穢れた愛、それでも遺したもの10
「……それで、半分嘘で半分本当、か……」
小麦から中学時代の話を聞いた明日歌は納得したように呟くと、紅茶を一口飲む。小麦の語った昔話はあまりに強烈的で、各々様々な形で驚きを表現している。
もし透巳を人殺しと称した手紙の送り主が梓紗のことを知っているのなら、彼女の自殺のことを指しているのだろうが、本当のことは今の明日歌たちには知る術がない。
「小麦ちゃん、透巳くんとの馴れ初め話してくれてありがとうね」
「……いえ」
違う視点から見れば今の話が馴れ初めになることに気付いた小麦は若干照れ臭くなってしまい、俯き加減に頬を朱に染めた。そんな小麦を微笑ましそうに見つめた明日歌はふと思い出したことがあり、口を開く。
「あっ、そうだ。こんな機会滅多に無いし聞いておこうかな」
「何ですか?」
小麦同様、遥音たちも明日歌が何を尋ねようとしているのか分からなかったので、思わず怪訝気味に首を傾げる。
「透巳くんのことをよく知っているであろう小麦ちゃんにしか聞けないことなんだ……」
「は、はぁ……」
小麦への質問を勿体つけ始めた時点で遥音は理解していた。とんでもなく下らない、クソどうでも良いことを明日歌が尋ねようとしていることを。その時点で遥音の興味は失せ、とりあえず明日歌にツッコむ準備だけはしておく。とことん真面目な男である。
「透巳くんの弱点って何?」
「今までの流れでよくそんな問いが思いついたな無能め」
「うわ、馬鹿より傷つく」
「そうか。なら今後は無能ということにしよう」
「遥音Sに目覚めたの?」
遥音の予想は最早テンプレかと思えるほど的中していて、彼はため息をつきたいのを必死に堪えた。F組生徒たちにとっては慣れた光景だが、小麦にとっては物珍しいのかクスクスと笑みを零している。
「うーん……弱点、ですか……。………………あ、透巳くんすごい寒がりですよ」
「ごめん、無いなら無いでいいんだよ?」
「そういえば神坂も以前そんなことを言っていたな」
しばらく考えた後に出た小麦の答えに、明日歌は思わずそう零してしまう。一方遥音は、透巳が薔弥と初めて会った際に自身のことを〝究極の寒がり〟と称していたことを思い出す。
それが透巳の弱点となりうるかは判断しかねるが、本人と小麦の二人が共通してそれを提示するということは、彼が自他共に認める寒がりであることを示していた。
「多分皆さんが想像している三倍ぐらい透巳くん寒がりです」
「逆に何があったらそんなことに?」
「さぁ……?生まれつきらしいですけど。あ、冬の透巳くん面白いので楽しみにしててくださいね」
予想の遥か上を行くらしい透巳の寒がりっぷりに、宅真は思わず食い気味に尋ねた。すると小麦は楽し気に微笑み、明日歌たちの知らない透巳を想起しているようだった。
「へぇ……でも弱点としては弱いなぁ」
「まだこだわっているのかお前」
明日歌としてはスペックの高い透巳の弱点を知りたいという安易な気持ちなのだが、その程度でここまで粘る彼女は遥音からしてみれば子供である。
明日歌の言葉で透巳の弱点について深く考え始めた小麦。透巳の苦手なものは絞りに絞ったうえで寒さしかない。その寒さという点で透巳は最弱と言っていい程の弱さを発揮するが、それ以外で彼が苦しむ姿は小麦でも想像できないのだ。
だが一つだけ、透巳にとって致命的な弱点がもう一つあった。それに今気づいた小麦は固く口を結ぶ。
「……私、かもしれません」
「え?」
「透巳くんの弱点…………もし私を盾にされたら透巳くん、自由になれない……」
「「……」」
神妙な面持ちで呟いた小麦に、明日歌たちは何も言うことが出来ない。透巳の弱点が小麦であることを否定してしまえば、透巳が小麦を大事に思っていること自体の否定になってしまうからだ。
透巳は小麦のためになることなら何でもするだろう。例えそれが犯罪であったとしても、本当に小麦のためになるのならしてしまうかもしれない。
明日歌たちも透巳の性格からそれは十分に理解している。透巳は小麦のために何でもできる。だが逆に小麦のために何もできなくなってしまう可能性もあるのだ。
消え入りそうな小麦の声を最後に、残るのは香しい紅茶の余韻だけだった。
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ふと目を覚ました少女は、見回す限り薄暗いという環境下に舌打ちをしたくなってしまう。
肩まで伸ばした髪はぼさぼさで所々に埃がついている始末である。身長は一五五センチで、丸まっている彼女は更に小さく見えてしまう。ボロボロの服も触るのを憚れるほど汚れており、その姿はまるで野良犬である。
彼女は使われなくなった工場に忍び込んで寝泊まりしており、その内この廃工場からも移動するつもりだ。
ボロボロな身体を清めることも出来ないその少女の名前は、木藤友里。彼女が息を潜めるように生活しているのには訳がある。
思えば最初の最初の原因は父親が犯した犯罪だった。友里が幼い頃父親が殺人事件を起こし、そのせいで誹謗中傷を受け、引っ越しせざるを得ない状況に陥ってしまった。だがその当時の友里の記憶は朧気で、父親に対しては何の感情も持っていなかった。酷く恨んでいる訳でも無いが、会いたいとも思わない。そんな冷めた感情が友里の父親に対する唯一の思いだった。
だが友里が中学二年生の頃、人生が一八〇度一変してしまう出来事が起きた。元を辿れば原因は父親の犯罪になるが、青ノ宮薔弥という男が存在しなければ友里は今でもささと笑い合って生活が出来ていただろう。
当初友里は、学校中に家族の犯罪を暴露したのはささであると勘違いしていた。学校の中でその事実を知っているのがささだけだったからだ。だがそれが大きな勘違いであると気づいた頃にはもう遅かった。友里はささを傷つけ、取り返しのつかないところまで来てしまっていたのだから。
友里が真実を知ったのは、通っていた中学を転校する直前のことだった。手続きのために中学校を訪れた際、教室で談笑していた男子生徒二人の会話を盗み聞きしてしまったのだ。
『いやぁ、ほんと楽なバイトだったよな』
『あぁ。黒板に言われた通りの文書くだけで一万だぞ?あの人ボンボンなのかな?』
『じゃなきゃ無理だろ?中学生が俺たち二人に一万ずつって』
『そういやあの人青ノ宮薔弥って名前だったよな。もしかして青ノ宮学園の息子とかなんじゃねぇ?』
『それだ!青ノ宮なんて苗字そうそういねぇしな』
この会話を聞いた時、友里は思わず廊下にへたり込んでしまった。自分を貶めた犯人が名前も知らない中学生であったこと。自分がささを誤解し傷つけてしまったこと。その全てに茫然自失としてしまい、冷静な思考を保つことが出来なくなってしまった。
転校した後、友里は必死に薔弥のことを調べ上げた。彼の家族構成、人間関係、性格、行動、趣味嗜好、調べられるものは全て調べた。その内薔弥が思っていた以上の悪人であると判断した友里は、彼への復讐を誓った。
薔弥に復讐するには一体どんな方法を用いるべきか、友里は悩みに悩んだ。彼自身に攻撃したところで薔弥は苦しむどころか、喜んでしまうことを分かっていたからだ。本当の意味で薔弥に復讐したいのであれば、彼にとって一番大事なものを標的にしなければならなかった。そこで候補として思いついたのが弟の百弥だった。
薔弥は人を揶揄いその反応を楽しむのが趣味と言っても過言ではない男だ。そしてその対象として最も重宝されているのが弟の百弥。そんな百弥と薔弥を切り離してしまえば、薔弥にとって大きなダメージになると考えたのだ。
そして神社荒らしの事件を起こし、百弥にその罪を着せるという計画を思いついた。因みに神社を襲ったのも理由がある。
一つは薔弥に更なるダメージを与えることが出来ると思ったからだ。薔弥とささの関係がどれ程深いのか友里は知らなかったが、友人の実家が襲われる可能性があると認識させれば、それなりの苦痛を与えられると考えたのだ。
そしてもう一つはちょっとしたささに対する嫌がらせである。ささは友里を陥れた薔弥と何故か今でも親しくしている。もちろん友里はささに対する申し訳ない気持ちを持っていた。ささを誤解し、突き放してしまったのだから。だがそれでも薔弥の本性を知っているはずのささが、何故未だに彼と親しくしているのか。友里にはそれが理解できず、不満でもあったのだ。
最初にささを手放したのは友里だ。それでも親友であった自分を貶めた薔弥と親しくしているささのことを、友里はどうしても手放しで許すことが出来なかった。そもそもささが一体何を思っているのかも分からず、困惑していたのだ。
そういった不満から神社を標的に絞り、ささに少しの不安を与えようとした友里だったが、流石にささの神社を襲うつもりは毛頭なかった。
結局計画が失敗に終わってしまったので、友里は強行手段に出ることにした。それが薔弥を襲うことだった。予想通り薔弥は友里の姿を捉えると心底楽し気にケラケラと笑っていたが、身体的苦痛を与えることは出来たので友里は後悔はしていなかった。
友里にとって想定外だったのはその後だった。薔弥の背中をナイフで刺した後、偶然ささと鉢合わせてしまったのだ。久しぶりに再会したささは全く変わっておらず、血まみれの友里にゆっくりと瞬きして反応した。
「友里ちゃん……?」
「ささ……」
友里は何と切り出せばいいのか懊悩した。だがその答えはすぐに出た。ずっと心の底に沈んでいた二つの事案。それをこの機会に払拭しようと友里は考えたのだ。
「ささ……あの時、疑ってごめん。私が間違ってたわ。ささは悪くなかった。悪いのは、あの男……」
「っ!……友里ちゃん……」
友里の服についている返り血。そして友里の口ぶりから、ささは彼女と薔弥の間に何かが起きたことを察し、顔を真っ青にする。
「ねぇ。どうしてささは、あんな男と一緒にいるの?あんな人間のクズ……」
「……」
友里はずっと気になっていたもう一つのことを口にした。友里には薔弥以上に、赤松ささという人間のことが分からなかった。何を考えているのか、何を思っているのか。かつて親友だった友里でさえも、分からなかったのだ。
「何でって、言われると、困るなぁ……薔弥さんは性格最悪だし、友里ちゃんの言う様にクズなのかもしれないけど……そんなの、最初から分かってたことだし。薔弥さんと出会った時、好きだなぁって思って……それだけなんだ。あ、変な意味じゃないよ。友達として好きってことね」
「…………」
「だから友里ちゃんのことも、私今でも大好きだよ。例え友里ちゃんが私を誤解しても、薔弥さんに酷いことをしても。友里ちゃんが何をしても、嫌いになったりしないよ」
友里は言葉が出てこなかった。目の前の存在が理解できなかった。長年親友として過ごしてきたというのに、友里はささのことを何も分かっていなかったのだと思い知らされた。
ささは最初から分かっていると言った。その口ぶりからその対象が薔弥だけでは無く自分も当てはまるということは明確だった。そして友里は思った。ささは最初から友里がこんな復讐を企てるような人間だと思っていたのだろうかと。
それはつまり、ささは最初から友里に期待も失望もしていなかったということではないか、と。
ささと再会したあの日から、友里はずっと考えている。どうすればあの存在を否定できるのかと。友里のその考えは一筋縄な思いでは無かった。
詰まるところ、友里はささが薔弥のことを好いているのが気に入らないのだ。だからささの認識を否定することが可能であると分かればそれでよかった。ただの自己満足である。
もし友里がささの想定以上の何かを仕出かせば、ささの認識を否定することが出来る。ささの、一目でその人物の本質を見抜くという性質を友里は否定したかった。
良くも悪くも友里が思い込みが激しい。ささが薔弥の真の本質を見抜き切れていないと思っているのだ。だからこそささの薔弥に対する思いは偽りであると、本当の薔弥を全て理解してしまえば当然嫌いになると謎の自信を持っている。
どうやってささの性質を否定しようかと友里が悩みながら、犯罪者としての真っ暗な生活を続けていた頃。友里はとある人物に出会った。
次は明後日更新予定です。
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