穢れた愛、それでも遺したもの12
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全員を代表して会計することになった遥音は、三人から受け取った二千円を手にレジへと向かった。そんな遥音の背中を未だに生易しい瞳で見つめている明日歌はポツリと呟く。
「遥音、すこの意味知らないんだね。かわいい」
「遥音先輩らしいですね」
「らしい」
「俺はあんたらのノリについていけないんですけど」
「ピーマンくんノリ悪い!なんで遥音を愛でないのさ!」
「逆になんで男を愛でるっていう発想になるんすか」
正しいことを言っているのは巧実のはずなのに、これでは多勢に無勢である。弟の宅真もいつの間にか明日歌たちに毒されてしまったので今や敵である。唯一巧実と同意見なのは当事者の遥音だが、今は近くにいないので舌戦は不利なのだ。
「そりゃあ俺だって遥音先輩が女だったらツンデレで可愛いとは思いますけど……」
「ほらぁ!やっぱ可愛いんじゃん!今可愛いって言ったよね!?」
「女だったらっていう一番大事とこ無かったことにしないでもらえますか!?」
巧実だって遥音のことをツンデレだと思ってはいるのだが、それは可愛らしい女の子だからこそ利点になるものだ。一方遥音は正真正銘男。その上可愛らしい見た目でも童顔でもなく、寧ろ遥音は男らしい容姿だ。身体つきは平均的だが、キリっとした目をしているのでどちらかと言えばイケメンの部類に入る高校男児なのだ。
「遥音先輩って、口を開けば〝馬鹿〟だの〝勘違いするな〟だの〝殺す〟だの……それだけ聞けば完璧二次元のツンデレですよね」
「確かに……キャラ風に変換すると――〝バッカじゃないの!?アンタのことなんて好きでも何でも無いんだから、勘違いしないでよね!?〟――みたいな感じかな!?」
「ちょっと……遥音先輩に聞こえたらどうするんすか」
「大丈夫。鬼の居ぬ間に聞こえない音量で話してるから」
明日歌と巧実の会話は少々おかしな方向に向かってしまい、巧実はチラチラと遥音に視線を配らせながら危惧した。だが明日歌の言う様に遥音には聞こえていないようで、巧実たちはほっと胸を撫で下ろす。ツンデレだの不器用だの言って可愛がってはいても、やはり怒った遥音は怖いのだ。
その内会計を済ませた遥音が帰ってきたことで、この下らない舌戦は幕を閉じた。仏頂面で大きすぎる猫のぬいぐるみを抱えている遥音の姿に、明日歌は内心ギャップ萌えだと思っていたがそれを口に出すことは無い。
「おい。買ってきたぞ」
「あ。遥音ありがとう。今度二千円払うね」
「別に二千円程度構わん」
「全庶民を敵に回したな」
遥音の実家は裕福なので、一般人との金銭感覚に多少の誤差がある。なので現在五七円しか持っていない明日歌の財布は本当にゴミのようなものだったのだ。そして遥音にとって四千円も二千円も大した痛手ではない。
「……そうか、すまん」
「……?」
「そもそもこれは俺の力で稼いだ金ではないしな。今後は気をつけよう」
明日歌は冗談で言ったつもりだったのだが、真面目な遥音は真に受けて陳謝してきた。遥音は良くいるボンボンとは違い、自身がいい暮らしが出来ているのが誰のおかげかきちんと理解している。それ故に先刻の自身の発言が傲慢だったと素直に反省したのだ。
「遥音のそういうところホント好き」
「……意味が分からん」
破顔一笑して言った明日歌だったが、遥音からしてみれば唐突過ぎて理解不能である。若干耳を赤くした遥音はそれを隠すようにそっぽを向いてしまう。こんな反応をしてしまうから明日歌たちにツンデレだのと揶揄われるのだと巧実は助言したかったが、それでは遥音に殺されそうなので止めておく。
「あ。そういえば遥音。さっき言ってた連続殺人事件って何?」
「思い出すのが遅すぎだろうお前」
唐突にそのことを思い出した明日歌はそう尋ねた。遥音がその話をしたのは小麦に合う直前だったので、何故このタイミングで思い出すのだという疑問が浮かんできてしまう。
「一か月弱前から起きている連続殺人事件だ。被害者はもう四人出ていて、その全てが元犯罪者。罪状は決まって殺人。そして今回の事件の被害者の知人は決まって手紙を受け取っている」
「え……それって」
「あぁ。俺たちに送られてきたのと同じものだ」
「やばいじゃんそれ」
殺人事件のことを知らなかった明日歌は事の重大さにようやく気付く。だが他の面々は最初からそれを分かっていたので、明日歌の言葉に頻りに頷いて見せた。
「気になるのは、神坂が殺人者では無いにも拘らずあんなふざけた物が俺たちに送られてきた点と、何故かアイツ自身にも送られてきた点だな」
手紙は連続殺人事件のものと酷似しているが、今までとは異なる点がいくつかある。無関係では無いにしても、模倣犯の可能性だってあるというわけだ。
「透巳くんの家に送られたのは、小麦ちゃんに見せるためじゃない?」
「まぁその可能性はあるな。あの二人は同じアパートに住んでいる訳だし」
二つ目の疑問に対する仮説を明日歌は唱えた。連続殺人事件の標的として透巳が狙われているのなら、その知人になる小麦に手紙を送るために透巳のアパートを宛先にした可能性はある。本人に見られても問題ないと犯人が判断したのなら矛盾はないのだ。
「透巳くん、大丈夫なのかな?」
「神坂のことだ。既に警察に報告しているだろう。神坂のことは警視庁が守ってくれる。事件のことも大人に任せるしかない。俺たちはただのガキなんだからな」
「うん……」
透巳の身を案じた明日歌に遥音はそう言って不安を和らげた。だがそんな遥音の発言が自嘲のように聞こえたのは明日歌だけではない。
遥音は警視総監の息子であり、将来は警察官になることを目標にしている。ただでさえ正義感の強い遥音だが、今の彼にできることは無い。所詮はただの高校生なのだから。
遥音は友人である透巳が危険な目に遭うかもしれないと分かっていながら、何もできない不甲斐無さを感じているのだ。
********
「あ。このスノードーム中に猫が入ってる」
明日歌たちと別れ、ショッピングモールを歩き回っていた小麦は立ち寄った雑貨店で誕生日プレゼントにぴったりの物を見つけた。
そのスノードームの中には二匹の猫が寄り添って座っていて、とても可愛らしいものだった。猫好きの透巳には丁度いいと小麦は思ったのだ。
「でも透巳くん冬嫌いだしな……まぁスノードームだから大丈夫かな?これをきっかけに少しでも冬を好きになってくれればいいし……」
よくよく考えてみれば、この商品は透巳の大嫌いな冬の中に大好きな猫を閉じ込めているという異質なものである。
だが透巳が冬を嫌う理由は彼が極度の寒がりだからだ。一方スノードームは冬を見た目で再現しているだけなので寒さという概念が無い。なので透巳も嫌うことは無いだろう。その上このスノードームを透巳が気に入ってくれれば、彼の極度の冬嫌いも緩和されるかもしれないと、小麦はそれを手に取る。
結局そのスノードームを誕生日プレゼントにすることにした小麦は、会計を済ませて店を出た。去年より手応えのある買い物ができ、満足気な表情を浮かべる小麦は明日歌たちと合流しようとスマートフォンを取り出した。
だが小麦が明日歌たちに連絡を取ることは無かった。
電話をかけようとした小麦の目の前にとある人物が現れたからだ。その人物は不気味な笑みを浮かべていて、小麦は思わず足が竦んでしまった。だが小麦は自分が何故そんな恐怖を抱くのか分からなかった。
「どう、して……」
小麦はその人物のことを知っていたのだ。知っていたからこそ、何故その人物が自分の目の前に現れたのか。何故その人物に対して言いようのない恐怖を覚え、鳥肌を立たせてしまうのか。それが分からなかったのだ。
衝撃で手から零れた透巳へのプレゼントが、再び小麦の手に戻ることは無かった。
********
慧馬たちに事情を話すのに疲れてしまった透巳は欠伸をかきながら帰路に就いている。透巳は首謀者を追い詰める程の証拠は無いと言っていたが、一通りの話を聞いた慧馬たちからすれば十分証拠になりうるものではあった。
だが決定的な証拠かと言われれば、確かに弱いものではあった。なので透巳は先に証拠は無いと釘を刺しておいたのだ。
外は赤く色づいていて、夕方真っ盛りである。
丁度アパートの扉の前まで来た時、透巳はスマホの着信音によって帰宅を阻害される。透巳は鍵を開けながらスマホ画面を覗くと、明日歌からの連絡であることが分かった。
「もしもし。どうしました?珍しいですね」
『透巳くんごめん。小麦ちゃん家に帰ってる?』
「はい?」
突然小麦の名前が出てきたことで、透巳は首を傾げてしまう。扉を開けて室内を確認すると小麦はまだ帰宅しておらず、透巳は事の重大さに逸早く気づく。
「ねこちゃんと一緒だったんですか?」
『うん。ショッピングモールまでは一緒だったんだけど、途中で分かれてから連絡が取れなくなっちゃって、先に帰ったのかなとも思ったんだけど……。ホントにごめん!』
透巳の誕生日プレゼントを買った明日歌たちは小麦と合流しようとしたのだが、何故か小麦と連絡が取れなくなってしまい、当惑しながらも透巳に電話したのだ。
「……いや、大丈夫ですよ。今帰ってきました」
玄関から室内に上がった時、透巳は扉が開けられる音に気づき振り返った。するとそこには小麦の姿があり、透巳はとりあえずほっと胸を撫で下ろした。
だが小麦はどこか暗い相好をしており、いつもの笑顔は微塵も感じられなかった。
『本当?なら良かったぁ』
「はい。ご心配おかけしました」
明日歌との通話を切った透巳は首を傾げながら小麦に近づく。小麦は先刻の暗い表情から無表情に変わっていたが、寧ろそちらの方が透巳にとって見慣れないものだった。
「ねこちゃん、どうかしたの?大丈夫?」
「透巳くん……あのね……」
淡々とした声だった。いつもの優しく透巳を和らげてくれる可愛らしい声でも、守ってあげたくなるような甘い声でもない。そんな聞き覚えのない声が透巳の名前を呼んだ。
透巳は嫌な予感がした。その感覚は透巳が小麦と出会ったばかりの頃感じたものと似ていて、彼は舌打ちしたくなってしまう。
そして小麦は口を開いた。
「……別れて欲しいの」
「……へぇ……面白いこと言うね」
小麦は泣きそうな相好などしていなかった。淡々とした無表情でそう言い放ったのだ。それを受けた透巳は若干眉を顰めると、とても小麦の発言とは思えないそれに反応する。
小麦は透巳がどんな反応をするのか全く予測できなかった。小麦から別れを告げることで透巳が驚くのか、驚かないのか。怒るのか、怒らないのか。悲しむのか、悲しまないのか。それら全てが皆無で冷静なままなのか。だが透巳は本来の気持ちを隠すのが上手いので、どれだけ勘ぐったところで小麦に本当のことは分からないのだ。
「ふむ……理由を聞こうか?」
「……もう、透巳くんに耐えられないの。透巳くん、いつも何考えてるか分からないし、何でもお見通しだし、私の知らないところで怖いことしてるんじゃないかって……いつも不安なの。それに透巳くんは、梓紗のこと簡単に見殺しにできるような人、だから……」
「なるほど。まぁ、妥当なところだね」
小麦の語った理由は透巳と別れたがるには十分に理解できる内容だった。小麦の言ったことは全て事実で、透巳もそれを自覚しているからだ。
「……それが小麦以外の相手ならね」
「え……」
いつもより重めのトーンで言った透巳に小麦は冷や汗を流しながら首を傾げてしまう。するとその瞬間、透巳は小麦を壁に追い詰めて両手で逃げ道を塞いだ。
あだ名では無く名前で呼ばれたことと、壁を叩く激しい音で小麦はビクリと肩を震わせる。
小麦の語った理由は透巳にとって理解できるものだった。だが、納得できるものでは全く無かったのだ。
「そんな理由で別れようと思うのが小麦なら、俺最初から好きになんてなってないんだけど」
「っ……」
「あのさ。小麦は俺にバレないとでも思ったの?小麦の知る俺はどんな人間?さっき言ってたよね?何でもお見通しだって。ならどうして今小麦が抱えている問題に気づけていないなんて呑気なこと考えられたのかな?」
「……それは…………」
小麦は透巳に告白した時言った。それでも透巳が良いと、透巳だから好きだと。だからこそ透巳は小麦に初めての恋をした。小麦がその時から嘘をつき続けられるような器用な人間では無いことを透巳は知っている。
だから断言できたのだ。小麦が嘘をついていると。
透巳に詰め寄れられた小麦は当惑する。まさか今日唐突に起きた出来事さえも透巳はもう見通しているのかと。いや、ある程度想像は出来たのだ。小麦はそれだけ透巳と過ごしてきたのだから。
だからと言って、小麦に選択肢はなかった。そうするしか無かったのだ。なので小麦は透巳の問いに答えることが出来ない。
「小麦が俺と別れたいと思う理由は一つしかない。……俺のためだ」
「っ……」
「小麦にしては嘘がバレないように頑張ったね。でもこの俺相手に演技で挑もうだなんて流石に負け戦だったかな」
小麦は反論できず、下を向いて震えるばかりだ。全て図星だったのだ。
小麦は透巳に嘘がバレないようにと必死に表情を偽った。暗く、泣きそうな表情では透巳と別れることを是としていないことがバレてしまうと思ったからだ。泣かないように、声を震わせないように必死に取り繕った。それでも透巳相手では無意味に終わってしまったことに、小麦は歯噛みしてしまう。
「さてと……言い訳を聞こうか?」
小麦に逃げ場はない。
そんな中透巳が小麦に見せた表情は紛れもない笑顔だった。目を細め、両の口角を目一杯上げたその表情が何を意味するかは、彼と親しい者なら当たり前の事実である。
その黒い笑顔は、透巳が本気で怒る時にしか見せない表情だったのだ。
どうでも良いですが作者もつい最近スノードームを買いました。綺麗です。
次は明後日更新予定です。
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