少女の恨み、万事塞翁が馬1
お待たせいたしました!!!アクトコーナー、新章スタートです!
廓井圭一が起こした連続殺人事件が首謀者逮捕ということで解決した後、警視庁は木藤友里に指名手配をかけてその尻尾を掴もうとした。だがいくら時間が経っても友里の目撃情報などは無く、警察側も長期戦を覚悟し始めている。
だが同時に刑事たちは疑問にも思っていた。初めは怨恨による傷害事件、続いて圭一に利用されて犯した殺人。これだけ見れば友里はサイコパスのような犯罪者ではなく、突発的に犯罪を犯してしまった哀れな少女だ。にも拘らず、指名手配をかけても尻尾を掴めない友里は奇怪な存在だったのだ。
犯罪に慣れている訳でもないただの子供がここまで警察の目から逃げ果せているということは、何者かによる協力があるのではないのかと考える刑事もいるほどである。
結局連続殺人事件発生から約三か月経ってしまい、季節はすっかり秋である。
――そう。秋なのだ。
この季節になってくると段々、危機感を覚える人間がいた。
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「…………さっっっっむ」
「……え、もう?」
目を覚まし、ぼんやりとした瞼を何度か瞬きした透巳は、秒で傍にいたシオを抱き上げ天然カイロにすると、そう言い放った。
季節は一一月上旬。寒がりの人間なら肌寒く感じ始める時期なので、そこまでおかしくないはずなのだが、隣で寝ていた小麦は驚きを隠せなかった。
何せ透巳はふわふわもこもこの防寒性に優れた長袖の寝巻き+厚手の毛布に包まった状態で今のセリフを吐いているのだから。
因みに同じベッドで寝ている小麦はその厚手の毛布だけで十分暖かいので、寝巻きは半袖である。
「寒い寒い寒い。ねこちゃんもう今日俺学校サボる。一生ここにいる。ねこちゃんも湯たんぽとして一生ここにいて?」
「無茶言わないでよ……」
起き上がったかと思えば、その寒さで一瞬のうちにベッドから出る気が失せたようだ。透巳は小麦に抱きつくとそんな子供の我が儘を言い始めた。
完璧超人と言っても過言ではない透巳の唯一の弱点。それが存分に楽しめるこの季節は小麦にとって少し楽しみなものなのだが、こうして駄々をこねられるとやはり困ってしまう。かといって、こういった子供のような透巳を可愛いと思う感情もあるので、小麦は苦笑いを浮かべる他ない。
「はぁ……そろそろエアコンに頼らなくちゃいけなくなったか……」
「透巳くんは毎年大変だね」
透巳は病気レベルの寒がりなので、冬は北海道人かというぐらい部屋を暖める。とは言ってもそれは透巳に出来うる限りの防寒を全て施したうえでの処置だ。一方の小麦はここ数年部屋で長袖には着替えていない。
限界まで着込んだとしても透巳が冬にかける電気代は馬鹿にならない。暖房、こたつ、電気ストーブ。その全てをフル稼働にする冬は、本当にいろんな意味で大変なのだ。
「仕方ない。コート出すか」
「相変わらず早いね」
「マフラーもしとこ」
ベッドで十分ほどごねていた透巳だったが、結局観念して着替え始めた。まだ秋だというのにクローゼットから制服のコートと手編みのマフラーを取り出した透巳はそれで、がっちりと身体をガードする。
「カイロは……」
「この段階ではやめた方がいいんじゃない?冬までもたないよ」
「…………分かった」
一一月頭にカイロを探し始めた透巳に流石の小麦も口を挿んだ。透巳は若干不服そうだったが、小麦の意見も一理あったので渋々我慢することにする。
この後透巳がカイロの代わりにシオを高校に連れて行こうとしたが、当然小麦に苦言を呈され透巳は泣く泣くそのまま登校することになったのだ。
********
その日の昼休み。透巳はいつものようにF組の教室を訪れた。コートとマフラーを身に纏ったままで。
「え、どうしたの透巳くん。マジなの?」
「何がですか?」
「ガチか」
どう考えても一月の世界からタイムスリップしてきたような透巳に、全員が目を点にしてしまっている。だが本人としては正常なので透巳は首を傾げてしまっている。
「そっかぁ。そんなに寒がりなのか」
「冬は滅べばいいと思っています」
「辛辣」
透巳の寒がりの一端を垣間見た明日歌は、冬に対する遥音ばりの毒舌に苦笑いを浮かべる。
「あ、そうだ透巳くん。一二月の頭に青ノ宮学園の文化祭があることは当然……」
「知りません」
「だよねぇ。知ってた。お姉さんもう驚かないよ」
デジャブ感が否めない、そんな会話が流れるように行われた。透巳は以前体育祭がいつ開催されるかも知らなかったので、今回の文化祭の件も知らないだろうと明日歌には簡単に予測が出来たのだ。
「それでねぇ、私たち文芸部は何をするかって話になったんだよねぇ」
「……文芸部?」
「おい明日歌。言い出しっぺが忘れているぞ。殴ってもいいか?」
「遥音。ステイステイ」
体育祭の時にF組生徒たちがこのメンバーで競技に参加するにはどうすればいいかという問題に直面した。文芸部はその解決策であり、それを提示したのが他でもない透巳だった。
にも拘らず当の本人は文芸部の存在をすっかり忘れていて、それに対する怒りを覚えた遥音を明日歌は必死に宥める。
「あぁ……そんなのもありましたね。また部活として何かするんですか?」
「いやぁ……て言っても私たち名ばかりの文芸部だし。文化祭も部活の名前だけ借りて、何をするかは自由に考えようと思ってるんだけどね。そうなってくると候補が多すぎて何すればいいのか分かんなくなっちゃったんだよ」
「なるほど。ちなみにどんな案が挙がったんですか?」
文芸部は全員が幽霊部員の名前だけの部活だ。部活動をするわけでもないし、文芸部として文化祭で出来ることもない。なので文芸部という体裁はガン無視で何かをしようということになったのだが、その何かがなかなか決まらないのだ。
「うんとね、執事喫茶とか」
「それ明日歌先輩が見たいだけじゃないですか」
「すごっ。遥音と全く同じ反応してる!」
「気が合うな、神坂」
F組生徒たちからすれば数時間前の再放送である。文化祭の話し合いになって最初に口を開き、この案を提示した明日歌に遥音は〝お前が見たいだけだろうが却下〟と電光石火の如く反対意見を繰り出したのだ。
F組の男子は明日歌以外全員で、つまりは明日歌以外の全員が執事の格好をするということだ。F組の男子たちはそこそこ容姿は整っている上、透巳に至っては芸能人レベルだ。明日歌にとっては眼福以外の何物でもないだろう。
「それならば私一人によるメイド喫茶はどうかって言ったんだけどね……」
「遥音先輩にバッサリ斬られましたか」
「よく分かったね」
「分からない方が異常ですよ」
明日歌の言葉を待たずして答えに勘付いた透巳。明日歌一人驚いていたが、他全員は透巳の意見に頻りに同調している。
透巳の予想通り、明日歌がメイド喫茶を提案した途端遥音は〝お前たった一人のメイド喫茶など誰が見たいんだ馬鹿め〟と一喝し、彼女の精神をボロボロに砕いたのだ。
だが明日歌以外の全員は、遥音が明日歌のメイド姿を他人に見せたくなかったのも反対した理由なのではないかと若干思っている。
「うーーん。何がいいんだろう」
「そこまで時間があるわけでもないですし、大掛かりなことは出来ないですよね」
「そうなんだよねぇ……」
悩む明日歌だったが、宅真の意見が尚それを深刻にしてしまう。文化祭まではあと一か月。その時間も考慮しつつ何をするか考えなければならないのだ。
ふと、コンビニで買ったホットコーヒーを啜る透巳に視線をやった明日歌は、じっとその格好を眺める。流石にマフラーは外していたが、透巳は相変わらず暑苦しい格好で熱いコーヒーを堪能していた。その姿を目に焼き付けた明日歌は何かを思いついたようで、思い切り立ち上がる。
「透巳くん!」
「何ですか?」
「文化祭当日は働いてもらうよ!」
「……はい?」
良いことを思いついたと言わんばかりのキラキラとした相好を向ける明日歌に透巳は首を傾げ、遥音たちは嫌な予感しかしなかったせいで思い切り顔を顰めるのだった。
********
その日の放課後。
春に花を咲かせる木々から落ちた葉はすっかり枯れ、それを踏むと心地の良い音がする。そんな秋の地面を様々な生徒が歩く中、小麦を迎えに行こうと学園から足を踏み出した透巳は、自身を呼び止める声の方を振り返る。
「透巳くん。久しぶりやなぁ」
「……あぁ。最近全然会ってなかったので存在忘れてました」
「酷いわぁ、透巳くん。お兄さん傷ついたで?」
声の主は薔弥で、透巳は珍しい顔にそんな冗談を言った。退院してしばらく経った薔弥はすっかり元気そうだったが、透巳は薔弥に興味が無いのでスルーである。
「それにしても何やねんその格好は」
「寒がりです」
「確かそないなこと言っとったなぁ」
「それで、何か用ですか?」
「あぁ、せやったせやった。透巳くん、木藤友里がどこにおるか知らへん?」
説明が面倒だったので透巳は簡潔に答えた。そんな透巳は何気ない質問に対する薔弥の問いに首を傾げた。何故あの傷害事件の被害者である薔弥が友里に会いたがってるのかがイマイチ分からなかったからだ。
「何でそんなことを?」
「そらあないなおもろい人間、俺が簡単に見逃すわけあらへんがな」
「はぁ……ま、俺は知らないので無駄足ですよ」
「ほんまかぁ?何や透巳くんが知っとる気がしたんやが……」
聞かなければ良かったと後悔するほど最低な動機だったが、犯罪を犯した人間に同情する程透巳は優しくなかった。
透巳はきっぱりと否定したが、薔弥はあまり信じていないようで簡単に引き下がってはくれなかった。
「薔弥先輩。また木藤友里に狙われて殺されても知りませんからね」
「それはそれでおもろいからええな」
「そうですか。よかったですね」
珍しく薔弥のために忠告をした透巳だったが、当の本人がそれでも良いと言っているので透巳はそれを鵜呑みにした。薔弥の言葉に嘘はないし、嘘だったとしても透巳としてはどうでも良いのだ。
あまりにも味気のない棒読みの返事に薔弥は乾いた笑みを浮かべ、その場を後にしたのだった。
********
「ふふふ。みんな、私はやってのけたよ」
「「……?」」
「おいお前らやめろ。何のことだと疑問に思ったら負けだ。完全無視しろ」
「はいはいはーい!鷹雪先生、そこの人が私を苛めまーす」
それから数日後。F組の教室にはF組生徒、透巳、養護教諭の鷹雪が集まっていて、不気味な笑みを浮かべた明日歌にほぼ全員の視線が集中した。
だがただ一人教科書に視線を注いでいる遥音は気にしたら負けだと思っているのかガン無視である。そしてそんな遥音に不満の声を上げた明日歌のことは遥音のみならず全員がガン無視している。
「……それで?結局何なんすか?」
「ピーマンくん……初めて君を良い奴だと思ったよ」
「そりゃどうも」
十分間だった。その場にいた全員が明日歌の発言に反応しなかった時間がだ。流石の明日歌も泣きそうになってきた頃、見るに見かねた巧実が尋ねたのだ。
瞳を潤ませながらそんなことを言われても〝初めて〟という余計な単語のせいで巧実は微塵も嬉しくはなかった。
「我々文芸部は無事に文化祭での予算を手に入れることが出来ました。ちなみに部費もちゃっかり手に入れました。そう……全ては鷹雪先生の労働のおかげ!」
「「おぉ……」」
鷹雪の方を指して声高らかに発表した明日歌に、F組生徒たちは控えめな拍手をしながら感嘆の声を漏らす。一方、謎の称賛を送られている鷹雪は居心地悪そうに顔を歪めている。
「鷹雪先生が理事長に頼んでくれたんだよ。ふふふ……理事長はあの件で私たちに優遇してくれるし、教頭には脅す材料がある。学園のトップ二人がF組の手中にあるなんて……私たちF組最強じゃない!?」
「ど悪党のセリフにしか聞こえん」
心底悪い笑みを浮かべている明日歌に遥音は即座にツッコみを入れ、全員がそれに同調するように頷いた。文化祭での予算はともかく、全く活動をしていない文芸部が部費を手に入れるのは簡単なことでは無いので、明日歌の意見は尤もだったが他に言い方があるだろうと全員が思ったのだ。
「と、いうわけで。早速文化祭で必要になる道具を買いに行くよ!拒否は認めないから!」
独裁政権とも呼べる明日歌の横暴っぷりにF組生徒たちがため息をつくのは必至だった。
だがこの場にいる全員は知らなかった。明日歌のこの発言がある大きな事件のきっかけになるという、変えようのない未来のことを。
次は明後日更新予定です。
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