11.しつこい男
「今日もお綺麗ですね、天音さん。そろそろ仕事のパートナーとして食事ぐらいご一緒していただけませんかね?」
定期的に入る神城様の仕事を受けていたのだが、そのたびに赤津様に会うのが憂鬱だった。
なにかを見透かされている気がするからか、揶揄いながら口説いてくるから嫌なのか。多分どちらもなのだろう。
神城様の仕事が終わった後、屋敷を出るまでの間、必ずこの男は付いてくる。そして、食事に誘ってくるのだ。
「お断りします」
もちろん全て断っている。
「少しは私を信用して欲しいんですがね。仕事上の付き合いというのもありますでしょう?」
「仕事に支障がなければ、そんな必要ないと思います」
なぜこの男と食事に行かなければならないのか、私にはさっぱりわからない。
「そんなに頑なだと、逆に意識しているように見えますよ」
「そんな事実は一切ありません」
「そうでしょうか? なんとも思っていなかったら食事くらいなんてことないでしょう」
しれっとした態度の赤津様に私はいらだちを覚える。
「何とも思っていないから、食事など必要ないと考えているだけです」
「そういう冷たい態度も私は好きですよ」
「変態ですか?」
「天音さんが望むなら、変態にでもなんでもなります」
「望んでません」
この男との会話は疲れる。一体なにがしたいのか。
「食事をする間くらい、天音さんを独占したいんですよ。
それだけを考えている愚かな男の願いを叶えてあげようとは思いませんか?」
「思いません」
私はたまらず立ち止まり、彼の前に立ちはだかると、きっぱりと言い放つ。
「いい加減にしてください。最近ではおかしな噂まで広がっているではないですか」
「おかしな噂?」
赤津様はシラを切っているのか、不思議そうに首を傾げる。
「赤津様が私を口説いているという噂です。別の仕事の時にどういう関係なのかと質問されました。
もちろん、なんの関係もないとお伝えしておりますが、とても迷惑です」
最近そんな噂が出回っているらしい。
発信源は不明。多分、神城様か小柴様辺りだろう。
この男がそんな噂を流すメリットはないと思うし、面白がってあの二人のどちらかが噂を流した可能性が高い気がする。
すると赤津様はにこやかな笑みを浮かべた。
「嘘ではなく、本当のことじゃないですか」
「それをやめてほしいとお伝えしているのですが」
「私は気になる女性を口説いているだけですよ。それを禁止されるいわれはありませんね」
確かに禁止されているわけではないが、その相手である私が迷惑だと言っているんだから、やめてほしい。
「いいですか、前にもお伝えした通り私には婚約者がいます。あなたと食事に行くこともあなたに惹かれることもありません。ですから、揶揄い半分でおかしなことを言わないでください」
あくまでも淡々とした口調で一気に私は言い切った。
人を揶揄って何が楽しいのか、すぐに飽きるならさっさと飽きてほしい。
どうせ彼ニヤケているはずだ。
彼に視線を向けると、至極真面目な顔で私を見つめていた。
その様子に私は狼狽する。
彼はそのまま一歩近づいてきた。
「なあ、誰が揶揄ってるって?
俺は、冗談半分で女を口説いたりしない。全部本気だ。
婚約者?笑わせるなよ。あんたの姉の婚約者だった男だろ?
そんな男に配慮する必要あるのか、ただの政略結婚じゃねえか。
その婚約者、あんたの姉と相思相愛だったんだよな?
お似合いの夫婦になるだろうってみんなに言われてたんだって?
いつまでも死んだ女の影が残る男と一緒になって幸せになれるのか?
気持ちが悪くて反吐がでる。
そんな男じゃ天音は絶対に幸せにならない」
一気にまくし立てられて、私は唖然としてしまった。けれどすぐに冷静さを取り戻し彼に言い返す。
「私が誰と結婚しようとあなたにはかんけいありません。
私の人生は私が決めます」
「自ら不幸の道を歩もうとしている癖にか?」
「不幸になりたいわけではありません。ただ……」
どうしてもその続きが出なかった。私は、一体なにを求めているんだろう?
「ただ、何だよ?」
「……なんでもありません」
私は赤津様から視線を逸らした。彼はムスッとした表情を浮かべ話を続ける。
「あんた、婚約者に自分の力を使ったことあるのか?」
「そんなこと……」
「使ってみろよ。そしたらはっきりするだろう? 天音が幸せになれるかどうか」
彼の提案を即座に否定する。
「何を馬鹿なことを」
「馬鹿なことか?
その婚約者の気持ちがはっきりすれば、あんただって少しは考えるだろ。犬塚家の政略結婚、そんなものに縛られてないでさっさと解放されろよ」
勝手なことを言う赤津様を私は思わず睨みつけた。
「私は……家族を守りたいんです。
もう犬塚家の跡取りは私しかいない。あなたにはその責任がわからないからそんなことが言えるんです」
「それが馬鹿げてるって言ってんだよ。
なあ、あんたは色んな人を幸せにするために霊術師をしてるんじゃないのか?
なのにあんた自身が幸せになることを放棄するなんて、おかしいだろうが!」
「だから、放棄してるわけじゃ……」
「だったら、その全部諦めたような顔止めろよ!!」
息が止まる。全部諦めたような顔……そんなの言われるまでもなく自分が一番わかってる。
姉様が死んだあの日から、感情を押し殺し全てを諦めようと思った。
誰にもどんなことがあっても心が乱されないように、ただ淡々と生きていくことに決めた。
それが唯一自分が壊れない方法だったから。
「……もう、私を乱さないで」
自然と声が震えてしまう。
本当に感情というのは厄介だ。こんなものなくなってしまえば楽になるのに。
赤津様の目は、熱をはらんでいる。
「なら、俺を選べよ。そしたら楽にしてやる」
初めて見た時からこの目が恐ろしかった。なにかに食われて取り込まれるような気持ちにさせられる。
「……なぜ私? あなたにそんなことを言われる心当たりがありません」
そうだ、この男が私に執着する理由が分からない。
揶どうしてそんなに真剣な目で見てくるの?
「……俺は、あんたに救われた」
「え?」
「俺は天音に恩がある。あんたが幸せだっていうならそれで良かったんだ。けどそうじゃなかった」
「救ったって、どういうことですか?」
「あんたは覚えてないだろうから、それは別にいい。ただ……俺は本気だ。
だからあんたを苦しめるような婚約者からあんたを奪ってやる!いいから覚悟しとけ」
そう言い放ち、足早に去っていった赤津様の後ろ姿を見送った。
彼は一体どういうつもり? 本気なの?
過去に赤津様と接点があったのか、だけどそんな記憶はない。
救ったと言っていたから、霊術師の仕事関係?
分からない。
ううん、分からなくていいのよ。あの男がどういうつもりかなんて関係ない。
私は赤津様を好きになったりしないし、仕事以外で関わるつもりもない。
誰にも心を乱されたくない。




