学園改革のメソッド10
青ノ宮兄弟との一騒動から翌日。F組の教室である多目的室には不穏な空気が漂っていた。本日は近年稀に見るほどの快晴なのだが、この教室内だけは窒息しそうなほどの曇天である。
その主な原因は二人の生徒。暁明日歌と青ノ宮薔弥である。
「何であんたの父親って、こんな馬鹿なことしてるわけ?」
「藪から棒やなぁ、明日歌。俺を便利な情報屋か何かと勘違いしとるんやあらへんか?」
今は高校の昼休み時間。教室にはF組生徒、養護教諭の鷹雪、そして何故か呼ばれた透巳と、現在進行形で明日歌に睨まれている薔弥がいる。
何故このメンツが集まっているかというと、それは明日歌が腹を括ったからというのが答えになるだろう。
青ノ宮学園の謎を解くためには、理事長の息子である彼らから情報を手に入れるというのが一番の近道だ。遥音が先日言っていた〝アイツに頼る〟とはこのことだったのだ。だからこそ明日歌はあの時心底嫌そうな相好を見せたというわけだ。
ちなみに同じく学園理事長の息子である百弥に尋ねてみるという方法は論外だ。明日歌たちは薔弥程では無いにしても、青ノ宮百弥という男を理解しているつもりだ。なのでこの学園がここまで堕ちてしまった理由を百弥が全く知らないということは聞かなくても分かることなのだ。
だが明日歌の私的な感情で嫌がっていてはいつまで経っても真相など見抜けないので、彼女は腹を括ったというわけである。
「どうせアンタは全部知ってるんでしょ?」
「さぁな?知っていたところで俺に教えるメリットあらへんやろ」
明日歌はこの学園が今の状態になった理由を、目の前の男なら知っているという確信を持っているようだ。だが薔弥はのらりくらりとかわすばかりで真面に取り合う様子がない。
「あ、そうや透巳くん。昨日はすまへんかったなぁ。彼女さん大丈夫やったか?」
「はい、熱は下がったので」
唐突に白々しくそんなことを尋ねてきた薔弥に透巳はあっさりとした反応で返した。昨日透巳が苛ついていたこともあり、F組生徒たちは意外そうに目を見開いた。一方の薔弥はつまらなそうにしつつ、どこか探る様な目で透巳を観察している。
薔弥の嫌味を嫌味と受け取っていないのか。本気でもう気にしていないのか。それとも無理に取り繕っているのか。明日歌たちにそれを知る術はない。
「いやぁ、それが聞けてホッとしたわ。そんじゃ、俺はこの辺で」
「ちょっと!話はまだ終わってないんだけど」
「俺から情報を引き出したいんやったら、それ相応の報酬用意しとき」
いつもの貼りついた様な笑みを浮かべた薔弥は席から立ち上がると、ひらひらと軽く手を振る。そのあっけらかんとした態度に明日歌は眉を顰めるが、薔弥には何のダメージもない。
薔弥が退室したことでしんと静まり返った教室。そんな教室内で明日歌は顔を顰めながら思考する。
〝報酬〟
これが単に金銭や物で払えるのなら簡単なのだが、あの男がそんなもので満足するような人間でないことはF組生徒の間では周知の事実だ。
なので各々が懊悩しているわけだが、この沈黙を破る人物は意外と早くやって来た。
「透巳ー!!……おっ!やっぱここにいたぜ!」
「うるせーぞ、青ノ宮弟」
その正体は百弥で、教室だけではなく四階全体に響いた彼の声は全員の鼓膜を刺激した。思わず顔を顰めた鷹雪はそんな百弥に教師らしく注意を施した。
どうやら透巳のことを探していたらしい百弥は、彼を視界に入れた途端嬉々とした相好で教室に入室してくる。
「何か用ですか?」
「あぁ……俺お前のこと気に入ったから、友達になりに来たぜ!」
「「は?」」
百弥以外の全員の声が面白いぐらいに重なった瞬間の誕生である。だがその声の種類は透巳とそれ以外の面々とで多少の違いがあった。
透巳は本気で意味が分からないといった感じで呆然としているが、明日歌たちはどこか呆れているようだった。
驚いてはいるものの、明日歌たちにとって百弥のこういった言動は慣れたものなので「またか……」という感じなのだ。
「昨日はすまなかった。あの野郎はいつかぶっ殺そうと思っているんだが、なかなか良い機会が無くてな……。っと話がズレた。お前の恋人に対するマジな思いと強さに惚れたぜ!俺と友達になってくれ!」
「……いつの時代の不良ですか?」
透巳は呆然としたまま思わずそう呟いた。それに同調するように明日歌たちはしきりに頷く。本当にいつの時代のヤンキー漫画かとツッコみたくなる様な言動の百弥に、透巳は心底嫌そうな相好を見せる。
その内〝宿敵と書いて友と呼ぶ〟などと言い出しそうだったので、透巳は若干の恐怖を覚えたのだ。
「ひでぇなぁ。これでも俺は正義の味方目指してんだぜ!」
「…………すごいですね」
「あ、透巳くん。勘違いしないように言っておくけどこの子のこれは本気のやつだから」
「別に疑ってませんよ」
ドヤ顔でそんな宣言をした百弥に透巳はありふれた感想を述べた。そんな透巳に明日歌は念の為といった感じで解説を入れたが、透巳は最初からギャグだなんて思っていないので要らぬ心配だった。
正義の味方。これは百弥が幼少期から掲げている目標であり、信念でもあった。透巳は昨日の果たし状にも確かそんなことが書かれていたなと朧気に思い出した。
「ただ、俺には将来の夢とかが無いので……はっきりと目標がある百弥くんが良いなと思っただけです」
「ふーん……小麦ちゃんと結婚することじゃないの?」
無機質な表情で淡々と告げた透巳に各々が視線を送る中、明日歌は少々揶揄う様に尋ねた。
「いえ、ねこちゃんとは結婚するので。夢ではないかと」
「あ、左様ですか」
あっさりと恥ずかしげもなく答えた透巳に明日歌は真顔で返した。透巳が冗談ではなく本気で小麦と結婚する気なのだということは、彼の醸し出す雰囲気で何となく全員が理解したからこその反応だ。
透巳は小麦にキチンとしたプロポーズをしている訳ではないが、常日頃から学生を卒業したら結婚しようと小麦に話しているので彼女もそれについては同じ認識だ。
「って話がズレてるじゃねぇか。で!どうなんだ透巳?俺と友達になる気あるか?」
「……いいよ」
「あら意外」
話の流れを元に戻した百弥は透巳の返事を真剣な眼差しで待った。透巳はほんの少し間を置くと、あっさりと友人になることを了承した。一方明日歌はその返答が意外だったのかポツリと呟いた。
あの少しの間で一体何を思考したのか明日歌たちに知る術は無いが、少なくとも透巳が何となくで百弥の申し出を受け入れたわけではないことは分かった。
透巳が好きでもない相手と友人関係になる様な人間ではないことは明日歌たちでも理解している。これは小麦に明日歌たちを友人か尋ねられた際に、即拒否した透巳を知っているからこその認識である。
百弥のことを気に入ったのか、それとも他に何か理由があるのか。透巳が受け入れた理由はこのどちらかだろうと明日歌たちはぼんやりと考える。
「おぉ!ありがとうな透巳!そうそう、友達に敬語は要らねぇよ!」
「うん。分かった」
心底嬉しそうにクシャっと笑った百弥は透巳に右手を差し出してきた。それだけで握手を求めていることは明確だったので、透巳はその手を取って破顔する。
するとその様子を傍観していた鷹雪が何故か何とも言えない形相になっていることに兼が気付く。
「鷹雪先生、何その顔?」
「いや、青春くせーなぁと」
「青春に匂いってあるの?」
「知らねぇよ。冗談通じねぇのか暁弟」
鷹雪の答えに本気で首を傾げた兼。これはF組周知の事実なのだが兼は天然なのだ。F組とは数年の付き合いである鷹雪も、もちろんそれは知っているのだが思わずため息を漏らす。一方顔を歪めている鷹雪を目の当たりにした明日歌はケラケラと揶揄う様に破顔している。
「あ、そうだ。青ノ宮弟、アンタ父親が何でこんなことしてるのか知らないの?」
「あ?あのクソ親父の考えなんて俺に分かるわけねぇだろ」
「だよねー」
明日歌は期待ゼロで百弥に尋ねたが、予想通り過ぎる返答に思わず彼女は棒読みで返した。百弥と薔弥は見るからに仲が悪く、自分の父親のことを〝クソ親父〟呼ばわりしている百弥を目の当たりにした透巳は、青ノ宮家の家族仲が崩壊していることを悟る。
青ノ宮兄弟から情報を得ることが出来ず八方塞がりとなってしまったところで、それを嘲笑う様に五時間目開始の予鈴が鳴る。なのでF組生徒ではない透巳と百弥は自身の教室に戻った。
この時のF組生徒たちは知る由も無かった。この後鳥肌の立つような事件が、自分たちの目の前で起こるという未来を。
********
それから午後の授業を受け終えた透巳は、自身の教室で帰り支度をした後明日歌たちと合流した。合流地点は下駄箱で、先に到着し手招きしていた明日歌の方へ透巳は歩を進める。他の生徒もちらほらといる中、人の波に乗った透巳は廊下の右方向から薔弥が近づいてくるのを確認した。
「げ……薔弥。何でいんのよ。情報くれないアンタに用無いんだけど」
「ほんま酷いわ明日歌。なぁ?透巳くん」
「…………」
「無視かい」
透巳が明日歌たちの元に辿り着いた頃には薔弥もすぐ傍に来ていて、相変わらず明日歌は微塵も隠すことなく苦々しい表情を露わにした。
嘘丸出しで傷ついた様な顔をする薔弥は透巳に問いかけたが、透巳は完全無視である。
「何か用があるんですか?」
「ほんまF組で優しいのは宅真くんだけやなぁ」
透巳にまで見放された薔弥の心の拠り所は最早宅真ただ一人のようだ。宅真は基本的にお人好しで優しいので、そうなってしまうのは必然なのだが。
宅真が苦笑いを浮かべる中、双子の兄である巧実がこっそりと宅真に耳打ちをする。その声は位置的に薔弥には聞こえなかったが、透巳には多少なりとも聞こえていた。
『おい宅真。あんな奴にいい子してんじゃねぇよ。つけあがって面倒なことに巻き込まれたらどうすんだ?』
『ご、ごめん』
明日歌だけではなく、巧実からの信用もゼロであることが分かると同時に、双子というだけあって仲のいい兄弟なのだろうと透巳はその会話から感じ取った。
「で、なに?」
「あぁ、そやったそやった。俺についてくれば、おもろいもんが見られるでぇ」
「面白いもの?」
宅真の質問を再度問いかけた明日歌は眉を吊り上げていて、どこか苛ついている様子が見てとれる。だがそんなことは気にも留めず用件を話した薔弥が、相当図太い神経をしていることは一目瞭然だ。
薔弥の言葉はあまりにも抽象的で、思わず全員が首を傾げてしまう程だった。だが何故だかここで薔弥についていかなければ、大事なものを見落としてしまいそうな感覚に陥った明日歌たち。そもそもこの青ノ宮薔弥という男がわざわざ呼びに来たということは、それ相応の何かがあるのだろうと明日歌はその経験から判断する。
「……分かった。なら私たちは行くけど、透巳くんどうする?」
「……俺も行きます」
「あ……そう」
あっさりと薔弥たちについていくことを決めた透巳に、明日歌は目を瞬きさせつつ少々驚いた様に反応する。
何故なら以前明日歌がF組の教室へ招待した際、放課後だと都合が悪いという理由で授業をサボった透巳を知っているからだ。その都合は恋人である小麦と一緒に下校することで、それは今日だって変わりないはずなのにあっさりと了承した透巳は、明日歌にとって少々引っかかる事案だったのだ。
だがその点について引っかかっていたのは明日歌だけというわけでは無いようだ。
********
一体どこに連れて行かれるのだろうと頭を働かせていた各々だが、思いのほか目的地は近かった。何故なら目的地は一階に拠点を置く、一年A組の教室だったからだ。
一年A組が透巳のクラスであることは周知の事実なので全員が首を傾げた。だがそんな疑問も、教室内から聞こえてくる喧騒で一瞬にして消え去った。
「ちょっと!誰か先生呼んできてよ!」
「何なのアイツ!?」
A組の生徒たちは顔を真っ青にしながら教室の隅に固まっていて、彼らの視線は教室の中央に向かっている。つまりは教室の中央を避けているということだ。
教室の中央にあるはずのいくつかの机は不自然に移動していて、真ん中にぽっかりと穴が開いているようだ。その穴の部分に視線をやった明日歌たちはその衝撃的な光景に目を見開いた。
その穴の中にいる人物は全部で四人。四人のうち三人は遠藤、大前、鵜飼という生徒――以前まで透巳のことを苛めていた三人だ。
遠藤と鵜飼はどちらも顔に殴られたような跡をつけていて、苦悶の表情を浮かべながら床に蹲っている。そしていじめっ子のリーダー格である大前はある人物によって身動きをとれない状態にされていた。
ある人物とは、四人のうちの最後の一人。その人物は大前を床に押し倒した状態で彼の首を絞めていて、その表情は憤怒そのものだ。一方の大前は首を絞められているせいで上手く呼吸が出来ず、必死に拘束から逃れようと顔を真っ赤にしながら相手の両手を引っ掻いている。
「……百弥くん」
自身の手にいくつもの傷をつけられようと全く気にする素振りのないその人物の名を、透巳は静かな声で呼ぶのだった。
次は明日更新予定です。
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