第90話「加護の行方、譲れぬ役目」
マランの世界、毎日投稿中です。
当面、数話を連続投稿の予定です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
クロスロードの受付窓口に立つと、リゼットは六人の顔を順に見た。
「ギルド長に、少し伺いたいことがあって」
カインが切り出す。
「かしこまりました。少々お待ちください」
リゼットが、奥へと引っ込む。
六人は、待合のベンチに腰を下ろす構えを見せた。
だが、腰を下ろすより先に、リゼットが戻ってきた。
「今すぐ、とのことです」
「今すぐ……?」
ダダが聞き返す。
「はい。奥の応接室へどうぞ、と」
その即応ぶりに、六人は顔を見合わせた。
「予約なしで、こんなに早く通ることなんて、あったか?」
ネリスが、小さく首を傾げる。
「ない」
ダダが即答した。
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応接室の扉を開けると、ルーシェナはすでに椅子に腰かけ、六人を待っていた。
いつもの気さくな笑みではなく、どこか値踏みするような目つきだった。
「早かったな。話は、エアのことだろう」
「もう、ご存知なんですか」
カインが、驚いた声を出す。
「証を得た者が、エアの一層で何かを持ち帰ってくる。それくらいは、ギルド長の耳に入る仕組みになっている」
ルーシェナが、静かに脚を組み替えた。
「話してみろ。順番に、な」
促され、六人は一人ずつ、エランドから告げられた加護について語っていった。
ダダの防御の底上げ、ネリスの道案内、ミラの治癒強化。
ノリアの魔力増強と、その先にあるという何か。
ワングの「失った右手の代わり」という、まだ意味の分からない言葉。
そして、カインだけがまだ何も渡されていないこと。
ルーシェナは、黙って最後まで聞いていた。
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「道案内、治癒、防御――そのあたりは、過去にも例がある」
ルーシェナが、指を折るように数え上げた。
「エアに潜った者が、似たような加護を受け取ったという記録は、アーカイブにも残っている」
「じゃあ、珍しいことじゃない、ってことですか」
ネリスが尋ねる。
「その三つに関しては、な」
ルーシェナが、そこで一度、言葉を切った。
「厄介なのは、ノリア。お前の分だ」
「私、ですか」
ノリアが、自分を指差す。
「魔法の加護は、判断が難しい」
ルーシェナが、静かに言った。
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「お前の呪文の覚え方は、元から筋が通っていない」
「そんな、こと……」
ノリアが言い返そうとして、言葉に詰まる。
「怒るな。事実の話をしている」
ルーシェナが、手のひらを軽く上げた。
「各階梯、攻撃系の呪文しか覚えていない。しかも、火属性のものばかりだ」
「言われてみれば……」
ノリアが、自分の手のひらを見下ろす。
「加えて、静黙と眠霧、それに真贋の瞳。この三つを、なぜお前が覚えられたのか。系統だった説明が、今のところできない」
「その三つに、何か共通点が?」
ノリアが聞き返す。
「あれば、とっくに調べ上げている」
ルーシェナが、短く答えた。
「共通点が見えないから、厄介だと言っている」
その言葉に、ノリアは何も返せず、板を握る手にわずかに力を込めた。
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「拙者と、カイン殿は……」
ワングが、右腕にちらりと目をやりながら言う。
「万能士も、片手を失った侍も、前例がない」
ルーシェナが、先回りするように言った。
「だから、何とも言えん。渡す言葉すら、私には持ち合わせがない」
「持ち合わせがない、というのは……」
カインが、確かめるように尋ねる。
「お前たちのような組み合わせは、記録にない、という意味だ。前例のないものに、それらしい理屈をつけるほど、私は無責任じゃないつもりだ」
その物言いには、いつもの気さくさとは違う、芯の硬さがあった。
「じゃあ、俺の右手は……」
ワングが、なおも食い下がる。
「分からないものは、分からないと言う。それだけだ」
ルーシェナが、短く言い切った。
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「あの……ギルド長は、エランドのこと、ご存知なんですか」
カインが、思い切って尋ねた。
その瞬間、ルーシェナの表情が、わずかに翳った。
「知っている。嫌というほどにな」
「嫌というほど……?」
ダダが繰り返す。
「一度、あったことがある」
ルーシェナが、腕を組んだ。
「あいつの指示で、もう一度ノアの十階に行かされてな。戻ってきたら、あいつから、ギルド長の座を押し付けられるハメになった」
「押し付けられた……?」
ノリアが、目を丸くする。
「そうだ。冗談みたいな話だが、事実だ」
ルーシェナの声には、思い出すだけで苛立ちがにじむような響きがあった。
六人は、迂闊に相槌を打てず、しばらく黙り込んだ。
「あの猫、意外と……」
ミラが、言葉を選びながら口を開く。
「性格が悪い、と言いたいんだろう。言っていいぞ」
ルーシェナが、先に言ってしまった。
その口ぶりに、六人は思わず笑いそうになるのをこらえた。
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「なぜ、俺たちだけに、ノストス神の加護が……」
カインが、改めて切り出す。
「あんな言葉まで、エランドから直接かけられたのか。それも、分かりますか」
ルーシェナは、しばらく目を閉じていた。
「わからん」
「わからない、って……」
ダダが、思わず声を漏らす。
「だが」
ルーシェナが、目を開けて、六人を見渡した。
「何かの役目が、お前たちにはあるんだろうな。私には、それが分かる」
「分かる、けど……」
カインが、先を促す。
「うまく説明はできん」
ルーシェナが、静かに、しかしはっきりと言った。
「言葉にできるくらいなら、とっくに言葉にしている。すまんが、今の私に渡せるのは、それくらいだ」
その言い方には、はぐらかしとは違う、何かを堪えるような響きがあった。
六人は、それ以上、問いを重ねられなかった。
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「今日のところは、これで十分だろう」
ルーシェナが、話を締めくくるように言った。
「分からないことを、無理に分かったふりで渡すよりは、ずっといい」
ノリアが、ぽつりと言う。
「殊勝なことを言う」
ルーシェナが、片方の眉を上げた。
「お前たちも、大概、わからないことだらけで、よく前に進めるものだと思うがな」
「わからないなりに、進むしかないので」
カインが、苦笑しながら答えた。
「そうだな。それで、ここまで来たんだろうよ」
ルーシェナが、初めて、いつもの気さくな笑みを見せた。
「せいぜい、無事に帰ってこい。次の色つきの四角、とやらにな」
「はい」
六人は、揃って頭を下げ、応接室を後にした。
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廊下を歩きながら、ダダが低く呟いた。
「結局、加護の正体も、エランドの正体も、ほとんど分からないままだったな」
「分からないままだけど」
ミラが、静かに続ける。
「役目がある、っていう言葉だけは、ちゃんと受け取った気がする」
「役目、か」
ワングが、右腕を軽く握りしめる。
「拙者の右手のことも、いずれ分かる、と信じるしかないでござるな」
「信じるしかない、って言い方、俺たちらしいよな」
ダダが、小さく笑った。
「らしい、で片付けていいのか分からないけど」
ノリアが、板をしまいながら呟く。
「片付けなくていい。持ち歩けばいいだけだ」
ネリスが、短く言った。
その一言に、六人は、それぞれの形で頷いた。
ヘクサインへの道を歩きながら、カインは、まだ何も渡されていない自分の手のひらを、そっと見つめていた。
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一晩の休息を挟み、六人は再びクロスロードに立った。
「チャージも、レベルも、元通りだな」
ダダが、自分の手の甲を確かめながら言う。
「加護の方は、確かめようがないけどね」
ミラが、苦笑しながら答えた。
「使ってみないと分からない、ってことでしょうか」
ネリスが、耳を小さく動かす。
「たぶんな」
カインが、板を懐から取り出しながら頷いた。
エアの入り口をくぐると、赤い四角はすでに背後に沈み、板の丸い印だけが、静かに先を示していた。
「次は、何色でござろうか」
ワングが、板を覗き込む。
「近い順に確かめる方針、だったよな」
ダダが確認する。
「うん。今のところ、青が一番近い」
ノリアが、板の光を目で追いながら答えた。
六人は、頷き合うと、青い四角へ向けて足を踏み出した。
道中の空気は、前回とはどこか違って感じられた。
静かすぎるほどの静けさが、逆に六人の神経を研ぎ澄ませていた。
「エランドの言った『面白いもの』が、この先にあるとしたら」
カインが、歩きながら呟く。
「期待より、身構える方が先に来るな」
ダダが、低く応じた。
やがて、通路の先に、淡い青の光が見え始めた。
壁の色が、赤とは違う質感で、ゆっくりと変わっていく。
六人は、互いに視線を交わし、青い光の方へと歩みを進めていった。
いかがでしょうか?
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