能ある鷹は完全犯罪を隠す9
「ま、それは最終手段にしましょう」
(最終手段にはするのかよ……)
サラリと問題発言を言い放った透巳に慧馬は苦笑いを浮かべ、心の内でのみツッコみを入れる。透巳は百弥の冤罪を晴らすためなら手段を選ばないので、理事長の力に頼ることになっても何の罪悪感も抱かないのだ。
とは言っても、清廉潔白なやり方で無実を証明できるに越したことは無いので、透巳は最終手段ということで落ち着かせた。
「同一犯ならアリバイが一つでもあれば無実は証明されるんじゃないですか?」
「あー……確かに同一犯ではあると思うんだが、同時に複数犯でもあるんだよ」
「複数犯?」
今回の神社荒らしの被害に遭っている神社は多数ある。なので全ては無理にしても、どれか一つの事件にアリバイがあれば百弥の冤罪は晴れるのではないかと宅真は尋ねた。
宅真のその考えは正しいが、慧馬は困ったようにとある事実を伝える。複数犯の場合、例え一つの事件でのアリバイがあっても、その時は他の共犯仲間たちに任せただけという可能性もあるので、完全な無実を証明することが出来ないのだ。
「あぁ。タレコミとは別で、当に犯人たちが神社を荒らしているところを目撃した学生が通報してきたんだ。その通報によると五人の複数犯だったと」
「あー。それ多分ねこちゃんだね」
「「え?」」
タレコミは百弥の単独犯だとも、複数犯だとも明言していなかったが、透巳が目撃した犯人は複数犯だった。透巳は事件を目撃したことを皆に伝え忘れていて、慧馬の話でふと思い出したように呟いた。
突然小麦の名前が出てきたことで明日歌たちは当惑し、揃えて声を漏らしてしまう。
「俺、一回事件目撃してて。その時一緒にいたねこちゃんに通報お願いしたんだ」
「お、おま……それ早く言えよ」
「ごめん、後で言おうと思ってて」
透巳の説明でようやく先の発言の意味を理解した慧馬は、ため息交じりに苦言を呈した。
「もちろんそこに百弥くんはいなかったし。詳しい話ならねこちゃんの電話でしたはずだけど」
「武井さんが通報者の話した特徴を頼りに他の犯人も捜してるって言ってたけど、それお前か」
「うん」
透巳と小麦は通報した後、その場には残らず帰路に就いた。それには様々な事情と理由があるのだが、閑話休題。
透巳たちは警察を待たずさっさと帰ってしまったので、詳しい話は小麦に代わって透巳が武井にしておいたのである。
「えーっと、つまり整理すると。透巳が目撃した犯人は五人、そこに百弥くんは当然おらず現在捜索中。百弥くんが犯人だと疑われているのはタレコミと指紋が原因で……」
「その指紋がついた遺留品のあった神社って、いつ荒されたの?要はその時のアリバイがあればいいんだよね?」
「あ、そっか」
話がややこしくなってきたので事件について整理し始めた慧馬の言葉を遮った透巳。複数犯だからといろいろと懊悩していたが、百弥の指紋が出た遺留品の事件のアリバイがあればいいのだと理解した明日歌は呆けたように呟く。
もしその時のアリバイがあれば現場に百弥の指紋のついた遺留品が残っているという矛盾が生まれ、それが仕組まれたことである可能性が高まるからだ。
「えーっと……その遺留品が出てきた神社が荒らされたとされる日時は、七月二日の夜十時から翌日三日の早朝五時の間。つっても、寝てる時間だしなぁ」
「せやな」
犯行時刻は神社の神主が帰宅してから、翌日荒された神社を発見した朝の間と推測されるので、自然とそれは深夜になってしまう。
流石に寝ている間のアリバイを証明することは薔弥にも出来ないので、落胆するように彼は呟いた。
「そのタレコミをした人が真犯人だとして、何で百弥くんを犯人に仕立てようとしてるんだろうね」
百弥の無実の証明が手詰まりになってしまい沈黙が流れる中、透巳はそもそもの疑問を零す。今回の事件の動機もそうだが、百弥を犯人に仕立てる動機が不明な状況では真犯人像も全く浮かんでこないのだ。
「百弥に恨みがあるとか?」
「百弥くんに恨みがあるってことは、百弥くんのことをそれなりに知っているってことですよね?それなら早くないですか?」
「……早いって、何が?」
無難な推測をした明日歌に透巳はそう尋ねたが、その問いの意味を理解できた者はいなかった。
「百弥くんに恨みがあるとすれば神社を襲うのにも一応の説明がつきます」
「……私、ですか?」
明日歌の問いに対する説明を始めた透巳。すると、真犯人が神社を荒らす動機の中に自分の存在があるのではと推測したささは、不安げな相好で尋ねた。
百弥にとって大切な友人であるささが巫女を務める神社に何かあれば、百弥に対する復讐には十分成り得るので透巳は静かに首肯する。
「はい。でもそうなると矛盾が発生します。だってまださささんの神社は被害に遭っていない。百弥くんは既に警察にいるのでこれ以上の犯行は絶対に無理。そうなると百弥くんに対する復讐にしては弱すぎます」
「だから早い、か」
本気で百弥に復讐したいのなら、ささが巫女を務める神社を襲った上で百弥を犯人に仕立て上げる方が効果的だ。にも拘らず、真犯人はその神社を襲う前に百弥を犯人に仕立ててしまったのでそれは実現困難である。
複数犯なので、他の犯人たちがこれからささの神社を荒らすことも出来るが、警察に事情聴取される前の方がその情報を百弥が知る可能性はぐんと上がる。なので真犯人の行いが百弥の復讐のためだと仮定すると、多少不自然な点があるのだ。
それらを理解した慧馬は納得するように呟く。
「そんなら俺かもしれへんな」
「……薔弥?」
「百弥やないんやとしたら、真犯人ちゅうんは俺に恨み持っとるのかもしれへんな。実際、今いっちゃん困っとるのは俺やし。俺なら百弥よりも恨み買う機会ぎょうさんあるさかいしな」
手を頭の後ろで組んで天井に睨みを利かせた薔弥は唐突にそんなことを言った。明日歌は一瞬当惑したが、彼の意見は一理あるものだった。
透巳の言う様に百弥に恨みを持つ者の計画だとすれば多少気になる点が出てくる。だがもし百弥ではなく、薔弥が標的だったのならば話は変わってくるのだ。
薔弥のことをよく知る人物であれば、彼が百弥に対して歪んだ執着のようなものを持っていることも把握しているだろう。薔弥の人生には百弥が必要不可欠。そんな百弥を奪ったのなら、それは薔弥に対する復讐になり得るのだから。
「まぁ、犯人の目的が何であれ、今一番重要なのは百弥くんの冤罪を晴らすことですけどね」
透巳の意見は尤もだが、彼らに今すぐその手立てを思いつくことは出来ず悶々とした雰囲気に包まれてしまう。
その空気を変えるようにパンと手を一度叩いた慧馬は晴れやかな表情を彼らに向ける。
「ま。ここからは俺ら警察にとりあえず預けてくれないかな?百弥くんが無実だと証明できるよう、俺も出来る限りのことはするからさ」
「……しゃあないな」
慧馬の説得に渋々といった感じで折れた薔弥の呟きを皮切りに、今回の集まりはお開きとなった。
因みに今回の喫茶店の会計は社会人である慧馬が奢ることとなり(透巳によって煽られたことが原因)慧馬は若干涙目になりつつも、九人分の飲食費を支払った。
そして喫茶店のすぐ外で解散しようとした際、透巳は慧馬の耳元で何かを話していて、それによって慧馬の方はどこか呆れたような表情を見せていた。だがそれを特別気にする者はおらず、その日はそれで解散ということになった。
********
それから二日後。明日歌たちF組と透巳は昼休みを使って、養護教諭である鷹雪の元を訪れていた。来訪理由は今週末に行われる体育祭の件で鷹雪に頼みがあったからである。
椅子に腰掛けながら呑気に昼寝を謳歌している鷹雪を起こすと、彼は突然F組生徒と透巳が眼前にいる状況に目を白黒させてしまう。
「おはよ、鷹雪先生」
「……え、なに?」
「先生、文芸部の顧問になって」
「は?」
満面の笑みで挨拶をした明日歌に鷹雪は困惑してしまうが、それを遥かに凌駕するほどの明日歌の唐突過ぎる発言のせいで鷹雪はまともな反応を返すことが出来ない。
一方、毎度毎度単刀直入にしか用件を伝えない明日歌に遥音は思わず頭を抱え、ため息を漏らすほかない。
「あ、あと体育祭の部活対抗リレーでその文芸部として出場したいから無理矢理ねじ込んでね」
「……よく分からんが、お前は俺を何だと思っているんだ?ただの養護教諭よ?」
体育祭が開催されるのは今週末。それを今になって部活対抗リレーの選手枠を増やすという無理難題に対し、たかだが養護教諭である鷹雪に何を期待しているのだと彼はツッコまずにはいられなかった。
「だいじょぶだいじょぶ!教頭脅すか、理事長に懇願すればイケるって!」
「…………」
だがそんな鷹雪の心情など完全無視の明日歌は能天気に親指を立て、鷹雪はそんな明日歌に最早苦笑いを返すことしか出来ない。
確かに新たに競技を加えるなどよりは、出場枠を一つ増やす程度大した問題ではない。教頭は鷹雪の持つ脅迫材料を前には逆らうことも出来ない上、理事長も恐らくF組の頼みだと分かれば無下に出来ないだろう。
明日歌の発言が完全に的外れな訳でもないので、余計に鷹雪は上手い反論も承諾も簡単に出来ないのだ。
「はぁ……まぁ、やるだけやるが、失敗しても文句言うなよ?」
「もちろんだよ。ありがと、鷹雪先生」
結局いつものように明日歌の無茶ぶりに答える形となった鷹雪は、自身の甘さにほとほと嫌気が差してしまう。一方鷹雪からの了承を得た明日歌は嬉々とした相好で礼を言った。
「よし。それじゃあ順番決めようか」
「走る順番ですか?」
「うん。とりあえず速い人がトップランナーとアンカーがいいよね?」
「関口兄弟と明日歌以外は速いんじゃないか?」
早速リレーで誰が第一走者とアンカーを務めるかを決めることにした明日歌は、取り敢えず最も速く走れる人物を把握しようとする。
するとこの中で最も全員の身体能力を把握しているであろう遥音が、自身の意見を簡潔に述べた。
透巳、遥音、兼の三人は目立って身体能力が高く、当然足も速い。そして明日歌と関口兄弟は特別身体能力が劣っているわけでも無いが、この三人と比べるとやはり霞んでしまうレベルなのだ。
「じゃあ最初が兼で、アンカーが遥音、遥音の前が透巳くんでいいかな?」
「別に何でもいいんじゃないですか?そんな真剣に勝ち狙うわけでもないですし」
テキパキと走者の順番を決めていく明日歌に対し、巧実はつまらなそうに答えた。今回の体育祭の目的は青ノ宮学園での思い出作り。その上高校生にもなって体育祭の勝敗など気にするような生徒はこのF組にはいない。いるとするならば、それは明日歌ぐらいだろう。
「甘い!甘いよピーマンくん!出場するからには狙うのは優勝!そして青ノ宮学園中の生徒、教師、保護者諸々をぎゃふんと言わせてやらなくちゃ!」
「くだらん」
何が彼女をそこまでさせるのかは不明だが、明日歌はやる気のない巧実をビシッと指差すと体育祭に対する意気込みをこれでもかと語った。だが瞳を闘志で燃やしている明日歌のやる気を、遥音はそんな冷たく強烈的な一言で一刀両断してしまう。
一人だけ張り切っているのが不服なのか、明日歌は頬袋に餌をパンパンに詰め込んだリスのような相好で無言の抵抗を見せている。
透巳以外の全員がそんな明日歌に苦笑いを向ける中、保健室の扉が新たな訪問者によって開けられていることに気づく者は少ない。その人物は明日歌の意気込みを聞いていたのか、透巳たちに近づくと興味深そうに口を開く。
「なんだ、F組今年は体育祭出るのか?」
「…………………………へ……もも、や?」
突然後ろからそんな風に話しかけてきた人物に気づいた途端、明日歌たちは驚きのあまり口をポカンと開けてしまう。流石の透巳も少々驚いたように目を見開いているが、それを引き起こしている当の本人はキョトンと首を傾げている。
明日歌たちの驚きも無理はない。青ノ宮学園には現在いるはずのない百弥が何事も無かったかのように突如保健室に現れたのだから。明日歌たちは声も出ず、その相好を驚愕に染めてしまう。
「え……何でいんの?疑い、晴れたの?」
「ん?あぁ、今朝実行犯が五人捕まったらしくて、ついでに俺の無実が証明されたから帰されたんだ」
途切れ途切れで何とか百弥に対する問いを構築することが出来た明日歌は、未だに当惑しているせいで目を泳がせている。そんな明日歌とは対照的に随分と冷静な百弥は、あっさりとここに来るまでの経緯を簡単に説明した。
「……あっけな」
先日あれ程頭を悩ませて百弥の身を案じたというのに、ものの数日で事件は警察の手によって解決してしまった。本来なら喜ばしい結果なのだが、そんな不謹慎ともとれる発言を思わず零してしまったことを、明日歌は許して欲しいと心の中で思うのだった。
次は明日更新予定です。
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