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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
閑話 その三

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第7話「揃えた分だけ」

マランの世界、毎日投稿中です。

当面、数話を連続投稿の予定です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

「適性確認、お願いします」


ミラージュの受付に、四枚の申請書を並べる。


「盾役、斥候、魔術師、便利屋のまま。……揃いも揃って、バラバラですね」


「バラバラですが、本気です」


カインが言う。


「通るかどうかは、確認してからですね」


小人族の職員が、書類をめくりながら言った。


---


模擬迷宮は、思ったより本物に近かった。


石壁も、魔石の光も、ノアの一層とほとんど変わらない。


「これ、本当に模擬なのか」


カインが言う。


「魔導生物ですから。痛くはないですよ、たぶん」


たぶん、が少し不安だった。


---


ダダが先に呼ばれる。


盾を構え、模擬のゴブリンと打ち合う。


数合のやり取りのあと、職員が頷いた。


「盾役、問題なしです。今の動きなら、伸びしろも十分」


「たぶん、じゃなくなったな」


カインが言う。


「たぶんじゃない」


短い返事に、迷いがなかった。


(もう、たぶんとは言わない)


自分の中で、その一言に決着がついた気がした。


---


ネリスの番。


壁を蹴り、模擬のコウモリを爪で叩き落とす。


「うわ、速い」


職員が、少し驚いた声を出した。


「斥候、適性以上ですね。むしろ今まで選んでなかったのが不思議なくらい」


「色々あったので」


色々、で流された。


職員も、それ以上は聞かなかった。


(今日も、ここで終わってくれてよかった)


ネリスは、それだけを思っていた。


---


ノリアは、模擬のスライムに向かって手をかざす。


「ファイア」


小さめの爆発だった。


模擬迷宮に配慮しているのが分かる。


「魔術師、継続で問題ありません。……階梯の伸びについては、既に把握されている通りかと」


「知ってます」


短い返事に、諦めではない何かが混じっていた。


(伸びなくても、選んだのは自分だ)


その考えは、もう何度も繰り返してきたものだった。


---


最後に、カインの番だった。


錆びた短剣を避け、一撃を返す。


「便利屋のままの継続、ですね」


「はい」


「戦闘・罠解除・交渉、いずれも平均以上。突出はなし、と」


言われ慣れた評価だった。


「未選択のまま続ける場合、伸びの鈍さは変わりません。それでもよろしいですか」


「よろしいです」


よろしくなかった、と言えば嘘になる。


でも、今日はそう答えると決めていた。


---


四人分の適性確認が終わり、クロスロードに戻って書類を提出する。


「これで、正式に登録完了です」


判が四つ、並んで押された。


「盾役、斥候、魔術師、便利屋。……揃いも揃って、バラバラですね」


「さっきも言われました」


カインが言う。


「言いたくなるくらい、珍しいので」


職員が、小さく笑った。


「バラバラで正式です」


「正式ですか、それ」


小人族の職員が、書類に判を押していく。


四つの判が並ぶと、なんだか妙な達成感があった。


---


門をくぐる。


新しい防具が、まだ少し硬い。


「動きにくくない?」


「馴染めば平気らしい」


ダダの親戚が、そう言っていた。


信じるしかなかった。


---


一体目、スライム。


「ファイア」


一言で終わる。


いつも通りの光景に、いつもと違う四人が立っていた。


「盾役、初日にしては」


カインが言う。


「初日じゃない。何日目だ、もう」


ダダが返す。


「さあ」


「知らないのかよ」


「数えてない」


少なくてもカインは、数えていなかった。


数える余裕はなく、まだ先は長い。


---


二体目、ゴブリン。


錆びた短剣が、カインの胸元を狙ってくる。


避けようとして、避けきれなかった。


「うわ」


こつん、と鈍い音。


刃が、胸当てで止まっていた。


「……あれ」


「防具、仕事したな」


ダダが、にやりとする。


「仕事したな、じゃなくて、俺が助かった」


事実、助かっていた。


昨日までなら、また血を見ていたところだった。


---


三体目、四体目、コウモリ型。


「ノリア」


カインが呼ぶ。


「まだ二回目取っておく」


「珍しいな、渋るの」


「今日は長丁場になる気がするから」


(この感覚は、たぶん外れない)


勘なのか計算なのか、ノリア自身にも判別しにくい台詞だった。


ネリスが跳んで、爪で一体を叩き落とす。


もう一体は、ダダの盾が受け止めた。


「盾、痺れないんだな」


カインが言う。


「打ち直したからな」


そう、胸を張るダダ。


珍しい風景だ。


---


五体目のあたりから、数える気力が薄れてきた。


「何体目だっけ」


カインが言う。


「数えてない」


ネリスが返す。


「数えろよ、誰か」


「魔石の数、数えればいい」


ノリアの正論に、誰も返せなかった。


---


袋の中で、魔石が擦れる音がどんどん増えていく。


親指の先くらいのが、十を超えたあたりで、ネリスの声が変わった。


「今日、いつもと違う」


「違うって?」


「まだ、いける気がする」


いける気がする、というのは、たいてい危険な兆候だった。


でも、確かにいける気がする。


(体は、まだ動く。でも――)


その「でも」の先を、ネリスはまだ言葉にしなかった。


---


何体目か数えていないかった。


数体のゴブリンを倒す。


「ダダ、腕平気か」


カインが聞く。


「平気」


ふふんと笑った彼は、平気そうだった。


新しい盾のおかげか、昨日のような痺れは見えない。


「ノリア、息切れてないか」


「切れてる。けど、まだいける」


いけると言った声が、少し掠れていた。


---


何体目かのゴブリンで、ようやく限界の兆しが出た。


「ネリス、動き遅くなってるぞ」


カインが言う。


「遅くなってない」


ネリスはそう返してきたが、実際は遅くなっていた。


跳ぶ高さが、さっきより明らかに低い。


「休むか」


「休まない」


休まないと言った直後、膝がわずかに揺れた。


---


次のゴブリンを、カインとダダで押し切る。


腕に、鈍い疲労感が積もっている。


胸当てのおかげで傷こそないが、疲れは防具でどうにもならない。


「これで、十個は超えたはずだ」


カインが言う。


「超えた。数えてないけど、超えた」


数えていないのに、確信だけはあった。


---


大きめの獣型が現れる。


「これ、二層のやつと同じ種か」


「「たぶん」」


ノリアとネリスが叫ぶ。


「たぶんで行くのか?」


「行くしかない」


ダダの声に、迷いはなかったが、余裕もなかった。


---


ノリアが手をかざす。


「ファイア」


爆発が、いつもより小さかった。


「三回目、いった」


「大丈夫か」


カインが聞く。


「大丈夫」


ノリアは、そう言ったが大丈夫ではなかった。


手が、はっきりと震えている。


(あと少し、耐えないと)


自分の手を見つめながら、それだけを思っていた。


ノリアのファイアを喰らった魔物の獣型が崩れる。


親指の先より一回り大きい魔石が、転がった。


「よし」


カインが言う。


「よしって、全員、限界だろ」


「限界。認める」


ネリスが素直に認めたのは、今日が初めてだった。


---


「戻るぞ」


ダダの一言に、誰も逆らわなかった。


逆らう体力も、残っていなかった。


---


帰り道、誰も口を開かなかった。


足音だけが、通路に反響している。


「今日、何体倒したんだっけ」


カインが言う。


「知らない」


「数えろよ」


「「「無理」」」


全員、無理だったみたい。


数える余力さえ、残っていなかった。


---


門をくぐって、外に出る。


日はとっくに傾いていた。


「今日、長かったな」


カインが言う。


「長かった。けど」


「けど?」


「怪我、してない」


してなかった。


全員、掠り傷ひとつない。


---


「防具、効いたな」


「効いた」


「効いたな」


「「「効いた」」」


珍しく、全員が同じ結論に、迷わずたどり着いた。


---


「魔石も、たぶん過去最高」


「たぶんじゃなくて、確実に最高」


「数えてないのに、確実なんだ」


「確実な気がする、でいい」


いい加減な理屈だったが、誰も訂正しなかった。


---


ヘクサインまでの道を、四人で歩く。


足取りは重かったが、口数だけは減っていなかった。


「明日は休むか」


「休む」


「休みたい」


「休むしかない」


四人の声が、今日も揃った。


疲れ果てた声で揃うのも、それはそれで悪くなかった。


いかがでしょうか?


感想、フォロー 頂けましたら喜びます。


よろしくお願いいたします。

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