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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
第三章 穢れた愛、それでも遺したもの
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穢れた愛、それでも遺したもの16

 八月二十日。この日は透巳の一六回目の誕生日である。


 今日その日、事情を伝えられないまま小麦によって青ノ宮学園に連れてこられた透巳。透巳は小麦のことを完全に信用しきっていたので特に何の心配もしておらず、小麦が何を企んでいるのか楽しみながら予想を立てている。


 澄み切った快晴の今日、F組の教室の扉を小麦が開けると、透巳は思わず呆けた様な相好になってしまう。



「「透巳くん(神坂)、誕生日おめでとう!」」

「…………」



 クラッカーの爆発的な音と、明日歌たちの祝福の声に透巳は目をぱちくりとさせてしまう。この展開は予想していなかったのだ。

 数秒後にスマホを取り出し、今日の日付を確認した透巳はほんの少し目を見開く。



「ほんとだ」

「やっぱり忘れてた」

「いや。朝起きていちいち今日の日付を確認しないだけだよ。誕生日を忘れている訳じゃ……」

「普通は誕生日が近づくと楽しみですぐ気づくものだよ?」



 透巳は今日が自身の誕生日である八月二十日ということに気づいていなかったので、明日歌たちがそれを祝おうとしていることも予測できなかったのだ。

 それ自体を予測していた小麦は呆れたような笑みを浮かべ、透巳は不満気に反論した。



「透巳……これ……」

「でか」



 誕生日プレゼントである猫のぬいぐるみを透巳に渡したのは兼だ。誰が透巳に手渡すかという論争が少し前に起きたのだが、F組の中で最も身長の高い兼に任せようという平和的解決に至ったのだ。


 そんな兼に拘束されているぬいぐるみを見た透巳の第一声は可愛いでは無くそれだった。あまりの大きさにそんな感想しか浮かばなかったのだ。



「可愛いですね。ありがとうございます」

「いーえー」



 だがすぐに心底嬉しそうな笑みを浮かべた透巳は、受け取ったぬいぐるみをそう称した。一方、透巳が喜んでくれたことに明日歌たちはほっと胸を撫で下ろす。



「透巳くん、ごめんね。私もプレゼント用意してたんだけど、落としちゃって……」

「ん?あぁ、大丈夫だよ。気持ちだけで十分嬉しいから」



 小麦は透巳に渡すはずだったスノードームをショッピングモールで落としてしまったので、現段階で誕生日プレゼントを用意できていないのだ。

 小麦がスノードームを落としたのは圭一と遭遇した時で、彼との話が衝撃的すぎたせいで小麦は落としたことに気づけなかったのだ。


 それを透巳は理解しているので、落ち込み気味の小麦を励ます。



「その通りだ。そのプレゼントやらはここにあるしな」

「「えっ?」」



 唐突に言葉を発した遥音に全員が呆けた様な声を上げてしまう。全員の視線を集めた遥音は決まりが悪そうにそっぽを向いたが、明日歌たちは彼の手元にあるスノードームに注目してしまう。

 それは確かに小麦が購入した猫の入ったスノードームで、小麦は驚きのあまり目を見開く。



「え……遥音それどうしたの?」

「鈴音から無くしたことは聞いたからな。探したんだ。ショッピングモールの落とし物を扱っている場所にあったぞ」

「あ、ありがとうございます。遥音先輩」

「神坂の誕生日だからな。それぐらいしてやる」



 呆然としながら尋ねた明日歌に、遥音は何でも無いように答えた。遥音は小麦がプレゼントを落としたことを聞いたすぐ後、わざわざショッピングモールを訪れて探してきてくれたのだ。

 小麦に礼を言われたことがむず痒かったのか、遥音は視線を逸らすといつもの素直じゃない返答をする。



「遥音よくやった!流石は私の見込んだ男!よっ!未来の警察官」

「五月蠅いぞ明日歌」



 小麦たちの全く知らないところでファインプレーを繰り出していた遥音に、明日歌は称賛の声を上げる。そんな明日歌に遥音は強気で返すが、内心褒められて嬉しいのを大して隠しきれていないのはご愛嬌である。



「透巳くん……お誕生日、おめでとう」

「……ありがとう、ねこちゃん」



 遥音からスノードームを受け取った小麦は、それを透巳にプレゼントした。愛しい恋人からのプレゼントに透巳は破顔一笑すると、スノードームの中身をよく観察し始めた。



「へぇ……猫が入ってるんだ」



 スノードームを逆さにして雪を降らせたり、猫の表情をじっくりと見つめたりと、透巳がプレゼントを喜んでくれたことを悟った小麦は安心で表情を綻ばせる。



「ねこちゃん……」

「ん?」

「俺たちが付き合い始めた日に言ったこと、覚えてる?」

「えっと……」

「結婚のこと」

「っ……うん。覚えてるよ」



 付き合い始めた日に言ったこと。小麦はもちろん全て覚えていたが、それがどの部分を指しているのか分からなかったので一瞬戸惑ってしまった。

 だがすぐに透巳がドストレートに伝えてくれたおかげで、小麦は理解せざるを得なくなってしまい、含羞の滲んだ相好を見せる。



「高校卒業したら、しよっか?」

「…………へっ?」



 小麦は何を言われたのか一瞬理解できなかった。それは既に蚊帳の外状態の明日歌たちも同様である。透巳一人が笑みを浮かべていて、小麦の反応を楽しんでいるように見受けられる。


 小麦は付き合い始めた時、確かに透巳からいずれは結婚することを覚悟しておくようにと言われていた。もちろんそれは小麦にとって嬉しく、その時がくれば喜んで承諾しようと思っていたのだが、まさか高校を卒業してすぐだとは思っておらず、茫然自失としてしまう。その上それをこんな人前で唐突に告げるだなんて想定外過ぎたのだ。


 小麦が固まっている間に、遥音は静かにF組生徒たちを誘導して多目的室から退出する。明日歌は様子を観察したかったので文句を言おうとしたが、それを遥音は鋭い睨み一つで黙らせてしまう。



「絶対幸せにするから。駄目?」

「…………」

「……小麦?」



 呆然としたまま言葉を失った小麦は突然涙を流し始め、それを透巳は不安気に見つめる。


 今まで漠然と考えていた透巳との未来が明確にはっきりとしたものになったことで、小麦はその現実感をより感じられたのだ。

 自分は目の前にいる、心の底から愛している人と一生を共にするのだと。その事実を思い切りぶつけられた様な気がして、小麦は溢れる涙を止めることが出来ない。



「っ……ん…………うん……うんっ……幸せに、して?」

「……仰せのままに」



 小麦は涙を拭いながら、嗚咽交じりに透巳のプロポーズを受け入れた。それを満足気に聞いた透巳は目を瞑ると、涙を拭った小麦の左手を優しく掴んで自身のでこにくっつける。

 落ち着いた小麦はふと、すぐ近くにある透巳の顔を見上げる。目を瞑っている透巳は心底ほっとしているようで、不意に見せる透巳の人間らしい一面に小麦は胸を締め付けられるのだった。


 ********


 一方途中で退出したF組生徒たちは廊下の壁を背にしゃがみ込んでいて、戻るタイミングを見計らっていた。



「もう遥音ってば空気読めすぎ」

「邪魔をするなよ、明日歌」

「何なの遥音?最近いい子ぶっちゃって……遥音はねぇ、毒、九に対して善、一ぐらいが丁度いいんだよ?」

「おい俺はコイツに喧嘩を売られているのか?」

「今回は多分売られてますね」

「よし、買おう」



 何故か不機嫌な明日歌の無理があり過ぎる発言に、遥音は眉を顰めてしまう。毒と善の比率が九対一ではまるで遥音が極悪人のようなので、本人の不満は当然である。

 そんな遥音の問いを肯定した巧実に続き、弟である兼も隣で首肯しているのを確認した遥音は、意気込んだように立ち上がり明日歌を睨み据える。



「だってぇ……遥音の良いところはF組のみんなだけが分かってればいいもん」

「……アホか」

「ふんだ。私ちょっくらお花摘みに行くから!」

「……」


 

 要するに明日歌はいろんな人間が遥音の良さを知って、自身の手元から離れていくのが気に入らないのだ。そんな明日歌の我が儘に呆れたような声を上げた遥音の表情は神妙である。

 不機嫌なまま立ち上がった明日歌はそんな捨て台詞を吐くとその場を立ち去った。どこからツッコめばいいのか分からない明日歌の言動に、F組生徒たちは何とも言えない相好で見送った。



「まったくあの女はいつまで経っても成長のない……」

「遥音先輩、流石……姉貴のこと、よく分かってる」

「「……?」」


 

 遥音と兼の会話はどこか含みのあるもので、関口兄弟は思わず首を傾げてしまう。明日歌の我が儘は今に始まったことでは無いが、遥音と兼の口調からそのこととはほんの少し違う何かがあるように感じられたのだ。


 ********


 圭一が取調室で透巳と対面してから一日後。慧馬は圭一の最後の取り調べを担当していた。もう少しすれば検察官に容疑者を送検しなければいけないので、刑事である慧馬の仕事は終わりに近いのだ。


 目の前で座っている圭一は憔悴しきっていて、慧馬からの質問を虚ろな目で淡々と答えていた。答えてくれる分には文句はないのだが、ここまで生気が無いのも不気味なので手放しで喜ぶことは出来ない。



「じゃあ確認だが、実行犯は今青ノ宮学園の生徒に対する傷害の罪で逃亡中の木藤友里なんだな?」

「ああ」

「どうして木藤友里を使おうと思ったんだ?」



 圭一の証言から、友里が実行犯であるという情報を手に入れた警視庁は、これから彼女を指名手配して捜索を開始する手筈だ。薔弥に対する暴行に加え、今回の事件で四人もの人間を殺害しているので、警視庁も本腰を入れ始めているのだ。


 慧馬はそんな友里を何故圭一が実行犯に選んだのかが疑問で、それについて尋ねた。



「……アイツを……神坂透巳のことを尾行してたんだ」

「…………はっ?」



 唐突に告げられた事実に慧馬は茫然自失としてしまう。圭一が透巳を尾行していたことに対してではない。透巳がその事実に気づかないわけがないからこそ、慧馬は動揺を隠せなかったのだ。圭一が透巳を尾行していたのなら、透巳はその事実を知っていた上で放置していたということになるのだ。



「アイツを殺すために、隙が無いか窺おうとしたんだ。その過程で、木藤友里が青年を襲っている場面を目撃したんだ。その日はその光景に見入って神坂透巳のことを見失ってしまったがな」

「…………おいおい、マジかよ」



 あまりの動揺で慧馬は片手で口元を覆う。

 透巳の尾行の最中で木藤友里を発見したということは、透巳があの現場の近くを通ったということだ。直接現場に向かった可能性は低いが、圭一を誘導することは可能だったのだ。


 

(ちょっと待て……透巳がもし故意にあの傷害事件の現場の近くを通ったってことは、最初から木藤友里が青ノ宮薔弥を襲うことを把握していたってことだよな?分かっていて止めなかった。いやそんなことはどうでもいいんだ。アイツはそういう奴だから。……問題はどうして圭一の選ぶ実行犯を木藤友里にしたかったのか……ってか、アイツ実行犯は分からないとか言ってたくせに騙しやがったなぁ……あぁ!またアイツの演技に騙された!)



 必死に頭を回した慧馬は、またしても透巳に一杯食わされたという屈辱的な事実に気づき、勢いよく立ち上がる。

 それでも何故透巳がそんなことをしたのか、その動機はついぞ分からず慧馬は頭を抱える。


 慧馬に分かるのはただ一つ。目的は何であれ今起きている状況こそが透巳の望んだ結果であり、いくら問いただしても彼はしばらく本当のことを話してくれないだろうという、純然たる事実だけである。




 第三章はこれにて完結です。この章で透巳くんが何を企んでいたのか分かるのは恐らく最終章になると思います……。引っ張り過ぎですね。


 十二月いっぱいまで忙しく、執筆活動があまりできなくなってしまうので、投稿はしばらくお休みさせていただきます。申し訳ありません。第四章を投稿開始すれば、また二日に一回投稿したいと思います。


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