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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
閑話 その三

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第69話「あの日、置いてきたもの」

マランの世界、毎日投稿中です。

当面、数話を連続投稿の予定です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

一層、二層、三層の記憶を退けたあと、六人は、束の間、その場に留まった。


「休むか、少し」


カインが、皆の様子を見回しながら言う。


「賛成。次、四層だもんな」


ダダが、盾の柄を、握り直しながら答える。


---


「四層の女王が、複数来るなら」


ミラが、静かに、言う。


「呪文、温存しておいた方がいい」


「したいけど、来てみないと、わからない」


ノリアが、短く、答えた。


「業炎獄、まだチャージ、残ってるか」


カインが、聞く。


「残ってる。ここぞって時に、使う」


ノリアの答えに、迷いはなかった。


---


「四層のあと、五層も、あるんだよな」


ネリスが、通路の奥を見つめながら、呟く。


「大広間、か」


ダダが、低く、続けた。


「一体でも、複数のグループが同時に来る階層だ。十層で再現されるなら」


「相当な数に、なるかもしれないでござるな」


ワングが、静かに、付け加えた。


---


「考えても、仕方ない」


カインが、剣の柄に、手をかける。


「来たものに、対応するしかない」


「そうだな」


ダダが、盾を持ち上げた。


一息ついたあと、六人は、再び、通路の奥へと進み始めた。


---


石壁の質感が、わずかに、変わっていく。


床のひび割れ方、天井の高さ、通路の分岐の増え方。


「これ、分岐廊下の、雰囲気だ」


ネリスが、耳を伏せながら、呟いた。


「四層、来るな」


カインが、剣を、静かに構える。


---


案の定、奥から、羽音が響いてきた。


現れたのは、大きな翅を持つ、女王のような姿の魔物。


一体ではない。


二体、並んで、宙に浮かんでいた。


翅の紋様が、揃って、淡く輝いている。


---


「二頭……」


カインが、剣を構える。


「思ったより、少ないでござるな」


ワングが、意外そうに、呟いた。


「少ないくらいで、ちょうどいい」


ダダが、盾を構え直す。


「油断は、するな。一体でも、骨が折れた相手だ」


---


「ノリア、いけるか」


カインが、聞く。


「いける」


ノリアが、両手を、二体の女王へと向けた。


女王たちが、翅を大きく広げ、光の矢を、放とうと構える。


「今、撃つ」


---


「業炎獄」


第五階梯の炎が、通路いっぱいに、広がった。


二体の女王が、翅を大きく震わせ、悲鳴のような音を残して、崩れ落ちていく。


炎が収まると、後には、灰と、二つの魔石だけが残っていた。


---


「終わった……?」


カインが、拍子抜けしたように、呟く。


「終わった、な」


ダダが、辺りを見回しながら、頷いた。


「あっさりでござったな」


ワングが、刀を鞘に納めながら、言う。


「あっさりすぎて、逆に、怖いんだけど」


ネリスが、警戒を、緩めなかった。


「油断は、しない」


カインが、頷いた。


---


「今の一撃、前より、明らかに強くなってる」


ミラが、静かに、言う。


「そうかもしれない」


ノリアが、自分の手のひらを、見つめながら、答えた。


かつて、単体の女王一頭に、六人がかりで手こずった日のことを、誰もが、心のどこかで思い出していた。


---


灰の中から、女王の魔石が、二つ、転がっていた。


カインが、それを拾い上げようと、屈みかける。


その手が、途中で、止まった。


「今度は、何」


ミラが、静かに、身構える。


通路の先に、これまでとは違う気配が、生まれ始めていた。


---


姿を現したのは、これまでの「再現」とは、明らかに違う敵だった。


一人の、人型の剣士。


その周囲を囲むように、鋭い牙を持つ、巨大な狼が、数頭。


灰色の毛並みが、通路の暗がりの中で、じっとこちらを見据えていた。


---


「これ、五層の敵じゃない」


カインが、戸惑ったように、言う。


「五層で、こんなの、見たことない」


ネリスも、同じように、首を振った。


「一層から、四層までは、順番通りだったのに」


ミラが、静かに、続ける。


「これだけ、違う」


---


その時、ワングの様子が、変わった。


「……この、狼」


低く、掠れた声だった。


刀を握る左手が、わずかに、震えていた。


カインが、思わず、振り返る。


「ワングさん?」


---


答えを待たず、ワングが、刀を抜いた。


これまでに、見たことのない、鋭い踏み込みだった。


「拙者に、やらせてくれ」


短く、それだけ言い残し、狼の群れへと、踏み込んでいく。


---


「ワング、待って!」


カインの声も、届かなかった。


先頭の一頭が、牙を剥いて、飛びかかる。


ワングの刀が、それを、真っ向から、斬り払った。


---


「速い……」


ダダが、思わず、呟く。


これまで見てきたワングの型とは、明らかに違う、荒々しさがあった。


一頭、また一頭。


刀が閃くたびに、狼が、灰のように、崩れていく。


「無駄が、ない」


ノリアが、目を見開きながら、言う。


「無駄がない、というより」


ミラが、静かに、続けた。


「怒ってる、みたい」


---


数頭の狼は、あっという間に、静かになった。


最後の一頭が崩れ落ちると、ワングは、荒い息のまま、刀を下げた。


その肩が、大きく、上下していた。


「終わった……のか」


カインが、恐る恐る、声をかける。


「終わった、でござる」


ワングの声は、まだ、掠れたままだった。


---


狼の群れが、消えた後。


残ったのは、あの人型の剣士だけだった。


ワングが、剣士と、真正面から向き合う。


「このモンスターは、我に……」


そこで、言葉が、途切れた。


---


誰も、口を挟まなかった。


カインが、皆を、目で制する。


「任せる」


短く、それだけを、伝えた。


「かたじけない」


ワングの声は、静かだった。


その静けさの奥に、これまでのどの戦いとも違う、何かがあった。


---


剣士が、無言のまま、剣を構える。


ワングも、静かに、刀を構えた。


二人の間に、これまでとは違う、重い空気が、流れていた。


風もない通路に、なぜか、何かが、揺れて見えた。


---


「拙者は」


ワングが、静かに、口を開く。


「あの日、貴殿を、置いて逃げた」


剣士は、答えなかった。


答えられるはずも、なかった。


「その負い目を、拙者は、ずっと、抱えていた」


---


勝負は、一瞬だった。


ワングの刀が、一閃。


剣士の輪郭が、霧のように、揺らぎ、崩れていく。


やがて、何も、残らなかった。


---


しばらく、誰も、動かなかった。


ワングが、刀を、静かに、鞘に納める。


その背中が、わずかに、震えていた。


「ワングさん」


ミラが、そっと、声をかける。


「大丈夫、ですか」


「……大丈夫、でござる」


答える声は、大丈夫ではなかった。


---


「今の、狼」


ワングが、右腕を、静かに、見つめながら、言う。


「この腕を、奪った、群れでござる」


その一言に、六人の間に、静かな沈黙が、落ちた。


---


「じゃあ、あの、剣士は」


カインが、恐る恐る、聞く。


「かつて、拙者と、同じパーティにいた男」


ワングが、静かに、答える。


「あの日、あの狼に、拙者の腕が食いちぎられた。同じ時、あの男は、命を落とした」


---


「命を、落とした……」


ネリスの声が、掠れた。


その顔から、いつもの余裕が、消えていた。


「それが……モンスターになって、ここに」


---


「らしい、でござるな」


ワングが、静かに、頷いた。


「話には、聞いていた。死んだ者が、いずれ、モンスターとして、生まれ変わる、と」


「教義の、話ですよね」


ミラが、静かに、続ける。


「本当に、あることだったんだ……」


---


「実際に、目の前で、見せられるとは」


カインが、拳を、握りしめる。


「思っていなかった」


「拙者も、でござる」


ワングの声には、まだ、震えが残っていた。


「話に聞くのと、目の当たりにするのとでは、まるで違う」


---


「なんで、十層で」


ダダが、静かに、聞く。


「一層から四層までは、俺たちの記憶だった。だけど、あの狼と剣士は」


「拙者の、記憶でござる」


ワングが、答える。


「なぜ、拙者の記憶まで、この階に混じるのか。それは、拙者にも、わからぬ」


---


「わからない、か」


カインが、静かに、繰り返す。


「わからないまま、進むしか、ないんだろうな、これも」


「たぶん」


ノリアが、静かに、頷いた。


---


「ネリス」


ダダが、静かに、声をかける。


「大丈夫か」


「……大丈夫」


ネリスが、答える。


だが、その声は、いつものネリスとは、明らかに、違っていた。


---


耳が、伏せたまま、動かない。


視線が、灰の消えた場所から、離れなかった。


「ネリス」


カインが、もう一度、呼ぶ。


「大丈夫、だから」


繰り返す声に、誰も、それ以上は、踏み込めなかった。


だが、ミラだけは、ネリスの様子を、じっと、見つめ続けていた。


---


「今日は……」


カインが、皆を見回しながら、言う。


「今日は、ここまでにしよう」


「賛成」


ダダが、静かに、頷いた。


誰も、それ以上、言葉を続けなかった。


---


六人は、来た道を、静かに戻り始めた。


紋様のある場所に足を踏み入れ、白い光に、包まれていく。


気づくと、一層の、見慣れた通路に、立っていた。


---


門を抜けて、外に出る頃には、日が、傾き始めていた。


フラグメンツに寄ると、ガラントが、いつものように、声をかけてくる。


「今日は、やけに、静かだな」


その一言に、誰も、すぐには答えなかった。


---


「色々、あったので」


カインが、ようやく、答える。


ガラントは、それ以上、深くは聞かず、いつも通り、酒と料理を運んできた。


「話したくなったら、いつでも聞くぞ」


短い一言だけ、残して、カウンターへ戻っていった。


---


「ワングさん」


卓に着いてから、ミラが、そっと、声をかける。


「話してくれて、ありがとうございます」


「いや」


ワングが、静かに、首を振る。


「いつかは、話すべきことだった。今日、それが、来ただけでござる」


「無理に、話さなくても、よかったのに」


「無理では、なかった」


ワングの声に、わずかな、確かさが、戻っていた。


「むしろ、話せて、少し、楽になった気がする」


---


その隣で、ネリスは、料理にほとんど手をつけずに、俯いていた。


耳は、まだ、伏せたままだった。


「ネリス、食べないのか」


ダダが、静かに、聞く。


「食べる、けど」


答えながらも、フォークを持つ手は、動かなかった。


誰も、それに、気づかないふりをすることは、できなかった。


窓の外、夜が、静かに、深まっていった。


いかがでしょうか?


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