表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アクトコーナー  作者: 乱 江梨
第三章 穢れた愛、それでも遺したもの
48/93

穢れた愛、それでも遺したもの9

 以前二人が訪れた公園で待ち合わせをすることになった透巳たち。空は曇り空で、これから雨が降ってもおかしくない程である。そんな胸をざわつかせる空に視線を向けている透巳は、小麦の足音を耳にしてその視線を下げる。


 小麦は酷く憔悴しているようで、梓紗の自殺が相当応えてしまったようだ。小麦は透巳の姿を捉えると、途端に涙を一筋流してしまう。



「透巳くん……梓紗が……私のせいで……」



 俯き加減に消え入りそうな声で呟いた小麦。その反応は透巳にとって予想通りのものだった。小麦は一言で言えば優しい少女だ。そんな彼女が梓紗の自殺を知って自分の責任だと思わないはずがない。


 事実、小麦と梓紗が引き離されなければ梓紗が自殺することも無かっただろう。だがそれは小麦のせいということと同義ではない。小麦はそれを望んでいたが、実行したのは透巳だ。だからと言って透巳のせいでは無いが、梓紗の自殺を止めなかったのも事実。


 だからこそ、梓紗の自殺を彼女以外の誰かのせいにするのなら、それは小麦ではなく自分だと透巳は思っている。



「それは違う。廓井梓紗が死んだのは俺のせいだ」

「え……?」



 小麦は当惑してしまう。透巳が同情や哀れみでそんなことを言う人間では無いことを理解していたからだ。だからこそ透巳の言葉はそれ相応の理由があって紡がれたものだということ。ならば透巳がそう称する理由が分からず、小麦は首を傾げた。



「俺、最初から彼女が自殺するって分かってたんだ。分かっていて、止めなかった」

「……どう、して」



 小麦は尋ねたのは何故透巳が止めなかったのかではない。どうして透巳には梓紗が自殺するのを予期できたのか、小麦にはそれが不明だった。確かに考えられない可能性では無いが、確実に推測することも出来ないはずなのだ。



「彼女にとってねこちゃんは、命綱と同じような存在だったんだ」

「いのちづな?」

「そう。彼女はねこちゃんを愛と執着で縛っていたけれど、それは彼女の命綱を握ってくれる存在が一人もいなかったからだと思うんだ」

「……?」

「だから彼女は君という重しに縄をくくり付けた。そうして作り上げた命綱で、彼女は細くて心許ない道を渡っていたんだ。だから君を奪ったら、彼女が自殺するって分かってた。重りを奪われたら、握る存在のない命綱は何の意味もなさないからね」



 透巳の表現を小麦は頭の中で想像した。それでも小麦にはよく分からなかった。梓紗には家族や友人が多くいた。それなのに命綱を握ってくれる存在がいないという透巳の言葉は首を傾げざるを得ないものだったのだ。



「彼女はさ、俺の勝手な解釈で言うとどうしようもない子なんだよ。自分がいつでも一番正しくて、自分が世界の主人公だと思っていて、自分の人生が上手くいかないのは全て他人のせいだと思ってる。そんな彼女の本当の姿を受け入れてくれる存在は一人もいなかったんだと思う。実の家族でさえも」

「えっ……でも……」

「目に見えるものが全てじゃないんだよ。ねこちゃん」



 小麦の知る限り、梓紗と両親の仲は良かったように思えた。だからこそ小麦は疑問を感じたのだが、透巳の言葉でふとあることに気づく。


 梓紗は小麦に対する執着心を隠していた。それはもちろん両親に対しても。小麦の知るあの恐ろしい梓紗が本来の姿なら、両親は本当の彼女を知らないということになる。それが一体何を意味するのか。小麦はこの時ようやく透巳の言葉の意味を理解できたのだ。



「彼女にとっての重しはいなくなってしまった。例えねこちゃんみたいな重しをまた見つけても、俺みたいな存在が邪魔するってことを学習してしまったんだ。だから、死んだ。あの屋上から、いとも簡単に落っこちた」

「っ……」



 透巳の口ぶりから、彼が梓紗の自殺の瞬間を目の当たりにしたことを小麦は察した。それでも透巳が彼女の死を止めなかったことも、彼女の死に対して特に罪悪感を抱いている訳ではないことも。罪悪感を抱くくらいなら透巳はそもそもそれを実行しないだろう。透巳はそれを正しいと判断したからこそ実行したのだから。



「俺は彼女が死ぬって分かっていて止めなかった、止めようとしなかった。彼女が生きて、またねこちゃんに危害を加える可能性があるくらいなら、死んだ方がいいと思ったんだ」



 小麦は訳も分からぬまま涙を流した。だが悲しかったわけでは無い。梓紗を見殺しにしたことを怒っている訳でも、ましてや嬉しい訳でもない。自身でも分からないからこそ、感情を涙でしか表現できなかったのだ。



「……結局、俺は他人に興味が無いんだ。簡単に人を見殺しにできるぐらいには。…………そんな風にねこちゃんを泣かせちゃうぐらいだし……嫌いになった?」



 自嘲する透巳の表情に悲しさは滲んでいない。だが小麦に尋ねる透巳の声は小さく、困ったような笑みがそれを更に引き立たせていた。


 そんな透巳に嫌いかと尋ねられて、小麦はようやく自覚した。透巳が小麦にとって初めての、強制されたわけでは無い自分の本当の気持ちを動かされた存在であることに。それを一言で表すのなら恋なのだろう。

 だがこの気持ちを。暴力的な衝動を。そんな一言で表していいものかと小麦は当惑した。それとも小麦は今まで恋という言葉の意味を安易に受け取っていたのではないか、そうも思えてきた。


 嫌いかと問われたことに関する答えは否だ。だがそれを透巳にどう伝えればいいのか、小麦は悩んだ。自分の気持ちを上手く把握できていないというのに、それを透巳に伝えることは小麦にとって困難なのだ。


 それでも透巳に伝えたかった。下手くそでも、聞くに堪えなくても。それでも透巳なら受け止めてくれると思ったから。小麦はその小さな口で、大きな一歩を踏み出す。



「……嫌いになんて、ならない……私は、どんなに辛くて苦しくても、透巳くんの傍が一番いいの」

「……ねこちゃんはアイツに縛られて、広い世界を見ていない。初めてねこちゃんを助けたのがたまたま俺だったから、ねこちゃんは勘違いしているのかもしれないよ?俺なんかより良い人間なんてこの世にうじゃうじゃいる。その内そういう友達や味方が大勢できるようになるよ」



 透巳は悲観や自信の喪失からそんなことを言ったわけでは無い。純然たる事実を小麦の前に提示してみせたのだ。小麦がいつか後悔しないように、考える機会を与えているのだ。


 透巳の言っていることは小麦でも十分に想像に容易かった。小麦は長年の呪縛から解放されたことで自由を手に入れた。時間はかかるかもしれないが、その内友人もできて様々な交流を経験するだろう。その時小麦にとって透巳がどのような存在なのか、彼はそこを問いただしている。


 小麦もそれをきちんと理解している。それでも――。



「でも……それでも……私は透巳くんがいい。例え透巳くんが悪い人でも、透巳くんより優しい人がいても、私は透巳くんがいいの。透巳くんじゃなきゃ駄目なの……透巳くんが助けてくれたからじゃない……透巳くんが初めて私に気づいてくれたからでもない……透巳くんだから、好きなの!」

「…………」



 ぎゅっと目を固く閉じ、顔を赤らめ大きな声で伝えた小麦。長い沈黙で、小麦は透巳からの反応が何もないことに気づき、そぉっとその目を開けた。


 小麦の視界に映ったのは、見たことも無い初めての透巳の表情だった。それは一言で言うと、ポカンとしている。これに尽きた。


 目を見開き、ほんの少しだけ口を開いて硬直している。小麦の発言が想定外だったのか、それとも別の理由からなのか。とにかく透巳は虚を突かれたような相好で固まっていたのだ。


 しばらくして口に手を当て始めた透巳は、若干頬を赤らめながら思考しているようで、小麦は首を傾げてしまう。



「はぁ……なるほど」

「透巳くん?」

「ねこちゃん……どうやら俺は、君のことが大分好きみたいだ」

「っ!」



 納得したようなため息をついた透巳は、唐突にそんな告白をしてきた。それが一体何を意味するのか理解できていない小麦でも、好きという単語一つで簡単に心臓が跳ね上がってしまう。きっと透巳ならいとも簡単に自分を殺すことが出来るだろうと、小麦は本気で思った。



「顔を真っ赤にしながら、その小さい口で必死に大声を出したねこちゃんに、かなりときめいた。そして俺がかなり単純な男だってことも分かった。これが初恋ってやつなのかな?」

「……た、ぶん?」



 新たな発見に納得したり、興味深そうにしている透巳は子供のようで可愛らしくもある。だが本人さえ確信していない思いを小麦が確定できるはずも無いので、透巳からの問いは曖昧な返事になってしまう。


 ただでさえ透巳からの告白で頭がパンクしている小麦にとって今の状況は、許容範囲を大幅に超えていることだろう。



「俺、大事な人はとことん大事にする人間だけど……俺に捕まったこと後悔しない?今なら逃げられるよ」

「……透巳くんは、梓紗じゃないよ」

「……ごめん。意地悪な言い方だった?」



 透巳は相手を大事な存在だと認識したら最後。透巳にできる精一杯の愛情を与えるタイプだ。だがその一方、興味のない人間には無慈悲な対応をすることもある。その落差に今後小麦が耐えられるのか、透巳はそれを危惧していた。


 だが透巳の物言いはまるで彼と梓紗を重ねているようで、小麦は思わず顔を顰めた。確かに梓紗はやり方は非道だったにしても、小麦のことを本気で愛していた。だが透巳と梓紗では根本的に様々な部分が異なるのだ。



「透巳くんとこれから過ごして、驚くこととかはたくさんあると思う。だけど、結局私、透巳くんのこと好きだから。心配するだけ、無駄だと思うよ」

「そう?ならいいけど。あ、言っておくけど俺と両想いになったからにはそのうち結婚するからそのつもりで」

「えっ!」

「死ぬその時まで末永くよろしくね」



 あまりにも急展開過ぎる透巳の言葉に小麦は思わず声を上げて驚いてしまう。もちろん透巳と結ばれることが嫌な訳ではない。ただ偶に透巳が中学生であることを忘れてしまいそうになり、思い出した時のギャップが凄まじいのだ。


 今まで見せたことの無い様な優し気な笑みを浮かべた透巳は、その手を小麦に差し出した。透巳があまりにもあっさりとやってのけているので気づきにくいが、小麦はこれがプロポーズであることを察していた。本人にプロポーズという認識があるのかどうかは不明だが、透巳からしてみればどうせいつかはするのだから事実確認ぐらいなら問題ないだろうという認識なのだ。


 たまにマイペースな透巳に振り回されながらも、小麦はおずおずとその手を握った。その時見上げた透巳の表情を小麦は一生忘れることは無いだろう。


 透巳は初めて年相応の、嬉々とした笑顔を惜しげもなく小麦に向けていたのだ。


 何でもないありふれた日の、ありふれた午後。ありふれた公園で、透巳と小麦は二人の第一歩を踏み出した。それは二人の人生の始まりであり、一人きりの人生との決別でもあった。


 二人が見上げた空は曇りから晴れに様変わりしていた。


 ********


 それからすぐに小麦は髪を切った。長くて鬱陶しく、全く似合っていないと思っていたその髪を自分で切った時、小麦は思った。


 この行為はこんなにも簡単なものだったのかと。こんな簡単なものに自分は今まで縛られていたのかと。それを気付かせてくれた透巳に同時に感謝もした。久方ぶりにショートカットにした小麦だったが、違和感は覚えなかった。寧ろ長年かけ違えていたボタンをようやく正しい位置に戻せたような、そんな安心感があったのだ。


 鏡に映ったショートカットの少女は紛れもなく鈴音小麦で、彼女は思わず涙を零しそうになった。その涙をぐっと堪えた小麦は、鏡に映るその少女を好きになれたらいいなと素直に思った。


 

 そして透巳は小麦と一緒に暮らすためにアパートを借り始めた。透巳が実家を離れたのは父親の再婚相手がいるのも原因の一つではあるが、それは微々たるものだ。


 そして透巳に訪れた変化はそれだけでは無い。彼は勉強を始めたのだ。授業を真面目に受け、帰ってからも自習をキチンとするようになった透巳に小麦は驚きを隠せなかった。だがそれも特待生枠のある青ノ宮学園に入学するためだと知ると、小麦は納得してしまった。


 アパートの家賃を両親に払ってもらう代わりに、高校の授業料は免除してもらおうと透巳は考えたのだ。それはつまり元を辿れば小麦のためなので、彼女は嬉しさ半分に申し訳なさ半分を感じていた。


 だが元々透巳は頭がいい。勉強を全くしていなかったせいで成績は最底辺だったが、少しでもやる気になってしまえば透巳は面白いぐらいに成長することができたのだ。勉強を始めてから一か月余りで学年一位を取り、その後の受験も難なくクリアしてしまうのだから末恐ろしいものである。


 こうして透巳は青ノ宮学園に入学し、小麦との二人暮らしでその中を深めていったのだった。




 透巳と小麦の過去編はここまでです。次回から時間軸が元に戻ります。


 次は明後日更新予定です。


 この作品を「面白い!」「続きが気になる!」と思ってくださった方は、評価、感想、ブックマーク登録をお願いします!

 評価は下の星ボタンからできます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ