学園改革のメソッド9
「あ?なんだよ?」
「これ、俺のスマホにある写真。スクロールして全部見て」
透巳は敬語を使うのも忘れ百弥に向かって端的に述べた。透巳と百弥は同級生なので最初から敬語を使う必要は無かったのだが。
突然自身の目の前に差し出されたスマートフォンに百弥は首を傾げたが、透巳の言われるままにそれを受け取ってスクロールし始める。
「……なんだこれ?猫と、同じ女の写真しかねぇじゃねぇか」
「その子、俺の彼女。俺その子にしか性的欲求を掻き立てられないから、心配しなくてもあの巫女さんに下心は無いよ」
「言い方……」
透巳のスマホのアルバムには、透巳がこれまで出会った猫と小麦の写真が何枚も保存されていた。もちろん他の写真もあるにはあるが、九割が猫と小麦の写真である。ちなみに小麦の写真の八割は透巳の隠し撮りである。
百弥が透巳のスマホを凝視している中、明日歌は透巳のデリカシーの欠片もない物言いに苦笑いを零している。
透巳のアルバムを観察したことで、百弥は彼の小麦と猫に対する溺愛ぶりを知ることが出来、それがささに対して何の興味もないことの証明にもなった。
「……す、すまねぇ!俺、お前のこと勘違いしてた!ささは危機感が薄くてよく変な男に絡まれることがあったから……つい」
多少の沈黙の後、百弥は顔面蒼白なったかと思うと突然その場で土下座を繰り出した。あまりに突然の行動にF組生徒たちはビクッと反応したが、透巳は面白いぐらいに無表情である。
青ノ宮百弥という男がどういう人間なのか、透巳は冷静に分析しているのだ。
思い込みが激しく、正義感が強い。そして自分の非をすぐに認めることができ、情に厚い男。透巳が抱いた印象はそんな感じだ。
「まったく。すまんのぉ、透巳くん。俺はやめとけって言ったんやが……」
「はぁ!?ふざけるなよ!お前だってアイツはしめた方がいいって言ってたじゃないか!」
「何のことや?」
薔弥は白々しい態度で透巳に謝罪をしたが、そんな薔弥をF組生徒たちは怪訝そうな瞳で見つめる。百弥の発言も踏まえ、透巳は静かに思考し始めた。
「……あぁ、そういうこと」
「どういうこと?」
数秒の思考で真相に辿り着いた透巳は、心底くだらないという感情むき出しの相好を見せた。一人で勝手に自己完結している透巳に明日歌は首を傾げる。
「いや。あの果たし状には体育館裏で待ってるって書いてあったのに、どうして百弥くんは校門のところにいたのかなって考えてたんですけど、薔弥先輩がチクったんだろうなって。あとついでに百弥くんを嗾けたんだろうなぁと」
「あぁ!そうなんだよ!お前すげぇな!」
透巳の推理を聞いた百弥は嬉々とした相好を見せると、思いっきり首肯した。
果たし状に嘘が無かったのなら、透巳がそれを破り捨ててさっさと帰ろうとしていたことを百弥は知らないはずなのだ。にも拘らず校門前で透巳を足止めしたということは、体育館裏で待っていた百弥に透巳が下校しようとしている事実を伝えた人間がいたということだ。
そしてその人物が薔弥なのだろうと透巳は推理したというわけだ。
そして百弥の発言から薔弥が彼を嗾けたことも簡単に予想できた。ちなみに、透巳はこの事実からもう一つ気づいたことがあったのだが、それは告げないでおいた。
「……」
「ん?なんや?透巳くん」
「いえ……」
百弥を嗾け、わざわざ透巳の行動を彼に伝えたということは、薔弥自身透巳に良い印象を抱いていなかったということだ。それは即ち、薔弥も百弥に似た感情をささに抱いているということと同義だ。
別にそんなことをわざわざ伝える必要もないので、透巳は意味深な視線を薔弥に注ぐだけに止めた。
「ね?分かったでしょ、透巳くん。何でこいつをクズ呼ばわりするか」
「はぁ……まぁそれはどうでもいいんでもう帰っていいですか?ねこちゃんが熱出してるんで」
いろいろと引っ掻き回したというのに、悪びれる様子もなく笑顔を見せつけてくる薔弥を指差した明日歌。だが薔弥がいかにクズであろうとそんなことは透巳にとってはどうでもいいことである。
そんなことよりも透巳は一刻も早く帰ることで頭がいっぱいになっているのだ。
「え、そうだったの?」
「はい。それじゃ」
透巳がどこか苛ついていた理由を漸く知った明日歌は呆けた面で尋ねた。その問いに簡潔に答えた透巳はすぐさま走り出し、小麦の待つ帰路に就いた。
「……アンタってホント最悪。一回死ねば?」
「酷いわぁ、明日歌。ちょっと揶揄っただけやないか」
透巳は足も速く、彼の背中はすぐに明日歌たちの視界から消えてしまった。そんな透巳の去った跡を呆然と眺めた明日歌は薔弥に視線を移すと、恨めし気な相好で罵倒した。
だがそんな明日歌の批難などどこ吹く風で、薔弥はケラケラと笑い声をあげる。
「ていうか、何で透巳くんのこと知ってるのよ?」
「なんや、俺が知っとったら悪いんか?やっとることはそちらさんの遥音と大して変わらん気もするけどなぁ」
薔弥が初対面のはずの透巳の名前を知っていたことには明日歌も目敏く気づいており、彼女はそれについて食い気味に尋ねた。
明日歌が危惧しているのは情報の入手方法ではなく、薔弥がそれを欲する動機だ。明日歌は青ノ宮薔弥という人間をよく知っている。なので彼が特定の人物の情報を入手するということが、その対象に興味を抱いていることと同義であることを知っているのだ。
何故青ノ宮薔弥が神坂透巳に興味を抱いているのか。そして同時に薔弥が興味を持ってしまえば何か良からぬことが起きてしまう可能性がある。今回の一騒動は序章にすぎないかもしれない、明日歌はそれを危惧しているのだ。
「遥音とアンタを一緒にしないで。遥音がやってるのは警察の捜査、アンタがやってるのはクラッカーみたいなものよ」
「なんやその例え」
情報収集力という点では遥音と薔弥は確かに似ている。遥音はこの学校の大抵のことを知っていて、薔弥は自身に必要な情報ならどんな手を使ってでも手に入れるタイプだ。
だが明日歌からしてみれば大事なクラスメイトである遥音と、嫌悪の対象である薔弥を同族として扱われたことが怒りの琴線に触れたのか、怒気を孕んだ声で反論した。
「……遥音先輩キモイ」
「はっ?な、何がキモいんだ」
「いや、ニヤニヤしてっから」
明日歌に庇われたことが存外嬉しかったのか、遥音は無意識のうちにニヤついていたようだ。それを明日歌に聞こえない程度の声で巧実に指摘されてしまった遥音は、他のF組生徒たちに目配せをする。
すると兼と宅真も頻りに頷いていて、遥音はようやくそれを自覚した。
「んんっ!…………というか、その例えは正しいようで微妙に間違ってないか?」
「え、そう?遥音は未来の刑事さんじゃん」
「それは事実だがそっちではない。馬鹿め」
自分に不利な話の流れを切る様に咳払いをした遥音は明日歌にそう指摘した。
遥音の父親は警視庁の警視総監を務めていて、遥音自身も将来は警察官になることを目標にしている。だが遥音が指摘したのは警察の方ではなかったので、勘違いをした明日歌を罵倒した。
クラッカーはコンピュータネットワーク上における不正のハッキングのことなので、情報収集とは若干解釈が異なるのではないかと遥音は思ったのだ。
「それで?透巳くんに何かする気じゃないでしょうね」
「信用ないなぁ……ま、俺は俺のしたいことするだけや。別に明日歌が心配する様なことはなぁんにもせん。今のところはな」
明日歌の追及ものらりくらりとかわした薔弥の発言は意味深で、F組生徒たちは怪訝そうな相好になる。
薔弥と何やかんやで付き合いの長い明日歌でも、この男の全てを把握しているわけではない。それは当たり前のことではあるのだが、薔弥の場合それが命取りになる可能性があるので明日歌は敏感になっているのだ。
********
透巳は走る。青ノ宮学園から自宅までノンストップで、全力疾走で。
透巳は運動神経もいいのでその走るスピードは速く、通り過ぎる人は少々驚いたように振り返る。そんな好奇の視線など気にせず、透巳は小麦の待つ自宅へと急いだ。
走っているというのに透巳の顔には汗一つ浮かんでおらず、その様は涼しげだ。透巳は顔だけはあまり汗をかかない体質な上、寒がりなので暑さを他人より感じにくいのだ。
帰宅途中、ドラッグストアでスポーツドリンクやゼリーを透巳は購入した。風邪薬なら透巳の自宅に備えていたのだが、そういった飲食物は無かったのだ。
ドラッグストアのレジ袋片手にまた走り出した透巳は、買い物時間含む計十分程で自宅に到着した。
息を切らしつつアパートの扉を開けると、透巳の視界にはシオと猫じゃらしで戯れている小麦の姿が映った。
「あ、透巳くんおかえり」
「はぁ、はぁ……ただいま」
透巳の帰宅に気づいた小麦は柔らかい笑みを向けるとシオと共に玄関へと駆け寄った。その様子から朝よりも彼女の体調が回復していることを悟った透巳は、心底安堵したような相好を見せる。
「透巳くん、走ってきた……」
膝に両手を置きながら息を切らす透巳を心配そうに覗き込もうとする小麦。彼女の問いは途中で途切れてしまった。
透巳がシオを抱えたままの小麦をゆっくりと抱きしめたからだ。
「はぁ……癒し。イライラが吹き飛ぶ」
「どうかしたの?」
青ノ宮兄弟のせいで大分苛ついていた透巳は、その全ての鬱憤を忘れてしまったように笑みを零す。愛する飼い猫と恋人が可愛らしく出迎えてくれたという事実だけで、透巳にとっては何物にも代えがたい癒しになったのだ。
「ううん。ねこちゃんが気にするようなことじゃないよ。それより熱は?」
「三七度前半。もう平気だ……よ…………って、何で聞いたの?」
朝より明らかに顔色は良くなっていたので然程心配はしていなかったが、念のため透巳はそう尋ねた。だが小麦が答えている途中で、透巳は自らのおでこと彼女のおでこをくっつけて熱を測った。
これでは尋ねた意味が無いので、小麦は頬を染めつつ恨めし気な目で透巳を見上げた。小麦が睨んだところで透巳からすれば可愛いだけなので何のダメージもないのだが。
「そ、それで?今日何かあったの?」
「うーん。とりあえず言えるのは今日ねこちゃんが人二人を救ったってことかな」
「なにそれ」
火照った顔を誤魔化すように話を戻した小麦。透巳の返答は今日の一連の流れを知らない小麦にとってはチンプンカンプンなものだったが、透巳は至って本気である。
透巳の言う〝人二人〟は青ノ宮兄弟のことで、彼がそれ程までにあの時怒り心頭だったことなんて恐らく誰一人として気づいていないのだろう。
これこそが透巳が自身を卑下する理由の一片なのだが、それを知る者は彼の知り合いの中でも限られた人間だけだ。
「それにしても……」
透巳は制服のネクタイを片手で緩め、ソファに座り込むと今日初めて出会った〝人二人〟について思考を飛ばした。透巳は普段他人のことなどで脳を疲弊したくないと思う質なのだが、今回ばかりは少々気になってしまった。
一番気になったのは薔弥が透巳の名前を知っていたこと。次に百弥と薔弥の人間的性質について。そして彼らと今朝透巳が出会った赤松ささとの関係性についてだ。
「どうやってかは割とどうでもいいんだよなぁ。遥音先輩も情報たくさん持ってるし。それよりも理由だな……まぁ動機は猫好き同志さんだよな。執着してるみたいだし。でも兄の方は俺のこと知ってたからあの時点ではもう分かってたはずだよな。なのに突っかかって来たってことは、あー……俺と同じタイプか」
ブツブツと呟きながら思考をまとめている透巳に、小麦はシオと揃って怪訝そうな相好をしたが、これは割といつものことなので苦笑いを浮かべる。
透巳にとって薔弥が自分の情報を手に入れた方法は注視すべき問題ではなかった。それよりも何故薔弥が透巳の情報を欲し、それを使って今回の一騒動を起こしたのか。そちらの方が透巳には重要なのだ。
名前を知っていたということは、透巳に恋人がいることも知っていた可能性が高い。それならば透巳がささに下心など一切ないことも理解できるだろう。にも拘らず弟である百弥をたきつけてまで透巳に絡んだ理由は何なのか。
それを考えた透巳の耳に、今朝ささが零した言葉が木霊した。
『私の友達にもあなたと全く同じことを言う人がいて。それでおかしくなってしまって……その人も、自分は悪人だってよく言うんですよ』
その瞬間、透巳の中で散らばっていたピースが全て嵌った様な感覚が襲ってきた。
「あー……そういうことか。あの子結構見る目あるじゃん」
ささの言っていた〝友達〟が透巳と同類である薔弥であることに気づき、透巳は感嘆の声を漏らした。その表情は、全ての謎が解けたことに対する晴れやかなもので、とてもスッキリしているようだ。
「透巳くん何言ってるんだろうね?ね、シオ…………あっ」
ブツブツ話したかと思えば何故か満足げな相好を見せている透巳に小麦は首を傾げ、シオの顔を覗き込んだ。するとシオは小麦の腕の中から脱し、ソファに腰かける透巳の膝の上に飛び乗った。
一鳴きするシオに蕩ける様な笑みを向けた透巳は、シオの柔らかな毛並みをその手で存分に満喫したのだった。
次は明日更新予定です。
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