第80話「新たな扉、三つの問い」
マランの世界、毎日投稿中です。
当面、数話を連続投稿の予定です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
手の甲の花びらが、まだ、微かに、熱を持っていた。
「これが、エアの入口、か」
カインが、目の前の扉を、見上げながら、呟く。
見た目だけなら、ノアの入口と、大差なかった。
だが、扉に触れる前から、肌に伝わる空気が、明らかに、違っていた。
「緊張、してるのか、俺」
カインが、自分の手を、見つめながら、苦笑する。
「してるだろ、誰だって」
ダダが、短く、答えた。
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昨夜、フラグメンツで交わした乾杯の余韻は、まだ、六人の中に、残っていた。
だが、扉の前に立つと、その温かさとは、また違う何かが、腹の底に、湧いてくる。
「ノアの時とは、違う緊張、でござるな」
ワングが、静かに、言う。
「拙者も、初めて、この扉をくぐる」
「みんな、初めてだ」
カインが、答えた。
「それは、そうだよな」
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「行くぞ」
カインの声に、五人が、頷く。
扉をくぐると、広い部屋が、六人を、迎えた。
篝火はなく、代わりに、天井近くから、淡い光が、部屋全体を、静かに照らしていた。
「五層前室や、十層の前室に、似てるでござるな」
ワングが、周囲を、見渡しながら言う。
「似てる、けど、何かが、違う」
ネリスが、耳を伏せながら、短く答えた。
「何が、違う?」
ミラが、聞く。
「うまく、言えない。音の、響き方とか」
ネリスが、首を傾げながら、答えた。
たしかに、六人の足音は、この部屋の中で、どこか、くぐもって聞こえた。
反響が、あるはずの広さなのに、返ってくる音が、やけに、少ない。
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部屋の中央に、大きな石碑が、立っていた。
見上げるほどの高さで、表面には、見慣れない文様が、びっしりと刻まれている。
「これ……読めるのか」
ダダが、石碑に近づきながら、言う。
近づくにつれ、文様が、意味を持った言葉として、頭の中に、流れ込んできた。
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「ここはエア一層へ導く場所。石板に手をかざせ」
カインが、低く、読み上げる。
「力を伸ばすか、願いをかなえるか、別の道を歩むか、各々が悩むが良い。仲間が答えを得たら、次への道が現れん」
読み終えた後、しばらく、誰も、口を開かなかった。
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「三つ……」
ミラが、静かに、呟く。
「力を伸ばすか、願いをかなえるか、別の道を歩むか」
「意味、わかる人」
ネリスが、皆を、見回しながら、聞く。
誰も、答えなかった。
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「力を伸ばす、っていうのは、まだ、わかる気がする」
ノリアが、石碑を、見上げながら、言う。
「レベルとか、呪文とか、そういう話だろうな、たぶん」
「願いをかなえる、は?」
ミラが、聞く。
「それが、一番、わからない」
ノリアが、正直に、答えた。
「別の道を歩む、っていうのも、抽象的すぎる」
ダダが、腕を組みながら、言う。
「三択、って言われても、中身が、見えない」
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「悩むが良い、とも、書いてあったでござるな」
ワングが、静かに、付け加える。
「つまり、今すぐ、決めろって話じゃ、ないのかもしれぬ」
「悩んで、それで、どうなるんだ」
カインが、腕を組む。
「わからない」
ダダが、答えた。
「わからないけど、それが、この場所の、流儀なのかもな」
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「答えを得たら、次への道が現れる、と」
カインが、腕を組む。
「答えって、口に出すのか、それとも」
「わからない」
ダダが、正直に、答えた。
「わからないけど、とりあえず、手をかざしてみるしか、なさそうだな」
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「一人ずつ、でござるか。それとも、同時に」
ワングが、聞く。
「試すしか、ないだろうな」
カインが、静かに、頷いた。
「危なそうな気配は、ある?」
ミラが、ネリスに、聞く。
「今のところ、ない」
ネリスが、耳を、そっと動かしながら、答えた。
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「じゃあ、俺から、行くか」
カインが、一歩、進み出る。
石板に、右手を、そっと、かざした。
冷たい感触が、掌に、伝わってくる。
だが、それ以上、何も、起こらなかった。
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「何も、感じないな」
カインが、手を、離しながら、言う。
「私も、試してみる」
ノリアが、続いて、石板に、手をかざす。
やはり、変化は、なかった。
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「一人ずつじゃ、足りない、ってことか」
ダダが、呟く。
「仲間が、答えを得たら、って書いてあった」
ミラが、思い出すように、言う。
「六人分、必要なのかも」
「なら、俺も」
ダダが、進み出ようとして、一瞬、足を止めた。
「何、迷ってる」
ネリスが、聞く。
「いや」
ダダが、首を振る。
「石板に触れた瞬間、何か、聞かれるんじゃないかと、思っただけだ」
「聞かれたら、答えればいい」
ミラが、静かに、言う。
「答えが、決まってなくても?」
「決まってなくても」
ミラが、頷いた。
その言葉に、ダダは、小さく、息をついた。
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「では、拙者も」
ワングが、進み出て、手をかざす。
続けて、ダダ、ネリス、ミラも、それぞれ、石板に触れていった。
六人分の手が、すべて、石板の上に、並んだ、その瞬間。
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石碑の文様が、淡く、光り始めた。
「来た……!」
ネリスが、思わず、声を上げる。
光は、次第に、強くなり、部屋全体を、白く、包み込んでいく。
「目、開けてて、大丈夫か!」
ダダが、叫ぶ。
「大丈夫、みたいだ!」
カインが、答えた。
不思議と、痛みも、眩しさも、なかった。
ただ、体の芯が、ふわりと、浮くような感覚だけが、六人を、包んでいく。
「何か、問われてる、気が、する……!」
ミラが、光の中で、声を、絞り出す。
「俺も……! でも、何を、聞かれてるのか、わからない!」
カインが、答えた。
言葉にならない何かが、頭の奥を、静かに、素通りしていく。
答えたのかどうかさえ、誰にも、わからなかった。
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光が、収まった時。
六人は、見覚えのない、通路に、立っていた。
石造りの壁、碁盤目に近い、通路の広がり。
「ノアの、一層に、似てる」
カインが、周囲を、見渡しながら、言う。
「似てる、けど」
ネリスが、耳を、伏せる。
「空気が、重い」
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「感じるでござるな、拙者にも」
ワングが、静かに、頷いた。
音が、どこか、遠く聞こえる。
足音すら、通路の奥に、吸い込まれていくようだった。
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「地図、描けそうか」
ダダが、羊皮紙を、取り出しながら、聞く。
「描いてみる。でも」
カインが、周囲を、見回しながら、答える。
「アーカイブの話だと、エアは、次に来た時、同じ形とは、限らないらしい」
「今日の分は、今日限り、ってことか」
ダダが、苦笑しながら、羊皮紙を、しまい直した。
「無駄には、ならない。今日の敵の傾向くらいは、掴めるはずだ」
カインが、答えた。
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しばらく、通路を、慎重に、進んでいく。
壁の質感が、途中で、微かに、変わった気がした。
「今の、気のせいか」
ミラが、壁に、そっと、触れながら、聞く。
「気のせいじゃ、ないと思う」
ノリアが、答える。
「少し前まで、ざらついてたのに、今は、なめらかだ」
石造りのはずの壁が、いつの間にか、違う手触りに、変わっていた。
「アーカイブの、証言と、同じでござるな」
ワングが、静かに、言う。
「素材が、唐突に、変わる、というやつ」
「本当だったのか、あの話」
ダダが、低く、呟いた。
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「敵、来る」
ネリスが、短く、告げる。
通路の先、影が、一つ、二つと、姿を、現し始めた。
これまでの、どのモンスターとも、違う、纏う気配だった。
「あれ……」
ミラが、思わず、声を、詰まらせる。
「今までの魔物と、纏ってるものが、違う」
カインが、剣の柄に、手を、かけながら、低く、呟いた。
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輪郭は、ノアの浅層で、幾度も見た、小型の獣型に、近い。
だが、動き方が、明らかに、違った。
真っ直ぐ、こちらへ、向かってくるのではなく、じっと、間合いを、測るように、足を止めている。
「様子見、してる」
ネリスが、低く、呟く。
「今まで、あんな動き、しなかった」
「知性、高いって、話だったな」
ダダが、盾を、構え直しながら、言う。
「話だけじゃ、なかった、ってことでござるな」
ワングが、静かに、刀の柄に、手を添えた。
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「これが、エア、か」
カインが、もう一度、呟いた。
誰も、それに、答えなかった。
答えの代わりに、六人は、それぞれ、得物を、構え直した。
見つめ合ったまま、動かない、影と、六人。
その静かな睨み合いが、エアでの、最初の一歩だった。
いかがでしょうか?
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