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14.姉様と似た女

 美しい胡桃色の真っ直ぐと伸びた髪、好奇心旺盛そうな大きくてまん丸な瞳、背が高くスラリとした体躯(たいく)

 彼女は姉様にとても似ていた。

 よく見れば違いは分かるが、ぱっと見や遠目には姉様に見えてしまう。

 一番の違いは目元のホクロだろうか。

 姉様は着物しか着なかったけれど、彼女は真っ白なブラウスに薄桃色の長いスカートを履いている。


 大樹様に視線を向けると、彼は姉様に似た女性をジッと見つめていた。


「赤津さん、この方たちはどなたです?」


 彼女は私たちを一瞥(いちべつ)する。


「ああ、沙英さん。彼女は犬塚 天音さんとその婚約者の久龍 大樹さんですよ」


 沙英と呼ばれた女性は、品定めするような目を向けてきた。


「へぇ、あなたがいつもお父様が話している方ね」


 彼女の父親が私の知り合い? いったい誰……。

 そんな疑問を解消してくれたのは赤津様だった。


「彼女の名は、神城 沙英(かみしろ さえ)さんです。神城様の娘さんですよ」

「父がいつもお世話になっております」


 神城様に娘がいることは知っていたが、姉様に似ているとは知らなかった。私は、慌てて頭を下げる。


「お初にお目にかかります。犬塚 天音と申します。

 こちらこそ、いつも神城様にはお世話になっております」


 続けて大樹様も挨拶をした。


「初めまして、久龍 大樹と申します」

「あら、素敵な方ね。こんな方が婚約者だなんて犬塚さんがうらやましいわ」


 姉様によく似た笑顔に、私の胸はズンっと重くなった。


「ありがとうございます」


 そう返事をした大樹様の表情は硬い。姉様と似ている彼女を前にして彼はなにを思うのだろう。

 驚き、悲しみ、それとも嬉しい?

 私は、とても複雑な気持ちだ。


「赤津さん、あちらに石田のおじさまがいらっしゃるわ。

 あなたのことを紹介させて、いいでしょう?」

「ええ、もちろん。ご一緒します」

「ふふ。では、お二人とも失礼しますね」


 そう言い終わると、二人は去って行った。

 大樹様を窺うと、彼は二人の後ろ姿にずっと視線を送っている。

 やはり彼女が気になるのだろうか。私は痛む胸を押さえた。


「大樹様」


 たまらず声をかけると、彼は振り向いてくれた。


「なんだい?」


 いつもと変わらない穏やかな笑顔だ。

 しかし、この笑顔が無表情の仮面を貼り付けた私と同じものだと気がついた瞬間、逃げ出したくなった。


「ごめんなさい、御手洗に行ってきます」

「え? あ……ああ、分かった」


 大樹様の返事を聞き終わる前に、(きびす)を返す。

 小用を済ますつもりはない。御手洗いに入り、鏡を見つめた。


 なぜ私は姉様と全く似ていないのだろう?髪も目も口も性格も。

 もっと似ていたら、大樹様に少しは愛してもらえ……。

 違う、私は彼との間になにも育んではいけない。

 それに姉様の代わりになっても辛いだけじゃないか。

 馬鹿なことを考えるな。

 私はただの婚約者、犬塚家を守るために大樹様の妻になるだけ、愛のない政略結婚。


 自分にそう言い聞かせて、大きく深呼吸した。


「彼女、琴音にそっくりですよね」


 突然後ろから聞こえた声に、悲鳴をあげそうになる。

 ゆっくり振り返ると、そこには少し歳上の女性が立っていた。化粧も薄く、地味なワンピース。華やかさとは無縁にいるような人だった。


「……あなたは?」


 見覚えのない女性だが、姉様の名前を口にした。

 彼女は薄っすらと笑みを浮かべる。


菊池 晴海(きくち はるみ)ともうします」

「菊池様……?」


 名前を聞いてもピンとこない。それを感じ取ったのか菊池様は続けた。


「琴音さんとは仲良くさせていただいてました。

 彼女の葬儀にも出席して、ご家族にも挨拶をしましたが……、覚えてらっしゃらないでしょう?」


 葬儀にもきてくださっていたのかと、私は頭を下げた。


「申し訳ございません。あの時のことは、あまり覚えてないんです……姉様のご友人でしたか」

「いいんです。あの頃は大変だったでしょう。仕方ありません。

 琴音さんとは学生の時から親しくさせてもらっていました」

「そうでしたか」


 姉様は友人がたくさんいた。

 病気になった後もたくさんの人が見舞いに来てくれた。その中に彼女がいたのかもしれない。

 全員と面識があるわけではないので、私が彼女を知らなくても不思議ではない。


「彼女……神城 沙英さんを初めて見たとき驚きました。琴音にそっくりでしたから」

「……そうですね」


 否定しようもなく私はうなずく。けれど、よく似ているだけで、姉様ではない。


「本来なら琴音と結婚していたはずの久龍様も、相当驚かれたでしょうね?」


 菊池様の言葉に動揺して、彼女を凝視してしまう。


「久龍様は琴音をとても愛しておられた。もちろん琴音も……。

 彼は琴音に似た彼女になにを思うのかしら?」


 菊池様の笑みは、とても歪んでいる。

 この人、なんのつもり?


「沙英様が姉様に似ているのはわかりますが、彼女は姉様ではありません」

「そうですわね。けれど、久龍様にとってはどうでしょうか? 亡くなった愛しい婚約者に似た女性が目の前に現れたら……惹かれずにいられないのでは?」


 私は無意識に両手を握り締めた。

 そんなことを、なぜこの人に言われなければならないの。


「ねぇ、知っていて?」


 なにを聞いているのか、わからない。

 不思議に思っていると、彼女が睨みつけてきた。


「琴音は、あなたが大嫌いだったのよ」


 その言葉は、私の胸の奥深くを(えぐ)る。


「あなたも気が付いていたんでしょう?」


 違う、そんなことない。


「次女でありながら、琴音よりも強い力を持って生まれてきたあなた。

 あなたたちの両親は琴音よりもあなたに期待をかけていた」


 違う。


「彼女はずっと悩んでいたわ。自分よりあなたの方が犬塚家を継ぐに相応(ふさわ)しいんじゃないかって」


 そんなことない。両親は私たちをそんな風に見ていない。


「でも琴音は久龍様と相思相愛だった。跡継ぎをあなたに譲るということは、彼をあなたに譲るということ。

 それだけは嫌だった」


 姉様を差し置いて犬塚家を継ごうなんて考えたことない。


「それなのに、あなたは琴音からなにもかも奪ったの。命も両親の愛も琴音が愛した人も。

 ねぇ、不公平だと思わない?」


 違う。駄目、考えちゃ。


「だから、今度はあなたが奪われる番よ」

「やめて!!」


 私は思わず叫んでいた。もう聞きたくない。耳を塞ぎ目を閉じた。

 誰も私の中に入ってこないで。

 私は姉様を愛していた。姉様も私を愛してくれていた。

 私達は姉妹だもの、悲しいすれ違いを起こしただけ……。

 そうでしょう、姉様?


 しばらくして人の気配が消えたことに気がつき目を開けると、菊池様はいなくなっていた。

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