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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
第二章 能ある鷹は完全犯罪を隠す
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能ある鷹は完全犯罪を隠す6

 身の毛もよだつような。薔弥はこの時、産まれて初めてその言葉通りの感覚に襲われた。


 赤松ささにとって木藤友里は親友と呼ぶのに何の躊躇いもない程大切な存在。薔弥のその認識は間違っていないはずだ。だが彼はささのことを調べ上げ、彼女の本質を理解した気になっていただけなのだ。


 ささは自分が傷つけられるより、自分の大切な何かが傷つけられることを嫌う傾向がある。それは一年前の事件と、先日の彼女の反応で証明されている。だからこそ薔弥はささではなく、友里に的を絞って攻撃を仕掛けた。


 友里の情報を調べ上げ、彼女の父親の殺人事件の件を知った薔弥。彼はささと同じ中学に通っている生徒に適当な報酬を与え、あの黒板に告発文を書くことを依頼したのだ。


 薔弥の思惑通り友里は傷つき、ささが犯人だと勘違いしたことで彼女を拒絶した。何一つ失敗などしていないはずだったのだ。もし失敗があるとするならば、それはもっと根本的なものである。


 だが薔弥にはその根本的な間違いが何なのか知る術もない。どうして怒らないのか、どうして泣き叫ばないのか、何故絶望の淵に立たされていないのか。その問いに対する答えを冷静に探すことさえもできない。



「薔弥さん。聞いてますか?ああいうことを続けると、いつか痛い目を見てしまうんですから、あんまりおいたしちゃ駄目ですよ」

「……なんでや?」



 真っ青になって俯いている薔弥の顔を覗き込んだささは、何事も無かったかのように優しく言い含める。だがそんなささの優しい声音も、話し方も、呆れているような可愛らしい相好でさえも。薔弥には恐ろしいものに見えてしまう。


 そんな薔弥にとっては、掠れるような声で疑問の言葉を投げかけるのが精一杯である。



「アンタ、狂ってるんか?」

「……そう、かもしれませんね。私も今初めて気づきました。薔弥さんのおかげですね」



 薔弥が何について尋ねているのか、ささが尋ね返す前に薔弥は唐突に核心をついた。だが今回のことで当惑しているのは薔弥だけではない。ささも自分という存在の異常性に気づき始め、答えを探そうとしている最中なのだから。



「何で激昂せぇへん……何で泣きもしないんや……おかしいで、自分」

「……友里ちゃんともう二度と今まで通りに接することが出来ないって分かって、私が悲しく感じないわけないじゃないですか。家で散々泣きましたし。それに……私は確かに友里ちゃんが好きですけど、薔弥さんのことだって好きなんですよ?」



 確かに薔弥は友里に最低なことをした張本人だ。だがささにとって二人はどちらも大切な存在で、それはちょっとやそっとで変わるような感情では無かった。



「せやかて……その理屈、無理あるやろ」



 それでも薔弥にとってはささの考えは理解しがたいものだ。友里と薔弥では、ささがこれまで過ごしてきた時間が圧倒的に違い過ぎる。例えささが薔弥のことを嫌っているわけでは無いにしても、友里との親しさとは雲泥の差のはずだ。


 そしてやはり人道に背くような行為をした薔弥をその理屈で許せるというのが、薔弥には理解出来なかった。



「……多分、ですけど。私、最初っから、薔弥さんのことも、友里ちゃんのことも全部分かっていたんです」

「……?」



 薔弥からの疑問を噛みしめて、ポツリポツリと自身の思考をまとめたささに彼は首を傾げてしまう。ささが相手の本質を見抜くことに長けているというのは薔弥も理解している。だがそれが今回の件とどう繋がるのかが皆目見当つかなかったのだ。



「薔弥さんがこういうことする人だってことも、友里ちゃんが思い込みの激しい子だってことも最初から分かってたんです。だから、薔弥さんが友里ちゃんに酷いことをしても、友里ちゃんが私のことを信じてくれなくても、それは私にとって全部想定内のことだった……と、思うんです」

「っ……!」

「だから、薔弥さんに初めて会った時、私があなたのことを嫌わなかった時点で、これから薔弥さんが何をしようと、私はそれ以上嫌いにも好きにもならないんだと思います」



 ようやくその時、薔弥はささが何を言わんとしているのかを理解することが出来た。


 薔弥はささが相手の本質を見抜くことに長けているというのを理解しているつもりで、本当の意味では何一つ理解できていなかったのだ。


 要はささは初対面での相手の印象が全てなのだ。最初の最初で全て分かってしまうから、それから何が起ころうともそれ以上何かが変化することもない。


 だから薔弥がささに興味を抱いたせいで友里に酷いことをしても、それはささにとって鮮烈なことでも何でもない。寧ろささは最初から薔弥がそういうことをする人間だと理解していて、それでも一人の人間として好きと判断したのだ。


 それが分かってしまえば、薔弥があれだけのことをしてもささが平然としている理由としては筋が通っている。通ってはいるが、やはり薔弥は納得できていない。



「……なら、ささは俺のことを全部分かっとって、それでも好きやと思うたんか?」



 最後に行きつく疑問はとても子供じみた、笑いが込み上げてくる程馬鹿馬鹿しいものだ。薔弥は自分のことを相当なクズだと自覚している。自分が楽しむためなら他人が傷つこうがどうでも良いと本気で思っているので、その自覚は間違ってはいない。


 薔弥はそんな自分を本当の意味で好きになる人間など存在しないと思っていたので、彼にとってささの存在は想像さえしていないイレギュラーなのだ。



「はい。ですから、薔弥さんの疑問に対する答えは単純明快ですよ……ただ単に、私の趣味が悪いってだけです」



 自嘲する様に破顔一笑してみせたささはどこか達観しているようで、薔弥にとっては脅威的なものに思えて仕方が無い。

 難しい理屈も、狂気的な本質も何もない。ただささは薔弥のことを嫌いにならなかった。本当にそれだけなのだ。


 こうして、薔弥は赤松ささという人間のことを死ぬまで――いや、死んでも納得することの出来ない唯一無二の脅威的な存在であることを認識した。だがその薔弥の認識でさえも、他人にはとても共感できるものではない。


 ********


「「…………」」

「薔弥さんって、実はももくんよりもお馬鹿さんなんですよね」



 懐かしむように、薔弥との出会いを語ったささに明日歌たちは言葉を失ってしまう。ささの口から知らされた薔弥は、明日歌たちの知るその人とはあまりにもかけ離れている存在だったからだ。


 まさかあの薔弥が〝お馬鹿さん〟と呼ばれる日がこようとは、明日歌たちの経験からは想像もできないことで、思わず目を見開いてしまう。



「薔弥さんは、自分の望んだ結果が得られないと癇癪を起して逃げてしまう、本当に子供なんです」

「まぁ、自分勝手な奴ではあるけど……そっか、そんな簡単なことでいいのか」



 困ったような笑みで薔弥の性格を語るささは、彼に散々振り回されてきた明日歌たちにとってとても新鮮なものだ。


 子供。もちろんこの一言で薔弥の全てを語れるわけでは無いが、彼の大まかな人間性を理解したいのならこれが一番適切な語彙なのだ。あまりにも簡単なことで、明日歌は拍子抜けしたように声を漏らしてしまう。


 

「……百弥くん、大丈夫?」



 ほぼ全員がささに注目している中、ただ一人百弥のことを横目で気にしていた透巳は唐突にそう尋ねた。その声に反応した明日歌たちは首を傾げたが、百弥の方に視線を向けると一瞬で透巳が危惧している訳に気づき顔を強張らせる。


 百弥は全く隠しきれていない殺気を全身から放っていて、透巳でさえも若干呆然としまう程である。



「……透巳。俺、無闇に暴力は振るわないって決めたけど、アイツの場合は話が別だ。あの野郎、俺に隠れてささにそんなことしてたなんて……絶対に許せねぇ。やっぱアイツだけはぶっ殺す」



 百弥が憤慨しているのを目の当たりにしたささは、自分が犯した凡ミスに気づき慌てた様に口元に手を置く。そんなささを尻目に、手指の骨をボキボキと鳴らしている百弥は不穏そのものである。



「もう、ももくん。ぶっ殺すなんて言ったらめっ!だよ」

「…………ささはお人好しすぎるぞ」



 両の頬を膨らませて百弥の眉間を突いたささに絆されたのか、百弥は殺気立った表情を柔らかくして言った。そんな二人を目の当たりにした透巳たちは思わず感嘆の声を漏らしてしまう。


 薔弥が先日話していた、百弥を手懐けることの出来る最終兵器。透巳は最初からそれがささのことであると分かっていたので、彼はそれを実際に体感することが出来た。一方の明日歌たちは薔弥の言う最終兵器がささであることにようやく気付き、いろんな意味で驚いているのだ。



「私はももくんの方が優しいと思うよ」



 無邪気に笑いながら百弥のことをそう称したささだったが、本人にとってそれは過大評価だ。だがそれはささにとっても同じなので、見解の相違である。


 ********


 ささがF組の教室で薔弥のことをお馬鹿呼ばわりしている頃。薔弥はため息をつきつつ一年A組の教室に向かっていた。



「たくっ……何でささがおるねん。心臓止まるかと思うたわ」



 廊下を不機嫌面で歩く薔弥はブツブツと文句を垂れていて、何も知らない生徒にとっては関わり合いたくない雰囲気を放っている。薔弥は他人を揶揄ったり驚かせたりすることが好きなので、逆に自分が驚かされる側になるのは心底苦手なのだ。


 だからこそ自分が決定権を有してささに会いに行く際は平然としているが、向こうから突然会いに来られると当惑してしまうという面倒臭い体質なのである。


 薔弥のこの反応から分かるように、やはり二年前の出来事のせいでささに対して苦手意識を芽生えさせているようだ。


 

「……あー、なるほど。百弥やなぁ、犯人は」



 薔弥が一年A組の教室にちょうど到着した時、彼はささがこの青ノ宮学園を訪れていた理由を察し、その場にはいない百弥に対して恨み言を呟く。薔弥はなかなかの情報通なので、もちろん神社荒らしの件も知っている。そうすればその推測は簡単に立てられたのだ。


 だが百弥も百弥で薔弥には毎度憤慨しているので、お互いさまも良いところである。


 薔弥は一年A組の教室をぐるっと見回すと、来訪理由である人物に的を絞った。その人物は大前、遠藤、鵜飼の三人――。


 透巳が百弥を使って復讐した三人であり、彼の計画だとも知らずに苛めを行っていた哀れな生徒である。


 

「こんにちは」

「……誰だ?アンタ」

「青ノ宮百弥の兄って言えば分かるか?」



 薔弥は三人の元に歩み寄り、彼を知らない者から見れば敵意のない笑みを浮かべた。だがほぼ初対面の薔弥に簡単に警戒心を解くほど彼らも馬鹿ではないので、怪訝そうな声で尋ねる。


 薔弥の問いを聞いた途端、大前たちはガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がった。その相好は百弥に対する恐怖で酷く震えていて、これだけでも透巳の計画は成功したことが分かってしまう。



「なっ、何の用だよ!?」

「そないに怯えへんでええって。俺は百弥と違って人畜無害なんやで?今日は少しアンタらに聞きたいことがあったさかい来ただけや」



 自分たちを散々痛めつけた人物の兄と聞いて更に警戒心を強めた大前たちに、薔弥は息をするように嘘を吐いて宥める。

 百弥と薔弥ではどちらかというと薔弥の方が気をつけるべき存在だ。百弥相手なら悪事さえ働かなければそれでいいが、薔弥は大した理由もなく突発的に被害を振りまくのでほぼ回避不可能なのだから。



「聞きたいこと?」

「そうや。アンタら三人、何で神坂透巳を苛め始めたんや?」



 薔弥が今日一年A組を訪れた理由。それは透巳が一体何をしたのか調べることだ。薔弥は今現在、百弥にこの三人の情報を流した人物が透巳だと考えている。だがそれはこの三人がいじめっ子だったからこそできることだ。ならばこの三人が自分たちの意思で苛めを行ったのか、それとも別の理由があるのか。


 薔弥はそれを知るために、怪訝そうな相好を露わにしている大前たちに尋ねたのだった。




 次は明日更新予定です。


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