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『マラン、はじまりの迷宮』〜わからないことばかりの、迷宮攻略記〜  作者: 奇木 尋
閑話 その三

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第4話「欲を出した日」

マランの世界、投稿開始です。

最初は連続投稿の予定です。


お楽しみいただけましたら幸いです。

「今日は二層まで行くぞ」


ダダが言うと、誰も反対しなかった。


反対する空気ではなかった、というのが正確かもしれない。


(昨日の五個が、まだ頭のどこかに引っかかっている)


ダダ自身も、それを分かっていた。


---


門は、今日もあっさりくぐれた。


「二日連続はさすがに認められる気がする」


カインが言う。


「認められてるかは知らない」


「知らないのかよ」


「聞いたことないだけ」


ネリスが肩をすくめる。


聞いたことがないことは、いつも彼女の中でだいたい「知らない」に分類される。


---


一層は、昨日の道のりだ。


同じ角、同じ広さの通路。


「懐かしいな」


カインが言う。


「昨日だろ」


ダダが即座にかぶせる。


懐かしいと言いたくなる気持ちも、分からなくはなかった。


---


一体目はスライム。


「ファイア」


一言で終わった。


親指の先くらいの魔石が、灰の中に転がる。


「今日、何回いける」


カインが聞く。


「昨日と同じ」


「二回か」


「二回」


味気ない会話だったが、味気なくて正解だった。


---


何体か倒したあと、二層への降り口は、思ったよりあっさり見つかった。


石段が、螺旋状に下へ続いている。


「本当に二層行くのか」


「行くって決めただろ」


ダダが答える。


「決めたけど、聞いてる」


「聞くな」


ダダは短く、聞く隙を与えなかった。


石段を降りる四人の足音が、だんだん反響するようになる。


---


二層は、一層より通路が細い。


分岐も多い。


「これ、覚えられる自信ない」


カインが羊皮紙を広げながら答えた。


「地図描けばいい」


「描いてる」


便利屋の面目は、こういうところで保つしかない。


---


分岐の先で、二体一気に出てきた。


ゴブリン二体。


「二体同時は初めてだな」


カインが言う。


「初めてって嬉しそうに言うな」


ネリスが茶化す。


「嬉しくはない」


嬉しそうだった。


---


「ダダ、右頼む」


カインが言う。


「了解」


短い返事で、盾が動く。


カインが左の一体に斬りかかった。


錆びた短剣が、思ったより速く振られる。


「うわ」


避けた、と思ったところで、二の腕を浅く掠めた。


「大丈夫か」


ダダが聞く。


「大丈夫」


大丈夫ではなかった。


袖に、薄く赤が滲んでいる。


---


「カイン、動くな」


ノリアの声が、いつもより硬い。


「動いてない」


「動いてる。血、出てる」


言われて初めて、カインは傷の存在を実感した。


こういうのは、指摘されると急に痛くなる。


---


「ファイア使うか」


ノリアが聞く。


「これくらいで使うな。もったいない」


カインが止めた。


「もったいないって、傷より優先するの、それ」


「傷は浅い。魔力は貴重」


「価値観、ちょっとおかしくない?」


正しいのかどうか、カイン自身にも自信はなかった。


---


ダダの盾がもう一体を押し返す。


「押し切るぞ」


短い号令に、全員が動く。


カインが一体を仕留め、ダダがもう一体を押し倒す。


二体とも、灰になって消えた。


親指の先くらいの魔石が、二つ転がっている。


「五個目標、もう超えてるな」


カインが言う。


「超えてる。欲張るなら今のうちだ」


その言葉が、あとで少し効いてくることになる。


---


ゴブリン二体を、勢いのまま倒した。


魔石が、袋の中で増えていく音がする。


「今日、当たり日じゃない?」


ネリスの声が弾んでいた。


(このまま行ける気がする)


弾んでいる分だけ、彼女の足取りも軽くなっている。


軽くなりすぎている、と誰も気づかなかった。


---


次は、今までと違った。


通路の奥、暗がりの中で、何かが息を潜めている気配がした。


「ダダ、待って」


ネリスが言う。


「なんだ」


「なんか、様子が違う」


ネリスが耳を伏せる。


(こういう時の勘は、大抵当たる)


彼女自身、それを一番よく分かっていた。


---


出てきたのは、ゴブリンより一回り大きい個体だった。


「これ、資料にないやつじゃん…」


カインが言う。


「浅層のボスとか言わないよな」


「言わない、けど」


けど、と言った声が震えていた。


---


大型ゴブリンが、棍棒を振り回す。


「引くか」


カインが聞いた。


「引くには惜しい」


ダダが、盾を構え直した。


惜しいという判断が、正しいかどうかは、まだ誰にも分からなかった。


---


「ノリア、ここで頼む」


カインが言う。


「二回目、もう使った」


「今日は三回目、いいか」


「駄目って言ったの、お前だろ」


「今は言ってない」


言い分が、都合よく変わっている自覚はあった。


---


「三回目、いくよ」


ノリアが手をかざす。


(制御が、いつもより重い)


自分にしか分からない感覚が、指先に絡みついていた。


「ファイア」


いつもより、爆発が大きかった。


大型ゴブリンが怯む。


だが、消えない。


「効いてる、けど、まだ立ってる」


カインが言う。


立っていた。


しかも、こっちを睨んでいる。


---


「ダダ、耐えて」


カインが叫ぶ。


「耐えてる」


盾が、棍棒の一撃を受け止める。


がつん、と重い音。


昨日のゴブリンとは、明らかに音が違った。


「ダダ、平気か」


「平気」


平気ではなかった。


腕が、目に見えて痺れている。


---


「ネリス、隙を作れ」


カインが言う。


「作る」


ネリスが背後に回り込む。


爪が、大型ゴブリンの足を裂いた。


体勢が崩れたところに、カインとダダの一撃が重なる。


「今だ!」


「今だな!」


二人同時に叫んだのが、後から思うと少し間抜けだった。


---


大型ゴブリンが崩れる。


灰になって消えたあとに残ったのは、親指の先より一回り大きい魔石だった。


「勝った、けど」


ネリスが言う。


「けど?」


「全員、限界だと思う」


耳を伏せたまま言った言葉を、否定できる者は誰もいなかった。


---


「戻るぞ」


ダダの声に、迷いはなかった。


「もうちょっと粘れば」


カインが言いかける。


「粘るな」


短い一言に、反論の余地はなかった。


ノリアの手が震えている。


カインの腕は、まだ血が滲んでいる。


ダダの盾を持つ手も、痺れが取れていない。


粘る、という選択肢はもう残っていなかった。


---


帰り道は、来た道より長く感じた。


誰も、あまり喋らなかった。


「今日、多かったな、魔石」


カインが言う。


「多かった、けど」


「けど?」


「割に合ってたかは、分からない」


分からないことを、また分からないままにして、四人で階段を上った。


---


門をくぐって、外に出る。


日は、まだ高かったはずなのに、もう傾きかけていた。


「思ったより時間かかったな」


「思ったよりいろいろあったからな」


袖の傷を見せると、ノリアが顔をしかめた。


「リカバリー、寄ろう」


「大袈裟だ」


大袈裟ではなかった。


血は、思ったより広がっていた。


---


「今日、五個どころじゃなかったな」


袋の中を覗いて、ネリスが呟いた。


「それだけ危なかった、ってことでもあるけどな」


カインが返す。


「分かってる」


分かっている割に、声は少し得意げだった。


「明日は一層でいいだろ」


「賛成」


「「「賛成」」」


全員の声が、珍しく揃った。


いかがでしょうか?


感想、フォロー 頂けましたら喜びます。


よろしくお願いいたします。

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