第85話「近づけない赤、それでも近づく」
マランの世界、毎日投稿中です。
当面、数話を連続投稿の予定です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
板の上で、赤い四角が、静かに光っていた。
六つの色のうち、今の場所からいちばん近い。
「今日は、まず、あそこを目指す」
カインが、板を懐にしまいながら言う。
「賛成」
六人の声が揃った。
---
エアの門をくぐると、板の質感が、いつものように柔らかく変わった。
丸い印が、赤い四角の方向を示している。
「思ったより、近そうだな」
ダダが板を覗き込む。
「油断は禁物でござる。近いと出ても、道のりが近いとは限らぬ」
ワングが静かに言った。
その言葉通り、進み始めてすぐに、通路の様子がおかしくなった。
---
分岐を選ぶたびに、丸い印は近づくどころか、少しずつ位置がずれていく。
「これ、進んでる、はずだよな」
カインが板と実際の景色を見比べる。
「進んでる。でも、赤との距離、縮まってない気がする」
ネリスが耳を伏せながら答えた。
三度目の分岐で、右へ進んだ通路が急に狭まり、そのまま行き止まりになった。
「また、これか」
ダダが天井を見上げる。
「戻ろう」
カインが踵を返しかけたところで、ミラが声を上げた。
「待って。板の丸い印、ここでは動いてない」
見ると、確かに丸い印は止まったままだった。
「行き止まりだと、板も止まる、ってことか」
ノリアが呟く。
「便利な機能かもしれないな。無駄足かどうか、先にわかる」
カインが少し表情を緩めた。
---
戻って別の道を選ぶと、丸い印はまた動き出した。
だが、赤い四角との距離は、思うようには縮まらない。
「近いはずなのに、なかなか着かないな」
ダダがぼやく。
「エアの構造が変わり続けている以上、地図が示すのは方角と距離だけでござろう。道のりそのものは、保証してくれぬ」
ワングが冷静に言った。
「わかってても、じれったいものはじれったい」
ダダが苦笑する。
さらに進むと、道が二手に分かれていた。
「右は、丸い印が、少し赤に近づく」
ネリスが板を覗き込みながら言う。
「じゃあ、右だ」
カインが迷わず進んだが、数十歩も行かないうちに、天井が崩れたような瓦礫の山に阻まれた。
「これは、無理だな」
ダダが瓦礫を見上げる。
「戻って、左を試すしかない」
左の道は長く続いたが、途中で通路がゆるやかに曲がり、気づけば板の丸い印は、むしろ赤から遠ざかっていた。
「遠ざかってる……」
ミラが小さく声を上げる。
「近道のつもりが、遠回りか」
カインがため息をついた。
「焦らないでよさそうだ、これは。近い道より、通れる道を選ぶしかない」
ノリアが静かに言う。
半刻ほど迷い続けた末、通路の先に、小さな空間が見えてきた。
---
壁際に、古びた木箱がひとつ置かれている。
「あった」
ネリスが先に駆け寄り、罠の有無を確かめてから蓋を持ち上げた。
中には、革の胸当てと小瓶がいくつか入っていた。
「これ、前衛用の防具っぽいな」
ダダが胸当てを取り出し、光にかざす。
「軽いのに、しっかりしてる」
「小瓶は」
ミラが覗き込みながら聞く。
「こっちは回復薬。こっちは、色からして毒消しかな」
ミラが二種類を選り分けながら答えた。
「毒持ちの敵、この先にいるのかもな」
カインが眉を寄せる。
「備えあれば憂いなしでござる」
ワングが淡々と言った。
「胸当て、誰が使う」
ミラが聞く。
「ダダの、もう傷んできてただろ」
カインが言うと、ダダは自分の胸当てを軽く叩いた。
「そういえば、留め具が緩くなってきてた。ちょうどいい」
ダダが古い胸当てを外し、新しい方を身につける。
「悪くない。動きやすい」
---
木箱を離れてすぐ、ネリスがふと足を止めた。
「床、なんか違う」
耳を伏せ、慎重に一点を見つめる。
「罠か」
カインが低く聞く。
「たぶん。踏んだら、まずいやつ」
ネリスが屈み込み、床の継ぎ目をそっとなぞった。
わずかな段差の下に、細い糸のようなものが張られている。
「見つけた。避けて通れる」
ネリスが合図し、六人はその一点を大きく迂回した。
「こういうの、ノアじゃ見なかったな」
ダダが振り返りながら言う。
「知性が高い、って話、こういうところに出るのかもな」
カインが呟いた。
---
木箱を離れてすぐ、通路の奥から気配が近づいてきた。
「来る」
ネリスが短く告げる。
姿を現したのは、複数体で連携する影だった。
一体が前に出て注意を引きつけ、残りの二体が左右から回り込もうとする。
「囮と挟み撃ち、両方来るぞ」
カインが剣を構えながら言う。
「ダダ、正面頼む。私とネリスで、回り込む方を潰す」
「任せろ」
ダダが盾を構え、囮の一体の前に立ちはだかった。
囮が、あえて隙を見せるように動きを緩める。
「乗るなよ、絶対」
カインが低く釘を刺した。
「乗らない。目は、ちゃんと横に向けてる」
ダダが答え、盾の縁で牽制を続ける。
---
「ここで、滅却光を試すでござる」
ワングが不意に言った。
「効果、まだちゃんとわかってないんだろ」
ダダが確かめる。
「だからこそ、確かめる。実戦以外に、確かめる場がない」
ワングが一歩、前へ踏み出す。
刀身に、黒く沈んだ光が宿った。
誰も声を出さず、その光を見つめる。
一閃。
回り込もうとしていた一体が、防御ごと消し飛んだ。
「防御、意味を成さぬでござるな」
ワングが低く呟く。
「威力、桁違いだぞ、それ」
カインが目を見開いた。
「代わりに、隙は大きい。連発は利かぬ」
ワングが刀を引き、構え直す。
その隙を残る一体が突こうとしたが、ネリスの爪の方がわずかに早かった。
首元を正確に捉え、影が力なく崩れる。
囮のもう一体も、ダダの盾に押し返され続け、やがて動きが鈍った。
「粘っても無駄だぞ」
カインが剣を突き入れ、とどめを刺す。
影が音もなく崩れ、床に魔石だけが残った。
「滅却光、記録しておかないとな」
カインが振り返る。
「威力は申し分ない。ただ、隙の大きさも、覚えておくべきでござる」
ワングが刀を鞘に納めながら答えた。
---
戦いを終え、六人は木箱のあった場所で一息ついた。
板を確かめると、丸い印は、ほんの少しだけ赤に近づいていた。
「今日は、ここまでかな」
カインが皆を見回す。
「賛成。ちゃんと近づいてはいる。焦る必要はない」
ノリアが静かに言った。
「さて、帰りだが」
カインが言う。
「正直、この道を戻れる自信ない」
ダダが苦笑した。
「一つ、試したいことがある」
ワングが静かに言う。
「跳躍門でござる」
「既知の場所にしか跳べないはずだろ」
カインが確認する。
「エアの入口なら、これまで何度もくぐった。既知の場所と言えるはずでござる」
ワングが目を閉じ、意識を集中させる。
「もし、繋がらなかったら」
ミラが少し不安げに聞いた。
「その時は、歩いて戻るまでのこと。ものは試しでござる」
ワングが手をかざした。
淡い光が、六人を静かに包んでいく。
---
次の瞬間、見慣れた光景が広がっていた。
篝火の匂いと、通い慣れた石段。
「これ……」
ミラが辺りを見回す。
「エアの入口だ」
カインが呟いた。
「直接、跳べたのか」
ダダが自分の足元を確かめるように見下ろす。
「入口までなら、と思っていたが。まさか本当に届くとは」
ワングも、驚きを隠せない様子だった。
「これなら、次からは」
ノリアが何かに気づいたように言う。
「そう。奥まで潜った日でも、迷わず戻れる」
カインが頷いた。
「今日みたいに、地図があってもなかなか近づけない日でも、帰り道だけは確保できる、ってことか」
ダダが自分の胸に手を当て、確かめるように言う。
「少なくとも、この入口までは。奥からここまで届くかは、また別の話でござるが」
ワングが慎重に付け加えた。
「クロスロードから、ここまでも、いずれ繋げられるかもしれぬ」
さらに、そう続ける。
「それができたら、毎朝の道のりも、随分楽になるな」
ダダが笑った。
「試す価値、ありそうだな」
カインも口元を緩めた。
六人は顔を見合わせ、静かに息をついた。
赤い四角までは、まだ遠い。
それでも、今日の一歩は、確かに積み上がっていた。
明日もまた、この入口から始められる。
それだけで、足取りは少し軽くなった。
いかがでしょうか?
感想、フォロー 頂けましたら喜びます。
よろしくお願いいたします。




