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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
閑話 その三

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第5話「そろそろ決める」

マランの世界、投稿開始です。

最初は連続投稿の予定です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

リカバリーの窓口は、思ったより空いていた。


「軽傷ですね」


エルフの治療師が、腕の傷にそっと手をかざす。


淡い光が触れると、痛みがすっと引いた。


「浅い、って言ったろ」


カインが言う。


「浅くても血は出るんだよ」


ノリアが、腕組みしたまま横から口を挟む。


「浅くても血は出る」


「復唱するな」


突っ込むネリスに、カインが返した。


思ったより、費用はかからない。


一層の魔石一個で大丈夫って、相当安い。


冒険者向けのリカバリーだからみたいだ。


---


治療を終えて出てくると、日はもうすっかり傾いていた。


「今日は、これで終わりだな」


「終わりだな」


「終わりでいい」


三人が、順番に同じようなことを言った。


言うまでもないことを、わざわざ言うのが今日のパーティらしかった。


---


フラグメンツに寄ると、ガラントがすぐに気づいた。


「お、その腕どうした」


「二層で、ちょっと」


カインが答える。


「ちょっとって顔じゃないな、それ」


図星だった。


「一杯、飲むか」


「もらいます」


聞かれる前に、答えは決まっていた。


---


四人分の丼と、いつもの一杯が並ぶ。


「今日さ」


ネリスが、耳を後ろに倒した。


「無理したよな、普通に」


「したなぁ…」


ダダが即答する。


否定する空気ではなかった。


「昨日どころじゃない魔石、稼げたけど」


「稼げたけど、カインが怪我した」


「俺の名前を出すな」


出すなと言っても、事実だった。


---


「五層の壁とか、まだ先の話だと思ってたけど」


ネリスが言う。


「先だろ、まだ」


カインが返す。


(でも――)


ノリアの中では、すでに数字が並び始めていた。


「まだだけど、二層でこれなら、先はもっとやばいってことだよね」


ノリアの言葉に、誰も反論できなかった。


正論というのは、たいてい歓迎されない。


---


「なあ」


ガラントが、グラスを拭きながら割り込んできた。


「職種、そろそろ決めた方がいいんじゃないか」


「その話、また?」


「また、だ。今日みたいな日があると、なおさらな」


今日みたいな日、というのが具体的に何を指すか、聞くまでもなかった。


---


「ダダ、おまえ盾役だろ、もう」


「たぶん」


(決めない理由が、あるわけじゃない)


ダダの中でも、自覚はあった。


「たぶんって、まだ言うのか」


「言う」


正しいと分かっているくせに、頑固だった。


「決めない理由、あるのか」


「特にない」


特にないなら決めろよ、と誰もが思ったが、言わなかった。


言ったところで、ダダのペースは変わらない。


---


「ネリスはどうなんだ?」


「まだ」


「まだって、いつまで決めないのか?」


「決めたらまた質問されるからいや」


「質問って?」


「色々」


色々、で終わらせる技術だけは、誰にも真似できない。


(今はまだ、その時じゃない)


言葉にしない理由が、ネリスの中には確かにあった。


---


「ノリアは、もう魔術師で決めてるのだろう?」


「もう、ね」


ノリアが、自分の手のひらをじっと見た。


「選んでる。でも、伸びてはいない」


「伸びる予定は?」


「知らない」


いつもの返しだった。


いつも通りなのが、少しだけ心配になる返しでもあった。


---


「カインはどうなんだ?」


「便利屋です」


(揺れてる、自分でも分かる)


言い切ったものの、今日の怪我が、その揺れを少しだけ後押ししていた。


「まだ言うか、それ」


「まだ言います」


---


「まあ、今日・明日、決めろとは言わない」


ガラントが、話をいったん収めた。


「ただ、来る時は来る。その時に、決まってないと困るぞ」


来る時、という言い方が、妙に重かった。


誰も、それがいつのことか聞き返さなかった。


---


「もう一つ、話すことあるだろ」


ダダが、静かに切り出した。


「なんだ」


「防具」


その一言で、空気が変わった。


---


「言われてみれば」


カインは、自分の胴回りを見た。


革の胸当て一枚で、二層の棍棒を受けていた。


腕や足回りの防具は付けていない。


「武器はそれなりに揃ってるけど」


「防具は、初日のまま」


ノリアが、指摘を重ねてくる。


「その指摘、重ねなくていい」


重ねられて当然と返す。


---


「ダダの盾は別格として」


カインが言う。


「別格じゃない、普通」


「普通じゃないだろ、それ」


ダダは自分で打った盾を使っている。


それを、普通と言い張るのがダダだった。


「他の三人、装備が軽すぎる」


「軽いのは、動きやすいからで」


カインが言い訳する。


「動きやすいのと、削られやすいのは別」


カインとネリスの言い訳を、ダダが一蹴した。


正しい指摘は、いつも耳が痛い。


---


「フォージタウン、行くか」


「行くしかないだろ」


「金は」


「今日の魔石、まだエクスチェンジ通してない」


「通してから考えよう」


四人の意見が、珍しくすんなり揃った。


---


「「「じゃあ明日」」」


三人の声が揃ったところに、カインの声だけ少し遅れた。


「……俺も明日でいいと思ってた」


「思ってたなら早く言え」


「言ったところだろ、今」


言い分は正しかったが、誰も同意しなかった。


---


酒場を出ると、夜風が少し冷たかった。


ヘクサインまでの道を、四人で歩く。


「今日決めたこと」


カインが、指を折りながら数えた。


「防具、フォージタウンで見る。職業は、まだ保留」


「保留ばっかりだな、俺たち」


「保留があるから、決めた時が締まるんだよ」


誰かがそれっぽいことを言っても、誰も本気で聞いていなかった。


---


宿の明かりが、少しずつ近づいてくる。


「明日、フォージタウンだな」


「フォージタウン」


「ダダの実家だろ、あそこ」


「実家じゃない。工房」


「同じだろ」


「違う!」


ダダは、頑固に言い張ったが、違わなかった。


四人で笑いながら、宿の扉をくぐった。


いかがでしょうか?


感想、フォロー 頂けましたら喜びます。


よろしくお願いいたします。

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