能ある鷹は完全犯罪を隠す7
「……何でそんなことアンタに教えなくちゃならないんだよ」
「あったまわっるいなぁ、自分。アンタらが教えてくれへんかったらどうなるか、その残念な頭働かせたら分かるやろ?」
透巳のことを尋ねられた三人は、若干肩を震わせて正直な反応を示した。それだけで何かあることは明らかだったが、その詳しい内容を聞かないことには何も始まらない。
薔弥は呆れたような相好を見せると、自身の蟀谷を人差し指で突いて尋ねた。薔弥は百弥の兄なので彼の質問に答えなければ、また同じような目に遭わされてしまうかもしれないということに気づいた大前たちは、一瞬で顔を真っ青に染め上げる。
百弥は薔弥のために動いたりしないのでただの脅しだったが、青ノ宮兄弟のことをよく知らない三人にとっては脅威的である。
「わ、分かった!だからアイツには……」
「お。教えてくれる気になったか。ええでええで。百弥にこのことは絶対に言わへん。死んだおかんに誓って言わへんよ」
怯えた様に薔弥に懇願した大前に、彼は胡散臭い笑みと共に約束を交わした。薔弥は母親に対して興味や好意的な感情など抱いていないので随分と薄っぺらい誓いだが、百弥にこの三人を痛めつけさせる気は事実ないので嘘は言っていない。
「それで?どうなんや?」
「……俺たちの兄貴に、そう指示されて」
「兄貴?あぁ、アンタら不良か」
薔弥に問い詰められた大前は気まずそうに答えた。もちろん兄貴というのは彼らの血の繋がった兄弟のことではない。それがすぐに不良グループの兄貴分であることを理解した薔弥は、納得した様に呟いた。
「指示って、直接か?」
「いや、メールで……これだよ」
指示されたということは透巳への苛めは少なくとも偶発的なものではなく、計画的なものだということだ。そして最も重要なのは、それを一体誰が指示したかということである。メールということは必ずしも大前たちの兄貴分がその命令を下したとは限らない。
薔弥は大前が差し出してきたスマホを受け取ると、そのメールをじっくりと読み始める。
〝お前たちのクラスに神坂透巳って生徒がいるだろう?ソイツ実は昔、俺になめたことしやがったガキなんだ。シメてやりてぇからお前らソイツのこと苛めろ。立場ってもんを分からせてやれ〟
メールに記されていた内容はこうで、薔弥は読み終えるとスマホを大前に返す。メール内容が事実である根拠などどこにもないが、大前たちに拒否権など無いので彼らは疑問も抱くことなく指示に従ったのだろう。
「なぁ、このメール俺んとこに送ってくれへんか?」
「あ、あぁ……」
自身の兄貴分のメールアドレスを教えるのは忍びなかったが、大前たちにとっては兄貴分より百弥の方が恐ろしかったようで、大前は当惑しつつもそのメールを薔弥に送った。
「確認やが、このメアドは間違いなくアンタらの兄貴のもんなんやな?」
「そうだけど……」
用心深く確認した薔弥に大前は首を傾げつつ首肯した。自身に送られてきたメールを睨むように観察した薔弥の相好はいつになく真剣で、それだけこの件に関して慎重になっていることが窺える。
********
その日の昼休み。いつものようにF組の教室で昼食を食べようと、多目的室を訪れた透巳は何故か一人深刻な相好になっている明日歌を目の当たりにして首を傾げてしまう。
一方のF組生徒たちは苦笑いを浮かべ、遥音は呆れたように明日歌のことを見下ろしている。そして来訪者であるささは傍観者のように穏やかな笑みを浮かべるばかりだ。
「どうかしたんですか?」
「透巳くん……もうすぐ体育祭だよね」
「そうなんですか?」
「君はもう少し自分の学校に興味持とうか?」
深刻な表情で指を組んでいる明日歌から知らされた事実に、透巳は機械的な声音で尋ねた。体育祭が行われるのは二週間後なので、その事実を知らないというのはあまりにも学園に対して無関心すぎる透巳が悪い。
明日歌の言う様に、あと少しすれば青ノ宮学園では毎年恒例の体育祭が開催される。私立の高校なので体育祭の練習などは短期集中で行われる。その為イベントごとに興味のない透巳はまだ知らなかったのだ。
「それで、その体育祭がどうかしたんですか?」
「透巳くん、私ね…………F組として競技に出たいんだ」
「無理だと思いますよ」
「遥音と全く同じ返し!?」
本人としてはかなり真剣なのだが、どう考えても現実不可能なその望みを透巳はバッサリと切った。その意見を聞いた遥音は同調するように頻りに頷いていて、明日歌の反応からも遥音が事前に透巳と同じ返答をしたことは一目瞭然である。
「神坂もこう言っているだろう。無理だ。諦めろ」
「えぇー……今までは無理だったけど、今年は理事長に一生懸命頼めばいいじゃん」
青ノ宮学園は少しずつではあるが変わり始めている。理事長の圧力が無くなり、教師たちも自由に動けるようになったことで苛めの対応も随分と変わってきたのだ。
なので前年までとは違うというのは確かに間違ってはいないが、それとこれとは話が別である。
「例え青ノ宮学園が元々正常な高校だったとしても無理だ。そもそもF組は正式なクラスではない。理事長を困らせるな、あの男だって暇じゃないんだぞ」
「えぇ、なんで遥音理事長の肩持ってんの」
遥音の意見は純粋な正論なので明日歌は反論することなどできない。一方の透巳は遥音が理事長のことを〝あの男〟呼ばわりしていることがツボに嵌ったのか、隠れてクスリと破顔一笑している。
「明日歌先輩、どうしてそんなにF組で体育祭に出たいんですか?」
明日歌の望みが無理難題であることは本人だって自覚している。それを理解していても尚、明日歌がここまで食い下がる特別な理由が何かあるのではないかと、透巳は素朴な疑問を投げかけた。
「だって、遥音たちと高校での思い出作りたいんだもん……。私がF組に誘ったせいで、みんな学校のイベントまともに参加できてないから……」
しょんぼりと肩を落としながら語った明日歌に、遥音は思わずため息を零してしまう。確かにF組が出来てから明日歌たちは体育祭や文化祭に参加しておらず、十分に学園生活を謳歌できていなかった。
なので明日歌は明日歌なりにいろいろと考えていたようだが、遥音からしてみればそんなことを思い悩むぐらいなら最初から勧誘するなと指摘したい案件である。
「お前は俺たちを何だと思っているんだ?それぐらいのこと承知の上でお前の勧誘に乗ったんだ。いちいち気にするな馬鹿馬鹿しい」
「遥音……」
相変わらずきつい物言いだが、遥音なりに明日歌を慰めているのだということを全員が理解している。明日歌はそんな遥音に潤んだ瞳を向けるが、当人はそれを心底鬱陶しそうな表情で捉えるのみである。
「あの、この面子で体育祭に出たいんですよね?」
「う、うん」
遥音のおかげで和やかな雰囲気が流れている中、唐突にそんな質問をした透巳に明日歌は当惑しつつも素直に首肯する。
「ならF組を部活にすればいいんじゃないですか?」
「「……?」」
透巳の提案の意味をすぐに理解できた者はおらず、明日歌たちは首を傾げつつ思考した。F組というクラスを部活にするとは一体どういうことか。それが体育祭と何の関係があるのか、という疑問が次々と湧いてしまったのだ。
「あれ、部活対抗リレーとか無いんですか?」
「「……あぁ!」」
明日歌たちの反応がイマイチだったせいで透巳はそんな心配をしたが、そのおかげで明日歌たちも漸く透巳の発言の意味を理解できたようで、彼らは声を揃えて返す。
要するに透巳はF組メンバーで適当な部活を作り、その名目で体育祭の競技に参加すればいいのではないかと提案しているのだ。
「なるほど、その手があったか。人数も揃ってるしね」
「その場合、何部にするんだ?」
青ノ宮学園では三人以上の部員がいれば部活を作ることが出来るので、F組のメンバーで十分事足りるのだ。透巳の名案に拳を掌の上にポンと置いた明日歌は感嘆の声を漏らす。
明日歌たちの目的は部活を作ることではなく、体育祭にこのメンバーで参加することなので、その内容は突き詰めて言ってしまえば何でもいいのだが、遥音は念の為に明日歌に尋ねた。
「うーん……文芸部とか?」
「意外にも普通っすね」
考えるのが面倒だったのか、明日歌は適当に当たり障りのない部活を挙げてみた。いつものように訳の分からないものを提案されるよりは百倍マシだが、予想外なことは色褪せないので巧実はそう呟いた。
青ノ宮学園に文芸部は無く、目立った活動をするような部活でもないので確かに最も無難な選択ではあるのだ。
「あ、そうだ。透巳くんも入ろうよ、F組主体の文芸部」
「俺もですか?」
「うん!幽霊部員でいいからさ……透巳くんとも体育祭楽しみたいんだよ」
明日歌からの提案に透巳は自身を指差して首を傾げた。誘っておいてなんだが、明日歌はこの時大して期待はしていなかった。
理由は簡単。透巳にこれといったメリットが無いからである。以前明日歌が透巳をF組に勧誘した際、透巳は入る理由がないからとその誘いを断った。もちろん透巳は特待生として入学しているので理由はそれだけでは無いのだが。
「はい、別にいいですよ」
「だよねぇ、興味ないよねぇ、いいよいいよ。私たちだけで勝手に…………って、え?いいの?」
「はい。俺も明日歌先輩たちと走りたいです」
断られるとばかり思っていた明日歌は、透巳の返答をしばらくしてから漸く認識することが出来た。透巳からそんな好感触の返答を貰えるとは思ってはおらず、明日歌はポカンとした相好を露わにする。
微笑みながら明日歌たちにとって嬉しいことを言ってくれた透巳に、他のF組生徒たちも思わず目を見開いてしまう。
「どうしたの?透巳くん」
「何がですか?」
「いや……断られると思ったから」
想定外すぎたせいで明日歌は透巳の状態に何か問題があるのではないかと危惧してしまうが、完全なる杞憂である。
「……だって俺明日歌先輩たちのこと好きですし」
「「…………え」」
平然と言ってのけた透巳に、明日歌たちは数秒間の沈黙を経てその一文字を呟いた。別に嫌われていると思っていたわけでは無いが、透巳に好かれているという実感も持っていなかった明日歌たちにとっては突然の告白だったのだ。
「やだ透巳くんそれホント?明日歌先輩嬉しくて泣いちゃうよ」
「嘘つく必要ないでしょ」
口に手を当てて分かりやすすぎる程感激の色を滲ませた明日歌に、透巳は思わず苦笑を零す。
「ねぇねぇ透巳くん。私たちの中で誰が一番好き?」
「明日歌先輩、そんな面倒臭いおばさんみたいな質問しない方がいいですよ」
明日歌が興味津々気に透巳にそんな質問をすると、透巳とささ以外の全員が何か言いたげな視線を明日歌に向けた。相手が答えるのに気を遣ってしまう様な質問をするなという、F組生徒たちの気持ちを代表して答えたのは巧実である。
「そうですね……遥音先輩が一番好きかもしれません」
「透巳くん正直ね」
だがそんな巧実の珍しい気づかい虚しく、忖度なしの正直すぎる感想を述べた透巳に、明日歌は自分で質問しておきながら気持ちを沈ませてしまっている。
一方まさか自分が選ばれるとは思ってもいなかった遥音は目を泳がせながら酷くソワソワしていて、動揺しているのが丸分かりである。
「まぁ、遥音ならいっか。ピーマンくんなら絶対納得いかんけど」
「へぇへぇ、そうですねー」
巧実が明日歌にこういった対応をされるのは慣れたものなので、彼は死んだ魚の様な目をすると流れるように明日歌の毒舌に対処する。
「良かったねぇ、遥音。遥音の良さに気づけるとは、透巳くんは見る目あるよ」
「ふ、ふん……褒めても何も出んぞ」
明日歌は揶揄う様に遥音の身体を肘で突くと満足気に頷いた。一方の遥音は普段褒められ慣れていないせいで、ツンとそっぽを向いてたどたどしい返事しかできていない。
透巳が遥音を選んだ理由の一つには、ツンデレな部分が猫に似ているからという心底しょうもないものがあったのだが、それをわざわざ言う程透巳は空気の読めない人間でもない。
そんなF組内での他愛もない会話を、ささは目を細めながら心底楽し気に見つめるのだった。
次は明日更新予定です。
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