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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
閑話 その三

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第8話「変わったところ、変わらないところ」

マランの世界、毎日投稿中です。

当面、数話を連続投稿の予定です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

朝から、フラグメンツはもう賑わっていた。


「昨日の疲れ、残ってるか?」


ガラントが、四人分の朝食を並べながら聞いてくる。


「残ってる」


ダダが、正直に答えた。


「残ってるなら休めばいいのに」


「休むほどじゃない」


矛盾していたが、誰も突っ込まなかった。


---


「そういえば」


ガラントが、フォークを止めて言った。


「お前ら、レベルの確認したことあるか」


「レベル?」


カインが聞き返す。


「討伐して、宿で寝て、って繰り返してるだろ。あれ、ちゃんと積み上がってるはずだ」


「積み上がってる実感、特にない」


「実感は薄くていい。数字で見るもんだ、そういうのは」


言われてみれば、確認したことは一度もなかった。


---


「アプレイザルで見てもらえる。鑑定具に触れるだけだ」


「アイテムの鑑定所じゃないんですか」


「アイテムも人も、鑑定は鑑定だ」


雑な括り方だったが、否定できる材料もなかった。


「行ってみるか」


「行くしかないだろ、そこまで言われたら」


四人の意見が、珍しく早めに揃った。


---


アプレイザルの窓口は、今日も列ができていた。


魔石やアイテムの鑑定を待つ冒険者に混ざって並ぶのは、少し落ち着かない。


「レベルの確認、お願いします」


カインが言うと、鑑定士が眼鏡を押し上げた。


「珍しいですね、パーティ全員で」


「珍しいんですか、これ」


「大抵、気になった人が一人で来ますよ」


そういうものらしい。


四人で来る意味は、特になかった。


---


台の上に、丸い水晶のような鑑定具が置かれている。


「触れてください。順番に」


ダダが、まず手を乗せた。


淡い光が、腕を這うように一瞬灯る。


「盾役、レベル2ですね」


「2、か」


「昨日までの討伐分、ちゃんと反映されてます」


短いやり取りだったが、ダダの口元が、ほんの少し緩んでいた。


(悪くない)


そう思っていることは、顔に出ていた。


---


次はネリス。


軽く手を触れただけで、光がすぐに収まる。


「斥候、レベル2」


「なんかあっさりだね」


「あっさりでいいことだと思いますよ」


ネリスの耳が、ぴくりと動いた。


(悪くない、けど――)


もう少し何か言われるかと思っていたらしい。


物足りなさそうな顔を、誰も指摘しなかった。


---


「カインさん、どうぞ」


「便利屋でも、確認してもらえるんですね」


「便利屋という登録は存在しませんが、未選択のレベルはちゃんとあります」


言い方に容赦がなかった。


手を乗せると、同じ光が灯る。


「レベル2です。未選択にしては、伸び方は悪くないですね」


「未選択にしては、って何かひっかかる言い方だな」


「事実です」


事実だと言われると、反論のしようがなかった。


---


「最後、ノリアさん」


呼ばれて、ノリアが台の前に立つ。


手を乗せると、光が少し長めに灯った。


「魔術師、レベル2」


「レベルは、みんなと一緒か」


カインが言う。


「一緒」


短く答えたノリアの目は、光の先――もう一枚、鑑定士が示す紙のほうに向いていた。


---


「習得呪文の状況ですが」


鑑定士が、紙を指でなぞる。


「第一階梯、火花炎(ファイア)。使用回数、3回」


「3回?」


ネリスが聞き返す。


「昨日までは2回でしたよね」


「レベルが上がったぶん、使用回数の上限が増えています。それだけです」


それだけ、という言葉が、思ったより重く落ちた。


「それだけ、って」


カインが続ける。


「新しい階梯は? 第二階梯とか」


「習得は、まだです」


淡々とした返事だった。


---


しばらく、誰も何も言わなかった。


「まあ」


先に口を開いたのは、ノリア本人だった。


「知ってたし」


「知ってたのか」


「昨日、ガラントに言われたとき、なんとなく」


(増えるとしたら回数だけだろうな、って)


言葉にしなかった予感が、当たっただけだった。


「別に、ショックとかじゃない」


「ショックそうな顔してるけど」


ネリスが茶化す。


「してない」


していた。


目の奥が、ほんの少し曇っている。


---


「一階梯しか使えないのは、変わらないってことですよね」


カインが、鑑定士に確認する。


「そうなりますね。第二階梯以降の習得は、レベルだけでなく、本人の適性が整うかどうかにもよります」


「適性、いつ整うんですか」


「それは、私にも分かりません」


分からないことを、分からないと言われた。


いつものことだった。


---


「回数が増えたのは、いいことだろ」


ダダが、静かに言った。


「2回が3回になった。悪い話じゃない」


「悪い話じゃない、けど」


ノリアが、自分の手のひらを見た。


(3回で、何が変わる)


正直、あまり変わらない気がしていた。


だが、口には出さなかった。


---


「まあ、いいじゃないか」


カインが、努めて軽く言う。


「一発の威力は元から化け物じみてるんだから。回数が増えただけでも十分すぎる」


「十分、かな」


「十分」


言い切られると、少しだけ、気が楽になる。


(十分、らしい)


自分で決めたことのはずなのに、他人に言われて初めて納得する。


そういう日も、あった。


---


窓口を離れて、四人でアプレイザルを出る。


「レベル2、揃ったな」


カインが言う。


「揃ったけど」


「けど?」


「ノリアの階梯だけ、揃ってない」


ネリスの一言に、誰も否定しなかった。


「別に、揃える必要ない」


ノリアが、素っ気なく返す。


素っ気なさの中に、いつもよりわずかに固さがあった。


---


「今日、どうする」


ダダが聞く。


「一層、また行くか」


「また一層かよ」


カインが茶化す。


「積み重ねだって、前も言ったろ」


「言ったな」


積み重ね、という言葉は、もう四人の中で合言葉のようになっていた。


---


門は、今日もあっさりくぐれた。


「五日連続はもう、いい加減認められてる気がする」


カインが言う。


「認められてるかは知らない」


「知らないのかよ」


「聞いたことないだけ」


いつものやり取りが、いつも通りに交わされる。


---


一体目、スライム。


「ファイア」


一言で終わった。


親指の先くらいの魔石が、灰の中に転がる。


「今日、三回いけるんだったな」


カインが確認する。


「三回」


「一回増えたの、実感ある?」


「まだない」


まだない、という答えが、正直なところだった。


---


二体目、ゴブリン。


ダダの盾が受け、カインが斬る。


がちん、という音は、初日より軽く聞こえた。


「昨日より、盾軽く感じないか」


カインが聞く。


「気のせいだ」


気のせいではなかった。


レベルが上がった実感は薄くても、動きには確かに出ていた。


---


「ダダ、今のノータイムで受けたな」


ネリスが言う。


「たまたまだ」


たまたまではなさそうだった。


盾を構える速さが、目に見えて上がっている。


「レベル2、伊達じゃないな」


「伊達じゃない、って柄でもないこと言うな」


照れ隠しのような返しだった。


---


三体目のコウモリ型に、ネリスが跳んで一撃を入れる。


着地が、いつもより滑らかだった。


「今の、綺麗だったな」


カインが褒める。


「別に、いつも通り」


いつも通りではなかった。


跳躍の高さが、一昨日より確実に伸びている。


(体、軽い)


その軽さの理由に、ネリス自身うっすら気づいていた。


---


「二体目のファイア、使うか」


カインが聞く。


「まだ使わない。一体で十分」


ノリアが答える。


判断は、いつも通り冷静だった。


だが、手をかざす所作が、いつもよりわずかに慎重だった。


(3回、使い切ったあとの感覚、まだ知らない)


未知数のぶん、慎重になっているだけかもしれなかった。


言葉にはしなかった。


---


何体か倒したところで、大きめの獣型が出てきた。


「これ、二層のやつと同種か」


カインが言う。


「たぶん、違う。もう少し小さい」


ダダが答える。


「たぶんで頼むしかないな」


「頼むしかない」


短い応酬に、余裕はあったが油断はなかった。


---


「ノリア、二回目いくか」


カインが聞く。


「いく」


短く答えて、手をかざす。


「ファイア」


いつも通りの爆発。


獣型が崩れて、灰になった。


「二回目、まだ余裕あるか」


「ある。三回目も、たぶん平気」


たぶん、という言葉に、いつもより自信が乗っていた。


---


戦いを終えて、袋の中の魔石を数える。


「今日も、そこそこ」


カインが言う。


「そこそこ、で満足するのか俺たち」


「贅沢言うな」


ダダの一言で、話が終わった。


---


帰り道、日はまだ高かった。


「今日、早かったな」


カインが言う。


「早かった、けど」


「けど?」


「疲れは、いつも通り」


いつも通りではなかった。


思ったより、四人とも息が上がっていない。


---


「レベルって、地味に効くもんだな」


カインが呟く。


「地味に、じゃなくて確実に」


ダダが訂正する。


「確実に、地味に効く」


「両方言うな」


くだらないやり取りに、誰も笑わなかったが、誰も不機嫌でもなかった。


---


「ノリアは」


ネリスが、横から覗き込む。


「回数増えただけで、満足?」


「満足」


即答だった。


(満足、でいいことにする)


自分で選んだ答えに、無理はなかった――たぶん。


「まだ、ちょっと言い聞かせてる顔してるけど」


「してない」


していた。


でも、それ以上は誰も踏み込まなかった。


---


門をくぐって、外に出る。


「明日は?」


「二層、行くか」


ダダが言う。


「今日みたいに順調なら」


「順調なら、な」


順調かどうかは、明日にならないと分からない。


分からないことを、分からないままにして、四人はヘクサインへの道を歩いた。


---


こういうことが上手くいったのも、レベルが少し上がったからかもしれない。


そう思う者もいれば、まだ半信半疑な者もいた。


それでも、確かなことがひとつだけあった。


袋の中の魔石は、今日も、昨日より重かった。


いかがでしょうか?


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よろしくお願いいたします。

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