第71話「賭けた扉、繋いだ命」
マランの世界、毎日投稿中です。
当面、数話を連続投稿の予定です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
前室を抜けたところで、カインが、一度、足を止めた。
「最後の部屋の前まで、できるだけ魔法は、温存できるだけ、温存する」
「わかってる」
ノリアが、静かに、頷いた。
「節約しながら、魔法は使うよ。」
「拙者も、まだ、余力を残してあるでござる」
ワングが、静かに、付け加える。
その言葉を胸に、六人は、慎重に、通路の奥へと進んでいった。
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一層から九層相当の敵を、順に退けながら、最後の扉の前に、辿り着く。
呪文のチャージは、かなり、残しつつ進めた。
「開けるぞ」
カインが、扉の取っ手に、手をかける。
重い音とともに、扉が、ゆっくりと、開いていく。
中は、これまでの前室とは、違う空気に、満ちていた。
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広い部屋の奥、静かに佇む、一人の女性の姿があった。
エルフの、女性だった。
若いのか、年老いているのか、一目では、判断がつかない。
滑らかな肌と、深く澄んだ瞳が、同居していた。
装飾のない、簡素なローブ。
だが、その佇まいだけで、ただ者ではないと、六人全員が、直感していた。
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「誰も、動くな」
カインが、低く、囁く。
剣の柄に、手をかけたまま、動きを止めた。
ダダも、盾を、静かに構え直す。
誰も、先に、一歩を、踏み出せなかった。
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「おや、新顔だねぇ」
女性が、口を開く。
その声には、驚きも、警戒も、なかった。
「なかなか早いペースで、ここまで来たじゃないか」
視線が、六人を、ゆっくりと、なぞっていく。
値踏みするような、その目に、ネリスが、思わず、耳を伏せた。
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「ちょっとは、歯ごたえがあるかい?」
その一言が、終わるか、終わらないかのうちに。
女性の手が、静かに、掲げられた。
「終焉」
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準備も、なにもなかった。
カインが、剣を構える間も、なかった。
視界が、一瞬、白く染まる。
音が、消えた。
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気づけば、六人は、床に、崩れ落ちていた。
誰も、動かない。
誰も、声を、上げられない。
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意識の底で、ノリアだけが、辛うじて、繋がっていた。
視界が、霞んでいる。
体が、鉛のように、重い。
それでも、まだ、消えていない。
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自分のローブに、目を落とす。
八層で見つけた、あの宝箱から出てきた一着。
魔法防御に長けていると鑑定された、そのローブが、今、辛うじて、意識を、繋ぎ止めていた。
「これが……」
掠れた声が、喉から漏れた。
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周りを、確かめる。
カインも、ダダも、ネリスも、ミラも、ワングも。
誰も、息はある。
だが、誰も、動けない。
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「まずい……」
ノリアが、震える手を、なんとか動かす。
指先が、感覚を失いかけていた。
女性が、再び、こちらへ、視線を向けた気配がした。
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「もう一発、いっとくかい?」
その声に、恐怖よりも先に、確信が、頭を貫いた。
このままでは、次はない。
一撃で、これだけの威力だった。
もう一度、同じものが来れば、今度こそ、誰も、戻ってこられない。
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助けを、呼べる相手は、いない。
この階層では、帰還光も、跳躍門も、使えない。
使えるとしたら、自分だけだった。
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ノリアの手が、震えながらも、印を、結び始める。
第六階梯。
一度も、実戦で使ったことのない、その呪文へ。
以前、アーカイブで聞いた、あの説明が、頭の中で、繰り返される。
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「代償は、知ってる」
自分に、言い聞かせるように、呟く。
全員が、レベルを、一段階、失う。
得られるはずの経験も、ドロップも、すべて、消える。
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それでも、迷っている時間は、なかった。
女性の指先が、再び、緩やかに、動き始めていた。
「それでも……!」
震える声を、絞り出す。
「帰郷の扉!」
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淡い光の輪が、六人を、包み込んでいく。
女性が、何か、口を開きかけた。
その言葉が、届く前に。
視界が、真っ白に、染まった。
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気づくと、六人は、クロスロードの、見慣れた石畳の上に、倒れ込んでいた。
「……ッ、う」
カインが、最初に、呻き声を、上げた。
「戻れた、のか」
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「戻れた」
ダダが、なんとか、上体を、起こす。
「みんな……!」
ミラが、震える手で、周囲を確かめる。
誰の息も、止まっては、いなかった。
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「ノリア……」
カインが、辛うじて、視線を、動かす。
ノリアは、石畳に、倒れ込んだまま、荒い息を、繰り返していた。
だが、確かに、目は、開いていた。
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「私が……帰郷の扉、使った」
途切れ途切れに、ノリアが、言う。
「あのまま、いたら、みんな、死んでた」
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「わかってる」
カインが、なんとか、答える。
「わかってるから……よく、判断した」
「代償、あるって、知ってたのに」
ミラが、静かに、言う。
「知ってたから、迷わなかった」
ノリアが、小さく、答えた。
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「レベル、下がってる、はず」
ダダが、自分の体を、確かめながら、言う。
力が、明らかに、以前より、弱くなっている感覚があった。
「みんな、そうだと、思う」
ノリアが、頷く。
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「あの女、なんだったんだ……」
カインが、震える声で、呟く。
「終焉を、あんな、あっさりと」
「拙者たちの、切り札の呪文でござるな、あれは」
ワングが、辛うじて、体を起こしながら、言う。
「同じ呪文の、はずなのに」
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「桁が、違った」
ネリスが、掠れた声で、言う。
「今の私たちじゃ、あの部屋には、まだ、入れない」
「入れない」
カインが、静かに、繰り返した。
「入れない、というより……格が、違いすぎた」
ミラが、ゆっくりと、上体を起こしながら、付け加える。
「あれが、最後の部屋の、主なんだとしたら」
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「今の私たちの、実力じゃ、まだ届かない」
ダダが、低く、言う。
「悔しいけど、それが、答えだ」
誰も、その言葉を、否定できなかった。
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しばらく、誰も、動けなかった。
冷たい石畳の上に、六人は、そのまま、横たわり続けた。
呼吸だけが、少しずつ、落ち着きを、取り戻していく。
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「ノリア」
カインが、ようやく、視線を、動かす。
「お前が、いなかったら」
「言わなくていい」
ノリアが、小さく、遮った。
「みんな、無事だった。それで、十分」
その声は、まだ、震えていた。
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「今日は……」
カインが、やっとの思いで、言葉を、絞り出す。
「今日は、生きて帰れただけで、十分だ」
「十分だ」
ダダが、静かに、頷いた。
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道行く人々が、倒れ込んだ六人に、驚いたように、視線を向けていく。
それでも、六人は、しばらく、動けなかった。
「立てるか」
カインが、皆に、聞く。
「立てる……たぶん」
ダダが、なんとか、体を起こしながら、答えた。
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支え合いながら、六人は、ゆっくりと、立ち上がった。
フラグメンツに、寄る気力さえ、今日はなかった。
ヘクサインへの道を、六人は、無言のまま、歩いた。
「明日、アプレイザルに、行くか」
カインが、ようやく、口を開く。
「レベル、どれだけ、下がったか、確かめないと」
「行こう」
ダダが、静かに、頷いた。
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宿の入り口で、ノリアが、ふと、足を止めた。
「ごめん」
小さな、声だった。
「みんなの積み上げてきたもの、私が、勝手に、消しちゃった」
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「勝手にじゃない」
カインが、振り返る。
「みんなの命を、守る為の、選択だった」
「そうだよ」
ミラが、静かに、続ける。
「レベルは、また、上げればいい。でも、命は、戻らない」
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「拙者も、同じ場に、いたら、同じ判断をしたでござろう」
ワングが、静かに、言う。
「感謝こそすれ、責める者は、ここには、いない」
ネリスも、黙って、頷いた。
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ノリアは、しばらく、何も、言わなかった。
やがて、小さく、頭を下げた。
「ありがとう」
その一言だけを、絞り出すように、口にした。
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宿の灯りが、六人を、静かに、迎え入れる。
あの部屋の向こうに、何があるのか。
それは、まだ、誰にも、わからないままだった。
だが、今日、確かなことが、一つだけあった。
六人は、生きて、ここに、帰ってきた。
いかがでしょうか?
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