穢れた愛、それでも遺したもの11
「ねぇ。前から思ってたんだけどさ、警視庁って無能なの?」
「お前よくそのボリュームでそんなこと言えるな」
「あっはっは……坊主面白れぇこと言うな」
小麦が明日歌たちとカフェで会話している頃、透巳は警視庁を訪れていた。例の連続殺人事件のことで協力を頼まれたのだ。幸い小麦には用事があったので透巳は暇だったのだが、こう事件が起こるたびに呼ばれては不満も募るのだ。
事件の資料を睨みつけながらボソッと不満を口にした透巳に、慧馬は顰めた顔で苦言を呈した。透巳の声は良く通るので、大声でなくとも周囲に聞こえることがある。事実、周りにいた数人の刑事はチラチラと透巳たちに視線を向けていて、慧馬は居心地の悪さを感じてしまう。
だがそんな異質な空気を慧馬の先輩刑事である武井が豪快な笑い声一つで払拭してくれた。
「あのなぁ、今回はお前もこの事件に関わってるから呼んだんだぞ?忘れてんじゃねぇよ」
「ついでに知恵借りようって魂胆なかった?」
「ぐっ……」
「あっはっは……ぐうの音も……あぁ、出たか」
不満気な透巳に反論してみた慧馬だったが慣れないことをするものではないようで、あっさりと透巳に論破されてしまう。ぐうの音も出ないとはよく言うが、慧馬の場合ぐうの音しか出ないである。
今回の連続殺人事件の被害者に共通しているのは、殺される前に犯人からの手紙が届いている点だ。手紙を受け取るのは決まって被害者の知人たちで、文言は決まって「――は人殺し」というものだった。
事実、被害者たちは過去に起きた殺人事件の被疑者であった。それでも不起訴処分になったり裁判で刑が軽くなった者が今回の被害者の特徴である。
そして今日の朝、何故か透巳の家にも同じ手紙が届き、それについて詳しい話を聞くために慧馬は彼を警視庁に呼び寄せたのだ。
「そ、それで。犯人に心当たりはあるか?」
「あるけど証拠ないよ」
「……は?あるのか?」
「そんなに意外?」
「いやいくらなんでも早すぎるだろ」
咳払いで悪い流れを断ち切った慧馬は本題に入った。それに対してあっさりと肯定した透巳に、二人は目を見開いて驚きを露わにしてしまう。
透巳が優秀なのは分かっていることなのだが、今回はあまりにも犯人特定までの時間が短すぎたので理解が出来なかったのだ。
「いやぁ、まぁ……ちょっと、色々、あって」
「おいお前まさか説明面倒だからって省くつもりじゃねぇだろうな?」
「うわすごい、兄ちゃん今日は冴えてるね」
「褒められてここまで嬉しくないのは初めてだ」
「それで、その犯人っていうのは誰なんだ?」
慧馬たちに透巳の頭の中を覗くことは出来ない。なので透巳の言う〝色々〟を知る術も無ければ、彼の推理がどのように構築されているのかも分からない。にも拘らず説明を省こうとしている透巳に、慧馬は顔を顰めてしまった。
「その前に、警察側の見解を確認したいんだけど。今回の事件は素人と慎重なプロがごっちゃになっている感じだよね。遺体の傷の状態から、犯人は一度で被害者を殺しきれていないのが分かる。要は殺しに臆する気持ちが少しでもあったということ。それが人を殺すということに対する拒否感からなのか、ただ単に慣れていないからなのかは分からないけど。もし殺しに慣れている人間なら一瞬で相手を殺すから被害者たちを殺したのは素人だ。なのに被害者の知人たちに送られてきた手紙や現場には犯人の痕跡が何一つ残されていなかった。指紋一つ、髪の毛一本だって出てこない。どう考えても素人に出来ることじゃない。要するに前準備をしたり、証拠を消した首謀者と実行犯が別々にいるってことだ。これぐらいはそっちも分かってるんだよね?」
「あぁ。だけど手掛かりがない以上犯人特定は難しい。だからお前の意見を聞きたいんだ」
事件の資料を一瞥しただけで警視庁刑事たちと全く同じ見解を述べた透巳に、武井は感嘆の息を漏らす。慧馬からしてみれば慣れの境地だが、武井はまだまだそこまで達しきれていないのだ。
今回の事件は手掛かりが異様に少ない。被害者の共通点は元犯罪者という点と、必ず殺される前に手紙が送られているという点だ。だがそれ以外に犯人を特定する様な手掛かりは何一つ残されていなかった。にも拘らず、遺体の状態から推察される犯人像は素人。その事実から透巳と警察は首謀者と実行犯が別であると考えた。
「俺が分かるのは首謀者の方。実行犯は流石に今のままだと分からないかな?」
「首謀者?実行犯の方じゃないのか?」
透巳の言葉に慧馬は思わず首を傾げた。普通に考えれば素人なのは実行犯の方なので、犯人を特定しやすいのは実行犯だろう。にも拘らず用心深い首謀者の方に透巳が目星をつけているというのは、疑問を覚えざるを得なかったのだ。
「あー、今回のはちょっとしたズルだから」
「ズル?」
「うん。俺が大っ嫌いな奴からの不本意すぎる遺言でね」
「「……?」」
透巳の発言は事情を知らない慧馬たちにとっては珍紛漢紛である。だがそれを語る透巳の歪んだ相好から、彼が思い浮かべる相手のことを相当嫌っていることは一目瞭然であった。
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友里は今自分が何をしているのか理解できていない。何のためにこんなことをしているのか、ふと思い出せなくなってしまう。だがその瞬間、あの時のささの顔が頭に浮かび目的を思い出す。
その繰り返し。
まともに風呂にも入れていない友里の手には、こびり付いて変色した血が窺える。それを見る度自分がしたことに対する、言いようのない恐怖と不快感に襲われる。何故こんなことになってしまったのか。自分は一体どこに向かっているのか。答えはあるのに、自分で決めて選んだというのに。そんな疑問をいつでも浮かべてしまう。
そして友里はその度に、こうなった原因である人物の言葉を思い出していた。
『僕と君の目的は全く違う場所にある。だけど、いやだからこそ、僕たちは良い協力関係を築ける。己が己の目的を果たすために行動することで、一つの完全犯罪が作り上げられる。素晴らしいだろ?』
その胡散臭い言葉も、心底気持ちの悪い笑みも、友里は全く興味が無かった。どうでも良かったのだ。友里はただ自身の目的に合う提案をしてきた相手に乗っただけなのだから。
友里は支度を整えた。友里の目的は達成され、あとすることは逃げる一択だったからだ。これからどうなってしまうのか。幸せに生きていけるのか。そんなことは友里には全く分からない。友里は暗闇の中を手探りで進んでいる状況なのだから。
友里の目的は達せられたが、今回の提案を持ち出してきた相手の目的は未だ進行中である。だが友里は相手の結末など心底どうでも良く、ただその歩を進めるのみである。
********
都内のショッピングセンター。カフェを出た明日歌たちは小麦の用事に付き合ってその場所を訪れていた。小麦は元々透巳の誕生日プレゼントを買いに来ていたので、本来の目的を果たしに来たのだ。
夏休みのショッピングセンターは老若男女様々な人々に埋め尽くされていて、随分と賑わっている。
「それにしても透巳くん誕生日かぁ。私たちでも何かあげようか?」
「そうだな。F組で金を出し合って何か良いものをやればいいだろう」
「ありがとうございます。透巳くん、喜びます」
明日歌の思い付きに一つの案を提示してきた遥音。そんな明日歌たちに小麦は礼を言った。
「透巳くんって何あげれば喜ぶの?」
「猫です」
「それはちょっと無理ゲーだね」
「はい……でもそれ以外透巳くん興味あるものが無いので、毎年困っちゃうんです」
明日歌の何気ない質問に即答した小麦は他の面々と共に頭を抱えてしまう。
透巳の好きな〝もの〟はシンプルだ。「家族、友人、猫」この三つだけなのだから。それ以外のものは好きでも嫌いでも無いという場合がほとんどだ。嫌いなものは寒さがまず第一に挙がるが、それ以外にもいくつかある。
ともかく透巳の好きな〝物〟となると猫だけになってしまう。猫も物では無いが、そんなことを言い始めてしまえば透巳の好きな〝物〟は皆無になってしまう。
だからと言って猫を誕生日プレゼントにできるかと言えば、それも無理な話だ。F組のメンバー全員の小遣いを集めても猫を買うことは出来ないだろうし、既にシオを買っている透巳に更に猫を与えたところで、餌代などの負担がかかるだけだからだ。
「去年は何あげたの?」
「えっと、小説をあげました」
「それで?」
「よく読んでくれてます」
「それは、喜んでくれてるってこと?」
透巳は普段暇つぶし程度に読書をすることがあるので、去年はネットで評判の長編小説をあげたのだ。とは言っても透巳は別に本好きなわけでは無いので、小麦としては彼がどのような心境でそれを読んでいるのかは不明である。
「どうでしょう?私があげたからよく読んでるのかもしれません。透巳くん、フィクションの面白い面白くないに興味が無いみたいで……」
「そっかぁ」
透巳が小説を読むのは文字を追うという作業で時間を潰すためと、語彙力を養うためである。その作品の面白さに興味が無い以前に、透巳にはそれを判断しようとする概念そのものが無いのだ。
だが愛する小麦から貰ったプレゼントを透巳が喜ばないはずもないので、彼は暇さえあればその小説の文字を追っている。それを行うことで小麦からプレゼントを貰った時の気持ちを思い起こしているのだ。
「よし。私たちはでっかい猫のぬいぐるみをあげよう」
「決断早いっすね」
「まぁ妥当な線ではあるな」
小麦の話から、明日歌たちが買える程度の猫の形をした何かをプレゼントするのが一番いいと判断した明日歌。巧実は即決が過ぎる明日歌に苦笑いを浮かべていたが、遥音が珍しく明日歌の決断を擁護した。
結局雑貨店に売っていた一万円の猫の大きなぬいぐるみを買うことになったF組一行。その間小麦とは別行動になり、雑貨店にいるのはF組の生徒たちだけだ。ちなみに小麦はいろんな店を回って、何をプレゼントするか考え中である。
黒猫のぬいぐるみを抱えつつ何故かそれを睨んでいる明日歌は神妙な声を出す。
「よし。所持金を確認しようか」
「俺は二万円だ」
「俺は三千円っす」
「僕は五千円です」
「俺は一万円」
「…………」
「どうした?」
明日歌に言われ、遥音、巧実、宅真、兼の順に所持金額を伝えた。すると何故か言い出しっぺの明日歌が無言を貫いていて、遥音は怪訝そうな声で尋ねる。
「……ど、どうしよ。五七円しかない……」
「ゴミなのか?(※所持金額が)」
「面目ない……」
小学生にも笑われてしまう所持金額に全員が顔を顰めてしまい、明日歌は増々自身の不甲斐無さに嫌気がさしてしまう。ちなみに明日歌の全財産が悲しいことになっているわけでは無く、ただ単に今日持ってきたお金が少ないだけだ。ただでさえ先刻のカフェの会計ですり切らせていたので、こんな駄菓子しか買えないような状態になっているのだ。
「はぁ。仕方ない。関口兄弟、兼。お前たちは二千円ずつ出せ。俺が残りの四千円を払ってやる」
「は、遥音……ありがとう」
「お前のためではない。神坂のためだ。勘違いするな馬鹿め」
男気たっぷりなことを言ってのけた遥音に明日歌は目を潤ませながら礼を言った。だがその嘘くさい泣き顔が癪に障ったのか、遥音はいつもの毒とツンで跳ねのける。
すると何故か明日歌、兼、宅真の三人がじりじりと遥音に近づいていき、それを巧実は心底嫌そうな相好で眺めている。巧実にはこれから何が起きるか予測することが出来たのだ。
一方何故かじりじりと迫られている遥音は困惑気味に三人に視線を配っていたが、その三人の行動によって呆れたような相好になってしまう。
「「ぎゅっ……」」
「おい貴様ら何をしている」
三人は右から左から後ろから遥音を囲むと何故か抱きつき、しみじみといった感じで呟いた。公衆の面前で謎行動を繰り出してきた三人に対し、遥音は何とも言えない苦い表情を浮かべていて、傍観している巧実も全く同じ表情を貼りつけている。
「遥音まじすこ的感情を表現しているんだよ」
「「うんうん」」
語彙力の欠片も無い表現をした明日歌に兼と宅真は同調し、巧実はため息を零してしまっている。と同時に、遥音が怒り狂うのではないかと心配もしていた。いつもの遥音を知っている者からすればその心配は当然で、巧実は耳を塞ぐ用意をする。
「……おい」
(うわぁ、めっちゃ怒鳴られそー)
「…………〝まじすこ〟とは何だ?」
「「…………」」
本気で尋ねている遥音にF組たちは一瞬硬直し、その直後生易しい笑みを浮かべた。その意味深な笑みは遥音からすれば不気味でしかなかったが、彼がその理由を知ることは無いだろう。遥音の問いに彼らが答えることは無かったが、彼らの中の〝遥音まじすこ的感情〟は大幅にアップしたのだった。
作者はF組のわちゃわちゃ感がとても好きなのです……。
次は明後日更新予定です。
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