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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
第四章 少女の恨み、万事塞翁が馬
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少女の恨み、万事塞翁が馬2

 どうでも良いですが、〝ばんじさいおうがうま〟って早口だと絶対噛みますよね。

「明日歌先輩。どこ行くんですか?」

「家電量販店」

「何買うんですか?」

「えっとね。電気ストーブ、たくさん」

「たくさん?」

「タクサンタクサン」



 外国人のような片言で答えた明日歌に、思わず全員が首を傾げてしまう。一体何の目的で電気ストーブを大量に購入する必要があるのか分からなかったからだ。だが明日歌はその理由を答えてはくれず、透巳たちは明日歌についていくほかない。


 現在は放課後なので、透巳は家電量販店に向かう前に小麦と合流することにした。小麦に連絡して先に一人で帰ってもらっても良かったのだが、先の事件のせいで透巳は酷く敏感になってしまっているのだ。小麦を一人にしてしまえばまた何か悪いことが起こるのではないかという不安が過ぎり、出来るだけ単独行動はさせたくなかったのだ。

 青ノ宮学園の文化祭に小麦は全く関係ないが、彼女は嫌な顔一つせず同行してくれた。


 平日の夕方なので、透巳たちが入店した家電量販店は比較的空いていた。そこで明日歌は文化祭の予算と部費を合わせた金額で五つの電気ストーブを購入することにした。本来ならもう少し買うことは出来たのだが、遥音の助言で部費は少し残しておくことにしたのだ。


 計五つの電気ストーブは透巳たち男子陣で運ぶことになり、一人一つずつ抱えている光景はなかなかシュールである。


 

「じゃあ学校戻ろっか」

「俺たちこれ持ったままあの長い道のり戻るんすか」

「男が文句を言うな」

「そうだそうだ。文句言うな」

「お前が言うな」

「えぇ……」



 苦労は目に見えているので巧実は顔を顰めたが、遥音の鋭い睨みのせいで文句も引っ込んでしまった。珍しく遥音が味方(?)になったことで調子に乗った明日歌だったが、秒で現実に引き戻されてしまう。


 相変わらずの二人に透巳が笑みを零すとふと、彼の足下に僅かな衝撃が走った。その衝撃は誰かが透巳にぶつかったようなもので、だがそれにしてはとても小さすぎる衝撃だ。


 その衝撃の正体を掴もうと透巳が振り返ると、そこには尻餅をついている一人の女の子の姿があった。


 小学校低学年ぐらいのその少女は顔も覗けないほど長い髪、しかもその髪は繊細にも拘らず酷く絡まっている。何日も頭も身体も洗っていないことが窺えられた。そして彼女はどう考えても使い古された男性用のTシャツをだぼだぼに着ているだけで、靴は疎か下着すら身に着けてはいなかった。


 そして何より。透巳たちが気になったのはぶかぶかの服から窺える少女の肌に、いくつもの痣があることだった。それは誰かから殴られたような痣で、酷い火傷の跡まで窺えた。



「たっ、たすけて……」



 少女は透巳の制服のズボンを両手でぎゅっと握りしめると、消え入りそうな声で助けを求めた。涙こそ流していなかったが、その瞳は透巳にとって見覚えのあるものだった。

 それは透巳と小麦が出会ったばかりの頃。絶望とも呼べる人生に慣れてしまって、それでも恐怖を拭うことの出来ていない、光のない瞳だった。


 でもだからこそ透巳は不思議に感じた。こういう瞳をする人間は大概、全てを諦めて助けを求めようとする考えそのものが無いからだ。そういった人間を多く見てきたわけでは無いので、透巳はこの少女は助けを求められるだけマシなのだろうと考える。



「お嬢ちゃん。どうしたの?誰かから逃げてきた?」



 透巳は少女の目線に合わせてしゃがみ込むと、落ち着いた声音で問いかけた。それでも少女の震えは止まらず、なかなか声を絞り出すことも出来ないようだ。



「…………お、お父さんと……お母さん」

「「……」」



 その言葉を聞いた途端、その場の空気が凍てついたようだった。その言葉だけで理解できたからだ。目の前のか弱い少女が両親から虐待されているということを。


 その事実に誰よりも憤りを感じていたのは遥音だ。表情にはあまり出していなかったが、遥音から発せられる冷たい雰囲気が彼自身の怒りを物語っていた。



「分かった。それじゃあこれから俺たちと交番に行こ……」

「やめて!そんなことしたら!」

「「……」」



 これはどう考えても警察に任せた方がいいと判断した透巳だったが、酷く怯えた様な少女の声で思わず目を見開いた。彼女の両親に対する恐怖が本物であると悟ったからだ。

 少女は恐れているのだ。自身が両親から虐待されていることが公になれば、その情報元は自分。それを両親に知られれば、報復にもっと酷いことをされるのではないのかと。


 その恐怖で思わず大声を上げてしまった少女は決まりが悪そうに俯いてしまう。



「……心配するな。警察には言わない」

「……本当に?」



 透巳たちがどうするか考えあぐねていると、遥音は透巳の隣にしゃがみ込んでそう言った。遥音の発言に明日歌たちが驚きで目を見開いている中、少女は不安気に瞳を揺らしながら尋ねる。その瞳には目の前の遥音しか映っておらず、彼に縋っているのが見てとれた。



「あぁ。本当だ。だから心配するな。君のことは俺たちが保護するが、警察には言わない。ただ、もし君が勇気を出して、警察に伝えても良いと思った時は教えて欲しい」

「…………分かった」



 遥音の言葉をじっくりと噛みしめた少女は、しばらくするとそう呟いた。助けて欲しいとお願いしたにも拘らず、警察には通報しないで欲しいという無理を言っている自覚はあるのだろう。遥音自身、本来なら警察に任せたいのだという本心を悟った少女は、彼の要求を呑んだ。



「よし、いい子だ。まずは、君の名前を聞かせてくれるか?」

「……ゆな」

「苗字は分かるか?」

「……みょうじ?」

「「……」」



 ポカンとしたその少女――ゆなの相好から、彼女が苗字という概念そのものを理解していないことを全員が悟った。だがそれも頷ける話だ。虐待をしている親なら娘に一般常識を教えたり、学校に通わせたりという親としての義務を怠っていることは想像に容易い。


 

「いや、大丈夫だ。ゆな、とりあえず君の傷の具合を確かめたいんだが、病院はやはり嫌か?」

「…………ごめんなさい」

「謝る必要はない。大丈夫、他に手はあるから心配するな」



 怯えた様に陳謝したゆなを安心させるために遥音は彼女の頭を撫でてそう言った。そんな遥音を物珍しいものを見るような視線で追うゆな。謝る必要が無いと言われたのも、優しく頭も撫でられる感触も、ゆなにとっては初めての経験だったのだ。



「とりあえず、高校に戻るぞ」

「えっと……ゆなちゃん、おんぶと抱っこならどっちがいい?」



 立ち上がり、きっぱりとした口調でそう告げた遥音。すると透巳はしゃがみ込んだままゆなにそう尋ねたが、彼女は当惑したように首を傾げる。透巳の質問の意図が分からなかったからだ。



「ここから高校、そこそこ歩くから大変だよ?」

「…………抱っこ」

「了、解っ」

「うわぁっ……」



 透巳はゆなをおぶるか抱えるかして運ぶつもりだったらしく、彼女の答えを聞いた途端軽々とゆなの身体を持ち上げた。突然視界が急上昇したことにゆなは僅かに怯えの混じった声を上げたが、すぐに透巳の腕の中が安定していることを理解したようだ。普段とは違う光景を視界に収めるため、好奇心をエネルギーに首をキョロキョロと動かす。


 余談だが、透巳の問いに〝抱っこ〟と上目遣いで答えたゆなに全員が内心悶絶していたことに、本人は当然気づいていない。



「透巳くん、子供好きなの?」

「別に好きでも嫌いでもないですけど」

「ほんと正直ね」



 初めて会う相手だというのに随分優しいのが気になったのか、明日歌は透巳にそう尋ねた。だがその予想は外れだったようで、本人目の前に体裁を取り繕わない透巳に明日歌は苦笑いを浮かべる。



「あと十年もすればこの子も大人ですし、子供だろうが、成人だろうが、老人だろうが、どうせ人に変わりないですよ」

「なるほどねぇ」



 透巳にとって人の年齢はあまり興味の無いもので、子供だから優しくするなどという発想はあまりないのだ。とは言っても、こんな傷だらけの少女を捨て置くほど腐りきった根性も持ち合わせてはいないのである。



「ただ、これからねこちゃんとの子供が出来るんだよなぁって考えたら、子供ってだけで可愛く見えますよね」

「………………え、まさかもう?」

「何言ってんですか?将来的な話ですよ。人を節操無しみたいに言わないで貰えますか?ちゃんと避妊してますよ」

「いやお前が何言ってんだよ」



 いろいろと単語が足りない透巳の発言でおかしな勘違いをした明日歌。その勘違いを正そうとした透巳のデリカシー皆無な発言に、巧実は鋭いツッコみを入れる。


 そして全く予期しない方向から羞恥心に襲われてしまった小麦は、顔を真っ赤にしながら俯いてしまっている。



「子供の前で言うこと考えろよ」

「……まさか巧実くんに常識を説かれるとは」

「お前俺がF組のヒエラルキー最下位なのに気づきやがったな」



 苗字の意味も知らないゆなが〝避妊〟の意味を理解できているはずもないのだが、だからと言ってこんな話を子供の前で気軽にするものでもない。その一般常識を説いてやった巧実だったが、透巳の自身に対する冷たい対応に明日歌たちを想起してしまう。



「おっ!そしたら一位はこの私かな?」

「いやどう考えても遥音先輩でしょう」

「「うんうん」」

「なぬっ!?」

「下らん話をするな。さっさと向かうぞ」



 F組のヒエラルキートップを選ぶのなら、それは間違いなく遥音だろう。ゆなと小麦以外の全員が頻りに頷いていたが、F組の雰囲気を知っている小麦も内心ではそうだと確信している。


 一方、何の話をしているのか全く理解できていないゆなは当惑気味にキョロキョロと辺りを見回していた。それに気づいた遥音はその困惑の元凶である明日歌たちに苦言を呈する。


 遥音のその重厚感のある一言で、全員が素早く高校への第一歩を踏み出したのが、遥音がヒエラルキートップたる証拠だろう。


 ********


 透巳がゆなを抱きかかえることで、電気ストーブを持つ人員が一人減ってしまう。なのでその電気ストーブは明日歌と小麦が協力して運ぶことになり、透巳たちは行きよりも時間をかけて青ノ宮学園へと向かった。


 夕日は先刻よりも赤みを帯び、もう少しで遠くの山に隠れてしまいそうな頃。


 青ノ宮学園に到着した遥音たちはすぐに保健室へと移動した。保健室にはこの学園で最も信用できる養護教諭の鷹雪がいるうえ、ゆなの傷の手当てができるので一石二鳥なのだ。



「おい。いるか?」

「……結城って形振り構わない時口調荒いよな。先生傷つくよ?」

「ふざけるな。さっさと仕事をしろ」

「え、なにその子?誘拐してきたのか?」


 

 遥音はそれなりの礼儀というものを弁えている。なので教師である鷹雪には敬語を使うのだが、感情が高ぶったり、緊急時で急いでいる時は素に戻ってしまうのだ。

 そのことを茶化した鷹雪だったが、透巳に抱えられているゆなの存在に気づくと事の重大さに気づき始めたようだ。



「……否定はできない。悪く言えば誘拐、よく言えば保護だな」

「それ大丈夫か?」

「兎に角この子の手当てをしてくれ」

「あ、あぁ……」



 正義感の塊のような遥音の口から出た発言とは思えず鷹雪は当惑するが、ゆなの怪我の状態を見ておおよその事情を察したようだ。


 透巳は抱えていたゆなを保健室のベッドに座らせる。一方のゆなは不安と好奇心が入り混じった目でキョロキョロと保健室内を観察している。

 そんなゆなの身体の汚れを落とすために、鷹雪はぬるま湯で濡らしたタオルで拭いていった。ゆなはこの中で唯一の成人男性である鷹雪に怯えているようだったが、自身に害をなす存在では無いことをすぐに理解できたようで、抵抗することなく身を任せるようになった。


 

「ゆな。君は今自分がいくつか分かるか?」

「えっと……八……?」

「そうか。小学校に通ったことはあるか?」



 八歳ということは普通なら小学校二年生か三年生の年だ。だが遥音の問いにゆなは首を横に振ることで否定を示した。

 学校にも通わせてもらえず、まともな一般常識を教えてもらうことも出来ず、加えて両親からの虐待。ここまでの酷い状態に全員が顔を顰めたが、寧ろよくここまで生きてこれたと感心するほどだった。


 ゆなの状況を大体把握した遥音は、透巳に手招きをして保健室の隅の方へ移動させる。そして透巳の肩を組み、姿勢を低くさせる。透巳は首を傾げたが、遥音が何かゆなに聞かれるとまずい話があるのだろうと予測をつけていた。



「神坂。虐待されている可能性の高い少女を保護したと、成川刑事に報告しておけ」

「え、いいんですか?」



 小声でそう指示した遥音に、透巳は当惑気味に尋ねた。つい先刻ゆなと警察には知らせないと約束したばかりだったので、透巳の疑問は当然だった。



「ただし成川刑事には他の刑事に他言しないよう頼んでくれ。このことを成川刑事に知らせるのは念の為だ。もし何かあった際に、事前にこの状況を理解している人間がいればすぐ行動を起こすことが出来るからな」

「分かりました」



 遥音はゆなとの約束を破るつもりはない。だからこそ警察ではなく、刑事をしている慧馬という人間一人に今の状況を把握してもらおうと考えたのだ。


 警察官の息子として、目の前の犯罪を見過ごすことは遥音にはできない。だがゆなの気持ちを汲んでやりたいという思いも遥音の中には当然あって、その二つの思いがせめぎ合っているのだ。


 その二つを考慮した上で導き出した結論が、慧馬一人にこの事実を伝えるというものだったのだ。



 次は明後日更新予定です。


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