第89話「与えられた加護、明かされない核心」
マランの世界、毎日投稿中です。
当面、数話を連続投稿の予定です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
門をくぐり、六人は迷わず奥を目指した。
前回の戦いが利いているのか、道中の魔物は数えるほどしか現れず、木箱を開ける手間さえほとんどなかった。
「拍子抜けするくらい、静かだな」
ダダが周囲を見回しながら言う。
「ボルカレードを退けた分、道が空いた、ってことかもしれぬでござるな」
ワングが板を覗き込みながら答えた。
板の丸い印は、迷うことなく赤い四角へと近づいていく。
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やがて、六人の前に、これまで見たどの通路とも違う光景が現れた。
壁一面が、赤く塗り込められている。
塗料でも染料でもない、内側から発光しているような、深い赤だった。
「これが……」
カインが息を呑む。
壁の中央に、扉があった。
六人が近づくと、扉は音もなく、内側へと開いていく。
「招かれてる、ってことか」
ダダが低く呟いた。
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部屋の中央、円い座布団のようなものの上に、黄金の毛並みを持つ猫が、香箱座りで収まっていた。
尻尾の先だけが、ゆっくりと揺れている。
「やっと来たか」
猫が、そう言った。
人の言葉で。
六人が、揃って足を止める。
「しゃ、喋った……」
ミラが思わず声を漏らした。
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「エランドだ。この迷宮――エアの守護者、とでも思っておけ」
猫は、香箱座りのまま、六人を見上げる。
雄なのか雌なのかも判然としない、涼やかな声だった。
「守護者……」
カインが繰り返す。
「そう見えぬか」
エランドが、片方の耳をぴくりと動かした。
「本物の守護者なら、もう少し、こう……大きいものを想像してた」
ダダが正直に言う。
「見かけで判じるとは、『まだまだ』だな、そこの盾」
エランドが、ダダを一瞥して言った。
その物言いには、どこか人を小馬鹿にするような響きがあった。
「猫の姿をしている理由、聞いてもいいですか」
ミラが、恐る恐る尋ねる。
「理由などない。強いて言うなら、この姿が、一番くつろげる」
エランドが、前脚を軽く舐めた。
「くつろぐため、ですか」
カインが呆気に取られたように呟く。
「不満か。守護者らしい、いかめしい姿の方が、良かったか」
「いえ、そういうわけでは」
「ならば良い」
エランドが、話を切り上げるように言った。
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「本題に入るぞ。エアの一層は、辿り着いた者の属性・職業・チームの在り様によって、それぞれに与えられるものがある」
エランドが、尻尾を一振りする。
「与えられるもの……加護、ってことですか」
ノリアが尋ねた。
「察しがいいな、魔術師」
エランドが、わずかに目を細める。
「通常、この先には一体しか現れぬはずのボルカレードを、二体、一度は退きながらも見事に倒した。その働きに免じて、少しばかり色をつけてやろう」
「見てた、ってことですか」
カインが眉を寄せる。
「見ていた、とだけ言っておこう」
エランドは、それ以上、答える気配を見せなかった。
「二体出た理由も、教えてはもらえぬのでござろうな」
ワングが、念のため尋ねる。
「教える義理はない。それに、教えたところで、お主らの歩みは、大して変わらぬだろう」
エランドが、興味なさそうに答えた。
「歩みは変わらぬ、というのは」
「知っても知らずとも、進む以外に道はない、という意味だ。違うか」
その言葉に、六人は誰も、すぐには言い返せなかった。
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「加護は、ノストス神から与えられる。それぞれに『語りかけ』があるはずだ。提示された能力から選べ」
エランドの言葉と同時に、六人それぞれの内側に、静かな声が届いた。
言葉というより、選択肢そのものが、直接、意識に流れ込んでくる感覚だった。
しばらくの沈黙の後、六人が一人ずつ、目を開けていく。
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「俺は……仲間全体の、物理防御を底上げする力。しかも、育つらしい」
ダダが、自分の手のひらを見つめながら言った。
「育つ、というのは」
ノリアが尋ねる。
「詳しくは分からない。ただ、これから積み重ねる分だけ、強くなっていく気配だけは、確かにある」
ダダが、自分の胸に手を当てて答えた。
「私は、道案内。迷わなくなる、っていう感じ」
ネリスが、少し戸惑ったように答える。
「エアの中で、道に迷わなくなるってことか」
カインが確かめる。
「たぶん。うまく言葉にできないけど、方角が、前より、はっきり分かる気がする」
ネリスが、自分の耳をぴくりと動かした。
「私は、魔力そのものの増強……プラス、みたいな」
ノリアが、板を握る手に力を込めた。
「プラス、っていうのが気になるでござるな」
ワングが呟く。
「私も、詳細はまだ分からない。ただ、単なる増強以上の何か、って感じの言い回しだった」
ノリアが、自分の掌をじっと見つめた。
「私は、治癒と回復力の強化。これは、素直に嬉しい」
ミラが、小さく微笑む。
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最後に、ワングが口を開いた。
「拙者には……失った右手の代わり、と」
ワングが、自分の右腕に目を落とす。
「失った、右手……?」
ワングの声に、困惑が滲んだ。
「拙者の右手は、ここにあるでござるが」
「そのうち解る」
エランドが、短く答える。
「そのうち、とは」
ワングが問い返したが、エランドはそれ以上、何も言わなかった。
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「私には、何も聞こえませんでした」
カインが、皆を見回しながら言う。
「お主の加護は、まだ渡さぬ」
エランドが、カインをじっと見据えた。
「渡さぬ、というと」
「お主の加護は、エアの六つの壁をすべて超えたときに分かる」
カインが、言葉を失う。
「六つ、全部……」
「不服か」
エランドが、面白がるように尋ねた。
「不服、というか……気になって仕方ない、というか」
カインが正直に答えると、エランドは初めて、喉の奥で小さく笑った。
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「一つ、聞いてもいいですか」
カインが、改めて口を開く。
「なぜ、ノストス神が、俺たちに加護を?」
問いに、エランドはしばし、尻尾の先だけを揺らしていた。
「俺にも分からないが」
「わからない、って、あなたが分からないんですか」
ダダが思わず口を挟む。
「ノストス神は、自ら動くことはできない。だが、その意思を、誰かに助けてもらおうとすることは、あるだろうな」
エランドが、静かに続けた。
「そして、その見返りくらいは、お与えになるだろう。何をして欲しいか、何を求められているかは……俺も知らんがな」
「知らない、ということまで、知ってる、ということですか」
ノリアが、慎重に聞き返す。
「そう取ってもらって構わん」
エランドが、香箱座りの姿勢を崩さないまま答えた。
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六人は、しばらく言葉を継げなかった。
謎が、また一つ増えただけで、何一つ、はっきりしないままだった。
「今日は、これくらいにしておいてやる」
エランドが、話を切り上げるように言う。
「次に来た時は、もう少し、面白いものが見られるかもしれんぞ」
「面白いもの、とは」
カインが尋ねたが、答えは返ってこなかった。
扉が、静かに、六人の背後で開いていく。
「帰り道、ということですか」
「そう取ってもらって構わん」
エランドが、先ほどと同じ言葉を繰り返した。
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赤い壁の部屋を後にして、六人はしばらく無言のまま歩いた。
「結局、何一つ、分からなかったな」
ダダが、ぽつりと言う。
「分からないままだけど、確かに、何かはもらった」
ミラが、自分の手をそっと見つめた。
「拙者だけは、まだ、何をもらったのかすら、分からぬでござるが」
ワングが、右腕を軽く握りしめる。
「私の分も、まだ先だしな」
カインが、苦笑しながら板をしまった。
「ノストス神、か」
ノリアが、歩きながら、ぽつりと呟く。
「ずっと寺院と教義の話でしかなかったのに、いきなり、こんな形で名前が出てくるとはな」
「気になる、ってことだよな」
ダダが応じる。
「気になるけど、今の私たちに、確かめる術はない」
ノリアが、静かに首を振った。
「ルーシェナ殿なら、何か知っているかもしれぬでござるな」
ワングが、ふと呟いた。
「今度、それとなく聞いてみるか」
カインが提案する。
「それとなく、で、あの人から何か引き出せるとは、あまり思えないけどね」
ミラが、苦笑した。
赤い四角の先に、確かに一つの区切りはあった。
だが、その先に待つものは、まだ誰にも、見えていなかった。
いかがでしょうか?
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