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12.星送り祭り

 その日、私が暮らす町で大きなお祭りが開催されていた。

『星送り祭り』と呼ばれているそれは、一年の間に亡くなった方の魂が極楽浄土(ごくらくじょうど)に無事つけるように祈る祭りである。

 祭りの始まりはそうだったのだが、今では花火や露店などを楽しむ祭りとしてにぎわっている。


 今日私は大樹様と一緒にこの祭りに出かける予定で、夕方に彼が迎えに来てくれた。


「こんばんは、天音」

「こんばんは、大樹様」


 大樹様は柿渋(かきしぶ)色の上品な着物を着ており、落ち着いた雰囲気を持つ彼にとてもよく似合っていた。


「美しい着物だね。天音によく似合っている」


 鏡で見た自分の姿を思い出す。

 蜂蜜(はちみつ)色の生地に色彩豊かな大きい椿の柄が入った着物で、私の十九歳の誕生日に母が仕立ててくれたお気に入りだ。


「ありがとうございます。大樹様もよくお似合いです」

「ありがとう」


 彼は優しげに微笑んだ。


「じゃあ、行こうか?」

「はい」


 祭りは自宅の近くの神社で行われているため、毎年足を運んでいる。

 両親や姉様とも来たことがあるし、大樹様とも何度か訪れている。

 祭りの最大の特徴は、夜に打ち上がる花火と巫女の舞だ。

 神社に到着すると既に人がたくさん集まっていた。露店がずらりと立ち並び、おのおのが祭りを楽しんでいる。


「天音、あれ好きだったよね?」


 露店が並ぶ通りを歩いていると、大樹様がある店を指差した。


「綿あめ……」

「少し待ってて」


 彼は小走りで店に向かうと綿あめを買って私に渡してくれた。


「はい」

「ありがとうございます」


 雲のようにフワフワとした綿あめは甘い匂いがする。


「昔から祭りに来ると必ず綿あめだけは買うね」

「……はい。好きなんです。綿あめ」


 指先で綿あめをひと掴みし、口の中に入れた。

 フワリと溶けていき、じんわりと口の中に広がる甘味に懐かしさと優しさを感じる。


「大樹様もどうぞ」

「ありがとう」


 綿あめを差し出すと、大樹様もひと掴みして口の中に入れた。


「うん、おいしいね」

「はい」


 昔から大好きだった綿あめ。子供の頃はよく姉様と一緒に一つの綿あめを半分こしていた。

 姉様は最後の一口をいつも私にくれる優しい人だった。


「巫女の星送りの舞、見に行こうか?」

「はい、そうしましょう」


 神社の敷地内に舞台があり、その上で巫女達が舞う。舞台の近くに到着すると人だかりができていた。

 この舞台に立てる巫女は、17歳から20歳までの女性から選ばれる。

 姉様は病気が発覚してすぐの頃、誰もが反対する中この巫女に応募した。

 もちろん美しい姉様は、巫女として選ばれた。

 あの時、最初で最後の姉様の舞を大樹様と一緒にこの辺りから見たことを覚えている。


 姉様の舞は本当にすばらしかった。彼女は完璧に舞を覚えて披露した。

 姉様はなにをやらせても結果を残す天才だった。


「……天音は巫女の舞に参加しなかったよね」

「そうですね。私は踊りが苦手なので、あんな風に舞を披露したりできないと思ったんです」


 半分本当、半分嘘だ。

 今思えば私は姉様と比べられるのが嫌だったんだと思う。だからこそ、姉が頑張る分野以外のものを頑張っていた。


「それでも天音の巫女姿は見てみたかったな」


 聞かすつもりなのか、そうではないのか微妙な音量でつぶやいたが、私は聞こえないふりをした。

 そのつぶやきにどう答えていいかわからなかった。

 だって、私の巫女姿なんて見るほどのものじゃない。

 巫女の姿をした姉様はとても綺麗だったから。


 巫女の舞を見終えた後、私達は境内(けいだい)の裏手、関係者以外立ち入り禁止になる神社の庭までやって来た。

 神主さんが私の父と仲がよく、毎年ここで花火を見ることを許されている。

 神主さんに挨拶をした後、庭に置かれていた椅子に座り、花火が始まるのを待っていた。

 もう辺りは真っ暗で、神主さん家族が近くでお酒やジュースを飲みながら楽しそうに会話をしている。


「……仕事の方はどう?」


 最近この質問をよくされる。

 本格的に仕事を始めた私を心配をしてくれているのはわかる。けれど、そんなに頼りないだろうか。


「特に問題はありません」


 神城様に関して、不安がないといえば嘘になるがそれでも今のところはうまくやっているはずだ。


「噂を聞いたんだ。天音がある男に付きまとわれてるって」

「え?」


 まさか、赤津様の噂を彼が耳にしているとは思っていなかった。動揺を隠し、私は答える。


「……問題ありません。彼は仕事上、行動を共にすることがあるだけで、それ以上でもそれ以下でもありません」

「なぜ私に話してくれなかったんだい?」

「お話しするような問題とは思いませんでした」


 あの男がどんな気持ちであろうとも私の気持ちは変わらない。


「私はね、君の両親がこの国を離れてる間、くれぐれもよろしくと頼まれているんだ。君になにかあったらご両親が悲しむ」

「私は両親を悲しませるようなことはしていません」


 大樹様の顔が悲しげに曇った。


「赤津 俊人といったかな」


 あの男の名前が出てきたことに思いの外、驚いてしまう。

 彼と目が合い、慌てて目を逸らした。彼の目を見てはいけない、自分の気持ちを誤魔化せなくなる。

 そんな私に気がついていない大樹様は、小さな声で言った。


「彼……前に会ったことがあるよ」

「え?」

「前に話しただろう? 会ったことがある識術師は彼のことだよ。(わし)のような男だと話した」


 二人は、私より前に出会っていたのか。


「彼はとても攻撃的な人間だった。……今思えば、私が君の婚約者だと知っていたからかもね」


 自然と拳をギュッと握りしめてしまう。大樹様だけには変な誤解をされたくはない。


「……赤津様は、ただ仕事上でお会いする必要かあるだけの方です。それ以外の関係はありません」

「それでも、相談して欲しかった」


 とても静かな声だったが、それでもはっきりと私の耳に届いた。


「確かに私達の婚約は、お互いに思い描いていたものとは違うかもしれない。

 それでも私は天音の婚約者であり、きちんと君と向き合いたいと思っているんだ。隠しごとをするなとは言わない、それでも……今回の件に関しては、話してほしかった」


 お互いに思い描いていたものとは違う。そんなことはわかっている。痛む胸を見ないふりをして私は頭を下げた。


「申し訳ございません」

「いや、こちらも済まない。責めているわけではないんだ……」

「分かっています」


 その時、大きな音がして花火が打ち上がった。

 赤や黄色、青などが入り混じった鮮やかな花火が夜空に次々と広がっていく。


 赤津様との噂を彼が気にすると思っていなかった。

 よくよく考えれば婚約者が別の男性に口説かれている噂を聞けば、いい気はしないだろう。

 配慮(はいりょ)に欠けていたと思う。


 気にしてくれたことを嬉しいと思う反面、婚約者として当然のことを言っているだけなんだと悲しくなる。


 二人は一体どんな会話をしたのか。

 攻撃的な人間だと思うようなことをされた?

 あれ以来、神城様の呼び出しがないので会っていない。本当に彼は私に対してなんらかの想いがあるのだろか?


 先日彼に言われた言葉を思い出す。

 大樹様に力を使え……そんなことをしてどうなるというの?

 今も姉様を想い続けていると確信できる未来を視てしまったら、もう二度と彼の横に立てない。


 姉様を想い続けて欲しいと願ってはいても、それを目の当たりにしたくないのだ。とても自分はずるくて醜い。


 その時一段と大きな花火が打ち上がり、夜空は希望に満ちているかのようにキラキラと輝いた。


 私は平穏な日々を壊されたくない。

 感情など必要ない、このままでいい。

 ずっとこのままでいいのだ。

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