↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
第二部 迷宮エア編 一層

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/237

第87話「触れかけた赤、退く決断」

マランの世界、毎日投稿中です。

当面、数話を連続投稿の予定です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

板を懐から出し、カインが色の並びを確かめた。


赤、青、緑、黄、白、黒。


六つの四角は、今日もわずかに位置を変えている。


「今日は赤、あと一歩ってところだな」


「その『あと一歩』が、いつも長いでござるが」


ワングが板を覗き込みながら答えた。


---


エアの門をくぐる直前、ワングがふと足を止めた。


「試したいことがある」


「跳躍門でござるな」


カインが察して頷く。


「以前踏み込んだ、宝箱のあった小部屋。あそこへ、直接跳べるか試してみたい」


ワングが目を閉じ、意識を集中させる。


淡い光が一度だけ瞬いたが、すぐに消えた。


「……繋がらぬ」


ワングが目を開け、静かに首を振った。


「行きは駄目、ってことか」


ダダが確かめる。


「入口へ戻るときは、確かに繋がった。だが、奥へ向かう先は、繋がる気配すらせぬ」


「エアの中身が、毎回変わるからじゃないか」


ノリアが呟いた。


「入口だけは、門そのものに紐づいた場所でござろう。だから『既知』として揺らがぬ。だが、奥は――潜るたびに、位置も形も作り替えられている。だから、覚えた場所であっても、次には別物になっている」


ワングが自分の考えを整理するように言葉を継いだ。


「つまり、行きは自分の足で稼ぐしかない。帰りだけは、保証されてる、ってことだな」


カインがまとめる。


「そう考えるのが、今のところ一番筋が通る」


ワングが頷いた。


---


門をくぐり、六人は歩き出す。


これまで何度も繰り返してきた探索は、無駄にはなっていなかった。


ダダの胸当ては継ぎ足された金属板で厚みを増し、ネリスの爪には新しい装具が追加されている。


ミラの荷袋には、解毒薬と回復薬が以前より多く並んでいた。


「今日は、備えだけは十分だな」


ダダが自分の胸当てを軽く叩く。


「油断はせぬがな」


ワングが釘を刺す。


道中の魔物は、これまでの遭遇で培った連携により、大きな消耗もなく退けられていった。


木箱もいくつか見つかり、防具と薬がさらに積み上がっていく。


「今日は、いい流れかもしれない」


ミラが小さく笑った。


その言葉が、まだ早かったことを、誰も知らなかった。


---


赤い四角の示す方角へ、板の丸い印がじりじりと近づいていく。


これまでで最も近い距離だった。


「今日こそ、届くかもしれぬ」


ワングの声に、わずかな高揚が滲む。


前方に、これまでにない広さの空間が開けた。


床には見覚えのない紋様が刻まれ、天井は高く、静けさが重く垂れ込めている。


「嫌な感じだな」


カインが低く呟いた。


その瞬間、空間の奥、四方の暗がりから、人型の影が二体、音もなく現れた。


背丈は人と変わらないが、両肩からそれぞれ二本ずつ、計四本の腕が伸びている。


四本の手には、それぞれ細身のサーベルが握られていた。


「初めて見る型でござるな」


ワングが刀を構えながら、油断なく距離を測る。


「四本とも、同じ得物か」


ダダが盾を構えた。


---


先に動いたのは、影の一体だった。


一瞬で間合いを詰め、四本の刃が同時に、しかし別々の軌道でカインへ振るわれる。


「速い――!」


カインがとっさに剣で二本を弾き、残る二本を紙一重で躱す。


躱した先へ、もう一体が回り込んでいた。


「カイン、後ろ!」


ネリスの声に、カインが半身をひねって剣を差し込む。


刃は浅く敵の腕を掠めただけで、致命傷には程遠い。


「二体同時か、面倒だな」


ダダが盾を掲げ、一体の前に立ちはだかる。


四本の刃が、盾の縁と中央を交互に叩き、金属の悲鳴が連続して響いた。


「重い、それに、速い……!」


ダダが歯を食いしばる。


盾で受けきれなかった一撃が、ダダの籠手をわずかに裂いた。


「これは、長引かせたくない相手でござるな」


ワングが低く呟く。


影の一体が、四本の刃を扇状に広げ、円を描くようにダダとカインの間合いを同時に測ってきた。


「二人まとめて狙うつもりか」


カインが低く警戒する。


「来るぞ」


ダダが盾を引き寄せた。


四本の刃が、上・中・下・そして死角の四方から同時に打ち込まれる。


ダダが盾で二本を受け、カインが剣で一本を弾いたが、残る一本が二人の間をすり抜けて空を切った。


「かわしただけ、良しとするか」


カインが息を吐く。


「油断は、まだできぬでござる」


ワングが静かに告げた。


---


「私が右、ワングは左!」


カインが叫び、剣を構え直す。


「承知」


ワングが短く応じ、刀を上段に構え直した。


もう一体の影が、ワングへ向けて四本の刃を放射状に振るう。


ワングは最小限の動きでそれを見切り、隙間を縫って斬り返した。


「この動き……ダダより手数は多いが、一撃は軽いでござるな」


ワングが冷静に分析する。


「なら、数を捌ければ勝てる、ってことか」


カインが応じたが、その声はどこか焦っていた。


ネリスが影の背後に回り込み、爪で腱を狙う。


一体の脚がわずかにふらついた。


「効いてる!」


ノリアの支援呪文が飛び、影の動きにわずかな鈍りが生まれる。


ミラの祈りが、ダダの盾に淡い加護を纏わせた。


しばらくは、拮抗が続いた。


ダダが盾で受け、ワングが隙間を突き、ネリスが側面を削る。


カインもまた、剣で刃を弾きながら、確実に浅い傷を積み重ねていった。


「このまま、押し切れるか……!」


カインの声に、初めて手応えらしきものが滲む。


だが、それは長くは続かなかった。


---


だが、影たちは学習していた。


数合を経るごとに、四本の刃の使い方が変わっていく。


二本で牽制し、二本で本命を放つ。


パターンを読ませない動きに、ネリスが舌打ちする。


「読めない、こいつら」


「読む前に、崩す」


カインが前に出た。


真正面から一体に斬りかかり、四本の刃をすべて剣で受け止めようとする。


その判断が、隙になった。


四本のうち二本を受け止めた瞬間、残る二本が死角から滑り込んだ。


「カイン!」


ミラの悲鳴が響く。


一本の刃がカインの脇腹を深く裂き、もう一本が肩を貫いた。


「がっ……!」


カインが片膝をつく。


血の色が、あっという間に広がった。


---


「カイン、下がって!」


ダダが盾で影の前に割り込み、無理やり間合いを断ち切る。


ワングが即座に加勢し、刀で牽制しながらカインの傍らへ滑り込んだ。


「浄光じゃ足りない……癒しの波を――!」


ミラが声を震わせながら詠唱する。


淡い光が傷口を包み、出血の勢いだけは何とか収まった。


だが、傷そのものは深く、カインの顔は青ざめたままだった。


「動けるか」


ワングが低く聞く。


「動く。動かなきゃ、まずいのは分かってる」


カインが歯を食いしばりながら答えた。


「無理はさせない。ここは、退く」


ノリアが即座に判断を下す。


「賛成」


ネリスが短く同意した。


「私も、賛成でござる。今日の相手は、まだ見極めきれておらぬ」


ワングが刀を構え直しながら告げた。


---


影たちは、獲物を逃がすまいとするように追ってきた。


「来るぞ、絶対に振り向くな!」


ダダが最後尾で盾を構え、追いすがる刃を一本ずつ弾いていく。


「ワング、時間を稼いでくれ!」


「承知」


ワングが振り返りざま一閃し、影の一体の腕を一本、斬り落とした。


悲鳴とも取れぬ音を立てて、影がわずかに怯む。


その隙に、ネリスが退路を確認しながら一行を先導した。


ミラはカインの体を支えながら、途切れず回復の光を送り続ける。


「もう少し……!」


ノリアの声に押されるように、六人は駆けた。


十分な距離を取ったところで、ワングが足を止め、目を閉じて意識を集中させた。


「跳躍門」


淡い光が六人を包む。


次の瞬間、篝火の匂いと、見慣れた石段が広がっていた。


「戻れた……」


ミラが安堵の息を漏らす。


カインはその場に座り込み、荒い息を吐いていた。


「悪い、油断した」


「油断じゃない。あれは、今までとは格が違う」


ダダが首を振る。


「四本の腕、二体がかり。あの動きに、今日はまだ対応しきれぬ」


ワングが静かに言った。


「今日のところは、生きて戻れただけで十分だ」


ノリアが皆の顔を見回す。


「赤には、届かなかったけどな」


カインが痛みに顔をしかめながら、それでも小さく笑った。


「次までに、考えることは山ほどある」


ワングが刀を鞘に納めながら、静かに頷いた。


---


カインはそのままリカバリーへ運ばれた。


エルフの治癒魔法とヒューマンの医術が組み合わさった治療を受け、傷の縫合と浄化が終わる頃には、顔色もいくらか戻っていた。


「深い傷でしたね。もう少し遅ければ、危なかったかもしれません」


治療にあたった術者が淡々と告げる。


「悪いことしたな、心配かけて」


カインがベッドの上で苦笑する。


「無事なら、それでいい。俺の盾が、もっと粘れてりゃな」


ダダが腕を組んで壁にもたれた。


「あの四本腕、アーカイブに記録はあるのか」


ノリアが誰にともなく呟く。


「明日、確かめに行こう。名前も分からない相手じゃ、対策の立てようもない」


ミラが荷袋を整理しながら言った。


「拙者からも、ひとつ提案がある」


ワングが皆を見回す。


「次にあの空間へ向かうときは、二人一組で相手を分断する動き方を、あらかじめ決めておくべきでござろう。今日のように、成り行きで対処するのは、もう避けたい」


「賛成だ」


カインが即座に頷いた。


窓の外はもう暗く、リカバリーの灯りだけが、六人の顔をやわらかく照らしていた。


赤い四角までは、まだ遠い。


だが、退くという選択もまた、進むための一歩なのだと、誰もが胸のうちで静かに頷いていた。


いかがでしょうか?


感想、フォロー 頂けましたら喜びます。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。