも、純粋な驚きが一番大きかった。



「もう、二度と……そんなこと、言ってはいけないよ?」

「……」

「子供が親より先に自ら死ぬなんて、一番の親不孝だ。僕は透巳くんに、僕たちが死んだ後も長く生きて欲しんだよ。だから冗談でも、そんなことを言ってはいけない。分かった?」

「……ごめんなさい」



 頬に手を添えたまま、未だ呆然とした表情で純を見上げていた透巳は素直に謝った。茫然自失としたその表情は、何かを深く考え込んでいるようにも見え、相変わらずの透巳に季巳は苦笑いを浮かべる。


 ふと透巳が頬に添えていた手を下ろすと、僅かに赤く腫れた頬が露わになり、一瞬のうちに純の顔が真っ青になる。



「ご、ごめんね、透巳くん!痛かったよね、ごめんねごめんね。す、すぐに冷やすもの持ってくるから!!」

「……父さん、だいじょ……聞いてないし」



 衝撃の方が大きすぎて、痛覚は然程感じていなかった透巳だが、純は透巳の顔に痕が残るのを恐れて脱兎のごとく冷蔵庫へと向かってしまう。


 いつも通りの純に戻ったことで拍子抜けしてしまった透巳の顔を季巳はじっと見つめていて、彼は思わず不快そうに首を傾げた。



「なに?」

「いや?こんな時でも透巳は泣かないのね。泣いてもいいのよ?あのお父さんに打たれたんだから」

「……別に、今回は俺が全面的に悪いし…………ねぇ母さん」

「なに?」

「父さんって、やっぱり父さんなんだね」

「……今頃気づいたの?やっぱりまだまだお子ちゃまでちゅねぇ……」

「ちっ。ムカつく」



 透巳の新たな〝気づき〟に季巳は破顔すると、揶揄う様な話し方をした。普段隙の無い透巳を揶揄える機会は滅多にないので、こういう場面で目一杯揶揄いたいのだろう。


 そして透巳は隠すこともなく舌打ちをし、忌々し気に季巳を見上げた。



「俺、父さんのこと将来お嫁さんにしたいと思ってたんだけど……」

「あら駄目よ。お父さんは私のだもの」



 息子が父を嫁にしたいという偏った望みについては一切ツッコみを入れなかった季巳。良くも悪くも二人は似ているので、優しく可愛らしいところのある純を嫁にしたいという気持ちが分からないわけでは無いのだ。



「うん。それに父さんやっぱり父さんだったから、お嫁さんは無いかな」

「そうでしょう?お父さん、たまにああいうカッコいいところがあって、普段とのギャップがいいのよ」



 今まで純の一部分しか見ていなかったのだと気づかされた透巳は、静かに微笑んで考えを改めた。季巳が惚れ惚れするように純のことを語っていると、純が慌てた様子で氷水の入ったビニール袋を抱えてやって来た。


 そしてこの日の出来事が、幼少期の透巳の最も印象的な記憶になるのだった。


 ********


 翌日、透巳は幼馴染である慧馬との登校中にその話をした。


 透巳が小学校一年生の頃、慧馬は高校三年生だったので通学路を共に出来るのは登校時のみだったのだ。



「ふぅん、あの人がお前をねぇ……珍しいこともあるもんだ」

「うん」

「それより透巳。お前なんで空手なんて始めたんだ?どうせお前のことだ。空手なんて本当は興味ねぇんだろ?」

「当たり前じゃん」



 分かりきっていたことだが、こうもあっさりと肯定されてしまうと何故だか癪だと思ってしまう慧馬。


 様々な学生たちが朝の通学路を進む中、ランドセルを背負った小さな小学生と高校生が並んでいる姿はほんの少し異質だ。そもそもこの二人は兄弟でも何でも無いので、どちらか一方しか知らない人にとって、その異質さは当然なのだが。



「じゃあ何で?」

「母さんの熱狂的ファンって質が悪いからさ。ストーカー紛いの奴多いんだよね。記者の追っかけとかも面倒だし。そういう奴らを撃退できたらいいかなって」

「なるほどなぁ……にしてもお前、相変わらず子供らしくねぇ考え方するよな」

「そう?」


 

 キョトンと首を傾げた透巳だったが、慧馬は透巳と会話をしていて年相応と感じたことが一切ない。


 空手を始めた理由にしても、自分がやりたいという欲求ではなく、母親を守るために身に着けるという考え方をしている透巳は、小学一年生にしては大人びている。



「透巳、その……学校に友達いるか?」

「何その息子との会話に困った父親の最終手段みたいな言い方。……いないけど」

「普通に答えられねぇのか、普通に」



 言い淀みながらそんなことを尋ねてきた慧馬に、透巳は若干引いたような表情で答えた。



「だって俺の友達になるのにふさわしい人材がいないのが悪いんじゃん」

「うわぁ……お前駄目だぞ?自分が大人びててちょっと頭いいからって同年代馬鹿にするの」

「冗談冗談。クラスメイトが自分に相応しいだとか分かるわけないじゃん。クラスメイトの顔と名前一つも頭にインプットしてないのに」

「はは……お前ってそういう奴だよな……」



 「むしろそっちの方が悪いわ」というツッコみを慧馬はしなかった。


 透巳が他人に興味皆無だということは知っていたが、自身を兄と呼んでくれる透巳に友人がいないというのは慧馬にとって不安事項の一つなのだ。



「ていうか兄ちゃんこそ恋人の一つや二つ、まだできないわけ?童貞拗らせると魔法使いになっちゃうよ?」

「お、おまっ……一体どこでそんな言葉覚えてきた?」

「いいじゃん魔法使い。すごいすごい」

「純さんじゃねぇけどぶん殴りてぇ……」


 

 馬鹿にしているのを隠すつもりもない透巳は頻りに拍手すると、大変不名誉な魔法使いを大いに褒め称えた。一方煽られまくりの慧馬は顔を思い切り歪めながらプルプルと震える拳を何とか振り下ろさないように堪えている。


 そして透巳にそんな知識を植え付けたであろうマスメディアを、慧馬は心底恨んだ。


 ********


 母親である季巳を守るために空手を習い始めた透巳だったが、その成果は目に見えて分かる程であった。


 母親に纏わりつく陰湿なストーカーたちを一瞬のうちに倒し、スクープを狙う記者の気配を察知すればすぐに季巳を連れて雲隠れするというボディーガードのような存在になっていた。


 そんな日々が続いて透巳が小学校三年生になった頃。ちょっとした転機が訪れた。


 この日は快晴の休日。なので透巳と季巳は日課である散歩を二人でしていた。何故この二人の日課が散歩なのかというと、季巳が女優という仕事をしていることが大きく関係している。


 季巳は今を時めく大人気女優。休日は月に数回しかなく、帰りも遅くなることが多い。つまりは規則的に休日のある純と違って透巳と触れ合える時間が少ないということだ。


 なのでこうして休日が被る日があると、二人は街に散歩をしに行く。その道中、何気ない会話をしたりすることが季巳と透巳の人生の楽しみの一つになっているのだ。


 その上、季巳はぼぉっと歩いていると演技におけるインスピレーションが湧くらしく、透巳との散歩は一石二鳥になるのだ。


 そしてこの春の日。桜がゆらゆらと風に揺れている暖かな日は当に散歩日和で、花見も出来る一石三鳥の日であった。


 

「透巳?どうかした?」



 ふと、隣で顰め面をしていた透巳に季巳は尋ねた。



「はぁ……ストーカーの気配がする」

「毎回思うんだけど、ストーカーと追っかけ記者の違いなんてあるの?」



 当たり前のように言う透巳に季巳は純粋な疑問をぶつけた。


 後ろを振り向いてもそこには誰もおらず、透巳が気配でストーカーを察知したことは明白だ。そもそも小学三年生が人の尾行を気配で察知する時点で常軌を逸しているのだが、それが当たり前になってしまった季巳にとってそれはツッコみ対象にはならない。


 季巳にとってのツッコみ対象は、その気配だけで何故ストーカーと記者の違いが分かるのかというものだ。



「ストーカーは何か、勘違いが甚だしい見守ってる感がキモくて、記者は粗探してやろう感がエグい」

「ふーん……語彙力はあれだけど何となく理解できるから言葉って面白いわよね」



 感覚を説明するのは難しいのか、透巳は思考しながら何とかその感覚を表現した。



「でもなんか今回のはちょっと違うかも」

「違うって?」

「区別するならストーカーなんだけど、いつもの勘違い甚だしさ感があんまりない」

「それってつまり……純粋に好きで、私のことを見守ってやってるっていう優越感に浸ってないってこと?」

「多分。好きすぎて母さんのこと神だと思ってるタイプのストーカーだよ」



 今まで透巳が撃退してきたストーカーは一種類しかいなかった。その一種類が、風宮季巳をストーキングすることで、自身が彼女と近しい存在であると妄想する勘違い野郎である。しかもストーカーはその行動によって自分が風宮季巳を外敵から守ってやっているという勘違いをしているケースが多い。


 自身がその外敵であるとも気づかずに。


 だが今回の場合は違った。透巳はそのイレギュラーな〝ストーカー〟をどう対処したものかと、頭を働かせ始める。




 次は明後日更新予定です。


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