20.お慕いしています
逃げずに自分の人生と向き合おう。
そう決意し、大樹様と話をしなければと思う。だが、なかなか踏ん切りがつかずに時間だけが過ぎていく。
話すべきことはたくさんあったが、覚悟を決める時間が欲しかった。
「少し、お時間よろしいですか?」
そう告げられたのは、神城様の仕事を終え、帰る時だった。
深紫色の落ち着いた着物の若い女性が目の前に立っている。黒髪をきっちりと結い上げていて、凛とした雰囲気を醸し出していた。
「あなたは?」
「失礼いたしました。私は沙英様のお世話係りをしております田沼と申します」
落ち着いた物腰で、彼女は頭を下げた。
「沙英様が犬塚様にお会いしたいと申しております。少しお時間をいただけないでしょうか?」
いったいなんの用なのか……?
心当たりといえば、沙英様と大樹様が会っていたことと、彼女を庇って彼が怪我をしたことだ。
「わかりました。今からですか?」
「はい。ありがとうございます。では、ご案内させていただきます」
田沼さんに連れられて、客間に案内される。
屋敷の一階にある客間に訪れたのは、二度目だ。一度目は初めて父に連れられて、神城様に会った時。それ以降は、彼の執務室に案内をされていた。
室内は、前に訪れた時と変わっていなかった。
壁に水墨画、床板の上に一輪挿しの花が飾られている。
畳張りで、中央にある大きな机の前には、背もたれのある座椅子が置かれており、彼女はその椅子に座っていた。
「御機嫌よう」
ニコリと笑みを浮かべた沙英様が迎え入れてくれたため、私は一度、頭を下げてから中に入った。
「お久しぶりでございます」
「来てくれて、ありがとう。どうぞお座りになって」
自分の向かいの椅子を、彼女は手で指し示した。
言われるがまま、そこに座ると田沼さんが素早い動きで二人の前にお茶を準備する。
話をする気、満々といった様子だ。
「犬塚さんに一度謝ろうと思っていたのよ」
そう切り出した沙英様を、私はジッと見つめる。
「先日、あなたの婚約者が私を庇って怪我をなされたでしょう?そのことについて、きちんと謝らなければと思っていたの。
ごめんなさいね」
「……いえ、沙英様がご無事で良かったです。彼も怪我を負いましたが、命に別状はなく安心しております」
「そう言っていただけて良かったわ」
沙英様がお茶を一口飲んだため、私もならって口をつけた。緊張しているのか、喉がカラカラだ。冷たくて少し頭が冷える。
「でも、あなたに言いたいことがあるのよ」
「言いたいこと……でございますか?」
何を言われるのか警戒していると、沙英様に咎めるような視線を向けられ、ギョッとする。
「婚約者がいながら、他の男性を誘惑するのはどうかと思うの」
「……え?」
他の男性を誘惑する……?意味がわからない。
「あなたの婚約者様は、本当にお可哀相だわ。ご自分の婚約者が他の異性に色目を使う人だなんて」
嘆かわしいと言わんばかりに、手を大きく振った沙英様。
理解が追い付かず凝視していると、彼女は、目を細めた。
「だから、さっさと彼のことは諦めてくださらないかしら?」
ズキリと胸に痛みが走り、咄嗟に自分の胸を手で押さえる。
「それはできません。私は……彼をお慕いしております」
緊張で胸が苦しい。彼女は大きな瞳を更に大きく見開いている。
「なんて図々しい!! 婚約者に悪いと思わないの!?」
「彼の気持ちが私になくても、それでも……私は側にいたいのです」
「最低よ、あなた!!」
「わかっております。それでも感情は止められるものではございません。ずっと、ずっと想い続けていたのです」
沙英様に向かってゆっくりと頭を下げた。
すでに大樹様と沙英様は想い合っているのかもしれない。でも私は自分でちゃんと想いを伝えたかった。
大樹様が沙英様に惹かれているのなら、彼の口から直接話を聞きたい。辛くてもその方がきっと前に進める。
もう逃げるのは止めるって決めたから。
「……ずっとって、いつからなの?」
勢いを削がれたのか、沙英様が静かな声音で聞いてくる。
「それは……幼少の頃からです。いつの間にか誰にも言えない気持ちを抱えておりました」
「……そ、そうなの?」
動揺しているのか、彼女の声が震えている。
「はい。彼の気持ちが沙英様に向いておられたとしても、ちゃんと話をして気持ちを整理したいと考えております」
顔を上げると、沙英様がぽかんと口を開けてこちらを見ている。どうしたのかしらと思わず首を傾げた。
「あなた一体なに……を……?」
ぐらりと沙英様の身体が揺れた瞬間、彼女の手が湯呑みに当たり、お茶がこぼれる。そしてゆっくりと身体が傾いていく。
「沙英様!?」
その様子は、姉様が苦しんでいた光景と重なった。慌てて駆け寄るために立ち上がろうとしたが、全く力が入らない。
「な……に?」
意識をもっていかれるように、目の前の景色が歪んでいく。
「お姉様……」
もう意識がなく倒れている沙英様を見て、そう呟やく。
彼女は姉様ではないと頭では理解しているのに、つい出てしまった言葉。手を伸ばそうとした瞬間、私は意識を手放した。
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「ちょっと、起きなさいよ!!」
騒がしい声が耳元で聞こえ、煩いなと思いながらゆっくりと目を開けた。
姉様が顔を覗き込んでいることに驚いたが、嬉しかった。
ああ、今までのことは全て夢だったのか、悪夢から姉様が助けてくれたんだ。
「姉様……」
「寝ぼけてんじゃないわよ!!」
ペシペシと頬を叩かれて、どんどん意識がはっきりしてくると、彼女が何者か理解した。
「……沙英様?」
「そうよ!あなた、大丈夫?」
ゆっくりと身体を起こした後、身体の様子を確かめる。
「大丈夫……です。多分」
「何よそれ!頼りないわね!」
「申し訳ございません」
思わず頭を下げると、沙英様はふんっと顔を逸らした。
「……ここは?」
そこは見覚えのない場所だった。
室内のようだが、床も壁も木の板で覆われている。ベッドや家具も置かれているので、誰かの部屋なのだろう。
家具も全て木材でできており、床には動物の毛皮が敷かれていた。
「多分、神城家の別荘よ」
そう返事をしてくれたのは、沙英様だった。
「別荘……ですか?」
「父の趣味なのよ。たまにフラッとここに来てるわ。
山の中でゆっくり過ごすことで、気を休め、次への活力を高めているんだとか訳のわからないことを言ってたもの」
「は……はあ」
神城家の別荘なのはわかったが、なぜここにいるのか?
「窓もドアも開かないわ。閉じ込められたの」
「え……?」
思いもよらない言葉に、めまいがする。
「ちょっと、本当にボーッとしてるわね!! どこのお嬢様よあんたは!?」
声を荒らげる沙英様に、お嬢様なのはあなたの方ですとはとても言える雰囲気ではなかった。
しかし、なぜか沙英様と共に神城家の別荘で監禁されているということは理解できた。




