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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
第四章 少女の恨み、万事塞翁が馬
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少女の恨み、万事塞翁が馬13

 病院のベッドで静かすぎる寝息を立てている遥音。あまりにも静かなので、息をしているのか心配になるほどだ。いつもかけている眼鏡はお払い箱状態で、ベッドの横の小さなテレビ台の上に置かれている。


 遥音が手術を受けてから三日。手術直後は撃たれたせいで高熱を出していた遥音だったが、今では容態も安定している。


 透巳たちは放課後から面会できるぎりぎりの時間まで見舞いに来ているのだが、遥音が目を覚ますことは無い。



「……遥音、起きないね」

「……そうですね」



 ベッドに突っ伏してボソッと呟いた明日歌に、透巳は沈んだ面持ちで答えた。


 病院の窓から差し込む夕日が明日歌たちの影を伸ばし、遥音の姿を照らしている。三日経った今日も、文芸部員と結菜は見舞いに来ていて、いつ起きるか分からない遥音を見守り続けている。


 これまでは遥音が早く目を覚ますように、病室で文芸部員たちと楽しく談笑していた明日歌も、数日経っても目を覚まさない遥音を目の前に本音が零れてしまった。


 ここまで三日という時間が長く感じられたことも無いだろう。


 病室に沈黙が流れ、陽も沈み始めた頃。病室の外から誰かが慌てて走っているような足音が全員の耳に届く。


 その足音がどんどんこちらに向かってくることに気づいた透巳たちは、思わず顔を見合わせて首を傾げた。

 案の定その足音は遥音の病室の前でピタリと止み、ガラッと扉が開く。



「え……っと、誰?」



 百八十センチ程度の高身長。高級スーツを着こなすその男性は四十代後半か、五十代前半だと思われる。キリっと細長の目に、顔についた皺はその経験値を物語っている。白髪交じりの髪はオールバックにしており、その人物の存在感を増長させている。


 息を乱しながら病室に現れたその男性に、明日歌は思わず疑問の声を漏らした。



「……普通に考えて、遥音先輩のお父さんじゃないですか?」

「あ……ホントだ。よく見たら激似」



 透巳の推測で漸くその男性が遥音の父親――慎一であることを悟った明日歌は納得したような声を上げた。気難しそうな吊り目も、その仏頂面も、言われれば遥音に酷似していた。



「君たちは、遥音の友人か?」

「あ、はい」

「……部下から詳しい話は聞いたのだが、もしかして君が、衛川結菜ちゃんかな?」

「えっと……はい」



 病室を見回した慎一は結菜を視界に捉えると、しゃがみ込んで尋ねた。結菜はつい最近、刑事から話を聞かれる過程で自身のフルネームを知ったので、当惑しつつも首肯した。


 結菜の声は震えていた。その気持ちは兼もよく分かっていた。結菜と兼は、遥音がこんな状態になってしまったことで一番責任を感じているから。もちろんそれは透巳や明日歌たち全員が思っていることでもあるが、遥音たちに嘘をついていた二人の罪悪感は人一倍だろう。



「そうか……愚息に代わって、礼を言わせて欲しい。ありがとう」

「……えっ?」



 そう言って頭を下げてきた慎一に、結菜は驚きを隠せなかった。最悪、息子を危険に晒した存在として責められることを覚悟していたからだ。だが慎一の反応は予想とは正反対のもので、透巳たちもキョトンとした相好で見つめている。



「恥ずかしいことに、私は息子に対して言葉が足りないせいで、遥音に将来の不安を抱かせていたんだ」

「あ……」



 明日歌はふと、遥音をF組に誘った際のことを思い出した。遥音は慎一の言葉を勘違いして、夢である警察官になることを否定されていると長年思い込んでいた。


 慎一の口ぶりから、親子間でその長年の誤解が解かれたのだろうと予測できる。



「遥音は、そのせいで刑事になる自信が無かったのだと思う。だが今回のことで、遥音は君の身体に新しい傷がつくことを許さなかった。君を守りきったという事実は、遥音の今後の自信につながるだろう。……まぁ、君やこんなたくさんの友人を心配させるようでは、まだ半人前と言えるが」



 立ち上がり、遥音の顔を覗き込んだ慎一はそう言ってはにかむ。大きなその手で頭を撫でる姿は、当に父親のものだ。



「だから遥音が起きた時には、ありがとうと伝えてやって欲しい」



 じわっと、涙が滲んだ結菜はそれを零すことなく頷いた。涙を堪えているせいで結菜の顔は真っ赤で、今まで一番子供らしい相好だった。


 しばらく遥音の寝顔を見つめていた慎一は、神妙な面持ちで口を開く。



「……遥音は、酷い父親だと思うだろうか?息子がこんな状態だというのに、逸早く見舞いにも来れない私を」

「遥音先輩がそんなこと言うわけないって分かってる癖に、否定してもらう前提で聞いてくること自体が酷いです」

「ちょっと透巳くん……」



 傷心した様子の慎一を気遣うという発想がゼロの透巳がバッサリと言った。あまりにも歯に衣着せぬ透巳の発言を、明日歌は肘で彼の身体を突くことで咎める。


 だが透巳自身、間違ったことを言っていないという自負があるので前言撤回するつもりなど毛頭ない。



「いや、構わない。確かに遥音がそんなことを言う姿は想像できないな……。コイツは昔から、物分かりが良すぎるきらいがある」

「遥音先輩は、あなたの姿を見て刑事になりたいと思ったんじゃないですか?もちろんそれだけが理由では無いと思いますけど。あなたのことを酷い父親だと思ってるなら、刑事になろうだなんて思わないでしょ」

「……そうか。……そうだな」



 警視総監である慎一はこれまであまりの忙しさに、家族との時間を蔑ろにせざるを得ないことが幾度もあった。学校行事も誕生日もクリスマスも、まともに参加できたことが無い。


 最初は仕事が忙しいという理由で遥音との時間を減らしてしまっていたが、いつしか慎一はそんな遥音と向き合うことから逃げるために、仕事を言い訳にしてしまっていた。


 遥音がそのことを見透かしていたかは定かでは無いが、少なくとも彼が慎一のことを軽蔑しているなんてことはあり得ないのだ。


 そんな当たり前のことにも気づかず、長年親子の距離感に悩んでいたことを自嘲するように慎一は呟いた。



「……そろそろ部下に泣きつかれそうなので、私はここで失礼するよ」

「あの……遥音が起きたら、すぐに伝えますから」

「……ありがとう、お嬢さん」



 これでも無理矢理時間を作って見舞いに来た慎一は、マナーモードにしていた携帯の着信履歴を見るとそう言った。恐らく仕事の連絡が来たのだろう。


 病室の扉に手をかけようとした慎一を呼び止めたのは明日歌だ。慎一はそんな明日歌にぎこちない笑みを浮かべると、入室時とは打って変わって静かに退出する。


 実の父親が見舞いに来ても、遥音は目を覚ますことは無かった。


 ********


 翌日。この日は学校が休みだったので、明日歌たちは午前中から遥音の入院している病院へと向かった。僅かに雪の降る今日は、透巳にとって地獄のような寒さを伴っている。


 完璧な寒さ対策をしていても震える透巳を尻目に、明日歌は病室の扉を開けた。



「……あ」



 扉を開けると、そこには何故か思いきり透巳たちを睨みつけている遥音の姿があった。


 いつもならその泣く子も黙る強面に苦笑いを浮かべてしまうところが、今日ばかりは違った。またその顔を見られたことに対する、震えるような歓喜で呼吸が一瞬止まる。



「……?明日歌、たちか?すまん。俺の眼鏡は……」

「遥音っ!!」



 遥音の言葉を遮るように、明日歌は駆け出す。勢いそのまま遥音に抱きついた明日歌に、遥音は思わず硬直してしまう。視界が悪いせいで細めていた目も驚きで見開いている。


 耳の後ろで小さくすすり泣く声が聞こえ、遥音は思わずため息をついた。



「おい……明日歌」

「うぅ……」

「おい…………背中が痛い」

「えっ!?うそ、ごめん」



 遥音が苦し気にそう呟くと、明日歌は急いで彼から離れた。遥音は相変わらず目を細めていて、見かねた透巳がテレビ台に置かれている眼鏡に手を伸ばす。



「遥音先輩、これ」

「あぁ、すまんな」



 透巳から眼鏡を受け取った遥音はすぐさまそれをかけると、睨むような細目からいつも通りの表情に戻った。



「それにしても目が覚めて良かったです。この四日間、生きた心地がしませんでした」

「四日?そんなに寝ていたのか、俺は」

「はい。昨日はお父さんも見舞いに来てましたよ」

「父さんが?まったく仕事に専念していればよいものを……」

「「ふふっ……」」

「何がおかしい?」



 自分が四日も眠っていたことと、父親が訪ねてきたことに驚いた様な声を上げた遥音。だが遥音は忙しいはずの父親が無理にここを訪ねてきたことを察したのか、いつもの素直じゃない意見を発した。


 思わず笑い声を漏らした一同。そして遥音は訳が分からぬと言った様子で首を傾げている。


 昨日なかなか見舞いに来れなかったことで、慎一があれ程後ろめたく思っていたというのに、当の遥音が来るなだなんて言ってしまえば本末転倒だからだ。



「いえ。ただ、似た者親子だなと思っただけです」

「?」



 弧を描く口元を片手で軽く隠しながら説明した透巳に、遥音は更に不思議そうな視線を向ける。すると結菜がゆっくりと遥音の元へ歩み寄り、意を決したように顔を上げた。



「ん……?結菜?」

「……ご、ごめんなさい!……ごめんっ、なさ……ひっく…………はるとお兄ちゃん……ごめんなさいっ」

「何を謝っている?」



 遥音の入院着をぎゅっと握り、泣きながら謝罪の言葉を紡ぎ続けた結菜に遥音は当惑してしまう。謝罪の理由を尋ねても、うわ言のように謝り続ける結菜だったが、息を整えて何とか遥音の疑問に答えようとする。



「う……嘘、ついて……ひっ……はるとお兄ちゃんに……怪我、させちゃって……」

「……俺は、結菜にそんな顔をさせるために、あの場所に向かったわけでは無いぞ」

「っ……!」



 結菜が見上げると、そこには困ったように眉を下げた男の姿があった。そして結菜は昨日の慎一の言葉を思い出す。



「ありがとうっ……はるとお兄ちゃん……」

「あぁ。これからは、ごめんよりもその言葉をたくさん聞かせてくれ」

「うんっ……」


 

 両親から救ってくれたこと。いつだって自分のために優しくしてくれたこと。〝当たり前〟と人の温もりを教えてくれたこと。その全てに感謝を伝えた結菜の頭を、遥音は優しく撫でた。


 顔を真っ赤にする結菜の涙は止まることが無く、遥音が困ってしまう程だ。



「ほら……そんなに泣くと可愛い目が腫れるぞ」

「うぅ……うん……」



 遥音はすぐ近くにあったティッシュケースを結菜に手渡すと、泣き止むように促した。結菜はそれで涙を拭ったり、鼻水をズルズルとかんだりで大忙しである。


 そんな微笑ましい結菜を遥音が見つめていると、兼が重く歩み寄ってくる。



「……?」

「……遥音先輩、俺……」

「……なんだ?」



 俯きがちな兼に遥音は首を傾げた。遥音が本気で分からないのか、兼のことを思ってわざと恍けているのか判断することは兼たちにはできない。


 だが兼の雰囲気から、遥音に対して後ろめたさを感じていることぐらいは本人も分かっているはずだ。



「ごめん……遥音先輩には、顔向けできない……」

「……」

「……あ、遥音先輩」

「神坂まで何かあるのか?」



 罪悪感で押しつぶされそうな兼に遥音が声をかけようとすると、それを遮るように透巳が声を上げた。何かを思い出したような透巳の声に、遥音は怪訝そうな視線を向ける。



「俺もあの場に居ながら遥音先輩にこんな大怪我させてしまいました。すいません」

「……謝罪大会でもしてるのか?」



 結菜、兼に続いて透巳まで謝ってきたことが居心地悪かったのか、遥音は思わず顔を顰めてしまう。だが三人ともが本気で申し訳ないと感じているのも分かっていたので、遥音はゆっくりとため息をつく。



「はぁ……まず兼」

「っ……」

「俺に謝るな。結菜に謝れ。俺が納得いかんのはお前が一年前から虐待の事実を知っていながら、無視していたことだけだ。家族を思ってのことだろうが、そんなこと結菜には関係の無いことだからな」



 朦朧とする意識の中、兼たちの会話を聞いていた遥音は、彼が最初から全て知ったうえで黙っていたことも耳にしていた。


 兼は遥音に諭されたことで結菜の方を振り向くと、彼女の目線に合う様にしゃがみ込んだ。



「結菜ちゃん……今まで、助けてあげられなくて……ごめん」



 兼の謝罪に結菜は首を横に振って返した。結菜は兼のことを恨んでなどいないし、どうやって返せばいいのか分からなかったのだ。


 この日ようやく、兼は一年間も逃げ続けたことに対する決着のようなものを、一つ成し遂げられたのだった。




 次は明後日更新予定です。


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