第75話「知る者しか、知れない」
マランの世界、毎日投稿中です。
当面、数話を連続投稿の予定です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
クロスロードの窓口に、リゼットの声が、いつになく、硬かった。
「六人揃って、今すぐ、ギルド長室まで」
「今すぐ?」
カインが、聞き返す。
「はい。今すぐ、です」
リゼットの目に、普段の事務的な余裕が、見当たらなかった。
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案内されたのは、いつものクロスロードの窓口ではなかった。
長い廊下を、リゼットの後について、進んでいく。
すれ違う職員たちの視線が、心なしか、六人に、集まっているような気がした。
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ギルド本部の最奥、六人が足を踏み入れたことのない、重厚な扉の前だった。
「ここ……」
ネリスが、思わず、呟く。
「私も、この先へは、滅多に入りません」
リゼットが、静かに、答える。
その声にも、隠しきれない緊張が、滲んでいた。
「入って」
扉の向こうから、聞き慣れた声が、届いた。
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広い執務室の中央、ルーシェナが、静かに、六人を見つめていた。
いつもの、愛想の良い姉ちゃんの空気ではない。
背筋の伸びた佇まいに、六人は、思わず、息を呑んだ。
「呼び立てて、悪かったね」
その声だけは、いつもと同じ、柔らかさを保っていた。
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「単刀直入に、言う」
ルーシェナが、六人を、順に見渡す。
「十層、最終部屋への到達、おめでとう」
静かな、けれど、確かな重みのある言葉だった。
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「……おめでとう、というのは」
カインが、慎重に、聞き返す。
「あの部屋に辿り着いたこと自体が、おめでとう、なんですか」
「そう」
ルーシェナが、頷く。
「あそこまで足を運べただけで、十分に、称えられることだ」
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「でも、俺たち、負けたんですけど」
ダダが、率直に、言う。
「終焉で、一撃で、伸された」
「知ってる」
ルーシェナが、静かに、答えた。
「報告は、ちゃんと、上がってきてる」
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「あの部屋主のエルフ」
ルーシェナが、言葉を、選ぶように、続ける。
「これまで、誰にも、倒されたことがない」
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部屋の空気が、一瞬、止まった。
「誰にも……?」
ミラが、静かに、聞き返す。
「ノアが開いてから、今日まで、一度も」
ルーシェナの声に、揺らぎは、なかった。
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「じゃあ」
ノリアが、思わず、口を挟む。
「今、エアに潜ってる人たちは、どうやって……」
エアは、ノアを制覇した者だけが、入場を許されるダンジョンだ。
十層の主を、誰も倒したことがないのなら、その先に進んだ者が、いるはずがない。
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「いい質問だね」
ルーシェナの口元に、わずかな笑みが、浮かぶ。
だが、その先を、続けようとはしなかった。
「それは」
カインが、身を乗り出す。
「教えてもらえないんですか」
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「教えられない、じゃない」
ルーシェナが、静かに、首を振る。
「教えても、あんたたちには、届かない」
「届かない……?」
ワングが、眉を寄せる。
「言葉で、説明できる類のことじゃ、ないんだよ」
ルーシェナが、静かに、続ける。
「あたし自身、当事者から、聞いたことしか、知らない」
「ギルド長でも……」
カインが、思わず、呟く。
「あたしも、一介の、通ってきた者に、過ぎないからね」
ルーシェナの目に、遠い記憶をたどるような、静かな色が、浮かんだ。
それ以上は、語ろうとしなかった。
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「まあ、とりあえず」
ルーシェナが、話を、切り上げるように、言った。
「もう一度、行って、話をしてきな」
「話を」
カインが、繰り返す。
「殺し合うんじゃなくて、話を、するんですか」
「そう」
ルーシェナが、頷いた。
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「あの部屋主は、話が通じる相手だよ」
「今更、そんなこと……」
ダダが、思わず、声を上げる。
「一撃で、六人まとめて、伸したくせに」
「歯ごたえを、確かめただけさ」
ルーシェナが、静かに、答える。
「本気で殺す気なら、あんたたち、今頃、ここには、いない」
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その一言に、六人は、言葉を失った。
あの一撃が、本気ではなかった。
その事実だけが、静かに、重く、部屋に、沈んでいく。
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「もう一つ、伝えておく」
ルーシェナの声が、一段、低くなる。
「今、話したこと。十層の部屋主に、実際に会った者しか、知らない」
「え……」
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「そして、会った者以外には、話すことができない」
「話せない、って」
カインが、聞き返す。
「口が、動かなくなるとか、そういうことですか」
「試してみるかい」
ルーシェナが、静かに、問い返す。
その目に、冗談の色は、なかった。
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「あんたたちが、今日ここで聞いたことを、フラグメンツで、面白おかしく喋ろうとしてみるといい」
「……」
「たぶん、途中で、言葉が、出てこなくなる」
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「なんで、そんな……」
ネリスが、掠れた声で、言う。
「誰が、そんな仕組みを」
「さあ」
ルーシェナが、静かに、首を傾げた。
「あたしにも、わからない」
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「わからない、って」
「ギルド長の、あたしにもだよ」
ルーシェナが、少しだけ、目を細める。
「この迷宮には、そういうことが、ある」
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「六人の壁と、同じですか」
ミラが、静かに、聞く。
「近いね」
ルーシェナが、頷いた。
「誰にも、説明のつかない、迷宮側の、選別」
「五層の壁も、そうだったでござるな」
ワングが、静かに、口を挟む。
「認められる者と、認められない者が、いた」
「そう」
ルーシェナが、頷く。
「今回のは、その延長線上に、あるものだと、あたしは、思ってる」
「延長線上……」
カインが、静かに、繰り返した。
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「じゃあ、私たち」
ノリアが、震える声で、言う。
「もう、後戻り、できない、ってことですか」
「そうとも、言えるし」
ルーシェナが、静かに、六人を、見渡す。
「選ばれた、とも、言える」
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沈黙が、部屋を、満たした。
誰も、すぐには、言葉を、継げなかった。
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「行くか、行かないかは」
ルーシェナが、静かに、続ける。
「あんたたちが、決めることだ」
「強制じゃ、ないんですね」
カインが、確かめるように、聞く。
「強制なんて、するはずないだろう」
ルーシェナが、初めて、いつもの調子で、笑った。
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「ただね」
その笑みが、ふっと、静かなものに、変わる。
「あの部屋の先に、何があるのか。知りたくは、ないかい」
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その問いに、誰も、すぐには、答えなかった。
だが、六人の目の奥に、同じ光が、灯っているのを、ルーシェナは、静かに、見て取った。
「今日は、これで、十分だ」
ルーシェナが、話を、締めくくる。
「戻って、よく、考えな」
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執務室を出た六人の足取りは、来た時よりも、ずっと、重かった。
だが、その重さの中に、確かに、何かが、灯っていた。
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「なあ」
ヘクサインへの道すがら、ダダが、静かに、口を開く。
「あの女、俺たちのこと、殺す気、なかったんだよな」
「そうみたいだな」
カインが、頷く。
「話が、通じる相手」
ワングが、静かに、繰り返す。
「拙者たちは、まだ、あの人の、真の姿を、見ていないでござるな」
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「行くしか、ないよね」
ミラが、静かに、皆を見渡す。
「もう、知ってしまったんだから」
「知ってしまった」
ノリアが、小さく、頷いた。
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「エアに潜ってる人たちが、どうやって、あそこを越えたのか」
ネリスが、静かに、呟く。
「その答えも、たぶん、あの部屋の先にある」
「ルーシェナさんも、当事者だった、ってことだよな、あの口ぶり」
ダダが、ぽつりと、言う。
「あの人が、何を、見てきたのか」
ミラが、静かに、目を伏せた。
「今の私たちには、まだ、想像もつかない」
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「話をしろ、か」
カインが、空を見上げながら、呟く。
「殺し合うんじゃ、なくて」
「拙者たちが、これまで、思い違いをしていたのかもしれぬでござるな」
ワングが、静かに、言う。
「あの部屋は、越える場所ではなく……向き合う場所、なのかもしれぬ」
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夕暮れの空の下、六人は、しばらく、黙って、歩き続けた。
誰も、それ以上、口を、開かなかった。
だが、六人の胸の内では、同じ問いが、静かに、燃え始めていた。
あの部屋の先に、何が、待っているのか。
それを知るのは、六人以外には、まだ、誰もいない。
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執務室に、一人残ったルーシェナが、窓辺に、立っていた。
遠ざかっていく、六人の背中を、静かに、見送る。
その口元が、小さく、緩んだ。
「さすが、カレント様の、四人」
誰にも、届かない、呟きだった。
「――いや」
窓の外を見つめたまま、ルーシェナが、続ける。
「今は、六人、か」
その表情を見た者は、誰もいなかった。
いかがでしょうか?
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