第86話「刻まれた毒、止めない歩み」
マランの世界、毎日投稿中です。
当面、数話を連続投稿の予定です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
板を懐にしまい、カインが顔を上げた。
「今日も、赤を目指す」
「賛成」
六つの声が揃う頃には、もう迷いは残っていなかった。
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ヘクサインでの一夜を経て、エアの門を再びくぐる。
丸い印は、前回引き上げた地点からではなく、板が示す座標そのままの場所に現れた。
「入口からのやり直しじゃない、ってことは」
ダダが板を覗き込む。
「拙者たちの現在地は、常に板の側が把握している、ということでござろうな」
ワングが答えた。
「便利なような、少し薄気味悪いような」
ミラが苦笑する。
「気にしても仕方ない。今は、進むだけだ」
カインが板をしまい、先頭に立った。
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進み始めてすぐ、これまで見たことのない魔物と遭遇した。
半透明の体を持つ、水のような質感の塊だった。
輪郭が曖昧で、どこを狙えばいいのか一瞬迷う。
「触れたら、まずいやつか」
カインが身構える。
「たぶん。近づきすぎなければ、大丈夫そう」
ネリスが短く告げた。
慎重に距離を取りながら、遠間から数発叩き込むと、塊はあっけなく弾けて消えた。
その場に、小さな木箱が現れる。
「また箱か」
ダダが蓋を開けると、中には布状の防具と、色違いの小瓶が並んでいた。
「今日も、武器は無しか」
カインが少し肩を落とす。
「防具と薬ばかり、というのも、逆に法則っぽいでござるな」
ワングが呟いた。
「法則があるなら、いつか武器も出てくる、ってことだよな」
ダダが小瓶を荷袋にしまいながら言う。
「そう思うしかない」
ノリアが小さく笑った。
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さらに進むと、似たような遭遇が続いた。
壁を這う多足の影は、近づくたびに脚の数を増やしたように見え、ネリスが眉をひそめた。
「気持ち悪い動き方でござるな」
ワングが刀の柄に手をかけたまま言う。
倒すと、また木箱。今度は解毒の小瓶が三本、まとめて出てきた。
「毒消し、増えるな」
カインが数を数えながら呟く。
続けて現れたのは、宙を漂う目玉のようなものだった。
視線が合った瞬間、体がわずかに重くなる感覚があり、ネリスが即座に離脱を指示する。
「あれ、見ちゃ駄目。目、逸らして戦って」
言われた通りに視線を外して斬りかかると、呆気なく崩れ落ちた。
またも木箱。今度は肩当てが一つ。
そのすぐ後、床の隙間から無数の小さな棘が突き出し、通路を塞ぐように広がった。
「これ、魔物なのか、罠なのか」
カインが首を傾げる。
「動いてる。魔物でござろう」
ワングが刀を一閃させると、棘の群れは束になって崩れ落ちた。
崩れた跡にも、変わらず木箱がひとつ。
出てきたのは、脚甲が一組と、また色違いの小瓶だった。
「初めて見る魔物ばかりなのに、出てくるものは似たり寄ったりだな」
ダダが荷物を整理しながら言う。
「エアは、武器を寄越さない場所なのかもな」
ノリアが静かに言った。
「まだ、断定はできぬでござるが」
ワングが付け加える。
「もしそうなら、武器は自分たちで整えろ、ってことかもしれないな」
カインが自分の剣に目を落とした。
「フォージタウンの出番、増えそうだね」
ミラが荷袋の膨らみを見て笑った。
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前室らしき広い空間に出たところで、丸い印が初めてはっきりと止まった。
「行き止まり、じゃないよな」
カインが周囲を見回す。
「違う。何か、いる」
ネリスが耳を伏せ、低く告げた。
その言葉と同時に、天井近くの暗がりから、長い影が滑り落ちてきた。
蛇型の魔物だった。
体長は人の背丈をゆうに超え、鱗の隙間から鈍い光を放つ牙が覗いている。
「大きいでござるな」
ワングが刀を抜く。
「牙、気をつけろ。あと——」
ネリスが言い終わる前に、蛇の口から緑がかった液体が飛んだ。
「毒だ!」
カインが叫ぶ。
とっさに避けたダダの肩口に、液体がわずかにかかった。
「痛っ……痺れる。俺の肩、やられた」
ダダが顔をしかめる。
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蛇は素早く、しかも執拗にダダ・ネリス・ワングの三人ばかりを狙って、牙と毒液を交互に繰り出してきた。
「囲まれてる、というより、狙われてるでござるな」
ワングが刀で牙を受け流しながら言う。
「前衛が的にされてる、ってことは」
カインが後方から声を上げた。
「ミラ、頼めるか」
「まかせて」
ミラの手のひらが淡く光り、ダダの肩から毒の色がゆっくりと引いていく。
浄化の光が届くたびに、痺れが和らいでいくのがわかった。
だが、蛇の攻撃は止まらない。
体をくねらせるたびに角度を変えて毒液を飛ばし、狙いを絞らせない。
ネリスの腕にも、ワングの脇腹にも、次々と毒液の跡が刻まれていく。
「治療、追いつかない……」
ミラが息を切らした。
「なら、先に決める」
カインが前に出て、蛇の首元めがけて剣を振るう。
刃は鱗に弾かれ、浅い傷しか残せない。
「硬いな、こいつ」
カインが舌打ちする。
「首の付け根、鱗が薄いところがある」
ノリアが叫んだ。
その一言で、ワングの動きが変わる。
刀を返し、教えられた一点――牙の根元を狙って一閃した。
「効いた——!」
ネリスが爪で追撃を加え、蛇の動きが目に見えて鈍くなる。
隙を逃さず、ダダが盾の縁を叩きつけて怯ませた。
最後の力を振り絞るように暴れた蛇を、ダダが盾で押さえ込み、カインがとどめを刺した。
影が崩れ、床に魔石だけが残った。
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戦いが終わると同時に、三人がその場に膝をついた。
「まだ痺れてる、けど、動ける」
ダダが自分の腕を確かめる。
「毒が抜けきってない。もう一度、いい?」
ミラが問いかけ、三人が頷いた。
再び浄化の光が三人を包み、ようやく痺れが完全に引いていく。
小瓶の解毒薬を使わずに済んだことに、ミラが小さく胸を撫で下ろした。
「今日はもう、無理はしない方がいいでござろう」
ワングが刀を鞘に納めながら言った。
「賛成。今日はここまで」
ノリアが静かに告げる。
板を確かめると、丸い印はほんの少しだけ、赤に近づいていた。
「牙は厄介だったけど」
ミラが六人の顔を見回す。
「それでも、進んではいる」
カインが頷いた。
「次は、毒消しも多めに持ってこようぜ」
ダダが苦笑しながら荷袋を叩く。
「賛成でござる。備えあれば憂いなし、とはよく言ったものでござるな」
ワングが静かに応じた。
「毒を吐く敵、これからも出てくるかもな」
カインが腕を組む。
「前衛三人がまとめて狙われた、っていうのも、覚えておいた方がいいでござろう。次は、誰かが囮になる動きも考えておくべきかもしれぬ」
ワングが刀の柄に軽く触れながら言う。
「囮役、私でもいい」
ネリスが短く申し出た。
「相談しよう。今日はもう、頭も回らない」
カインが苦笑して話を締めくくった。
痺れの残る腕を軽く振りながら、六人は入口への道を戻り始めた。
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クロスロードに帰還すると、受付のリゼットが六人の様子に目を留めた。
「今日は、少し顔色が優れないようですね」
「毒を食らってな。もう平気だけど」
ダダが答えると、リゼットは表情を変えずに一枚の用紙を差し出した。
「新種の遭遇報告でしたら、アーカイブ行きです。手続きは、私が回しておきます」
「助かる」
カインが用紙を受け取り、遭遇した魔物の姿を思い出しながら書き込んでいく。
半透明の塊、多足の影、宙を漂う目、床から突き出す棘、そして蛇型。
「今日だけで五種か」
書き終えたカインが、自分で数えて驚いた。
「エア、本当に底が見えないでござるな」
ワングが用紙を覗き込みながら呟く。
「武器が出ない、ってのも、書いといた方がいいのか」
ダダが尋ねる。
「傾向として気づいたことは、何でも書いておいて損はないですよ」
リゼットが淡々と答えた。
用紙を託し終えると、ミラが荷袋の中身を確かめながら息をついた。
「解毒の薬、今日はほとんど使わなかったね」
「浄化が間に合ったからな」
カインが頷く。
「次はもっと数が要るかもしれない、ってことは、頭に入れとくべきでござる」
ワングが静かに付け加えた。
「明日は、装備の確認からだな」
ダダが自分の新しい胸当てを軽く叩く。
六人はそれぞれ頷き、今日の足取りを胸の中で数えながら、宿への道を歩き出した。
明日もまた、この足で進む。
いかがでしょうか?
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