能ある鷹は完全犯罪を隠す8
ささが青ノ宮学園を訪れるようになってから一週間が経過した日の朝。慌てた様子で多目的室の扉に手をかけた薔弥は、その視界に透巳の姿を捉えると鬼気迫る相好で歩み寄る。
授業の始まる前だというのに珍しく透巳がF組を訪れていたのは体育祭の件で色々と話し合うことがあったからなのだが、薔弥にとってはどうでもいいことである。
何故なら今日この日、薔弥にとって人生を左右してしまうかもしれない大事件が起きてしまったのだから。
「透巳くん……助けてくれへんか?」
「……はい?」
そんなセリフをこの男の口から聞く日が来るとはゆめゆめ思っていなかった明日歌は目を見開く。透巳の方も一体何のことだか理解できず首を傾げてしまう。それぐらい唐突で、突然の出来事だった。だがそれは薔弥にとっても同じことである。
予想だにしておらず、突然の出来事だったからこそ薔弥は当惑し、混乱し、透巳の手を借りなければならないという決断にまで至ったのだ。
「どうしたんですか?」
「……百弥が……警察に連れて行かれたんや」
「「…………は?」」
あまりのことで全員が茫然自失としてしまい、正常な反応を返すことが出来ない。薔弥の言葉の意味も、どうしてそうなったのかという経緯も、何一つ分かっていない状況なので彼らのその反応も致し方無いものである。
「え、は……?え、なに?どういうこと?」
「警察の話やと、神社荒らしの容疑者……らしい」
「ありえないじゃないですか」
困惑しつつも詳細を尋ねた明日歌に、薔弥は歯噛みしつつ答えた。だがその返答は透巳たちを増々困惑させるもので言葉を失ってしまう。
するとささは真剣な相好で百弥の事件の関与をきっぱりと否定した。だがそれは全員の本意であり、彼女はそれを代弁してくれたようである。
正義の味方というものに強く憧れを抱き、以前まではその憧れが強大すぎるせいで暴力的な部分もあった百弥。そんな百弥が無差別的に神社を荒らすなど考えられない。その上、神社はささとも深いつながりがある。そんな神社を百弥が荒らすなど、理由がない以上に彼にとって不利益しか起こらないのである。なのでささたちにははっきりと断言することが出来た。百弥は神社荒らしの犯人ではないと。
「そうや……そうなんやが、警察が百弥を連れて行ったってことは、それなりの証拠があるっちゅう意味や。対して俺らに百弥の無実を証明する証拠はあらへん。そうやろ?」
「……ちょっと待ってくださいね」
百弥が犯人ではないという確信はあるが、それを証明する術がない。それを理解できれば、薔弥が透巳に助けを求めた理由も自ずと見えてくる。要するに薔弥は透巳に百弥の冤罪を晴らして欲しいと考えているのだ。
それを理解した透巳はおもむろにスマートフォンを取り出すと、とある人物に電話をかけ始めた。その人物はすぐに透巳からの着信に気づいたようで、透巳は口を開く。
「あ、兄ちゃん?俺が何で電話かけたか分かる?……うん、そう。それ……じゃあ放課後時間作っといてね……うん、じゃ」
早々に電話を終えた透巳に明日歌たちは注目する。明日歌たちは透巳が〝兄ちゃん〟と呼ぶ警察官の幼馴染の存在を知っているので、彼に詳しい話を聞こうとしているのは何となく理解できていた。
「取り敢えず状況が見えてこないので、放課後俺の知り合いの警察官に話を聞きましょう」
「ありがとな、透巳くん」
放課後、慧馬との会話の機会を設けた透巳に薔弥は素直に礼を言った。こんなしおらしい薔弥は非常に珍しく、それだけ彼にとって百弥という弟の存在が大きいことが窺える。
まぁそれは薔弥の人生を面白おかしくするために百弥が必要というだけのことなのだが、これは薔弥にとっては非常に重要なことなのだ。
一方、いつも冷静沈着で狼狽えるところなど想像もできない透巳は口に手を当てていて、ブツブツと独り言を紡ぎ続けている。
これは透巳が考え事をする時の癖だが、明日歌たちは初見なので何事かと当惑してしまう。そして同時に理解する。透巳は百弥が今危機的状況に陥っていることに、動揺しているのだということに。
どうしてこんなことになったのか。何故百弥が冤罪を被っているのか。それが透巳にもまだ理解できず、思考を必死にまとめている最中なのである。
********
慧馬との待ち合わせ場所は以前透巳たちが行ったことのある喫茶店で、相も変わらず煙草臭い店内だが最早そんなことはどうでもいい程に逼迫した雰囲気である。
F組生徒と透巳、ささ、薔弥の計八人なので、いくつかのテーブルをくっつけて透巳たちは慧馬の来店を待っている状況だ。
店員が透巳たちの注文した飲み物を運んできた時、入り口の鈴がチリンと鳴り慧馬の来店を知らせる。
「兄ちゃん遅い」
「現職刑事をこの時間帯に呼び出しておいてその言い草は何だよ……これでも無理に時間作ったんだからな」
透巳の横の椅子に腰掛けた慧馬に、彼は不満気な声で苦言を呈した。だが透巳たちとは違い、慧馬は現在進行形で仕事中なのでそこは目を瞑って欲しい案件である。
透巳たちの飲み物を運んできた店員に珈琲を注文した慧馬はふと遥音の方に視線をやると、途端にギョッとした相好になり固まってしまう。
「お、おい……透巳」
「なに?」
「な、なんでここに……警視総監のご子息がいるんだよ」
「…………あー、そっか。そうだよね。ごめん忘れてた……これ物凄く面白い状況だね」
顔を青ざめながら耳打ちしてきた慧馬の言葉で、透巳は漸く彼の動揺の理由を把握する。
遥音にとって慧馬は自身の父親の部下。そして慧馬にとって遥音は自身が勤めている警視庁の長の息子である。そんな二人が対峙しているというこの図は透巳にとっては面白い以外の何物でもなかったが、当人たちにとっては笑い事ではない。
「あっ、あの!お、お父様には大変お世話になっておりまして……」
「ぶっ……!」
「おい、笑うな透巳」
透巳に助けを求めても無駄だということを瞬時に判断した慧馬は突然立ち上がると、九〇度の礼を遥音に向かってした。そんな慧馬の姿が滑稽だったのか、透巳は思わず吹き出し慧馬の努力を無に還す。
一方突然仰々しい挨拶をされた遥音はポカンと慧馬のことを見上げていて、ふと疑問に感じたことを口にする。
「……よく俺の顔を知っていましたね」
「あぁ……お父様に写真を見せてもらったことがありまして」
「は?」
遥音は慧馬が何故自分のことを見て、瞬時に警視総監の息子であると判断できたのかが疑問だったのだ。それに対する答えを聞いた遥音はポカンと口を開け、呆けてしまう。まさかそんな理由だとは思っておらず遥音は当惑したのだ。
「父さんが……?ありえん」
「え?そんなことありませんよ。俺は少ししかお会いしたことが無いので詳しくありませんが、噂だと警視はよく息子さん自慢をなされると……」
「はぁ!?」
だが遥音の知る父親は誰かに息子の写真を見せるような人間ではなく、遥音は信じられないといった様子で口を片手で覆った。慧馬の語る父親の姿に遥音はあまりの困惑で大声を上げてしまい、店中の注目を集めてしまう。
するとばつが悪そうに静かに着席した遥音。遥音は驚いていたが、明日歌は前々から結城親子の不器用さ加減をよく知っているので平然としている。
遥音の父親は息子のことを随分と大事にしているようだが、遥音に似て不器用なのでそれが上手く本人に伝わっていないのだ。いや、遥音に似ているのではなく、遥音が父親に似てしまったのだろう。
「何をしているんだ父さんは……」
「良かったじゃん。遥音、お父さんに好かれてる証拠だよ」
頭を抱えてため息をつく遥音に、明日歌は肯定的な声をかける。それを聞いた遥音は耳を赤くするとふいっとそっぽを向いて無言を貫いてしまう。
「改めて……透巳の幼馴染で、一応刑事をしている成川慧馬です。こんな奴といつも仲良くしてくれてありがとうね」
「い、いえ……」
明日歌たちに当たり障りのない笑みを向けて自己紹介した慧馬だったが、明日歌たちには彼が透巳を〝こんな奴〟と称する理由が分からず首を傾げてしまう。だが当人の透巳にはそう称されるのも仕方が無いという自負があるので何の反論もしていない。
「それで。何がどうして百弥くんが犯人だなんて馬鹿馬鹿しい結論に至ったわけ?」
「……えーっと、最初に言っておくが俺はあの事件の担当じゃねぇから詳しくは知らないからな。武井さんから話を聞いただけだから」
無表情で慧馬を問い詰める透巳の雰囲気は威圧的だ。そんな透巳を刺激しないように言い含めた慧馬は、困ったように後頭部をガシガシと掻いている。
そんな慧馬を薔弥は絶対零度の瞳で見つめているのだが、慧馬にとっては透巳の方が脅威的なのであまり気にしてはいない。
「武井さんの話だと、匿名の目撃情報があったらしい。それで念の為現場にあった遺留品に残されていた指紋と、青ノ宮百弥の指紋を調べたところ、一致したらしい」
「……そんなのいくらでも偽装できるじゃん」
慧馬の説明に耳を傾けた透巳だったが、すぐに呆れたようなため息をついてしまう。
匿名の目撃情報――つまり百弥が神社を荒らしている場面を目撃した者がいるということだが、この時点で随分と怪しい。
そして百弥が連行された決定打は指紋。神社を荒らすのに使っただろう鈍器に残っていた指紋と、百弥の指紋が一致したらしいが、最初から彼をはめるために用意されたものという可能性もある。
「まぁ、お前が言うなら間違いないだろうけど、それを証明しないわけにはなぁ……」
慧馬は正真正銘警察官だ。そんな慧馬が警察の間違いを認める様な発言をしたことに遥音は少々面食らってしまう。だがそれだけ慧馬の透巳に対する信頼が厚いのだと考えれば不自然ではない。
「ちなみに……透巳たちが彼を犯人じゃないと思う根拠は何だ?」
慧馬はここにいる誰よりも透巳のことを理解している。なので透巳が大した根拠もなく百弥のことを庇っている訳では無いということも理解していて、その根拠を尋ねたのだ。
「百弥くんは本意じゃないにしても、もし何か悪事を働いてしまったら自分をボコボコにして殺しちゃうかもしれない、ちょっと変な子だから」
「どんな子だよそれ」
少々頭を悩ませながら百弥という人間を説明した透巳に、慧馬は即座にツッコみを入れる。だが明日歌たちも同調するように頻りに頷いたことから、それが嘘では無いことを慧馬は理解せざるを得なかった。
誰よりも悪を憎む百弥が悪に染まるなんてことはあり得ない。その思いを取り敢えず把握した慧馬は困ったように腕を組む。
「まぁ本人も否認しているみたいだしなぁ……どうしたもんか」
「親父の力使えれば楽なんやけどなぁ……」
「そんなことできるんですか」
慧馬が懊悩していると、薔弥はそんな非人道的な方法を思いつく。そんな薔弥に明日歌たちは非難の目を向け、ささは仕方のない奴だとでも言いたげな相好を向けている。
透巳はそもそもそんな芸当実現可能なのかと尋ねたが、これは完全なる演技だ。透巳は理事長がその権威を使って百弥の暴力事件を揉み消した過去を情報として知っている。因みにこれはシオの復讐計画のために情報収集した際に知ったことである。
にも拘らず、薔弥に対してそんな白々しい質問をした透巳に慧馬は苦笑いを浮かべてしまう。だがその事実に気づく者は当然おらず、話はそのまま進んでしまう。
「あぁ。百弥が起こしてきた暴力事件の中で、親父が指示しとったのは揉み消してるで」
「アンタ……そんなこと刑事さんの前で言うもんじゃないわよ」
「あはは……まぁその件は、こちらにも問題があると思うんで……」
サラッと言ってのけた薔弥に苦言を呈した明日歌だったが、慧馬も警察の汚点を突かれたような気がしたのでたじたじである。
理事長の力で百弥の暴力事件を揉み消したということは、警察が圧力に屈したということでもある。警視総監がありふれる暴力事件の一つを関知している訳も無いので、遥音の父親の責任では無い。だがそれでも警察の弱い部分を思わぬ場面で見つけてしまった遥音は、漏れるため息を堪えることが出来なかった。
次は明日更新予定です。
この作品を「面白い!」「続きが気になる!」と思ってくださった方は、評価、感想、ブックマーク登録をお願いします!
評価は下の星ボタンからできます




