第91話「導かれた道、届いた刃」
マランの世界、毎日投稿中です。
当面、数話を連続投稿の予定です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
青い光は、思っていたよりも早く、六人の視界の端に大きくなっていた。
石造りだった壁は、いつの間にか、淡く発光する青い鉱石のような質感に変わっている。
足音の響き方までもが、これまでとは違って聞こえた。
かすかに、金属質な反響が、床の下から伝わってくるような感覚さえある。
「こっち」
ネリスが、迷いのない足取りで、通路の分岐を右へ折れる。
「本当に、迷わないでござるな」
ワングが、感心したように呟いた。
「なんとなく、じゃない。ちゃんと、分かる」
ネリスが、自分の耳を軽く動かしながら答える。
これまでの探索とは、明らかに歩調が違った。
行き止まりに突き当たることも、同じ場所を回り込むこともなく、六人はまっすぐに青い光の方へと近づいていく。
「加護、ってやつ、地味に化物じみてるな」
ダダが、感心半分、呆れ半分の声で言った。
「その分、責任重大な気もするけど」
ネリスが、少しだけ真剣な声で応じる。
「頼りにしてる」
カインが、短くそう言った。
ふいに、ネリスの足が止まった。
「前方に、何か。大きい」
耳を、ぴんと立てたまま、低く言う。
「今までの、道案内の加護とは、また別の感覚か」
ダダが、盾に手をかけながら尋ねる。
「たぶん。気配そのものが、前より、はっきり分かる」
ネリスが、慎重に前へ進みながら答えた。
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やがて、通路が開けた先に、それは立っていた。
首から上のない騎士が、黒い馬にまたがっている。
手にしているのは、柄の先に斧刃のついた、大ぶりのハルバートだった。
「首が、ない……」
ミラが、思わず声を漏らす。
「デュラハン、でござるか」
ワングが、静かに刀の柄に手を添えた。
「知ってるのか」
カインが尋ねる。
「故郷の言い伝えに、似たものが出てくるでござる。首を失った騎士が、失った首を探して彷徨う、と」
ワングが、記憶をたどるように言った。
「探してるだけなら、放っておいてくれてもいいのに」
ダダが、盾を構えながら軽口を叩く。
「そう都合よくは、いかぬでござろうな」
首のない騎士は、答える代わりに、馬の腹を軽く蹴った。
蹄の音が、通路に低く響く。
「来るぞ」
カインの声と同時に、六人は散開した。
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最初に動いたのは、ダダだった。
振り下ろされたハルバートを、盾の中心で正面から受け止める。
「重いな」
短くそう言ったきり、ダダの足は、一歩も下がらなかった。
これまでよりも、明らかに受けが強い。
盾を伝って周囲に散るはずの衝撃波までもが、ダダの構えの中に吸い込まれるように収まっていく。
「今の、私たちにまで来なかった」
ノリアが、少し驚いた声で言った。
「加護、なんだろうな。よく分からんが、悪い気分じゃない」
ダダが、盾を構え直しながら答える。
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その隙に、ノリアが呪文を放った。
「火花炎」
小さな詠唱とともに、赤い火の粒が、デュラハンの胸元へと吸い込まれていく。
もともと、ノリアの火花炎は、同じ階梯の中でも群を抜いて強い一撃だった。
だが、今放たれたそれは、これまでの数倍とも思える爆発を、馬上の騎士に叩き込んだ。
「わっ……」
放ったノリア自身が、驚いて一歩下がる。
炎を受けたデュラハンの体が、大きく傾いだ。
馬が棹立ちになり、騎士の体勢が崩れる。
「今でござる」
ワングが、地を蹴った。
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振り回されたハルバートの柄が、ワングの右側で、ぴたりと止まった。
止めたのは、右腕に括り付けた刀ではない。
刀身に、モノを掴む機能などない。
それでも、確かに、柄を握り込む感触があった。
「な……」
ワング自身が、その感覚に、一瞬、動きを止めかける。
失ったはずの右手が、そこにあるかのように、柄を掴んでいた。
思い通りに動かせるわけではない。
意志の外側で、勝手に握り、勝手に止めた――そんな感覚だけが、右腕の先に残っていた。
その、ほんの一瞬。
「うっ」
デュラハンの体から、そんな声にならない呻きのようなものが漏れた気がした。
止まった柄を横目に、ワングの左手が握る刀が、袈裟懸けに振り下ろされる。
騎士の胴体を、鎧ごと深く斬り裂いた。
よろめいたその隙間に、カインが低く踏み込む。
下段から突き上げた剣が、鎧の継ぎ目を正確に貫いた。
騎士の体が、大きく仰け反る。
「今のうちに」
ミラの声を合図に、ネリスが横合いから鋼の爪を叩き込んだ。
黒い馬もろとも、デュラハンの姿が、崩れるように消えていった。
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「終わった、か」
ダダが、盾を下ろしながら、辺りを見回す。
「ワングの動き、さっきの、すごかったな」
カインが、剣を鞘に収めながら言った。
「止めたのは、括り付けた刀じゃない、でござる」
ワングが、右腕をじっと見つめながら、低く言った。
「刀身は、モノを掴めぬはず。なのに、確かに、柄を掴む感触があった」
「エランドが言っていた、失った右手の代わり、って、これのことか」
カインが、思い出したように言う。
「たぶん、でござる」
ワングが、右腕を、そっと開いたり閉じたりしてみせる。
だが、何も起きない。
「今は、何も、感じぬでござるな」
「意のままには、ならない、ってことか」
ダダが、腕を組みながら言った。
「必要な時にだけ、勝手に、助けてくれる。そういう加護なのかもしれぬでござるな」
ワングが、自分の右腕を、複雑そうな顔で見下ろした。
「私の火花炎も、明らかにおかしかった」
ノリアが、まだ驚きの残る声で言う。
「威力が、いつもの比じゃなかった」
「それも、加護の一つ、なんでしょうか」
ミラが、首を傾げる。
「分からない。分からないけど……悪くない」
ノリアが、板を握り直しながら、小さく笑った。
「ボルカレードの時も思ったけど、守護の魔物、って、毎回、格が違うでござるな」
ワングが、刀を鞘に収めながら言う。
「格が違う分だけ、加護も、それに見合ったものになってる、ってことなのかな」
カインが、腕を組みながら呟いた。
「だとしたら、この先も、油断できないってことだね」
ミラが、静かに付け加える。
「油断する気は、最初からないけどな」
ダダが、短く言い切った。
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戦いの跡を抜けた先、青い光の中心には、青い壁に囲まれた小部屋があった。
赤い部屋とは違い、猫の姿の主はいない。
代わりに、部屋の中央に、木箱が二つ並んでいる。
「罠、見てみる」
ネリスが、しゃがみ込み、箱の縁に指を這わせた。
しばらくの沈黙のあと、小さくかちりと音が鳴る。
「解除、完了」
ネリスが、蓋に手をかけながら言った。
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一つ目の箱には、鋭い爪の形をした装具が収まっていた。
二つ目の箱からは、一振りの刀が現れた。
鞘には見覚えのない紋様が刻まれ、柄には青みがかった糸が巻かれている。
「普通の宝箱からは、武器は出ないが、四角いポイントからは出るんだな」
誰のものともつかない呟きが、部屋の中に、ぽつりと落ちた。
ネリスが、爪の装具をそっと取り上げ、指先に嵌めてみる。
「今の爪より、軽い。それに、何か、馴染む感じがする」
「詳しい効果は、アプレイザルに戻らないと分からないでござろうな」
ワングが、刀を手に取り、鞘から少しだけ抜いてみせた。
刃には、青い光が、うっすらと宿っているように見えた。
「拙者の刀と、交換するかどうかは、鑑定の後で考えるでござる」
「持ち帰るもの、また増えたな」
カインが、苦笑しながら板を懐にしまった。
六人は、しばらくの間、その二つの品を、無言のまま見つめていた。
「今日は、ここまでにしておくか」
ダダが、周囲を見回しながら言う。
「うん。無理して先に進むより、今の分を、ちゃんと持ち帰った方がいい」
ミラが、頷いた。
板の丸い印は、まだ先――緑や黄色の方角にも、淡い光を残している。
六人は、それを横目に、来た道を、クロスロードへ向けて引き返し始めた。
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クロスロードに戻ると、リゼットが、いつもの淡々とした調子で出迎えた。
「お戻りなさいませ。今回も、何か持ち帰られましたか」
「爪の装具と、刀を一振り。あと、青のポイントは踏破した」
カインが、簡潔に報告する。
「アプレイザルへの持ち込みは、明日以降でよろしいですか」
「うん、今日はもう、休みたい」
ミラが、少し疲れた声で答えた。
「かしこまりました」
リゼットは、それ以上、余計なことを尋ねなかった。
ヘクサインへ向かう道すがら、ネリスが、ふと立ち止まって板を覗き込む。
「緑、黄色、白、黒……まだまだ、色は残ってる」
「一つずつ、でいい」
ダダが、静かに言った。
「一つずつ、確かめていけば、いつかは全部、分かる」
その言葉に、六人は、それぞれ小さく頷いた。
夜の帳が下りかけた迷宮都市の空に、六人の足取りだけが、今日も一つ分、先へと進んでいた。
いかがでしょうか?
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