21.誘拐
「全く神城家に喧嘩を売るなんて、死にたいようね!!」
誰に聞かすつもりなのかわからないが、沙英様は怒鳴りながら、扉を蹴り上げた。
もっと、お淑やかな人だと思っていたけど、割と口が悪く乱暴だ。
「ちょっと、あんたボーッとしてないで何とかしなさいよ!!
今こそ力を発揮する場面でしょう!?」
「え?あ……はい。そうですよね」
彼女の勢いに押されて、思わず首肯する。
「あなた本当に大丈夫なの? 何で自分が監禁されるって、わからなかったのよ! あなた未来が視えるんでしょう!?」
「自分自身の未来は、視られないので無理です」
「はあ? そうなの??」
力を使うには一定の条件がある。相手の全身を目視することと、手の平を相手に向けること。自分の全身は見られないので、自身の未来は視えない。
「何それ、全然自分のために使えないじゃない」
「……私の能力は、決して万能ではありません。あくまでも道しるべです。数多ある未来の断片を視るだけで、その方の行動によっては真逆の結果に進むこともあります」
「ふうん。なんか、ややこしいし、面倒ね」
興味をなくしたのか、彼女は、力を抜いて壁に寄りかかる。
「すみません」
「悪くないのにすぐ謝るのやめたら?イライラするわ」
「申し訳……いえ、その」
また謝ろうとしてしまい、言葉を詰まらせる。
「本当、なんであんたなんかがいいんだか? 私の方が美人だし、金持ちだし、スタイルいいのに。
その無気力そうな雰囲気に惹かれるの? 守ってあげたくなるみたいな? いやいや、私だって守ってもらいたいですけど!?」
どんどんと地団駄を踏む沙英様。惹かれるってどういうこと?
「ねぇ、あなたがお慕いしてる人って誰?」
「え?……それは、だ、大樹様です」
緊張しつつ返事をする。あの時は、勢いがあったから何も思わなかったけど、改めて答えると、とても恥ずかしい。
「大樹? 誰それ?」
「え? いや……だから、婚約者の久龍 大樹様です……よ?」
「あー、婚約者のね。そんな名前だったわね」
納得したように手をポンっと叩く彼女に、私はおそるおそる問いかけた。
「あの、大樹様を諦めろというお話だったんですよね?」
「はあ!? 違うわよ!! 赤津さんよ! 赤津 俊人!!
誰があんな優しさしか取り柄がありません、みたいな男を好きになるのよ!!
赤津さんのあの野性的な雰囲気が堪らないのよね。強引に引っ張ってくれそうじゃない」
うっとりとした様子の沙英様に、私は目を瞬かせた。
監禁されているのに、おかしな状況になっているのはよく分かっているんだけど、何だろうこの緊張感のなさは。
「……ですが、大樹様と二人で会ったんですよね?」
「ん?あー、あれね。あれはあんたの婚約者に文句を言ってたのよ。ちゃんと婚約者……あなたのことね、捕まえておきなさいよってね。婚約者をフラフラさせるなーって言ってやったの!」
ふんっと鼻を鳴らす彼女に、なんだか脱力してしまう。
沙英様が大樹様に惹かれているわけじゃなかった。
逆はわからないけれど、それでもなんだか少し安心した。
「全く紛らわしい!!婚約者相手にお慕いしてますやら、側にいたいやら!!」
怒りを助長させてしまったようで、腕の前で腕組みをした彼女に、半眼で睨まれる。
「すみません……」
「また謝ってる!!」
「あ……」
もう癖になっているのか、沙英様には条件反射で謝ってしまう。
「一体何がどうなって、そんなややこしい状況になってるわけ?」
「あの、それよりもここを出る方法を考えるのが先では?」
「そうは言ってもね。窓は全部、外から木枠がはめられているし、扉も開かない。どうしようもないのよねぇ」
窓や扉を確認してみると、彼女の言った通り脱出は難しそうだ。
「あの時、沙英様がフラついて倒れましたよね?私も力が入らなくなって意識を失いましたが……」
「そうね。あれは薬を盛られたのよ」
「薬……」
たしかに、薬を盛られて倒れたと考えるのが自然だ。
「ですが、あの時飲んだのは」
「田沼が淹れたお茶ね」
ハッと息をのむと、彼女は肩をすくめた。
「田沼が裏切り者だったのよ。あれでも割と長いあいだ、勤めてくれた世話係だったんだけどね」
彼女は淡々とした口調でそう語る。
「つらくないんですか?」
「なぜ?」
不可解だと言わんばかりに、おデコに皺が寄せている。
「身近な人に裏切られるのは……つらいのではと」
「別に田沼を信用していたわけじゃないもの。
用心せずに、人を信用する奴は馬鹿を見るって、よく父が話しているわ。私もそうだと思う。
長い人生、誰が一人でも信頼できる人が見つかれば、御の字ね」
彼女の笑顔は、姉様の明るい笑顔とは違って凛とした格好良さのあるものだった。
沙英様と姉様は、全く違う人間なんだと改めて感じられた。
「ねえ、とにかく私を視るというのはどう? 明るい未来が視えたら、気休めにもなるでしょう」
「……わかり、ました」
同意したが、恐ろしい未来を視たらどう説明すればいいだろう?でも、もしかしたら助かる方法がわかるかもしれない。
覚悟を決めると、彼女に手の平を向け集中する。
「……えっと」
大変な未来を見てしまった。どうしよう、説明し難い。
「ちょっと、なにが視えたのよ!?」
「……その、無事にここを出られるはずです」
言い淀むと、沙英様は不審げな瞳を向けてきた。そして確認するようにもう一度聞いてくる。
「で、なにが視えたの?」
「それは……」
「はっきり言いなさい!!」
怒鳴り声を上げられた。これは、誤魔化せないようだ。
「沙英様が……その赤津様に、交際を断られる……」
そこまで話した瞬間、鬼のような形相に変わる沙英様、怖い。
「なんですって!?」
「で、ですが。これは確定した未来ではありません。今のままではということで……これからの沙英様の行動によっては、違う未来もあります」
必死に宥めようとしたが、彼女の不機嫌さは治らなさそうだ。
「どういうことよ!」
「私が視るのは、あくまでも数ある未来の断片です。人の努力によって未来は変わります」
「……つまり、これからの努力によって、赤津さんを振り向かせられるってこと?」
「はい」
少し落ち着いたのか、沙英様は移動し、ドスンとベッドの上に座り込んだ。
「まあ、いいわ。未来が変えられるなら、変えればいいだけの話だもの。それよりも私はやっぱり、生き延びるのね。
こんなところで死ぬわけがないのよ、当たり前だわ」
どこからその自信が湧いてくるの全くわからないが、彼女を見ていると大丈夫だと思えてしまう。不思議な人だ。
「慌てても仕方ないわよ。きっと助けがくるわ。あなたも座りなさいな」
沙英様は自分の隣をポンポンっと叩く。私は素直に、横に腰かけた。
「それで、どうせ助けが来るまで暇なんだし、あなたの話を聞かせて」
「え?」
「聞くまで許さないわよ!」
許さないって、何を??
「洗いざらいお話しなさいな!!」
「え、えぇ!?」
彼女の勢いに押されて、ついつい自分の気持ちをポツポツと話してしまう。
今まで、ずっと隠していた気持ち、赤津様に一端を知られてしまったため、箍が外れていたのかもしれない。
彼女が姉様とよく似た姿だったから、話しやすかったのかもしれない。
全て話し終わった後、沙英様は溜息をついた。
「あなたも苦労したのね」
その一言が妙に嬉しかった。




