第8話「変わったところ、変わらないところ」
マランの世界、毎日投稿中です。
当面、数話を連続投稿の予定です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
朝から、フラグメンツはもう賑わっていた。
「昨日の疲れ、残ってるか?」
ガラントが、四人分の朝食を並べながら聞いてくる。
「残ってる」
ダダが、正直に答えた。
「残ってるなら休めばいいのに」
「休むほどじゃない」
矛盾していたが、誰も突っ込まなかった。
---
「そういえば」
ガラントが、フォークを止めて言った。
「お前ら、レベルの確認したことあるか」
「レベル?」
カインが聞き返す。
「討伐して、宿で寝て、って繰り返してるだろ。あれ、ちゃんと積み上がってるはずだ」
「積み上がってる実感、特にない」
「実感は薄くていい。数字で見るもんだ、そういうのは」
言われてみれば、確認したことは一度もなかった。
---
「アプレイザルで見てもらえる。鑑定具に触れるだけだ」
「アイテムの鑑定所じゃないんですか」
「アイテムも人も、鑑定は鑑定だ」
雑な括り方だったが、否定できる材料もなかった。
「行ってみるか」
「行くしかないだろ、そこまで言われたら」
四人の意見が、珍しく早めに揃った。
---
アプレイザルの窓口は、今日も列ができていた。
魔石やアイテムの鑑定を待つ冒険者に混ざって並ぶのは、少し落ち着かない。
「レベルの確認、お願いします」
カインが言うと、鑑定士が眼鏡を押し上げた。
「珍しいですね、パーティ全員で」
「珍しいんですか、これ」
「大抵、気になった人が一人で来ますよ」
そういうものらしい。
四人で来る意味は、特になかった。
---
台の上に、丸い水晶のような鑑定具が置かれている。
「触れてください。順番に」
ダダが、まず手を乗せた。
淡い光が、腕を這うように一瞬灯る。
「盾役、レベル2ですね」
「2、か」
「昨日までの討伐分、ちゃんと反映されてます」
短いやり取りだったが、ダダの口元が、ほんの少し緩んでいた。
(悪くない)
そう思っていることは、顔に出ていた。
---
次はネリス。
軽く手を触れただけで、光がすぐに収まる。
「斥候、レベル2」
「なんかあっさりだね」
「あっさりでいいことだと思いますよ」
ネリスの耳が、ぴくりと動いた。
(悪くない、けど――)
もう少し何か言われるかと思っていたらしい。
物足りなさそうな顔を、誰も指摘しなかった。
---
「カインさん、どうぞ」
「便利屋でも、確認してもらえるんですね」
「便利屋という登録は存在しませんが、未選択のレベルはちゃんとあります」
言い方に容赦がなかった。
手を乗せると、同じ光が灯る。
「レベル2です。未選択にしては、伸び方は悪くないですね」
「未選択にしては、って何かひっかかる言い方だな」
「事実です」
事実だと言われると、反論のしようがなかった。
---
「最後、ノリアさん」
呼ばれて、ノリアが台の前に立つ。
手を乗せると、光が少し長めに灯った。
「魔術師、レベル2」
「レベルは、みんなと一緒か」
カインが言う。
「一緒」
短く答えたノリアの目は、光の先――もう一枚、鑑定士が示す紙のほうに向いていた。
---
「習得呪文の状況ですが」
鑑定士が、紙を指でなぞる。
「第一階梯、火花炎。使用回数、3回」
「3回?」
ネリスが聞き返す。
「昨日までは2回でしたよね」
「レベルが上がったぶん、使用回数の上限が増えています。それだけです」
それだけ、という言葉が、思ったより重く落ちた。
「それだけ、って」
カインが続ける。
「新しい階梯は? 第二階梯とか」
「習得は、まだです」
淡々とした返事だった。
---
しばらく、誰も何も言わなかった。
「まあ」
先に口を開いたのは、ノリア本人だった。
「知ってたし」
「知ってたのか」
「昨日、ガラントに言われたとき、なんとなく」
(増えるとしたら回数だけだろうな、って)
言葉にしなかった予感が、当たっただけだった。
「別に、ショックとかじゃない」
「ショックそうな顔してるけど」
ネリスが茶化す。
「してない」
していた。
目の奥が、ほんの少し曇っている。
---
「一階梯しか使えないのは、変わらないってことですよね」
カインが、鑑定士に確認する。
「そうなりますね。第二階梯以降の習得は、レベルだけでなく、本人の適性が整うかどうかにもよります」
「適性、いつ整うんですか」
「それは、私にも分かりません」
分からないことを、分からないと言われた。
いつものことだった。
---
「回数が増えたのは、いいことだろ」
ダダが、静かに言った。
「2回が3回になった。悪い話じゃない」
「悪い話じゃない、けど」
ノリアが、自分の手のひらを見た。
(3回で、何が変わる)
正直、あまり変わらない気がしていた。
だが、口には出さなかった。
---
「まあ、いいじゃないか」
カインが、努めて軽く言う。
「一発の威力は元から化け物じみてるんだから。回数が増えただけでも十分すぎる」
「十分、かな」
「十分」
言い切られると、少しだけ、気が楽になる。
(十分、らしい)
自分で決めたことのはずなのに、他人に言われて初めて納得する。
そういう日も、あった。
---
窓口を離れて、四人でアプレイザルを出る。
「レベル2、揃ったな」
カインが言う。
「揃ったけど」
「けど?」
「ノリアの階梯だけ、揃ってない」
ネリスの一言に、誰も否定しなかった。
「別に、揃える必要ない」
ノリアが、素っ気なく返す。
素っ気なさの中に、いつもよりわずかに固さがあった。
---
「今日、どうする」
ダダが聞く。
「一層、また行くか」
「また一層かよ」
カインが茶化す。
「積み重ねだって、前も言ったろ」
「言ったな」
積み重ね、という言葉は、もう四人の中で合言葉のようになっていた。
---
門は、今日もあっさりくぐれた。
「五日連続はもう、いい加減認められてる気がする」
カインが言う。
「認められてるかは知らない」
「知らないのかよ」
「聞いたことないだけ」
いつものやり取りが、いつも通りに交わされる。
---
一体目、スライム。
「ファイア」
一言で終わった。
親指の先くらいの魔石が、灰の中に転がる。
「今日、三回いけるんだったな」
カインが確認する。
「三回」
「一回増えたの、実感ある?」
「まだない」
まだない、という答えが、正直なところだった。
---
二体目、ゴブリン。
ダダの盾が受け、カインが斬る。
がちん、という音は、初日より軽く聞こえた。
「昨日より、盾軽く感じないか」
カインが聞く。
「気のせいだ」
気のせいではなかった。
レベルが上がった実感は薄くても、動きには確かに出ていた。
---
「ダダ、今のノータイムで受けたな」
ネリスが言う。
「たまたまだ」
たまたまではなさそうだった。
盾を構える速さが、目に見えて上がっている。
「レベル2、伊達じゃないな」
「伊達じゃない、って柄でもないこと言うな」
照れ隠しのような返しだった。
---
三体目のコウモリ型に、ネリスが跳んで一撃を入れる。
着地が、いつもより滑らかだった。
「今の、綺麗だったな」
カインが褒める。
「別に、いつも通り」
いつも通りではなかった。
跳躍の高さが、一昨日より確実に伸びている。
(体、軽い)
その軽さの理由に、ネリス自身うっすら気づいていた。
---
「二体目のファイア、使うか」
カインが聞く。
「まだ使わない。一体で十分」
ノリアが答える。
判断は、いつも通り冷静だった。
だが、手をかざす所作が、いつもよりわずかに慎重だった。
(3回、使い切ったあとの感覚、まだ知らない)
未知数のぶん、慎重になっているだけかもしれなかった。
言葉にはしなかった。
---
何体か倒したところで、大きめの獣型が出てきた。
「これ、二層のやつと同種か」
カインが言う。
「たぶん、違う。もう少し小さい」
ダダが答える。
「たぶんで頼むしかないな」
「頼むしかない」
短い応酬に、余裕はあったが油断はなかった。
---
「ノリア、二回目いくか」
カインが聞く。
「いく」
短く答えて、手をかざす。
「ファイア」
いつも通りの爆発。
獣型が崩れて、灰になった。
「二回目、まだ余裕あるか」
「ある。三回目も、たぶん平気」
たぶん、という言葉に、いつもより自信が乗っていた。
---
戦いを終えて、袋の中の魔石を数える。
「今日も、そこそこ」
カインが言う。
「そこそこ、で満足するのか俺たち」
「贅沢言うな」
ダダの一言で、話が終わった。
---
帰り道、日はまだ高かった。
「今日、早かったな」
カインが言う。
「早かった、けど」
「けど?」
「疲れは、いつも通り」
いつも通りではなかった。
思ったより、四人とも息が上がっていない。
---
「レベルって、地味に効くもんだな」
カインが呟く。
「地味に、じゃなくて確実に」
ダダが訂正する。
「確実に、地味に効く」
「両方言うな」
くだらないやり取りに、誰も笑わなかったが、誰も不機嫌でもなかった。
---
「ノリアは」
ネリスが、横から覗き込む。
「回数増えただけで、満足?」
「満足」
即答だった。
(満足、でいいことにする)
自分で選んだ答えに、無理はなかった――たぶん。
「まだ、ちょっと言い聞かせてる顔してるけど」
「してない」
していた。
でも、それ以上は誰も踏み込まなかった。
---
門をくぐって、外に出る。
「明日は?」
「二層、行くか」
ダダが言う。
「今日みたいに順調なら」
「順調なら、な」
順調かどうかは、明日にならないと分からない。
分からないことを、分からないままにして、四人はヘクサインへの道を歩いた。
---
こういうことが上手くいったのも、レベルが少し上がったからかもしれない。
そう思う者もいれば、まだ半信半疑な者もいた。
それでも、確かなことがひとつだけあった。
袋の中の魔石は、今日も、昨日より重かった。
いかがでしょうか?
感想、フォロー 頂けましたら喜びます。
よろしくお願いいたします。




