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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
第四章 少女の恨み、万事塞翁が馬
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少女の恨み、万事塞翁が馬14

「兼。俺に負い目を感じる必要はない。お前があの女のことを俺たちに話そうが話すまいが、俺はあの場所に向かっていた。俺の意思で危険に身を投じたんだ。この傷は、お前のせいではない。俺の自己責任だ。そもそも誰かのせいと言うのなら、撃ったあの女のせいだ」

「……」



 至極真っ当な意見だった。遥音が入院しているのは雪那一人のせいである。雪那が拳銃を向け、雪那がその引き金を引いたのだから。


 兼のせいでも、結菜のせいでも、遥音のせいでもない。



「神坂、お前に関してもそうだからな」

「……」



 兼から透巳へと視線を移した遥音はそう言い含めた。だが遥音が気にしていなくとも、自分を許せないという透巳の気持ちはそう簡単に変わってくれないようで、透巳は硬い表情をしている。



「……神坂。俺はお前にこう言った。俺の心配はせずに、結菜の心配をしろと。だからお前は結菜の方に気を配っていて、反応が遅れたんだろう?」

「……」



 図星を突かれたことで黙り込んでしまった透巳。確かに透巳はあの時、結菜に危険が迫らないように注意していた。だから明日歌に銃口が向けられ、遥音が庇おうとしたことに気づくのが一瞬遅れた節があった。



「神坂は何も間違ったことはしていない。俺の無茶な頼みを聞いてくれて感謝しているぐらいだ」

「……今度同じようなことがあれば、絶対両方助けます」



 礼を言ってきた遥音の満足気な表情を目の当たりにした透巳はそっと拳を握り締めると、そう決意を新たにした。



「…………あ」

「どうした?」



 ふと、何かを思い出したように声を上げた透巳に、遥音は首を傾げて尋ねた。



「遥音先輩が起きたこと、看護師さんに知らせないとですね。俺呼んできますよ。ついでにみんなで飲み物でも買いに行きましょう。明日歌先輩は一応ここに残っておいてください」

「え……でも」

「じゃあ皆行こうか」



 有無を言わさぬ態度でさっさと決めてしまった透巳に全員が首を傾げる。透巳は兼、巧実、宅真、結菜の背中を押すと病室の扉をそっと閉めてしまう。


 病室に二人きりの状態で残された遥音と明日歌は、互いの顔を見合わせると困惑したように固まってしまうのだった。


 ********


「おい。看護師さん呼ぶんじゃねぇのかよ」

「え?呼ぶわけないじゃん。何言ってんの?」

「そりゃコッチのセリフだわ」



 病室から出て扉を閉めた途端、壁を背にしゃがみ込んだ透巳に巧実が怪訝そうに尋ねた。正しいのは巧実のはずなのだが、本気でキョトンとした相好を向けてくる透巳を目の当たりにしてしまうと、巧実が間違っているのではないかと錯覚してしまう。



「そりゃあ後で呼ぶけど、今は盗み聞き以外することないでしょ?」

「お前いい性格してんなぁ……」

「よく言われる」



 最初から透巳は遥音たちを二人きりにすることが目的で、飲み物を買いに行くというのはその為の口実でしかないのだ。


 透巳の悪巧みに苦笑いを浮かべる巧実たちだったが、二人の会話内容は気になるのか、透巳に続くようにしゃがみ込んだ。盗み聞きする気満々である。



「それに。俺の時は遥音先輩が気を利かせてくれたから。今度は俺が空気読む番でしょ」

「あー……」



 以前透巳が小麦にプロポーズした際、遥音が空気を読んで二人きりにさせたことを巧実たちは思い出した。その際、遥音たちもその様子を盗み聞いていたので文句を言われる筋合いはないのだ。


 ********


(神坂のやつ……変な気を遣ったな……)



 心の内でのみ、透巳に対する恨み言を呟いた遥音。以前自分がその変な気を遣ったことはすっかり忘れているようだ。


 明日歌は病室に置かれている椅子にチョコンと座り込んでいて、チラチラと遥音の様子を窺っている。若干汗を流しながら、顔を朱に染めている明日歌はあまり見たことの無い表情で、遥音まで落ち着かなくなってしまう。



「あ……あのさぁ!」

「……なんだ?」



 意を決して口を開いた明日歌だったが、声が裏返ってしまって余計に気まずくなってしまう。それでも遥音が切り替えるように尋ねたので、明日歌は助けられた。



「……私、変なところで鈍感らしくて」

「知っている」

「自分の気持ちも、遥音の気持ちも、よく……分かってなかったみたいで……」



 遥音の気持ちを気付いていなかったのは明日歌ただ一人だ。明日歌は普段、他人が気付かない様なことによく気づくというのに、恋愛ごとが絡むと途端にそのアンテナが働かなくなってしまう。それは自身の気持ちも同様に。


 だが今回の出来事をきっかけに、自分の気持ちには気づいたようだ。明日歌の赤く染まった頬が良い証拠である。



「私……前からずっと、遥音のこと。……す、好きだと思われるのですが、そちらはどうですか?」

「……取り敢えず、その話し方はバグでも起きたのか?」



 明日歌の顔は蒸気が出そうな程真っ赤で、遥音は逆に冷静になってしまう。もちろん告白されたことで多少頬は染めているのだが、相手が慌てていると逆にもう一方は冷静になれる法則が働いているようだ。



「こ、こらっ……毒舌で話をそらさないっ」

「……」



 遥音に向かって指を差しながら注意する明日歌だが、俯いているので指先の照準がブレブレである。そんな明日歌をほんの少し可愛いと思ってしまうあたり自分は重症だと感じた遥音は、大きな咳払いを一つする。


 ため息をつくことで意を決した遥音は口を開いた。



「……お前は弱くて、聖女のように優しいわけでも、可愛げがあるわけでもないし。その上傍若無人で訳の分からないことばかり仕出かすし、どうしようもない女だ」

「泣くよ?」



 告白の返事を聞けるかと思いきや、何故かいつも以上に貶されてしまい思わず顔を上げた明日歌。彼女のメンタルライフはほぼゼロである。



「だから……お前みたいな馬鹿は、俺みたいな奴しか面倒見きれんだろうな。俺のような被害者を他に出すのも罪悪感がある。だから、まぁ、その……なんだ。お前の面倒は一生俺が見てやる」

「……一生?」



 顔を赤く染めながらも、視線を逸らすことなく言った遥音。随分と遠回しではあったものの、告白の返事を貰えた明日歌は喜んだのも束の間、〝一生〟という単語に引っかかってしまった。



「一生と言ったら一生だ。俺が死ぬまで……いや、お前が死ぬまでだな。喜べ明日歌。俺はお前より長生きしてやるから」

「……刑事になるくせに」

「……」



 得意気に言った遥音だったが、眉間に皺を寄せながらボソッと呟いた明日歌の言葉で押し黙ってしまう。


 明日歌の弱さを知っているからこそ、その不安が分かったのだ。



「遥音は誰かのためなら、それが見ず知らずの知らない人でも簡単に自分の命を投げ出せちゃうよ。……今回みたいに私を庇って大怪我するかもしれないし……私より長生きする保証なんて、どこにもないじゃん」



 明日歌は怖いのだ。また大事な人が目の前で消えてしまうのが。雪那の時の比ではない。遥音はそれぐらい、明日歌の中で大きすぎる存在になっている。


 今回遥音が撃たれただけで生きた心地がしなかったのだ。遥音がもし万が一死んでしまえば、最早どうなってしまうのか想像するのも明日歌は恐ろしく感じてしまう。



「遥音は私の気持ちと、私の命を天秤にかけて、気持ちの方を取れるの?」

「それは……」

「取れないよ。遥音は絶対に取れない」



 これは明日歌の確信だった。結城遥音という人間をよく知っている明日歌ならではの確信だ。そんな遥音だからこそ、明日歌は好きになったのだから。



「……はぁ…………分かった。それならこうしよう。もし俺がお前を置いてさっきの約束を破れば、死ぬまで俺のことを恨め」

「っ……え……」



 思ってもみなかった返答に、明日歌は当惑する。だが、何となくではあったが、遥音が何を言いたいのかが分かるような気がしていた。



「その恨みを原動力にでも変えてみせろ。それぐらい一人で何とかしろ。俺は明日歌にそれが必要になった時、面倒見てやれないんだからな」

「でも……遥音を恨む、なんて……」

「それでお前が救われるのなら、それでいいから……俺を恨め。……まぁ、これがお気に召さない場合は、俺のような危篤な奴を探すんだな」



 純粋な悲しみの涙の様な、悔し涙のようなものが明日歌の奥から込み上げてきた。


 明日歌が雪那への執着のようなものを吹っ切ることが出来たのは、彼女に失望や負の感情を抱いたところが大きい。雪那を嫌いになったから。雪那を軽蔑したから。だからもう必要ではなくなった。


 簡単に言ってしまえばこうだった。


 だから例え遥音がいなくなっても、雪那の時のように遥音に対して負の感情を向ければ吹っ切ることが出来るのではないかと、遥音は考えているのだ。もちろんそれが簡単ではないことは本人も分かっている。


 明日歌も、自身が遥音のことを恨むなんてできるのだろうかと思った。それでも、遥音が明日歌のためなら、例え嫌われても構わないという覚悟を持っている事実が、二律背反の感情の原因でもあった。



「……ほんとに、もう…………ズルいよ。遥音は……そんなこと言われたら……信じるしかないじゃん」

「……安心しろ。これでもしぶとい方だ。簡単に死んだりはしない」



 泣き顔を隠すように遥音に抱きついた明日歌の頭を撫でながら、遥音は力強い声で言った。人の生は有限だが、この二人の互いを想う気持ちは無限に積み重なっていくのだろう。


 ********


「うぅ……」

「宅真お前……何で泣いてんだよ」



 遥音たちの会話を盗み聞きしていた透巳たちだったが、明日歌が泣き始めたタイミングに合わせるようにすすり泣き始めたのが宅真だった。

 すぐ隣にいた巧実は、突然弟が泣き始めたことに若干引き気味で困惑してしまう。



「だって……兄さんだってあの二人のこれまでを見てきただろう?両片思いで、明日歌先輩は自覚無しで、遥音先輩はツンデレで……進展する要素がこれっぽっちも無かった二人が……こうして、幸せにっ……うぅ…………」

「「……」」



 宅真は宅真なりに、二人の関係を心配していたのだろうということはひしひしと伝わってきたが、透巳たちとの温度差は計り知れない。



「宅真くんは優しいね」

「感動屋なだけだよ」



 微笑ましいものを見る様な目で言った透巳だったが、兄である巧実にあっさりと否定されてしまう。宅真が優しいのは元からだが、巧実からしてみれば今回の泣きはそれだけで済ませて良いものではないのだろう。



「それにしても……遥音先輩が、姉貴を貰ってくれそうで……安心した」

「そうだね。遥音先輩なら安心」

「でも……」

「「?」」



 ホッとしたのも束の間、何故か憂い気な表情で逆接を口にした兼に全員が首を傾げる。その表情は何かを恐れているようで、神妙な面持ちである。



「こうなったら遥音先輩……姉貴に一生離してもらえなくなりそう……姉貴、執着癖あるから……それだけが、申し訳ない……」

「執着癖って……もっと他に言い方ねぇのかよ」

「確かにヤンデレの素質ありそうだよね。明日歌先輩」

「もっとやべぇ言い方にしてどうすんだよ」



 明日歌をヤンデレ扱いした透巳を巧実はツッコんだが、明日歌にそういった性質があることは誰一人として否定していない。


 シスコンな兼なので、明日歌の幸せのために遥音に貰ってほしいと思っているのだが、明日歌の欠点も良く分かっているので若干の罪悪感が沸いてしまったのだ。



「おい、ちょっと待て!」

「いきなりどうしたの?兄さん」



 ふと、何かに気づいたように大声を上げた巧実に宅真がキョトンと首を傾げた。怯えた様な巧実の相好は何か重大なことに気づいたようである。



「もしかしなくても俺たちは、これからあのカップルの間に挟まれながら学園生活を送らないといけないのか……?」

「……え、何か問題があるの?」

「ありまくりだろうが!俺からしてみればだな、自分の家族が学校の先輩とくっついちまったような感覚なんだよ!むず痒い!リア充の空気を吸いたくない!」

「「……」」



 巧実の不安の種は、他の面々にとっては心底どうでも良いことであった。だが巧実にとってはかなり重要なことだったらしく、彼は険しい表情で本音を吐露しまくった。


 そんな巧実を目の当たりにした透巳たちは、これまでの出来事や各々が抱えた不安などを忘れて破顔することが出来たのだった。


 ********


 それから。結菜は明日歌たちの家で預かることになった。結菜と明日歌たちは親戚関係になるので、何らおかしいことは無いのだが、一旦は児童養護施設に預けるという案もあった。だが結菜の希望で、暁家でお世話になることになったのだ。


 ゆくゆくは特別養子縁組を結んで、結菜は〝暁結菜〟になる予定である。


 因みに結菜が明日歌の家を希望した理由は――。



「はるとお兄ちゃん、いっぱい会いに来てね」

「あぁ。約束する」



 そちらの方が遥音を含めた文芸部員たちに頻繁に会えるからである。最初からそうだったが、両親という鎖が無くなった結菜は思いきり遥音に懐いており、その度合いは明日歌が少し嫉妬するほどである。


 遥音の怪我も少しずつ回復していき、退院できる日も近いほどだ。だがそんな遥音にはほんの少しだけ気掛かりなことがあった。


 その心配事は透巳である。


 今のところは何の問題も無いのだが、あの透巳が結菜の両親に対してまだ何もしていないのが、遥音にとっては逆に不気味だったのだ。


 とは言っても、雪那たちは最早警察に捕まった身。これ以上何かする必要も無いので、遥音は杞憂かと自身の中で結論付けた。


 だが。嫌な予感というものはいつだってよく当たるものである。


 この時の遥音は、そのことを失念していた。




 第四章はこれで完結です。次回一話だけ番外編を挿んでから第五章に移りたいと思います。


 次は明後日更新予定です。


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