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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
第五章 不変の√コーナー
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不変の√コーナー4

 透巳が芸能活動を始めるというフェイクニュースを作り上げた張本人――西園寺四葉(さいおんじよつば)は、ことの経緯を編集長に説明する場を設けた。


 それは大人だけが許される憩いの場――飲み会である。


 ********


「ぷっはぁ~……社会で培われたストレスが消えていくぅ……」

「お前、俺に説明する気あるのか?」



 仕事終わりのサラリーマンなどで賑わいを見せている居酒屋の席で向かい合っている二人。四葉は片手にビールジョッキを握り締め、満足げな表情を見せている。一方の編集長は頬杖をつきながら、呆れたような相好で四葉にジト目を向けている。


 来て早々アルコールを摂取すれば編集長がそんな疑念を抱くのも当然だが、四葉の方は居酒屋に来て〝とりあえずビール〟をしないのはナンセンスだと思っている。



「ありますあります。俄然ありますよ」

「お前の言葉、枯葉並みに軽いからなぁ」

「失敬な」

「ご不満なら一から十まできちんと話すことだな」



 注文した焼き鳥を串のまま横にスライドして食べた編集長は、残った棒きれを四葉に向けて言った。若干先端恐怖症のきらいがあった四葉はムッとしてその串の矛先をずらすと、コホンと咳払いをして語り始める。



「私、風宮季巳の大ファンなんです」

「は……そう、なのか?」



 唐突な四葉の告白に、編集長は虚を突かれてしまう。風宮季巳のファンであれば、その息子のフェイクニュースなんて怒り心頭こそすれど、自ら作り上げるなんてするわけがないと思っていたからだ。



「何か大きな誤解があるようなので言っておきますが、私だって本当はこんな記事作りたくなかったんです。でもそうしないと彼が芸能界で活躍する姿を見られないから……」

「まさかお前、既成事実そのものが目的だったのか?」

「はい」



 四葉の口ぶりで彼女の真の目的に気づいた編集長は思わず目を見開いた。



「だがなぁ……お前風宮季巳のファンってだけだろ?何でそこまでして息子を芸能人にしてぇんだよ。ただの二世だろ?」

「……編集長、彼のこと見たことないでしょ?」

「お、おぉ……」



 イマイチ四葉の気持ちを理解できていない編集長に、彼女は不満気な表情で尋ねた。ジト目を向けられた編集長は若干後退りしつつ、彼女がそこまで言う程の何かが透巳にあるのかと興味も抱いた。



「これは彼が髪を切った頃の写真なんですが……」

「よくそんなもん持ってるな」

「以前、個人的に取材したくて会ったことがあるんです」



 スーツの胸ポケットに手を突っ込みながら言った四葉に、編集長は呆れたような相好を向ける。それに応えた四葉の〝個人的〟という単語だけで彼女の風宮季巳に対する信仰度は窺うことが出来る。


 初めて四葉が透巳に会ったのは小学生の頃。その頃まだ学生だった四葉は風宮季巳の追っかけをしていて、ストーカーとファンの境界線がブレブレであった。その過程で風宮季巳と一緒にいた透巳にも会ったことがあるのだ。


 透巳に取材をするべく足を運んで会ったのが二回目。その時に透巳が芸能界に興味が無いことを知ったのだ。


 四葉は取り出した写真をテーブルにそっと置くと、編集長に見えるように向きを変える。



「……生き写しじゃねぇか。風宮季巳のあの存在感まで……」

「そうなんです!!」



 興奮したように大声を上げて立ち上がった四葉は、居酒屋中の視線を集めてしまう。それが居心地悪かったのか、四葉は頬を染めつつゆっくりと元の位置に戻る。



「……コホン。私の気持ち、分かっていただけました?」

「あぁ。これが世に知られないなんて、宝の持ち腐れだと思うが、こんな回りくどいやり方するってことは本人にその気が無いんだろ?どうやって既成事実作る気なんだ?」



 理解の早い編集長は透巳が芸能活動を始めれば確実に人気を博するだろうということと、透巳自身に芸能界に対する興味がゼロであることを悟った。



「私は記者ですよ?なら記者のやり方で追い込むだけです」

「俺が言える立場じゃないが、なかなかのクズだよなお前」

「褒め言葉として受け取ります」



 〝記者のやり方〟その言葉だけで四葉が何を企んでいるのか察した編集長はそう言った。記者としては一流、人としては外道と呼ばれても仕方が無いようなことを四葉はしようとしているのだ。


 意味深な笑みを浮かべた四葉は、再びビールを喉に流し込む。そんな自身の様子を、凍てつくような視線でじっと見つめ続ける存在がいることも知らずに。


 ********


 その翌日。四葉は早速行動に移ることにした。透巳が青ノ宮学園に通っていることを知っていた四葉は、放課後の彼を尾行して話す機会を得ようと、現在校門近くで透巳を待ち構えている。


 今日はあいにくの雨で、尾行には最悪のコンディションである。


 

「……きた」



 校門から透巳が現れたのを確認した四葉は、早速尾行を開始した。透巳にバレない、そして見失わない程度の距離感で尾行を続ける四葉。


 一方の透巳は小麦との合流地点に向かっているので、今の段階では帰宅というわけでは無い。


 透巳が道の角を右に曲がり、彼の傘も見えなくったタイミングで四葉も同じように曲がろうとした。



「っ……」



 だが曲がった途端、四葉を待ち構えていた透巳にぶつかり、彼女は驚きと衝撃で目を見開く。ぶつかった衝撃で一歩後退った四葉。傘の雨粒が飛び散り、その間から窺える透巳の相好は穏やかだ。



「お姉さん。ストーカー良くないですよ?」

「……気づいてたの?」

「尾行下手ですよ。ストーカーさん」



 当たり障りのない笑みを浮かべた透巳は、柔らかいトーンで似合わない内容を口にした。透巳が尾行に気づいていた事実に驚きつつも、四葉は平静を装って尋ねた。



「ストーカーって、私たち会ったことあるでしょう?」

「………………すみません。俺、興味ない人のことは一日で忘れるタイプなので」



 本気で忘れている透巳の物言いに四葉は若干苛ついてしまうが、咳払いをしてその怒りを紛らわせた。



「それで。俺に何か用ですか?」

「私からのファンレターは読んでもらえたかしら?」

「……あぁ、あれ書いたのあなたでしたか」



 透巳は尾行に気づいていた時点で彼女があの記事を書いた記者だということを察していたが、驚いたような顔でそう言った。



「でもあんな嘘っぱち、すぐにバレると思うんですけど」

「大丈夫よ。あの記事は正夢みたいなものだから」

「というと?」

「あなたのお父さん、再婚して子供も出来たらしいじゃない」

「……」



 〝正夢〟というキーワードだけで四葉の目的が自身の芸能界入りであることを悟った透巳は、詳細を尋ねた。その答えであるように、純のことを話題に出した四葉はふと首を傾げてしまう。


 透巳が何の反応も返さなかったからだ。頭のいい透巳であれば四葉の魂胆に逸早く気づき、怒り狂うのではないかと予想していたのだ。実際、四葉の予想は当たっている。


 透巳は今確実に怒っている。怒りのあまり、正常な反応を返すことが出来ない程度には。


 だが四葉は透巳のその無表情が、怒りが限界値にまで達した状態であることに気づけなかった。



「かおりさんって言ったかしら。あの風宮季巳に比べたら大分普通の女性みたいだけど、あなたのお父さんは満足しているのかしら?」

『……部外者が比べてるんじゃねぇよ』

「え?」

「いえ、何でもありませんよ」



 四葉に聞こえない程度の小さな声で呟いた透巳はすぐに作った笑みを向ける。かおりと純のことを同時に侮辱されたことに気づけない透巳では無いので、珍しくその怒りを表に出してしまったようだ。

 本当ならば「鏡見てからものを言え」ぐらい言いたかったのだが、流石にそれは喉の奥にしまっておいた。



「有名人の身内のこういう話、大衆は大好きなのよ。他人事だから勝手な憶測並べたりするのが面白いんでしょうね」

「なるほど。つまり俺が芸能に関わらないようなら、父さんたちの記事を世に出すと、脅してるんですね」

「えぇ、簡単に言ってしまえばそうね」

「そうですかそうですか」



 四葉は透巳が家族に対して異常な愛情を抱いていることを知らない。なので今回のことは、家族に迷惑はかけたくないだろうという一般常識に基づいて行われたことだ。


 このネット社会において、情報は武器にも毒にもなる。身内の個人情報を誰とも知れぬ大勢の目に晒されるのは透巳だって避けたいだろうと考えた四葉は、これを武器に目的を果たそうとしているのだ。


 それを完全に理解した透巳は何故か満足気にそう言った。


 四葉の目に映った透巳は雨のせいで掠れているようだったが、それでも分かるぐらいにはっきりと笑っていた。


 この場に慧馬がいたのなら、思わず顔を引き攣らせてしまう様な憤慨の笑顔だ。



「構いませんよ」

「……え?」

「そちらはそちらでお好きにやってください。こちらもこちらで、好きなようにやりますから」



 四葉にはその言葉の意味を理解することが出来なかった。最後まで止むことの無かった雨が透巳の笑顔を溶かすようで、四葉はその正体を掴むことが出来なかった。


 ********


 透巳は四葉と別れた後、小麦との待ち合わせ場所に向かうためにその足を速めた。早歩きの透巳の顔は傘に隠れて遠くからは見えない。



「あ、ぽっちー?路線変更。レベルマックスでよろしく。うん……うん、全く馬鹿だよねぇ、俺一人で満足しとけばいいのに、父さんとかおりさんにまで手を出そうとするなんて。ほんっとうに、おかしくてゲラゲラ笑うところだったよ」



 透巳の電話相手は〝ぽっちー〟で、その声音は低く重々しい。



「あ、そうだ。対象は広ーく見積もってね。広く深くお願い」



 待ち合わせ場所に小麦の姿を確認した透巳は電話を切る。すると小麦は透巳の存在に気づき、嬉しそうに手を振った。それに返すように手を振った透巳は晴れやかな笑みを浮かべていて、先刻の出来事など忘れてしまったように見えてしまう。


 だがそんなわけはない。透巳のその晴れやかな表情は、敵の完全なる排除を決意したことによるものなのだから。



 次回から透巳くんの過去編です。


 次は明後日更新予定です。


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