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アクトコーナー  作者: 乱 江梨
第二章 能ある鷹は完全犯罪を隠す
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能ある鷹は完全犯罪を隠す2

 珈琲と煙草という、当に中年男の巣窟の様な香りが充満している喫茶店。透巳は煙草の臭いに慣れていないせいで思わず顔を顰めてしまう。


 朝の喫茶店は常連客が大半で、席の半分ぐらいは埋まっている中々の繁盛店のようだ。


 透巳たちは四人掛けのテーブルに移動すると、モーニングを頼んで水を啜る。慧馬の上司はおしぼりで顔面の汚れをゴシゴシと拭っているが、漂う中年感は一切拭いきれていない。



「そういえば透巳。今日……じゃなくて昨日なんか忙しかったのか?」



 昨夜透巳が不機嫌だったことを思い出した慧馬はふとそんなことを尋ねた。睡眠をとっていないので慧馬たちに日をまたいだ様な感覚は無いが、今は翌日早朝七時である。喫茶店内の時計に目をやった慧馬はそれを確認する。



「別に……小麦とセックスしてただけだし」

「ぶっ……」

「坊主……朝っぱらからこんな場所でそんなこと話すな」



 悪意ゼロで尋ねてくる慧馬に涼やかな視線をやった透巳はぶっきら棒に答えた。そういう話に耐性のない慧馬は思わず咳き込み顔を赤らめ、彼の上司は周りを気にしながら苦言を呈した。


 幸い、透巳の声に反応したのは慧馬たちだけで他の客は気づいていないようである。



「ねぇ兄ちゃん。例えば兄ちゃんが恋人とまぐわっていたとして、無遠慮なインターホンの音で邪魔されたらどう思う?」

「す、すまん……」

「謝って欲しいとかじゃなくて。単純に俺はどう思う?って聞いてるんだけど…………あぁ、ごめんごめん。兄ちゃん童貞だからそんなこと聞かれても分からないよね」



 顔を青くし引き攣らせながら陳謝した慧馬の精神を容赦なく抉ってくる透巳。完全に八つ当たりであるが、慧馬には罪悪感がある上透巳は一切嘘を言っていないので何の反論も出来ずにいる。



「坊主、コイツをそう苛めてやるな」

「すいません。好きな子いじめは癖でして」

「ありがた迷惑にも程があるわ」



 透巳はイラついたり、不機嫌になることはあるが慧馬のような者に対して怒ることは早々ない。なので透巳はただ慧馬のことを揶揄って苛めているだけなのだ。


 透巳の好きな子いじめに例外は無いが、その度合いが最も酷いのが慧馬である。悪気を一切感じさせない清々しい笑みを浮かべる透巳に、慧馬は口角をピクピクとさせて怒りを必死に抑える。



 そんな中運ばれてきた朝食はトーストとコーヒー。香ばしい食パンとモカの特徴的な甘い香りが鼻腔を刺激し、透巳は思わず微笑む。


 自身のブレンドを一口飲んだ慧馬は、ふと思い出したように口を開く。



「そう言えば武井さん。あの事件今どんな感じなんですか?」


(武井さんって言うのか)



 透巳は今日の朝食を奢ってくれた慧馬の上司の名前をこの時ようやく認識し、覚えることにした。流石に奢られてまで名前を覚えない様な失礼をするつもりは透巳にもない。


 武井の名前を頭にインプットすると同時に、透巳は慧馬の呟いた事件について耳を傾ける。



「あぁ……まだ犯人は尻尾も掴ませてくれねぇよ。まぁ、人様に被害が無いのが唯一の救いだな」

「何の話?」

「最近、ここらの神社が何者かに荒らされる事件が頻発しててな。その荒らし様が随分酷くて、同一犯だろうってことで捜査してるんだ。まぁ俺はあんまり捜査に関わってないんだが」



 会話の流れにイマイチついてこれていない透巳に事件の大まかな説明をした慧馬。要するに神社荒らしの事件が頻発しているが、人が傷害を負わされたり、死亡するといった被害はまだ出ていないのだろう。



「随分と罰当たりな犯人だね」

「あれ?お前神様とか信じてる質だっけ?」



 神聖な神社を荒らすなど確かに透巳の言う様な愚行だが、彼はこういったことにはあまり興味が無いと慧馬は勝手に判断していたので少々驚いたように尋ねた。



「別に。信じてるわけでも、いないと思ってるわけでもないけど。会ったことないし。いないことを証明する気もないし。あぁいうのは人が願いを叶えるために訪れる場所だから神聖なんでしょ」



 つまらなそうにコーヒーを啜りながら呟いた透巳に慧馬は虚を突かれてしまう。透巳はやはり神だの宗教だのには興味が無いようだが、彼には彼なりの考えがあったのでそれが意外だったのだ。


 透巳の意見は一理あって、武井は思わず感心した様に破顔一笑する。


 事件の話はここで途絶えたが、透巳は朝食に手をつけながら朧気に、猫好き同志である彼女も神社の関係者だったことを思い出していた。


 ********


 透巳が自宅に荷物を取りに行くことで少々遅刻している間、明日歌たちF組と青ノ宮兄弟は多目的室に集まっていた。


 この集まりを提案してきたのは薔弥なので、明日歌たちはジメジメとした空気の中、薔弥に怪訝そうな視線を向けている。


 全員今回の目的が分かる様な分からない様な曖昧な状態なので、互いに目配せし合って不安げな相好を見せている。



「それで。今日は何?」

「分かっとる癖にいやらしいなぁ……」



 用件を尋ねた明日歌に薔弥はヘラヘラとした表情でとぼけて見せる。図星なだけあって明日歌は若干相好を歪めると、観念したようにため息をつく。



「……透巳くんのこと?」

「せや。透巳くんが何をして、何をせんかったのか。俺はそれが知りたいんや。明日歌たちは興味あらへんか?」



 明日歌の問いに首肯してみせた薔弥は、好奇心旺盛な子供のような笑みを浮かべた。


 あの日。透巳が何も言わずにその場を立ち去ったあの日から、薔弥は透巳に対する疑念を膨らませていた。一方の明日歌たちはいつもと何ら変わらない透巳と接しているので、特に怪訝に感じているわけでは無いが、薔弥が興味を持っていることは理解している。


 

「……薔弥は何疑ってるのよ。透巳くんが何したって?」

「百弥が最近ボコった三人……裏で糸引いとったのは透巳くんやと思うてる」



 薔弥の推測に明日歌たちは目を見開き、思わず硬直してしまう。確かに透巳を苛めていた三人の情報を百弥に与えたのは伸弥では無かった。伸弥ならわざわざ百弥の靴箱に手紙を置く必要が無いからだ。


 なのであの告発書は伸弥以外の何者かによるものということだが、だからと言ってそこから何故透巳に直結するのか。明日歌たちにはそれが理解できなかった。



「ちょっと待ってよ。確かにあの情報源はまだ謎だけど、何でそれが透巳くんになるのよ。透巳くんは苛めとか気にするタイプじゃないし、アイツらをボコボコにする理由がないじゃない」

「せやなぁ。俺もそこが分からへんのや……まぁ俺らの知らないところで何かあったのかもしれへんな」



 明日歌と薔弥には透巳があの三人にあの様なことをする理由が皆目見当つかなかった。まさか猫を傷つけられたからとはこの二人も思わないだろう。



「分かってるなら何で……」

「……勘や」

「「は?」」


 

 透巳には動機がない。それを理解していても尚、透巳が情報源であると薔弥が断言する理由が分からず、明日歌は当惑したように尋ねた。その問いに対する薔弥の答えに、明日歌たちは思わず声を揃え開いた口が塞がらない。


 呆れているというよりも、薔弥がそんな短絡的なことを言うとは想像もしていなかった故の反応だ。今まで明日歌たちが接してきた薔弥とはどこか一線を画していて、上手く反応することが出来なかったのだ。



「勘って……」

「ま、明日歌たちが乗り気やないんやったら、俺一人で調べるわ」



 何故このメンツを集めたのか分からない程にあっさりとした態度で自己完結した薔弥は、そのままF組の教室から立ち去った。


 呆然としながら残された明日歌たちは顔を見合わせる他ない。すると一緒に呼び出されていた百弥は深いため息をつき、全員の視線を集める。



「何かと思ってきてみれば、クソ下らねぇ……あの野郎あとで殴る」

「百弥もそう思うよね……透巳くんがそんなことするわけないのに」

「いや、そうじゃなくて」



 薔弥に対する怒りで鋭い眼光になっている百弥に明日歌は苦笑いを浮かべた。百弥は透巳のことを友人として好いているのでその怒りも当然だと明日歌は考えたのだが、どうやら百弥が下らないと称した理由は別にあったようだ。



「透巳が黒幕だろうがなかろうが、俺は透巳のこと友達だと思ってる。だから何も変わらねぇよ」

「百弥……」



 薔弥の勘が的外れでないとすれば、百弥は透巳に利用されたことになる。それは百弥も当然理解していて、そんな百弥が〝下らない〟と言ってのけた姿に明日歌たちは目を奪われた。


 確かに百弥は透巳に利用されたのかもしれない。だがあの時の透巳の言葉で百弥が変わるきっかけを掴めたのもまた事実だ。百弥は百弥なりに透巳との関係について考えているのだ。


 もし薔弥の言う様に透巳が黒幕だった場合最も傷つく可能性があったのが百弥だ。そんな百弥が気にしていないことを見せつけられた明日歌たちは、自分たちが懊悩するのが馬鹿馬鹿しくなり、いつも通りの日常の帰路に就くのだった。


 ********


「ふぁぁ……ねむ」

「おや?透巳くんお疲れだね」



 その日の昼休み。F組の教室で時間を潰しつつ透巳は大きな欠伸をすると、眠そうに背筋を伸ばす。昨夜から警視庁で暗号を解くやら、刑事たちから詳しい話を聞かれるやらで休む暇が無かったので、透巳が疲れているのも仕方が無い。


 一方、明日歌は今朝のことを全く気にしていないように透巳と会話を交わしている。



「昨日寝てなくて……」

「そういえば神坂。昨夜警視庁に爆破予告が来ていたようだが、お前の幼馴染は大丈夫だったのか?」



 完全に開ききっていない目を擦りながら答えた透巳に、遥音は彼が寝不足に陥っている原因についての話題を振った。


 あの事件のことは既に報道されているので知っているのは遥音だけではない。遥音は警視総監の息子だが、わざわざ家族に事件のことを話すような父親でもないので、彼も爆破事件の詳しいことは知らないのだ。



「あ、はい。爆破は法螺でしたし、その内犯人も捕まえてくるでしょうから」

「そうか、それもそうだな」



 透巳の言葉に安堵したような笑みを浮かべた遥音。透巳はそんな遥音の表情を何気に初めて見たので、頻りに目を瞬きさせてしまう。

 遥音が本質的には正義感が強く、優しいことを透巳も理解しているので驚きはしなかったが、普段は怒ってばかりの彼なのでそのギャップはやはり新鮮なのだ。


 ********


 朝には止んでいた雨が本降りになってきてしまい、透巳は呆然と空を見上げて思考する。透巳は傘を持ってきておらず、濡れること覚悟で小麦と合流できるまで走るか懊悩しているのだ。



「……走るか」

「透巳くん、風邪ひいちゃうよ」



 深呼吸を一つして、走ることにした透巳の決意をあっさりと砕くように、彼の前方から昨夜ぶりの恋人の声が聞こえてきた。


 傘を差しながら佇む小麦は透巳が傘を持っていないことを想定して、急いで透巳を迎えに来てくれたようだ。



「ねこちゃん……」

「お疲れさまだね」



 透巳の僅かな表情の違いで、彼の疲労を察知した小麦は労う様に優しく微笑んだ。透巳が慧馬から呼び出される際の用件は小麦もよく知るところなので、彼の疲労理由もすぐに理解できたのだ。


 

 傘を弾く雨音が二人を包む中、二人は何か話すわけでもなくただただ足を動かし続ける。言葉は無くとも、僅かな一挙一動でどれだけ二人が親しいかが伝わる程である。


 だが雨音だけの二人の世界に、突如物騒な物音が侵入してくる。それは何かが壊されていくような轟音で、所々で人の声も混じっているのが聞き取れた。



「透巳くん……」

「しぃー……静かに」



 その音がただ事ではないことを悟った小麦は不安げな相好で透巳を見上げた。一方の透巳は音のする方角に視線を向けたまま、人差し指を立てて小麦に大きな声を出さないよう忠告する。


 水溜まりによって大きな足音を立たせないように、ゆっくりと音のする方へ進んだ透巳は相手から見えない位置で様子を観察する。


 音の発生源は神社で、何人かの不審者が金属バッドであらゆる所を叩きつけていた。因みにこの神社はささが巫女として働いている神社ではなく、また別の小規模な神社だ。


 透巳の後ろから様子を覗き込もうとした小麦の両目を、片手で優しく覆った透巳。小麦は一瞬当惑したが、透巳がこの光景を見せたくないのだろうと考え、抵抗することは無かった。



「ねこちゃん……俺がいいよって言ったらここから離れて一一〇番に電話して。神社を五人の不審者が荒らしてるって」



 目を塞いでいる状態のまま、小麦の耳元で囁いた透巳はこれから小麦がすべき行動を伝えた。透巳の言葉に忠実な小麦がコクコクと頷いたのを確認すると、透巳は小麦の身体を逆方向に向けさせる。



「いいよ」



 静かな声で告げた透巳は小麦の背中を優しくそっと押す。透巳が覆う手を離したことで視界がクリアになった小麦は、ゆっくりと歩き出すとスマホを取り出した。


 小麦がかなり遠くまで行ったことを確認した透巳は、再び神社の方に視線を移し同時に思考する。



(兄ちゃんが話してたやつか……)



 今朝喫茶店で慧馬が話していた事件のことを思い出した透巳は、すぐ近くにいる不審者たちがその犯人なのだろうと推測した。


 だが透巳にとってそれはその程度の認識でしかない。事件に興味も無ければ、関わる気も毛頭ない。そのはずだったのだが――。


 透巳は犯人たちを注意深く観察するとあることに気づき、少々目を見開いた。



「タイムリーだな」



 透巳が何を指してそう称したのか。今朝聞いたばかりの事件に遭遇したことについてなのか、それとも――。


 透巳の考えを知る者はその場にはいないが、彼は雨に濡れながらスマートフォンを取り出すと神社にそのカメラを向けるのだった。




 大好きな珈琲のエピソードを入れられて大満足です。


 次は明日更新予定です。


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