能ある鷹は完全犯罪を隠す10
「百弥くん。君の無実は証明されたよ。もう帰って大丈夫」
「……あ、そ」
この日。取調室で寝ていた百弥は突然のことに目を回してしまう。そして慧馬からその事実を伝えられた百弥はあまりの呆気なさに呆けた声でしか返事が出来なかった。
そもそもこの三日間、何故自分が犯人として取り調べを受けているのかも理解できていなかったというのに、それを突然翻されたのだから頭がパンクしてしまうのも無理はない。
「ごめんな。警察のミスで……しかも透巳の友達を」
「アンタ、透巳のこと知ってるのか?」
「あぁ。幼馴染なんだ」
頭を下げて百弥に陳謝した慧馬に百弥は思わず目を見開く。刑事である慧馬が素直に謝ったことに対する驚き少しと、彼の口から透巳の名前が出てきたことに対する衝撃ほとんどが原因である。
まさか透巳の幼馴染に警視庁の刑事がいるとは思わないので、百弥の衝撃は当然のものだ。
「そうなのか……まぁ、俺は帰してくれるなら別にもう何でもいいんだ。犯人捕まったのか?」
「……あぁ。実行犯と思われる五人は捕まった……」
「……どうかしたのか?」
事件に関する問いに対しどこか呆けた様に答えた慧馬に百弥は首を傾げる。証拠を偽装されていたからと言っても警察が無実の百弥を疑ってしまったことに、百弥が大して怒りを露わにしなかったことが慧馬にはなかなかの衝撃だったのだ。
「いや……普通ならもっと責めても良いと思うんだが」
「ん?別に警察が悪い訳じゃねぇだろ。本当に悪いのは犯人だ。それに、俺を取り調べた刑事全員、俺の主張を端から否定したりしなかったぞ」
慧馬の困惑理由を理解した百弥はサラリと言ってのけた。百弥が怒りを向けるのは悪人のみ。なので慧馬の危惧は百弥にとって的外れなうえ、フィクションでよくいる様な威圧的な態度で自白を迫る感じの刑事はいなかったので百弥は然程気にしていないのだ。
透巳たちから聞いていた百弥の人間性から過剰な心配をしていたので、慧馬は余計に百弥の言葉に目を見開いてしまう。
(いい子だなぁ……透巳の周りってなんでこんなにいい子が多いんだ?小麦ちゃんといい、アイツの父さんといい、この子といい……透巳は全っ然性格良くないのに)
本来なら百弥が優しい心根の持ち主であるということを知った慧馬は、つくづく透巳の人脈の質に感心してしまう。透巳自身、自分のような人間には勿体ないほど人には恵まれていると感じているぐらいなので、慧馬の感心は的外れなものではない。
「あ、そうだ。犯人捕まったってことは、ささの神社はもう大丈夫なのか?」
「ささ……あぁ!君の友達か」
ふと一番重要なことを思い出した百弥は強張った表情で慧馬に尋ねた。百弥のその相好だけでささが彼にとってどれだけ大事な存在であるかは一目瞭然である。
百弥の言う人物が誰なのかすぐに判断できなかった慧馬も、先日喫茶店でF組生徒たちと共に対面していたのでその結論に至ることが出来た。
「……実は捕まったのは実行犯だけで、首謀者はまだ捜索中なんだ」
「首謀者?捕まった奴らは使い捨てだったのか?」
慧馬の回答は百弥の期待していたものではなく、彼の不安を完全に拭うことは出来ない。今回警察が逮捕した五人の実行犯たちの証言だと、彼らを金で動かしていた首謀者がいるようで、その計画犯が未だに捕まっていないのだ。
それらを把握した百弥の問いに、慧馬は静かに首肯してみせた。
「それじゃあ、まだ……」
「いや。少なくとも君のお友達の神社は大丈夫だよ」
「……どうしてだ?」
首謀者が捕まっていないということは、また同じことが繰り返される可能性が高いということでもある。だからこそ百弥はささの神社のことを心配したのだが、何故か慧馬は真逆の発言を放った。
百弥の危惧は的外れなものではないはずなのに、何故慧馬がささの神社に限ってそう断言できるのかが理解できず百弥は首を傾げてしまう。
「あー……ちょっとそれは言えないんだけど、とにかく大丈夫だから」
「はぁ……」
百弥に問いかけられた途端、何故か目線をあらぬ方向に逸らし頬を人差し指でポリポリと掻いた慧馬。その様子から何かを隠しているのは明らかだが、それが何なのかは百弥に知る術など無い。
だが警察の捜査状況を一般人に教えることは出来ないのだろうと解釈した百弥は、それ以上追及することをしなかった。
********
「……ってな感じで普通に帰れたぞ」
「ふーん。こんなに早く解決するなら私たちが心配する必要なかったね」
「ま、日本の警察は優秀だったってことでいいでしょう」
実行犯の五人が百弥の事件の関与を否定したことから、彼の無実が証明されたことを理解した明日歌は、つまらなそうに呟いた。
もちろん百弥の冤罪が晴れるに越したことは無いのだが、ここまであっさりと解決してしまっては達成感も何もないのである。そんなわけで不完全燃焼気味の明日歌に、透巳はポジティブな論点から励ましてみる。
「にしても何で犯人分かったんだろう?透巳くん何か聞いてる?」
「さぁ?兄ちゃん、特に何も言ってませんでしたけどね。俺もびっくりしました」
何故ここまで早く実行犯の五人を捕まえることが出来たのか。そして何故首謀者が未だ消息不明の状況下で、ささの神社は無事だと確信しているのか。警察と違い情報量が少ない明日歌たちはそれを知る術を持っていない。
幼馴染の透巳でも特にこれといった話は聞いていないようで、明日歌たちはもやもやとした思考を晴らすことが出来ない。
「ささは今日来てないのか?」
「あー……今日来るの遅いなぁって思ってたけど、もしかしたら警察からその話聞いたのかもね。安全ならここに来る必要もないし」
「そっか」
今日は未だにF組の教室を訪ねてこないささを明日歌は不思議に思っていたが、もし慧馬か他の刑事に実行犯逮捕の件を知らされたのならその謎も解ける。
完全に不安が拭えたわけでは無いが、一先ず百弥はほっと胸を撫で下ろした。
「それで?体育祭、出るのか?」
「うん。私たちで作った文芸部として、部活対抗リレーだけ出るよ。ついでに透巳くんも走る」
話が脱線してしまったので、百弥は改めて体育祭について尋ねた。その問いに明日歌が透巳も出場することも含めて首肯すると、百弥は一瞬にして目を輝かせた。
「透巳もでるのか!?クッソ、何で俺は帰宅部なんだ!」
「……学年別の種目もあるんだし、どうせ一緒に競技すると思うけど」
「あ、そうか!ならいいわ」
百弥は部活にあまり興味が無い為帰宅部なのだが、今回ばかりはそれを地団太を踏みながら後悔してしまう。どうやら百弥は透巳と同じ競技で勝負するか、または協力し合って勝利したかったらしい。
だが体育祭の種目は何も部活対抗リレーだけではない。寧ろ学年の同じ透巳と百弥ならいくらでも同じ種目に出場する機会はあるだろう。
その旨を透巳が説明すると百弥は先刻の悔し気な相好から一転、あっさりと立ち直って嬉々とした表情を見せる。
兎にも角にも、百弥が無事に戻り元の明るい相好を見せてくれたことに、透巳たちは心底安堵したのだった。
********
「ったく透巳の奴……一体何企んでるんだか……わけわからん」
その日の夕刻。慧馬は自身の幼馴染に振り回されたせいでため息をついてしまっている。透巳の秘密主義は昔からのことで、それは例え親しい相手でも同様のことだ。もちろん慧馬や透巳の家族の方がその秘密を共有できる節もあるが、透巳はそうペラペラと自分の考えを話したりしない。透巳がその考えを話すのは、決まって彼の中でその物事が完結した時だけである。
つまり慧馬が今透巳の思考を知らないということは、まだ透巳の中で全てが終わったわけでは無いということなのだ。その終わりがいつ訪れるのか、今回は何を企んでいるのか。本当の意味で慧馬がそれを見抜けたことなど一度たりともない。
警視庁の自身のデスクで目一杯背筋を伸ばした慧馬は、帰宅しようと席を立つ。煙草臭い職場から退出し、とても美味しいとは言えないが先の場所よりは幾分かマシな都会の空気を肺に溜める。
すると視線の先につい先日あったばかりの人物がおり、慧馬は目を見開いた。
「こんばんは。刑事はん」
「……青ノ宮薔弥くん……だっけ?」
西日を背に当たり障りのない笑みを浮かべるのは薔弥で、慧馬はそれに合わせて笑い返すも警戒心を解いたりはしなかった。
流石の慧馬も警察官なので、薔弥の態度が上辺だけのものであることはすぐに見抜けたのだ。まだ薔弥のことをよく知らない慧馬からすれば彼は未知の存在なので、その対応は間違っていない。
「何か用かな?」
「いや、一つお巡りはんに聞きたいことがあってな。神社荒らしの実行犯として捕まった五人、すぐに釈放されるんか?」
慧馬には何故薔弥がそんなことを尋ねてくるのかが理解できなかった。だがこの件に関しては口止めされている訳でもないので、慧馬は正直に答えることにする。
「今回の場合計画的な犯行だが、彼らは首謀者に指示されていただけみたいだし、今回の事件で死傷者は出ていない。建造物損壊罪として、それ相応の罰金を払えばすぐに出てくると思うよ。それが無理なら数年刑務所で過ごすだろうけどね」
「なるほどな……お巡りはん、教えてくれておおきに」
「あぁ……」
今回の実行犯逮捕はとても予測できるようなものでは無かった。警察側も突然舞い込んできた情報によって実行犯を特定できたのでそれは間違いない。だからこそ彼らに示し合わせて似た証言をすることは出来ないということだ。その状況下で五人全員が首謀者の存在をほのめかし、その特徴まで一致しているということは、確実にそれが存在していると考えて相違ない。
それらを踏まえて答えた慧馬に薔弥は礼を言うと、あっさりとその場を立ち去り帰路に就いた。慧馬は当惑しつつも、そんな薔弥の背中を見つめることしか出来ない。
********
清々しいほどの青天、そして日曜日である。そう、この晴れ晴れとした空の下、青ノ宮学園の体育祭の日がやって来た。
体育祭は曇りというのが最高の天候なのではないかと考えている明日歌は兼との登校中、その強烈な太陽に目を細めて睨みを利かせる。
明日歌が太陽から逃げるように視線を下げると、そこには辺りを困惑気味にキョロキョロと見回している三十代後半から四十代前半ぐらいの男性がいた。
その男性は身長約一七〇センチの痩せ型、真っ黒な髪に目立たない容姿。どこにでもいる中年男性だ。だが特徴的な垂れ目と醸し出す雰囲気から、彼がお人好しであることは何となく推測できる。
その男性は明日歌たちの存在に気づくとどこかホッとしたような相好で近づいてくる。
「君たち、青ノ宮学園の子かな?」
「……あ、はい」
声をかけられた瞬間、明日歌と兼は彼が醸し出す柔らかい雰囲気に脳みそが溶けるような錯覚に陥った。中毒の様なそれは決して嫌な感じではなく、彼の優しさや声音の節々から感じることの出来る温かさである。
ささに雰囲気は似ているが、少しだけ違う。この感覚を上手く表現できず、明日歌はほんの少し彼の問いに答えるのが遅れてしまった。
「よかったぁ。あぁ、ごめんね。おじさん、息子が君たちと同じ青ノ宮学園に通ってて、今日は体育祭だから場所取りに来たんだけど、迷子になっちゃって」
「あぁ、じゃあ私たちと一緒に行きますか?」
「いいのかい?ありがとうね、お嬢さん」
恥ずかしそうに迷子宣言をした男性はどこか可愛らしく、明日歌たちは思わず笑みを零してしまう。一緒に学園へ向かうことを提案した明日歌に男性はお礼を言うと、その歩を進め始める。
小学校ならまだしも高校の体育祭ともなると親がわざわざ場所取りまでするのは珍しい。そしてこの青ノ宮学園はなかなかのお金持ち学校で、生徒の親たちは仕事が忙しい人間が多い。この二つの点からこの男性はなかなかの希少種なのだ。
「君たち、姉弟かな?」
「あぁ、はい。でもよく分かりましたね。似てないってよく言われるんですけど」
明日歌は男性がすぐに自分と兼を姉弟だと見抜いたことにより目を見開いた。容姿も似ておらず、自由奔放な明日歌とマイペースで無口な兼。こうも似ていないと苗字を教えない限り姉弟だと思われることは少ないので、明日歌の衝撃はなおさらだったのだ。
「雰囲気が、とてもよく似ているよ。仲が良さそうだし…………やっぱり、兄弟がいるっていいものかい?」
「え……そう、ですね」
微笑みながら答えた男性は、途端に表情を沈めるとそんなことを尋ねてきた。何故遠い目をしながらそんな問いかけをしてくるのか明日歌には分からなかったが、兼を一瞥すると正直に答えた。
兼もほんの少しはにかむと首肯し、暁姉弟の仲の良さに男性は破顔一笑する。
「実は僕の息子は一人っ子でね……でもこれから弟か妹が出来るかもしれないんだ……だけど、いろいろ事情があって、息子が素直にそのことを喜んでくれるかが未だに分からなくてね……」
眉を下げつつ事情を簡単に語った男性の姿は当に父親のもので、明日歌は困っている男性を前に不謹慎とは思いつつ、それを微笑ましい姿と感じるのだった。
次は明日更新予定です。
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