能ある鷹は完全犯罪を隠す3
「初めまして。赤松ささと申します。しばらくの間よろしくお願いしますね」
その日、F組の教室を訪れたささは丁寧にお辞儀をすると破顔一笑してみせた。彼女の放つ柔らかい雰囲気に明日歌たちは思わず目を奪われる。
何故ささがこの青ノ宮学園を訪れているのか。これを説明するには一週間ほど時間を巻き戻す必要がある。
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一週間前、神社荒らしに遭遇した透巳はその話を百弥に告げた。狙われているのが神社ということもあって、巫女として働いているささのことを一応心配したのだ。
透巳からすればささを心配しているというよりも、友人である百弥の友人を危惧しているという感じだが、そんなことは当人とって大した問題ではない。
透巳から事件の話を聞いた百弥は酷くささの身を案じ、彼女にしばらくの間神社の手伝いを休むことを提案した。だが当初、ささはその提案を受け入れなかった。
ささの両親は娘の身を誰よりも案じているので、彼女が手伝いを休むことを快く了承してくれるだろう。だがささは巫女の仕事が無ければ他にすることもなく、自宅で一人きり虚無の時間を過ごすことになってしまうのだ。
だからこそ百弥の気持ちは有り難かったが、ささは困ったような表情でその提案を断った。
その返事を聞いた百弥は、ならば青ノ宮学園に遊びに来ればいいと突拍子もない第二の提案をしてきたのだ。
「ももくんの、学校に?」
良いことを思いついたと言わんばかりの相好で期待の目を向けてくる百弥に、彼女は思わず呆けた様な声で彼の愛称を呼んだ。
「あぁ!学校なら安全だし、F組ならささがずっといても問題ねぇと思うんだ」
百弥の意見は一理あった。部外者であるささが学校に居座るのはあまり宜しくないが、F組であれば文句を言う者もそう多くない。そもそもF組は他の生徒や教師たちとの関わりが希薄で、ほぼ不干渉状態なのでF組で何があろうと気にする者はあまりいない。
それに加え、百弥に負い目を感じている理事長は彼の望みを無下には出来ないので、簡単に許可が下りるだろうと百弥は踏んだのだ。
ささは一瞬迷ったが、百弥の提案を呑むことにした。彼女は現在高校に通っていない。それには過去のある出来事が起因しているのだが、閑話休題。
ささは高校というものに僅かな興味と好奇心を抱き、この機会に一度訪れてみたいと百弥の提案を受け入れたのだ。
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そんなわけで現在一週間後の青ノ宮学園、一時間目が終わっての休み時間である。
いつもの巫女服ではなく、女の子らしい私服姿のささは明日歌たちにとって好印象だ。ささをここまで案内した百弥と、猫好き同志である透巳は初対面ではないが、見慣れない彼女の私服姿には少々目を見開いている。
「いつもももくんがお世話になっています。あと、薔弥さんがいつもいつもご迷惑をおかけしてすいません」
「あはは……」
弟と兄でここまでの違いがあるかとツッコみたくなるような発言を零したささに、明日歌は否定することも出来ず苦笑いを浮かべる。
薔弥が他人に迷惑をかけるのは最早日常なので、否定してしまえばそれはもう青ノ宮薔弥では無いのだ。
「それにしてもこんな子があの薔弥と友達なんて……世の中って不思議だよね」
「ささ、お前アイツと友達なのか?」
「うーん……考えたことないかも」
しみじみと呟いた明日歌の言葉を皮切りに、百弥はささにそんな問いかけをした。薔弥とささ。対照的なこの二人は良く会話をする間柄だが、その関係が友人というものなのか。百弥とささにもそれは定義できていないようだ。
どこからが友人なのか。これは誰にとっても曖昧でデリケートな問題だが、薔弥とささの場合それが顕著に表れている。
ささが思案していると、多目的室の扉が無遠慮に開けられる。噂をすれば影が射すとはよく言ったもので、来訪者は他ならぬ薔弥だった。
「やっぱりここにおったか百弥…………って、ささ?」
「おはようございます。薔弥さん」
薔弥は誰かを探しているようで、探し人である百弥を発見すると顔を綻ばせたが、すぐ近くにいるささを同時に見つけたことでその表情を硬直させる。
一方そんな薔弥を揶揄う様に破顔一笑したささは、何食わぬ顔で爽やかな挨拶をかます。
すると薔弥はここに来た用件も話さずその場を立ち去り、そのまま戻ってくることは無かった。
「……何しに来たのアイツ」
「逃げましたね」
「……逃げた?」
一瞬の出来事に呆然とする明日歌は、苦笑いを浮かべながら零したささの言葉の意味が分からず首を傾げてしまう。一方のささは困ったように眉を下げていて、意味深な笑みを浮かべている。
「あの人、私のこと苦手ですから」
「苦手?」
「えぇ、自分からは会いに来るくせにおかしな人です」
明日歌はささの言葉を信用することが出来なかった。何故なら明日歌の知る青ノ宮薔弥という男は、こんな可愛らしい女の子一人に苦手意識を芽生えさせるような、人間らしい一面を持つ存在ではないからだ。
常に人のことを自分が楽しむための道具だと思っていて、ヘラヘラと全てを楽観視したムカつく男。それが明日歌の薔弥に対する認識なのだから。
「薔弥さんは、私のことを怖いと思っているんです」
「怖い?薔弥が?」
更に信じられない薔弥の胸の内を聞かされた明日歌たちは、思わず目を見開いてしまう。そもそもささのどこか一体怖いのか。ましてやあの薔弥が恐れるような部分がささにあるとも思えず、明日歌たちの疑念は増すばかりである。
「どうして……」
「……薔弥さん、昔私に酷いことをしたんです。すごくすごく、酷いことをして。でも、それでも私が薔弥さんのことを嫌いにならなかったから、私のことが怖くなっちゃったみたいです。お馬鹿さんですよね?」
昔のことを思い出しながら、何でも無いように破顔一笑したささを目の当たりにした明日歌たちは、薔弥が彼女を苦手とする理由を何となくだが理解した。
薔弥は自身が気に入った対象に何かしらのアクションを起こし、その対象がどのような反応――結果をもたらすのかを観察するのが好きだ。要は、人間を対象にした実験を人生の糧にしているような男なのである。
薔弥は予想通りの結末など望んでいない。だからこそ直情的で、自身のルールを確立している百弥のことを、予想外な結果をもたらしてくれる存在として気に入っているのだ。
だがその予想外にも限度というものがある。
例えば動物がどれだけ速く走れるか実験しようとしたのにも拘らず、羽のないその動物が突然飛び立ったらそれはもう好奇心の範疇を超え、恐怖に変わってしまう。
恐らく薔弥にとってささは、羽を持たずして飛ぶことのできる唯一の脅威対象なのだ。
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赤松ささと青ノ宮薔弥が出会ったのは二年前。薔弥が中学三年、ささが二年生の頃である。
当時、既にささと百弥は違う学校に通っていながらも仲が良く、百弥伝いに薔弥はささの存在を知ることになる。
そしてそんな百弥とささが出会ったのは更に一年前。二人が中学一年生の頃だ。この頃は百弥が最も正義の味方になるべく奔走していた時期で、彼は喧嘩をしない日は無いほど荒れに荒れていた。
その原因の一端には百弥を利用していた伸弥の影があるが、やはりその根幹には百弥の絶対的な信念が大きく芽生えていた。
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この日の百弥は非常にツイていなかった。薔弥におちょくられるのは毎日のことだが、この日はそれだけでは無く、大勢の不良を相手に喧嘩をしてしまったせいで大怪我を負ってしまったのだ。
原因は先日百弥が行った正義の執行。気の弱そうな中学生相手にカツアゲをしていた不良をボコボコにしたのだが、その不良が仲間を引き連れてお礼参りにやってきてしまったのだ。
喧嘩慣れしている百弥でも流石に多勢に無勢だったのか、その日は血塗れになりながら必死の思いで帰路に就いていた。
だが段々と意識が朦朧としていき、ついに百弥はその意識を手放して倒れてしまった。その時の百弥が覚えているのはごつごつとした地面の感触と、誰かが自分を見下ろしている視線だけだ。
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目を覚ますと、百弥は自身の体に走る僅かな痛みに顔を歪める。百弥は咄嗟にその僅かな痛みを与えている存在の腕を力強く掴んだ。
百弥は掴んだ腕が想定よりも細く、弱々しいことに違和感を覚えて相手の姿をきちんと確認する。
「わぁ……びっくりした」
百弥の目の前には中学校の制服に身を包んだささがおり、百弥が掴んだその手には血の滲んだコットンを摘まんだピンセットがあった。
目を瞬きさせているささの近くには救急箱があり、彼女が百弥の怪我の手当てをしてくれたのは一目瞭然である。
「お前、誰だ?」
「えっと、この神社の娘です」
「神社?」
腕の拘束を緩め尋ねた百弥は、彼女の答えに思わず辺りを見回した。ささの言う様に確かにそこは紛れもなく神社で、百弥は賽銭箱のすぐ傍で手当てをされていた。
「どうやってここまで?」
「どうやってって……あなたが自力でここまで来て倒れたんですよ」
「あ?……あぁ、ぼぉっとしてて気づかなかった」
百弥は朦朧とした意識の中、この神社に足を踏み入れそのまま倒れてしまったのだ。ささからしてみれば血塗れの中学生が突然現れてぶっ倒れたのだから、彼女の衝撃は計り知れない。
だがそれを全く覚えていなかった百弥は、目の前の細腕の少女がどうやって自分を運んだのだろうと的外れな疑問を抱いたのだ。
「それにしても何があればこんな大怪我しちゃうんですか?」
「別に……面倒な奴らに絡まれただけだ」
コットンを取り替え新しいものに消毒液を浸したささは、それを百弥の頬の傷に優しく当てる。僅かに走る痛みに百弥は顔を歪めるが、平静を装って答えた。
すると百弥は、丁寧に手当てを続けるささの手が僅かに震えていることに気づく。だがささは百弥がその視界に映した時から常に笑顔を絶やしておらず、その声音にも震えは聞き取ることが出来なかった。
そのちぐはぐさに疑問を感じつつ、百弥はされるがままでささのお節介を享受した。
「お前、血とか苦手なわけ?」
「……そうですね。苦手です……だからあんまり怪我しちゃダメですよ」
どうやら図星だったようで、ささは一瞬固まると静かに首肯した。だがやはり優し気な笑みはそのままに、その声音にも暗い雰囲気は感じられなかった。
「別に、また会うわけでもないし……そんな心配する必要ないだろ」
優しく忠告したささに、百弥は思わず首を傾げてしまう。今回事故とはいえ彼女に生々しい傷ついた姿を見せてしまったことは申し訳なく感じた百弥だが、それはこれからのこととは関係のないことだ。
ささが百弥ともう会わなければ、苦手な血を見ることもないのだから。
「私は血が苦手というよりも、血のせいで嫌な想像が膨らむのが苦手なんです。血を見ると、嫌でもその人が痛い思いをしたことが分かってしまうじゃないですか。だから、一度こんなボロボロな姿を見てしまえば、心配してしまうんです」
「……お人好しだな」
絆創膏を貼りながらそんなことを言ったささに、百弥は素直な感想を述べた。ささは百弥が今まで出会ってきた誰とも違っていて、彼は言いようのない新鮮味を感じているのだ。
「そう思えるのは、あなたも優しい人だからではありませんか?」
「……そんなことねぇよ。お前だって、本当の俺を知ったら怖がって……そんな温いこと言えなくなるぞ」
ささの言葉は百弥にとって手放しで喜べるようなものではなく、彼は途端に表情を暗くしてしまう。
この時の百弥は正義の執行活動に奔走しながらも、そのせいで悩みを抱えていた。悪人を裁くために暴力を振るえば振るう程、相手もそれを目撃した者たちも百弥に対して恐れを感じる。そのせいで百弥の悪い噂は広がり、彼に好意的に接してくれる存在などどこにもいなくなってしまうのだ。
百弥のその心情を知ってか知らずか。ささはそれから何か反論することは無かった。百弥の言う〝本当の彼〟を知らない自分が何を言ったところで、慰めにもならないことを理解していたからだ。
ただささは、黙って百弥の手当てを続行する。そんな彼女の顔をチラ見した百弥は、全く崩さない柔らかな自然な笑みを、記憶の中にしっかりと焼き付けるのだった。
次は明日更新予定です。
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