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22.思わぬ犯人

「正直、あんたの婚約者……久龍さんだっけ?

 おススメできないけど、あなたが諦めて、赤津さんとってなるのは駄目!

 だから何とかして、婚約者を振り向かせなさいな」


 ピシッと人差し指を差してくる沙英様に私はかぶりを振る。


「そう簡単に振り向かせられるなら、苦労しませんよ」

「うーん、それもそうね」


 彼女は、ゆっくりとした動作で足を組み替えた。


「なんで姉と相思相愛の婚約者を好きになっちゃったわけ?

 ややこしい」


 自分でもそう思います。


「今思えば、姉様の婚約者になる前から好きだったんだと思います。彼は、私たちを比べたりしなかった。

 琴音は琴音、天音は天音だよって言ってくれて、姉様に劣等感があったから嬉しかったんです」


 その言葉に救われた。自分は自分でいいのだと思えた。


「なるほどね。優しくされてコロっといっちゃったわけか。

 で、姉の婚約者になった後も諦められなかったと?」

「諦めようとしましたが、想いを断ち切れませんでした。だから、2人に対してとても罪悪感があったんです」


 沙英様は、ああと呟きながら天井を見上げた。


「まあ、好きになっちゃったもんはどうしようもないわよね。

 諦めようと思ったからって、想いが消えるわけじゃないし。厄介な相手を好きになったものね。

 つらすぎるわ。

 亡くなった女には、どう足掻いても勝てる気がしないもの。思い出はどんどん美化されていくしね」


 沙英様の言葉は、的確にグサグサと胸を突いてくる。

 痛いけど、はっきりした言葉を聞いても不思議と嫌な気持ちにはならなかった。


「あの、大樹様とはどんなお話をされたのですか?」

「さっき話したじゃない」

「彼は、なんと答えたのでしょうか?」


 私にとって、その答えはとても重要に思えた。


「あー。どんなことがあっても天音は、私の婚約者ですからとかなんとか? そんな感じのことを言ってたわ」

「……そうですか」


 その言葉をどう捉えればいいのだろう?

 彼の気持ちに関係なく、婚約は解消されることがないということなのか?


「ねぇ、婚約者に嫌われているわけじゃないんでしょ?」

「昔から妹のように可愛がってもらっていたので……。多分、嫌われていないと思います」

「ふうん。だったらさっさと気持ち伝えれば?」

「……そのつもりでしたが、この状況では」


 苦笑してしまうと、沙英様はハッと目を見開く。


「あなただって赤津さんと二人っきりで食事に行ってたわよね!? 人のこと言えないじゃない!」

「それは、今回の脅迫状と襲撃の件で話をしただけです。……そのおかげで、大樹様に気持ちを伝える決心がついたので、良かったといえば良かったのですが」

「なにそれ?」

「赤津様が背中を押して下さったんです」


 興味津々そうに目を輝かせて沙英様は、顔を近づけてくる。


「どういうこと!?」


 赤津様と話したことを思い出しながら説明すると、彼女はうっとりと頬に手を当てはじめる。


「やだ、本当にいい男ね! 好きな女のために、自ら身を引くだなんて素敵!!

 あー、でもそうなの。赤津さんがあなたに惹かれた理由がわかったわ。なによ命の恩人って……」


 彼女は、本当に赤津様をお慕いしているようだ。大樹様が沙英様に惹かれていたら、複雑な四角関係……。


 今頃大樹様は、どうされているのかしら?私がいなくなって、少しは心配してくれてる?

 ……彼は優しいから、すごく心配してくれてるだろう。

 嬉しいような申し訳ないような、複雑だ。


 その時、ガチャリと鍵が開く音がして扉が開いた。


「目が覚めたみたいだな」


 二人の男が中に入ってきた。

 一人は、細身だが体格のいい強面の男。五十代半ばで見たことがない。

 そして、もう一人は見覚えのある男性だった。


「猿渡様?」


 彼は、ジッとこちらを申し訳なさそうに見ている。

 猿渡 信忠。大樹様の叔父様だ。昔の面影通り、細い目が狐を思い起こさせる。以前より少し痩せたように見える。


「巻き込んですまないね、天音ちゃん」


 なぜここに?

 赤津家に顧客を奪われて、仕事を減らしていると聞いた。

 困惑していると、沙英様がもう一人の男性に話しかける。


「あなたは、大豆川建設の社長さんよね。こんなことをしてタダで済むと思っているの?」


 彼が大豆川建設の社長ならば、鱧山組の関係者で、ヤクザ者だ。危ない人なのではと、沙英様の腕を掴む。


「気が強いお嬢様だな。だが、こっちも悠長(ゆうちょう)にしている余裕はねえんだよ」


 お腹に響くような低い声に、手が震える。しかし、沙英様は余裕そうに、ふふんと鼻を鳴らした。


「おおかた、あなたを差し出すことで父に許しを得ようとした組長に見捨てられたってとこかしら?」

「……生意気な」


 大豆川は舌打ちをうつ。沙英様、神経を逆撫でしています。


「あんたの身柄を確保しておけば神城も下手に手を出せない。

 せいぜい役になってもらうさ。

 そうだな……、小指でも送ればいい脅しになるか」


 大豆川が嫌らしい笑みを浮かべて、わかりやすく沙英様の小指に視線を向けた。


「そんなことをしたら、あなたは二度と、満足に外も歩けなくなるわね。やりたければどうぞお好きに、全てあなたに返ってくるわ、楽しみね」


 沙英様は自分の小指をわざと見せるように、ひらひらと動かした。なんて豪胆な人なのか。怖くないのだろうか?

 もしかして、生き残るという未来を信じ切っている?

 だとしたら危険だ。本人の行動によって未来は変わる。


「さ、沙英様」

「心配ないわよ。この男は、そんな脅しにもならないようなことしないわ。本当に怖いのは何をしでかすかわからない馬鹿なチンピラよ」


 思っていた以上に冷静な沙英様に、安堵する。


「その通りだ。クソっ! チンピラ風情が俺の顔に泥を塗りやがって」


 大豆川が憎々しげに拳を握り締めて吐き捨てる。


 そういえば、鱧山組の下っ端の男達が勝手に沙英様を襲ったんじゃないかと赤津様が言っていた。

 そのせいで大豆川は、窮地(きゅうち)に陥っているというわけだ。

 全ての責任をとらされて、鱧山組から切り捨てられた。

 気の毒と言えば気の毒? だからといって、こんなこと許されるわけないが。


「ぐわっ!」


 突然、大豆川が隣にいた猿渡を殴ったことにギョッとした。猿渡の身体は壁に激突した後、ズルズルと崩れ落ちる。


「くそ!てめえの責任だろうが!!なんとかしろや!!」


 怒鳴る大豆川に、猿渡は殴られた頬を手で押さえている。血が出ているのが見えて、息をのんだ。


「わ、私はただ……言われた通りに……」

「お前が事業の成功には神城の投資が必要だと言ったんだろうが!!」

「で、ですが。こんな強引なことをするなんて……」

「うるさい!!」


 大豆川は座り込んだ猿渡に蹴りを入れる。呻き声を上げた彼は、苦しそうに咳き込んでいる。


 話を聞く限り、猿渡の顧客が大豆川建設、もしくは鱧山組だったのだろう。

 彼が事業の成功のためには、神城様の投資が必要だと話したため、脅迫状などの一連のことが起こってしまった。

 迷惑な話である。


 そもそも猿渡の能力は、高くないと言われている。

 私と似たような未来を視る力かも知れないが、精度は多分かなり落ちる。

 そもそも未来は不確定なもの、脅迫状などという卑怯な方法をとれば、運命が変わってもおかしくはない。

 大豆川は完全にやり方を間違えた。


「まあいい。今用事があるのはあんたじゃねぇよ、お嬢様」


 そう言いながら、大豆川が視線を向けてきたのは私だった。思わずピクリと反応してしまう。


「この子に何の用なの!?」

「その娘は優秀な霊術師なんだろ?神城が気に入ってると聞いた。この状況を打破する為には、こんな偽者じゃダメだったんだよ」


 大豆川が近づいてくると、腕を掴まれる。


「やめなさい!!」


 沙英様が私を庇おうと大豆川に摑みかかるが、彼は彼女を突き飛ばし、沙英様はベッドに倒れこんだ。


「沙英様!!」


 慌てて駆け寄ろうとしたが、大豆川に腕を掴まれて動けない。


「協力してくれるよな?」


 悪魔のような笑顔をした大豆川に、血の気が引いた。

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