19.進む道
「先に言っておくが、久龍と沙英さんが一緒にいた理由を俺は知らない。
襲われたのが、あの脅迫状と関係があるかもと彼女に話を聞いたが……少し話をしただけだとそれ以上は語らなかった」
「そうですか」
二人は何の話をしていたのだろう?……考えたところで答えは出ない。
「だが今回の件で分かったこともある。
沙英さんを襲った奴らは、あるヤクザ者の下っ端連中だった」
「ヤクザ者?」
「極道組織、暴力団、まあ非合法な裏組織ってやつだ。鱧山組って組織なんだけどな。
そこの下っ端チンピラが今回の犯人。ただ、行方は分かってない」
つまり、大樹様達を襲った男達は、まだどこかに潜んでいるということだ。
「で、この鱧山組っていうのが曲者で、ある建設会社がそこの企業舎弟ってやつなんだよ」
「企業舎弟?」
「要は暴力団関係者が、資金を獲得するために経営している企業ってことだ。
で、またここがややこしくてさ。
あの脅迫状に書かれていた輸入船投資、前に天音がもう一つの投資話とどちらを選ぶか視ただろ?」
「ええ。確か国の開発事業の話でしたね。神城様が投資をするか悩んでおられた……」
「そうだ。その開発に企業舎弟の建設会社、大豆川建設が絡んでいる」
「つまり、輸入船の投資ではなく、開発事業への投資を神城様にさせたいというわけですね?」
「ご名答。そこまではっきりとした要求をすればすぐにバレてしまう。だから、輸入船の投資をやめろと脅してきたんじゃないかと推測している。
ただ、証拠がない。今回の男達にも逃げられたしな。
沙英さんを襲ったのも脅しの一環かそれとも誘拐でもして本気で脅す気だったのかはわからない」
「そういうことだったんですね」
なんとなく話の流れは分かった。それにしてもヤクザ者が絡んでいるなんて……。
「今回の件は、すでに神城様に報告済みだ。大豆川建設を潰すか鱧山組ごと潰すかは、もう神城様のみぞ知るだな。
あの人が証拠を掴むなんてまどろっこしいことをするとは思えないが」
赤津様の言葉に私は息をのんだ。
「物騒ですね」
「そうだな。特に今は時代の過渡期だから、良いものも悪いものもごちゃ混ぜになってるんだよ。法の整備も追いついてない」
「ややこしい時代なんですね」
もう付いていけない世界だ。
霊術師という仕事を甘く考えていた。
世の裏側、それを目の当たりにすることもあるのだ。
「お話は分かりました。脅迫状の件は、このまま解決しそうですね」
ホッとしたのも束の間、それを否定するように赤津様は肩を竦めた。
「ところが、そうもいかない」
「え?」
「あの脅迫状、屋敷内に置かれてたって言ってただろ?」
「そうですね」
「どう考えても内部の人間の犯行だと思うんだよ。手引きしている人間なのか、それとも……」
「そちらが本命……か?」
身近にいる裏切り者。
「どちらにしろ警戒しておくに越したことはない。数日すれば輸入船投資の件も片付くからそうなれば相手方もどうしようもなくなって諦めるだろう」
「ですが報復行動などに出る可能性も」
不安になってそんな事を口走るも、赤津様は首を横に振る。
「多分だが、今回の件も鱧山組の下っ端連中が勝手に動いた結果じゃないかと思ってる。
そうでなきゃ、神城財閥を敵に回すような真似はしないだろうし、あまりにもやり方が稚拙だ。
鱧山組か建設会社の何人かに責任取らせて手打ちと提案してくるんじゃないか」
大人の世界、怖い。
「そんなわけだから、こっちの事は気にするな。天音は自分の心配しろよ」
理解できずに目をパチクリとさせていると、彼は人差し指をピシッと私に向けてきた。
「ちゃんと婚約者と話し合えっての。
家や姉、婚約者のこととか色々考えてるんだろうけどさ、もし全部捨てて逃げたくなったら俺のところに来いよ。ちゃんと逃がしてやる」
自信満々にそう言った赤津様は、なぜかスッキリしたような表情だ。
「逃げてもいいんでしょうか?」
思わず呟いた言葉は、ずっと心の奥底で思っていたこと。全部捨てて逃げて一からやり直す。そんな自分勝手な考えが脳裏に浮かぶ。
「お家存続、大事だと思う。だけど周りを見てみろよ。新しいモノがこの国にたくさん入ってきている。その分古いモノが淘汰されつつある。
これから先、色々なものを失って色々なものが増えていくだろう。
その失う中の一つがあんたの家だからって、世界が変わると思うか?
ん?……あんたの力を考えると変わるかもしれないよな。ってそうじゃなくて!
つまり、世界から見たら俺達なんてちっぽけなもんだってことだ」
最後だけは言い切っているものの、微妙であまり締まらず残念な結果になっている。
でも、逃げていいか。
ううん、違う。私は今までずっと逃げていた。両親からも姉からも大樹様からも……そして自分の人生からも。
ずっと怖がって逃げ回ってそれで雁字搦めになって、挙句苦しくて辛いなどと思っている。
なんて身勝手なんだろう。
「とても魅力的な誘いですけど、ごめんなさい。私はやっぱり家族が大事なんです。だから赤津様の誘いは、受けられません」
「ふっ、あんたならそう言うと思ってたよ」
赤津様は満足そうに笑う。
「ありがとうございます。あなたは私を命の恩人とおっしゃってくれましたが、私にとってあなたも恩人になるかもしれません」
「……そこは恩人です、でいいんじゃないか?」
「それは、色々あってどん底に落ちたら、赤津様を恨んでしまう可能性があるので、まだわかりません」
「おい!?」
慌てたように声を上げる赤津様を見て、久しぶりに声を出して笑った。
「ふふふ、冗談です。ちゃんと感謝してます」
そう伝えると、彼は安堵の表情を浮かべた。
「ちゃんと笑えるんだな。安心したよ。その顔が見たかったんだ」
この人は、最後の最後まで恥ずかしいことをサラッという男である。
でも悪い気はしなかった。




